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故郷は青き星

作者:TKZ
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第十五話

 
前書き
作品内での時間の関係で、エルシャンの治療期間を5ヶ月から1ヶ月に短縮し身体の回復状態をマイナス修正しました。 

 
 NASAの火星開発計画の第一段階。ベース設営任務を終えて地球への帰還の途につく宇宙船ウルスラグナ──古代イラン。ペルシャと呼ばれた頃に信仰されたゾロアスター教の英雄神。戦いの神にして火星を司る神──が、未曾有の事態に巻き込まれたのは火星を離れて僅か3日目のことだった。
 突然ウルスラグナに強い衝撃が襲い掛かり全長30mにも達する船体を激しく翻弄する。
 乗組員達は洗濯機の中でかき回されたかの様に船体内部の壁や床、そして天井に打ち付けられる。
「一体何が?」
 突如として揺れは収まったが、船内の照明は落ち、響き渡る警告音と赤い警告灯の明かりが船内を満たす。
「みんな無事か?」
 頼りになるヒゲ親父。船長のケネス・マーティンが大声で他の乗組員に声を掛けると周囲から、無事を知らせる返事が返ってくるが、医療関係搭乗運用技術者(ミッションスペシャリスト)のクリスタル・ミラー女医から「足を痛めた」と苦しそうな声が返ってきた。

 操縦手のロバート・ウィルソンは無重力の中を身軽に操縦室に入ると、パイロットシートに腰を下ろしてコンソール周りをチェックし船内の様子を確認する。
「なんてこった! メインバッテリーからの電源が供給されていない」
「……駄目だヒューストンと連絡が取れない。ロバート、船体の気密は保たれているか?」
 遅れて操縦室に入ったケネスがキャプテンシートからロバートに尋ねる。
「気密は……船内一気圧、エア漏れなし」
 ロバートの答えに、船内にはため息が漏れる。
「先ずは電源の復旧だ。トール。ウォルターすぐに作業に取り掛かってくれ」
「分かった。行こうウォルター」
「ああ、さっさと終わらせよう」
 トールと呼ばれた北村徹は宇宙航空研究開発機構(JAXA)所属であり、このプロジェクトに参加した日本人宇宙飛行士で、ウォルター・ウォーカーと共に機械関係を職分とする搭乗運用技術者である。2人は後方のメンテナンスハッチを開いて、予備バッテリーから船内の照明を復活させると電源周りのチェックを開始する。

「ちょっと待って! アレは一体なに?」
 プロジェクトスタッフ中、唯一の搭乗科学技術者(ペイロードスペシャリスト)で女性のジョイス・モーリスがサイドハッチの小窓から外を見つめながら悲鳴を上げる。
「何だというのだ!」
 彼女の声にケネスはコックピットを離れるとサイドハッチへと移動する。
「ま、窓の外に……」
 怯えた目で窓の外を指差す彼女に促されてケネスは窓を覗き込んだ。
「何だと……そ、そんな馬鹿な……」
 二の句を継げなくなり呆然として黙り込む船長に、他のスタッフ達は作業の手を休めてサイドハッチ付近に集まる。
「なっ……」
「神よ……」
「こ、これは……まいったな」
「……もう笑うしかないね」
 窓の外には、誰の目にも人工物としか思えない。そして見たことも無い規模の巨大な物体が浮かんでいた。



『調査のために先行させた航宙母艦が、先程第4惑星付近で小型の救助用ポッドに乗った地球人を救助しました』
「な、何だって!」
 マザーブレインの報告にエルシャンは驚きの叫びを上げる。

 スクリーンに映し出される航宙母艦からの映像には、トレーラーの四角いコンテナを縦に並べたような無骨な30mほどの船体が映っていた。
 そして船体にはNASAの文字が見て取れる。
『報告を繰り返します。調査のために先行させた航宙母艦が──』
「そうじゃない。あれは救命ポッドじゃないから、地球の宇宙船! 分かる? 宇宙船ね」
 田沢真治として死んでから何年過ぎたかは分からないが、現在の地球の技術レベルはある程度想像がつく。
 むしろ火星付近まで航行できる30m級の宇宙船を作っていた事に感動すら覚えた。
『………………まさか』
「いや信じて、本当にお願い」
 頑固に信じようとしないマザーブレインだが、そもそもマザーブレインのライブラリーの中に前星間文明段階の技術レベルに対するデーターは存在しなかった。
 製造されてから200年間以上も過ぎている分、蓄えたライブラリーのデータは──マザーブレイン自体はハードウェア面で更新されているが──膨大ではあるが、基本的に戦闘用であり、製造時に与えられたデータも、定期的にアップデートされるデータも大型機動要塞としての運用目的に沿ったものであり、他に持っている情報といえば、指揮官との会話などを通して蓄積したものと、その関連情報を自ら探して蓄えたものばかりで、トリマ家の男達に関する情報ばかりが蓄積されている。しかし、それ以外の事となると途端に疎くなってしまうのであった。

『つまり星間文明以前の文明国家所属の生体に救助などの緊急目的以外での接触を行うという、連盟法に対する重大な違反行為を行った……ということになります』
「そうだよ! どうするんだよ! どうなるんだよ?」
『司令官の責任問題に発展します』
「お前がやったんだよ!」
『私はただのAIですから責任は負えません』
「うわぁぁぁっ信じられない! こいつ、ぶっちゃけやがッた!」
『事実です』
 エルシャンは本気で頭を抱えた。

 エルシャンが目覚めたのはクラト星系での戦いから1ヶ月後のことだった。
 シルバ6はクラト星系からのワープ後に、予め移動させてあったエルシャン麾下の65隻の大型機動要塞──フルント政府と名門氏族が保有していた基幹艦隊でエルシャンに権利が移動──と合流。
 そして12隻の機動要塞を用いて作り上げて空間に固定した跳躍フィールドを利用してシルバ6と残りの53隻の機動要塞は跳躍する。
 その後跳躍フィールドを形成していた12隻の機動要塞は自爆。爆発により発生した莫大なエネルギーで跳躍の痕跡である空間歪曲を破壊し【敵性体】艦隊の追跡を断ち切った。
 離脱後、ワープを繰り返しながらシルバ6と53の大型機動要塞は冥王星軌道付近にたどり着くが、エルシャンは覚醒させられる事も無くそのまま絶対安静状態におかれて、治療用タンクベッドの中で治療を続けられた。一ヶ月の治療の結果エルシャンは生命維持に問題が無い程度には回復する事が出来た。しかしまだ1人での歩行は不可能な上に、擬体との同調は辛うじて可能だが、戦闘が出来るレベルには回復しておらず、今後の治療やリハビリを経ても一般的なフルント人パイロットのレベルにも大きく劣る程度にしか回復できないと告げられた。
 目覚めて最初に「死ねなかったのか」と呟いたエルシャンに、マザーブレインにかけた言葉は『パイロット。エルシャン・トリマは死にました。最後まで戦い抜いて壮絶な最後を遂げました』だった。
 憑き物が落ちたような顔で「パイロットとしての俺か……」と呟く彼の目からは涙が零れ落ちる。『他に生き方はありませんか?』マザーブレインの声は何処か優しかった。
 だが、その直後に先程の件が始まり全てが台無しになった。



 その頃、宇宙船ウルスラグナの船内では……
「も、もしかしてモノリスなのか?」
 圧倒的な大質量で迫ってくる航宙母艦にウォルターの声が震える。
「形が違うだろ……モノリスはあんなにでかくない……それに今は2029年だ……2001年でも2010年でもない」
 ロバートは操縦手として出来るなら宇宙船を動かして逃げたいのだが、まだメインバッテリーからの電力供給が回復していない。
「……馬鹿だな、ちゃんと小説を読めよ。モノリスは色々あって、大きいのはもっとでかいし……現れるのは2001年と2010年だけじゃないんだぜ」
 冷静に振舞おうとするトールだが、いつもの軽口のような切れが無かった。

「ちょっと待って、あれ近づいてきてるわ!」
 自分の視点が変わらないのに、次第に物体の輪郭が大きくなり、ついには窓枠より大きくなった事に搭乗科学技術者のジョイスが気付く。
「ぶ、ぶつける気か?」
「いや、捕らえてインプラントとかする気じゃない?」
 ウォルターの怯えたような声に、茶化すように笑いながらトールが答える声がかぶさる。
「お前は何でそんなヘラヘラしてんだよ!」
「俺だって笑ってなければやってらんないよ。一杯一杯なんだよ!」
 相棒の態度に怒るウォルターだが、トールも精一杯の虚勢を張っていただけだった。
「おいトール。インプラントかどうかは分からないが、捕らえる気は満々だな」
 船長のケネスが落ち着いた様子で話しかける。
 こんな時でも冷静な彼の声に、他の乗組員もさすが船長と思い、落ち着きを取り戻す。
 乗組員全員の視線が集まった窓の向こうでは、すぐ傍にまで接近した物体の外壁の一部が開いて内部構造を見せていた。
 格納庫のようなシンプルな空間の奥から、ウルスラグナにも設置されているロボットアームを巨大にしたような機械が、蛇が鎌首をもたげるようにこちらに向かってきた。
 船内に乗組員達の悲鳴が響き渡るが、泣こうが喚こうが関係なくロボットアームはウルスラグナの船体をロボットハンドで掴み取ると、そのまま中へと引き込んでしまう。
 ちなみに一番可愛い悲鳴を上げたのは船長だった。



 結局、宇宙船ウルスラグナとは事故により接触したと言う報告を連盟に伝えると決めた。
 エルシャンとしても、こんな馬鹿な理由で処分を受けるのは不本意だった。築き上げたフルントの名誉も失いかねない。
 隠蔽するのにマザーブレインも反対しないどころか、情報の捏造に進んで協力した。
『私の主はあくまでも司令官ですから』
 エルシャンは心の底から信用出来ないと思った。
「それにしても2029年か……」
 航宙母艦内に格納したウルスラグナ船内をスキャンした結果。想像していた数字を見つけた



「しかし重力があるとは、ここが宇宙船の内部だとして、一体どんな技術を使えば重力を生み出せるというんだ?」
 そう言いながら、ケネスはチラッと他の乗組員を振り返るが誰も視線を合わせない。
「そうだクリスタル怪我はどうかね?」
 威厳たっぷりにケネスが尋ねるが、クリスタル女医は顔を背けて方を震わせる。
「どうかね?」
 もう一度声に力を込めて尋ねる。
「わ、笑うと痛いわ……イタタッた」
 笑いながら背中を丸めて痛む足を押さえる。
 周囲からもクスクスと押し殺した笑いがこぼれる。
「……キャーは無いわ。ヒゲなのに」
 ケネスが鋭く声の主を振り返って睨むが、ロバートはついッと視線を逸らすと口笛を吹く。
「悲鳴が可愛かったらヒゲが台無しだろう」
「そうだなヒゲは立派なのにな……」
 一方でトールとウォルターのコンビは容赦無い言葉をケネスの背中に投げかける。
「何だよ! ヒゲで悲鳴が可愛かったら駄目なのかよ!」
 肩を震わせながら立上がって叫ぶ船長の後ろで、ジョイスが「船長可愛い」と小さく呟いていた。

 内部に引き込まれて1時間が経過した。入り口は既に閉ざされている。
 ウルスラグナの電気系統の修理は完了したが地球との通信は復帰しなかった。
「それでこれからどうします船長?」
 いい加減にしびれを切らしたロバートがケネスを促す。どのみちこのままでは事態が好転する事は無い。
「そ、そうだな。私と……ウォルターが宇宙服を着て船外に出てみる」
 ウォルターははっきりと嫌な顔をしながら頷いた。

「船長。重力があると宇宙服を着るのも楽じゃないですね」
 本来は壁吊るされた状態の宇宙服に無重力を活かして身体を滑り込ませるのだが重力があるとそれが出来ない。
 現在の宇宙服は重量が35kgと昔のEMUの120kgと比べると1/3以下に減量されているが、内部を1気圧までの加圧を可能としながらも作業性を落とさないために、間接部などを除くと細いワイヤーが入った伸縮性の無い素材が使われているため、床にうつ伏せ状態で倒すと自分も床にうつ伏せになり逆匍匐前進というか匍匐後進で足から宇宙服の中に入っていく形をとる。
「そういうな。昔のEMUならこの方法で着れたとしても、絶対に起き上がれなかったさ」
 2人は宇宙服を着込むと、自力で起き上がりエアロックに向かう。その後姿はどこか中世の甲冑の様にも見えた。
「船長、エアロックの外のに宇宙人が居てもキャーとか叫ばないで下さいね」
「うるせぇよ!」
 ケネスはウォルターのケツを蹴り飛ばした。

 エアロックの扉が開くとケネスとウォルターが恐る恐るといった様子でゆっくりと扉の向こうから格納庫内へと出てくる。
 ゆっくりと周囲を見渡すが、動くものは存在しない。
『こちらケネス。聞こえるかロバート?』
 無線で船内のロバートを呼び出す。
『こちらロバート。聞こえています』
『エアロック周辺からは何も見えない』
『……でしょうね、こちらも船外カメラで確認してますから。見るのは良いから、さっさとその辺の壁をぶっ叩くとかしてくださいよ』
 欠伸でもしそうなくらい
『ちょっ、お前簡単に言うなよ! 何かあったらどうするんだよ?』
 ケネスだって言われなくても分かっていたが、分かってるだけに言われたくなかった……怖いから。
『そうだ! 船長だけでなく俺も居るんだからな!』
 ウォルターもケネスの言葉に賛成するが、その内容が酷い。
『お前等な──』
 ケネスが怒りの声を上げようとした時、突然、彼等の通信に割り込む声があった。

『地球の皆さん今にちは渡しはエルシャン・トリマ。貴方たたちが言うところの宇宙塵です』
 1時間彼等を放置して船内の様子を監視した結果。彼等の会話の内容からマザーブレインが作り上げた翻訳プログラムは、少ない会話サンプルと短い作成時間の割には頑張っていると評価すべきだろう。
 そもそもエルシャンが英会話程度はきちんと出来れば良かったのだが、日本だって16年間も使ってなかったのでそろそろ怪しい位なので、その辺はお察しくださいという事だった。 
 

 
後書き
JAXAで開発を目指す次世代の宇宙服は「船外服の最終目標は運用圧力1気圧、重量20kg、活動時間一週間を目指す」らしいのですが、少なくとも2029年の段階では実現不可能だろうと言う事で、作品中に出てくる宇宙服は重量は35kgとしました。
そう言えば以前NASAは2029年までに軌道エレベーターを作ると発表したのだが……やっぱり無理だろうな。
 
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