ソードアートオンライン アスカとキリカの物語
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アインクラッド編
回想――死の恐怖
気がつけば、キリトが〈月夜の黒猫団〉のレベリングを手伝うことになって1ヶ月が経過していた。最前線は24層。
その日はレベリングを手伝う日ではないので、キリトは単身ソロで最前線のマッピングに勤しんでいた。
この層の迷宮区攻略も順調に進む、あと2日もすればボス戦に入れる。
1人で敵を倒しながらキリトは薄暗い道を進んでいた。
最近、〈月夜の黒猫団〉の5人と行動する時間が増えてきたせいか、一人で行動することにわずかばかりの寂寥を覚えることが多かったのだが、その日は機嫌が良かった。
なぜなら、ついに〈月夜の黒猫団〉がギルドホームを買うことが実現したのだ。
朝からケイタが目標額まで貯まったギルド資金を持って不動産仲介プレイヤーの元に出かけたので、他の4人はギルドホームで大人しく待っているらしい。
“ギルド共通アイテム欄のコルがすっからかんだよ”という内容のメッセージをサチから受諾していたキリトは顔を思わず綻ばせた。
〈月夜の黒猫団〉がボス攻略に参加できる日はきっとそう遠くないだろう、という確信に似た予感がキリトにはあった。
今でもキリトの助け無しで最前線から5,4下の階層なら余裕を持って戦えている。
ギルドホームを構えてキチンとした活動拠点を設けたなら、きっとこれまで以上に生活も安定し、サチの心の負担も減り、戦闘におけるストレスも軽減するはずだ。
キリトは自分が〈月夜の黒猫団〉の5人と一緒にボス戦に挑む姿を想像した。
ケイタ達の暖かな雰囲気が今の攻略組の閉塞的な感じを変えてくれるかもしれない。
だが、同時に1つだけ悩みもあった。
もしも、〈月夜の黒猫団〉が攻略組に参加する時がやってきたら、自分はどうするのか、ということだ。
簡潔に言えば、〈月夜の黒猫団〉に入るか、入らないのか、だ。
当然、同じ攻略組として肩を並べるのだから、これまでのようにレベリングの協力をすることはないだろう。
ギルドに入るのにも未だに少し抵抗を覚える。
きっとケイタ達は拒まない。むしろ何度も誘ってくれているのだ。キリトが頷くだけで歓迎されるだろう。
けれども、キリトの心の奥底には〈始まりの街〉でクラインを置いていった事への罪悪感が疼いている。
自分がギルドに入り、仲間を支え、仲間に支えて貰う権利があるのか、と。
―――でも、サチやケイタ達と一緒なら・・・・・・。
そこで、キリトの〈索敵スキル〉内にモンスターの反応があった。
慌てて思考を霧散させて、剣を構える。
いかに攻略組の中でもトップクラスのレベルを保持しているキリトといえど、最前線迷宮区の敵を相手に余計な考え事をしていられる余裕など無い。
視界にモンスターの姿を捉えた直後、
「し・・・・つっ!!」
無言の気合いと共にキリトは距離を詰めるべく走り出した。
「グルウアツッ!!」
ひび割れた声で雄叫びを上げながらゴブリンが粗悪な作りの棍棒を振り下ろしてきた。
見た目こそボロそうだが、ゴブリンの高い筋力値も相まって直撃すればレベル差が大きいとはいえ看過できぬダメージを負うだろう。
だが、もう何匹も同じ相手を倒してきているのだ。この動きは完全に把握している。
とん、と軽くキリトがステップで横に移動すると、寸前まで立っていた場所に棍棒が大音響を狭い路地に木霊させながら衝突する。
大振りの隙で動けないゴブリンに肉薄すると、
「せあ・・・・っ!!」
キリトは現在使える一番連撃数の多い5連撃ソードスキルを発動。
その体を四散させた。
「ふう・・・・・・・・」
目の前の最後の1体を仕留めて、キリトは少しだけ体の力を抜いた。
迷宮区に入ってからすでに2時間ほど経過している。
調子が良く、順調にマッピングを進めていた。
快調なのだからこのまま頑張ってボス部屋近くまで進むのも悪くないが、今日はギルドホーム購入祝いのパーティーを行うとサチが言っていた。
当然、キリトも誘われているので、そろそろ帰ろうかな、と思って踵を返し出口に向かった。
そんな時だった。
「ん? 何だ?」
迷宮区を抜けてフィールドに出た瞬間、キリトの耳にメッセージ受諾の音が響いた。
どのような場所であれ、迷宮ではフレンド機能によるメッセージ転送や位置情報確認はできない。
このタイミングでメッセージが届いたことは、キリトが迷宮区で戦闘中に誰かがメッセージを送ってきたことを意味する。
急いでメッセージを確認すると、送り主はサチだった。
ケイタに秘密でダンジョンでお金を稼いで家具を買い驚かせようとしている、という旨のメール。
内容を見て苦笑したキリトだが、行き先を見て表情を曇らせた。
場所は最前線の三層下の迷宮区だと書かれていた。
レベルだけを考慮するならキリトとケイタがいなくても問題ないのだが、キリトはその階層のダンジョンはトラップ多発地帯であることを知っていた。
すぐさまサチにそのことを伝えるためにメッセージを送ろうとしたが、既に迷宮区に突入しているようで、位置追跡もできない。
嫌な予感がした。
キリトはおもむろにポーチに入れてある透き通る青色の長方形クリスタルを取り出した。
転移結晶。
各階層主街区に設置されている〈転移門〉以外に別階層へと移動する唯一の手段。
フィールドでも使えるので緊急避難目的で使われることの多い便利な代物だが、1つでかなりのコルがかかる高級品だ。おいそれと使って良い物ではない。
別に何か確信があるわけではないのだ。
それでも、キリトの背中を冷や汗が伝うような擬似的感覚が、言いようのない危機感に対して警鐘を鳴らしている。
すぐさまサチ達が向かったダンジョンのある階層の名を告げて転移した。
体を青白い光が包む。
――――何もなければただのコルの無駄遣いで笑い話になるだけ・・・・・・
そんなことを願いながら、キリトは最前線のフィールドから姿を消した。
「いない・・・・どこだ・・・・・・」
転移結晶で飛んだ後、キリトはすぐさま迷宮区へと向かったが、なかなかサチ達の姿を見つけることができないでいた。
フレンド機能で位置追跡が可能ならば話は別だが、迷宮区では〈索敵スキル〉のみでプレイヤーの反応を探すしかない。
が、迷宮区全20階層のどこにいるのかも分からないのだ。手当たり次第に走り回るしかキリトには手がなかった。
かれこれメッセージが送られてから1時間半が経過している。
迷宮区に辿り着くには30分程度。家具を買う程度のお金稼ぎなら1時間あれば十分だ。
もしかしたら既に買い物に向かっていて、その旨を告げるメッセージがキリトに届いているかもしれない、と淡い希望を抱く。
何事も無かったのならそれでいいのだ。
一度迷宮区を出て、メッセージが送られていないか確認しよう、と思ったその時だった。
キリトの〈索敵スキル〉内に4つの光点が出現した。
サチ達だと直感したキリトは全速力で光点の位置する場所へと向かった。
道中、モンスターが進行を邪魔したが多少のダメージを無視してレベルの差でごり押しして突き進んだ。
そしてついに――――サチ達4人の姿を視界に捉えた。
サチ! とフィールドであることも忘れて叫びそうになったキリトは戦慄した。
〈索敵スキル〉で補正されて解像度が上がった視界の先で、ダッカーが宝箱を開けようとしていた。
ダッカーはシーフとして〈解錠スキル〉を鍛えており、熟練度はかなりのものだ。
それでも、この階層のトラップを解除できるかは五分五分・・・・・・。
今度こそ、モンスターを呼び寄せてしまう可能性も頭から完全に消し飛んだキリトの絶叫がダンジョンに響き渡った。
「ダメだ、ダッカーっ!! 宝箱を開けちゃ・・・・」
いけない、と続きの言葉は言えなかった。
最初にキリトに気づいたのはサチ。そしてササマル、テツオ、ダッカーも順に。
だが、ダッカーの手は既に―――――
――――宝箱を、開けていた。
その光景を認識したと同時にキリトは全速力で駆けていた。
ズバン! と急激な加速で周りの空気が押しのける音が発生する。
開いていた距離20メートルを3秒足らずで詰めた。
キリトがあまりにも凄まじい勢いで、必死の形相でやって来たせいか、4人は驚いたような顔をした。
しかし、次の瞬間、さらなる驚愕が彼らを襲った。
キリトが滑り込むように扉をくぐって部屋にやってきたと同時に宝箱がけたましい音を響かせた。
その宝箱は数あるトラップの中でも最悪の部類に入るアラームトラップだった。
「ダッカー!! 離れろっ!!」
呆然とした様子のダッカーを押しのけて、キリトはすぐさま宝箱を破壊したが、すでに部屋の三方の入り口からはかなりの数のモンスターが押し寄せていた。
ムリだ、と瞬間的にキリトは理解した。
「みんな、転移しろ!!」
何が起きたか分からないといった様子の4人にキリトが叫ぶ。
弾かれたように動き出したダッカーが最初に転移結晶を引っ張り出した。
「転移、タクト!」
だが、その声にクリスタルは反応しなかった。
「クリスタル無効化エリア・・・・・・っ!!」
思わず歯噛みした。
キリトもそのような場所があることくらいは知っていたが、この階層でその言葉を耳にしたことはなかった。
アラームトラップとクリスタル無効化エリアの醜悪なコンボ。
逃げられない。それがこの場でどのようなことを意味するか、全員が瞬時に理解した。
キリトも4人に比べればマシとはいえ、かなりのパニックに陥っていた。
この状況から全員無事に脱出できるのか・・・・?
右手で持つ剣が小刻みに揺れる。
しかし、
何度もクリスタルを持ち上げて叫ぶダッカー。
周りの敵に対して震える手で武器を構えているテツオとササマル。
そして―――――泣きそうな顔でキリトに助けを求めているサチ。
その姿を目にした瞬間、キリトの中で何かが弾けた。
「大丈夫だっっ!!!」
恐慌状態に陥る寸前だった4人にキリトの声が届く。
まるで自分にも活を入れるような絶叫が部屋に響いた。
「4人は背後を取られないように円陣を組んで、ダメージをくらわないように防御に徹してくれ! 敵はわたしが何とかするっ!」
言われた通りに4人が背中合わせになる。
これで死角から攻撃される心配はないが、瞬間回復アイテムである回復結晶もポーションもスイッチの出来ないこの状況では使えない。
つまり、HPを回復させる手段はない。
キリトが敵を全て屠るのと、誰かのHPが全損し陣形が崩れるのとどちらが先か。
どちらの可能性の方が高いか、なんて考えるまでもない。
数が違いすぎる。
それでも、全てのモンスターを一刀の下で切り伏せれば希望はある。
諦めない。
諦めたくない。
諦めきれるわけがない。
こんな所で彼らを・・・・ダッカーやテツオ、ササマル、そして――――サチを死なせるわけにはいかない。
「わたしが・・・・守ってみせる!!!」
キリトは怒濤のように押し寄せてくるモンスターの大群に正面から切り込んだ。
後書き
いかがでしたか?
なんか気が付けば長々と昔話が続いてしまっております。
早くサチと共にボス戦に入りたいのに・・・・・・。
次で過去編は終わるつもりです。
それではっ!
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