魔王の友を持つ魔王
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§25 とある富豪な魔王陛下
「? おい、黎斗。聞いてるか?」
「あぁ、ごめん。んでなにー?」
ふと意識を通話口に戻す。いけないいけない、ネットサーフィンに夢中になって護堂の話を話半分に流していた。少し罪悪感を感じつつ、もう一度護堂に用件を問いただしてみる。
「おまえ……まぁいいや。媛巫女とかいうやつのことで相談があるんだ。黎斗は”そっち側”に詳しいだろ?」
媛巫女ってなんだろう。そんな疑問が頭をよぎった。何処かで聞いたような気もするが、それは果たしてどこだったっけ?
「護堂悪ぃ…… 僕その媛巫女?っての知らない…… それって何? どこかの国のお姫様が巫女になってたりするの? それともお姫様は魔法少女とかそんなノリ?」
「全然違ぇ……」
落胆したらしい彼のため息が聞こえてくる。須佐之男命に聞いてみるべきだろうか?
「うーん、スサノオに聞いてみる?」
「……事態がこんがらがりそうだから遠慮しとく」
「言っときながらなんだけど、その選択肢は正しいと思う。絶対めんどくさいことになる」
「はぁ。……とりあえずこっちでもう一回考えてみる。もしかしたらまた電話するかもしれない」
「あいよー」
電話を切ってから黎斗は気付く。そういえば相談内容を全く聞いていなかったな、と。聞けばよかったかとも思うがやはり聞かなくてよかったのだろうか。ロクな相談じゃない気がする。
「媛巫女とやら知らないんだから聞かされたところでわかるわけないか。面倒事に巻き込まれないですみそうだし」
「え、れーとさんどしたの? 恵那達がどうかした?」
「え? 何が?」
恵那が突然横槍を入れてくる。恵那の名前を口にした記憶はないのだけれど。それとも無意識で恵那の名前を言っていたのだろうか。だとしたらかなり恥ずかしいが。
「媛巫女って言ったじゃん。恵那達になんか用事あるの?」
「……恵那って媛巫女?」
「言ってなかったっけ?」
小首をかしげる恵那。
「……護堂、ごめん」
電話を掛けなおそうかとも考えたが、途中まで電話番号をうったところでやめて携帯電話をしまう。どうせ近いのだ。直接行った方が都合が良いだろう。
「恵那、エル、ちょっと護堂んとこ一緒に来てもらえる?」
「? 了解しました」
「王様のところ?」
詳しい話を聞きたそうな二人だが解説は省略させてもらおう。自分もよくわかっていないのだから話せるわけがない。
「とりあえず現役媛巫女がいれば問題はソッコー解決すると思うんだけどなぁ。……恵那が媛巫女なら万里谷さんもそうなんじゃないのか? なんで彼女に聞かなかったんだろう?」
魔王の権力をフル活用すればなんとかなりそうな気もするのだけれど。護堂も隠遁生活を送る気なのだろうか?
「ハーレム建設を試みるわ物をド派手にぶち壊すわで隠す気ゼロだとばっかり思ってたわ」
巫女。護堂の口からこの単語が出てくる時点でロクな運命にならない気がするが乗りかかった船だ。とりあえず明日にでも様子見に出かけてみよう。
そんなことがあったのが昨日の話。
「すみませーん、護堂いますー?」
エルと恵那を連れて草薙家を訪れたのは、もうすぐお昼という頃合いだった。もしかしたら昼食の邪魔かもしれない、と後悔する。時計を見てから家を出てくればよかった。そもそも時計は電池切れで動いていないけれど。いつも携帯電話で時間を確認していたツケが回ってきたか。携帯が電池切れを引き起こすだけでこんなことになるなんて。
「あ、黎斗さんこんにちは。お兄ちゃんですか? つい先程一人で出かけましたけど……」
「なんてこったい…… ありがと」
静花にお礼を言って来た道を戻る。行き先を聞こうかとも思ったのだが、どうせ明日にでも学校で会うのだ。帰りに恵那と引き合わせれば問題ないだろう。問題は午後が暇になったことだ。せっかく外に出たのに、もう住処に帰るのはなんだか勿体ない。恵那とエルを引き連れて、たまには何処かへ行ってみるのも悪くない。恵那は元々謹慎の身だから黎斗と一緒でもない限り外出は許されないだろうし。一緒でも外出は許されないと反論されそうだが監督する義務があるのだ、多分。とりあえず通りの方へ行けば色々な店があることだし、そこで昼ご飯でも食べながら相談してみよう。
「んと、スサノオと夜なべした呪符は確か財布の中に……」
樋口さんの台頭により今や見かけることすらも希少となった新渡戸さんを数枚取り出す。ついでに厚紙ほどの厚さとなった紫式部と福沢さんを恵那に持ってもらい、財布の中を捜索する。十数人目の夏目さんの間にお目当ての呪符は挟まっていた。ここまでやっていて時間がかかり過ぎと実感する。今度から入れる場所を変えようと心に決めた。
「ほい、エル。人化して。基本的に動物は飲食店進入禁止だから」
「れーとさん、どっか行くの?」
「うん。せっかくだし三人で適当にぶらつこうかと。どうせ帰ってもレベル上げ作業するだけだし」
三馬鹿とつるむ案も一応あるが、せっかくならこの二人と過ごしたい。こちとら健全な男子高校性なのだ。一日くらい美少女と遊んでもバチは当たらないだろう。自宅で延々ゲームをするのは色々終わっている気もするし。
「マスターにしては珍しく気が利きますね。行きましょう」
涼しげな声音に振り向けば、そこには人化したエルの姿。どことなく嬉しそうな表情なのは、久々に飲食店の料理が食べられるからか。認識阻害の呪を一応仕掛けておいたので、一般人に見られたというような失態は無い筈だ。
「え、エルちゃん……?」
呆気にとられた様子の恵那を見て気付く。そういえばエルのこの姿を彼女に見せるのは今日が初めてだった。
「発案、僕。協力、スサノオで作った呪符。媛さんの意見も参考にしつつ完成させたんだ」
女の子の前だから元ネタはギャルゲとは敢えて言わない。そこら辺はいくら彼でも見栄があるのだ。ラノベ収集している時点でもう恵那に苦笑いされているけれど。ドン引きされていない時点で感謝してもしきれない。
「さて、んじゃ何食べたい?」
「マスターの好きなトコで構いません」
「れーとさんの行きたいところがいいなぁ」
困った。黎斗としてはなんでも良かったのだがこんなことになるとは。まさかである。とりあえず適当な案を提案してみるしかない。近辺の地図を頭の中に思い浮かべる。流石にラーメン屋とかはナシか?いやファーストフード?高級懐石料理?やべぇ女の子と行くお店全然わかんねぇ。護堂先生、助けてください。
「……ファミレスとかは?」
「マスター、せっかくですし豪華に行きましょうよ。一食数千円とかの。お金は天下の周りものですよ?」
「学生の身分でそんなとこに行けるか! 僕たち全員(外見上は)未成年だぞ! 絶対目立つじゃん!!」
懐石料理とか考えた自分を棚に上げ、エルの暴挙とも言える提案を却下する。大体そんな高級料理店、この近辺にあるのだろうか。エルが当てになりそうにないので恵那と二人で悩んでいると脳裏に響くはエルの声。改良型の呪符はエルも念話を可能にしたのだが、問題は無いようだ。外部の音は聞こえないし、クリアに聞こえる。
(マスター、三人合わせて諭吉さん一人とちょっとで安全が買えると思えば安いものですよ?)
久々の外食が出来るエルとしてはせっかくなのだから豪華にしたい。財力も気にする必要は無いし。マモン様々である。恐れることは、何もない。だから必死に己の主に交渉する。
(安全?)
(……マスターまで護堂様の鈍感癖移りました? 恵那さんと私と一緒なんですよ?)
そこまで言われてはたと気づく。恵那はまごうことなき美少女だ。いわゆる大和撫子。エルも化けた先は美少女だ。外国人の。するとどうなる? 二人の美少女を侍らせた男がファミレスに居座っていたら。
「居ずれぇ……」
「れーとさんどしたの?」
(加えてマスターは容姿が護堂様ほど優れているわけじゃないんですよ?)
(わかった。わかったからそれ以上心を抉らないで……)
容赦のないエルにたまらず敗北宣言。たしかに彼女の言うとおりだ。
黎斗のような冴えない、平凡な容姿の者が美少女を二人も侍らせる。それで人通りの多いところを歩き、人の出入りの激しい店に入る。仮に、護堂のように優れた容姿を持っていたのなら、受けるのは嫉妬の視線くらいだろう。もしかしたら変なのに絡まれるかもしれないけどそれほど多くは無いだろう。だが、現実は非常だ。黎斗は決してイケメンと呼ばれる部類の存在ではない。黎斗より容姿の良い男などこの世にはごまんといる。
「……」
想像してみる。自分より容姿の劣る者が美少女を侍らしていたら。嫉妬の視線は当たり前。変なのに絡まれる確率も先程とは比べ物にならないだろう。それどころか、自分に自信のある者達がナンパを仕掛けてくることもありえる。ファミレスなどで少し席を離した隙に黎斗の席が奪われている可能性だって決してゼロではないのだ。
もし、黎斗の居ない内に過激な行為をしてくる男がいたら。今の恵那は謹慎中なのだ。暴力沙汰がマズイことは考えなくてもわかる。エルは戦力になりはしない。それどころか機動力すらない彼女がいる以上逃亡という選択肢も採ることは叶わない。二人に出来ることは耐えて黎斗を待つことか実力行使か。今、他の魔術組織が多くの人員を派遣しているであろう地域でなら、その有り得ない仮定も本当に有り得ないかはわからない。策謀に巻き込まれる可能性だってあるのだ。ただでさえ正史編纂委員会は混乱から完全に復旧していないのにここでやらかされたら国内にも関わらず諸外国の機関が幅を利かせることになりかねない。東京の、日本の勢力図が激変してしまう。
(確かに、日本の平和がゆきっちゃん一人で買えるなら安いもんだ)
黎斗のぶっ飛んだ考えが、エルに理解される筈もない。
(い、いやマスター、そこまでは無いと思いますよ……)
呆れたというか引いているというか。渇いた声を返してくるエルは危機感が足りないと思うのだけれど。
「ま、マスターのお好きなようにどうぞ」
とうとうエルも匙を投げた。頭の悪い想像を主がしていることを即座に察する辺り、付き合いの長さは伊達ではない。黎斗の思考の全てを把握することは出来なくても、どうせロクな事を考えているはずがないという奇妙な信頼のおかげで、彼女は真実に限りなく近い推測をすることに成功する。だが彼女が黙ってしまったことで、高級料理店に学生のみで行くのは目立つ、という意見を出せる存在は消滅してしまった。
「うし、高級料理店か。……蟹料理?」
蟹。高級料理食材筆頭といえば蟹である。ツバメの巣とか世界三大珍味が筆頭なのかもしれないが、おそらく黎斗の庶民舌では違いを理解することは難しいだろう。スーパーの安売り牛肉と高級松坂牛の違いすら曖昧なのだから。そもそもそんな”超”高級食材が周辺地域にあるとは思えない。蟹がそもそもあるかどうかも怪しいところはあるのだけれど。
「蟹かー。恵那はれーとさんの行きたいとこだったらどこでもよいけれど」
「カニカマとズワイガニの違いがわからない人間がそんなトコ行ってどうするんですか……」
「……御尤も」
どっちも同じにしか感じない自分の味覚は貧乏性なのだろうか。
「れーとさん、いくらなんでもそれはないよ……」
どうしよう。高級料理なんて縁がなかったからわからない。困った黎斗は辺りを見回して、とある建物に目をつけた。ここで作戦会議と洒落込もう。我ながらなんという名案だろう。
「よし、そこのスタバで細かいことを考えよう。ここで歩きながら話すのもなんだし。今店に行ってもピークで混雑しているだろうし。」
「……そうですね。ここで立ち止まって衆目を集めるよりはよろしいかと」
「ここって入ったことなかったんだよねー、ちょっと楽しみー」
店に入ってメニューを見る。二人が考えている中、黎斗はすぐに店員の下へ向かっていった。既に頼むものは決めている。
「すいません、ベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンド キャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースランバチップチョコレート クリームフラペチーノください」
店員さんの営業スマイルが固まった。
「……え?」
「ベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンド キャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースランバチップチョコレート クリームフラペチーノをお願いします」
「……お客様、申し訳ありませんがもう一度お願いします」
「……これ、見ます?」
「……お願いします」
予め用意していた紙を渡す。ホッとしたような表情でそれを受け取った店員の目が点になった。
「これとっても甘いですが、大丈夫ですか?」
「大丈夫、というわけではないですか大丈夫です」
どっちだよ、と突っ込まれそうな返答と苦笑い。つられたのか思わず店員さんも苦笑い。
「ちなみにコレ、何処でお知りになったんですか?」
「ちょっとネットで……」
人間だったころ、友達と行った時に彼が頼んでいた代物だ。正直ジュースよりも甘い、とんでもない代物。昔を思い出すからか、黎斗個人としては嫌いではない。
「さて、と」
精算を済ませ、恵那とエルを待とうとした彼に、大勢の好奇心あふれる目が降り注ぐ。こんなものを頼めば当然である。
「あ」
目立ってはいけないと、そう理解したはずなのに。こんなものを頼めば目立つのは必定。我ながらなんということをしでかしたのだろう。
「……わざわざ目立とうとなさいますか」
「れーとさん、何頼んでんのさ……」
呆れる二人の冷めた視線に、思わず黎斗も崩れ落ちた。
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