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ソードアート・オンライン ーBind Heartー

作者:睦月師走
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食べたい男達

 
前書き
遅れました
休みの日なんて寝るくらいしかしていない睦月でございます
暇があれば、にじふぁん様で載せていただいていた小説もあげるかもしれません
よろしければそちらもよろしくお願いします



それでは本編を、どうぞ! 

 





七十四層の≪迷宮区≫に棲息する強敵リザードマンロードとついでに、比較的雑魚のリザードマンウォリアーとの戦闘を終えた俺は、見つけた出口の光に向かって早足に通路を歩いて行く。
数時間ぶりとなる新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。
今日の分の攻略も終わったので、あとは帰るだけ--の、はずだったのだが……、

「はぁー。やっと外に出れたなぁ。一時はどうなるかと思ったよ」

俺に遅れて野外(フィールド)に出てきた、青い布装備とダークグレーのロングマフラーを身につけた少年剣士が、その細身の背中を伸ばすとともに長い安堵の息をついた。
このトーヤと名乗った人物がようやくおとなしくなったのはついさっきのことだ。それまでは俺に出会えた喜びとやらで、まるでサンタクロースを見つけた子どもの如きはしゃぎようだったのだ。
しかし、どれだけ長い時間迷宮に潜っていたかは知らないが、HPがギリギリになるまでたった一人で最前線のダンジョンに入るとは。そういうプレイヤーはよほど腕に自信があるというよりも、ただの頭の弱い奴としか評価できない。
普通なら、十分すぎるくらいの回復アイテムや転移結晶を持ってから挑むべきなのだ。
いつまでもこんなアホの子に構っているほど俺も暇ではないので、「それじゃ、俺はこれで」と言い残してさっさと立ち去ろうとしたが、厄介なことにトーヤは俺のすぐ後ろから離れようとしないのだ。

「……お前、なんで俺についてくるんだよ」

敢えてうんざりといった風を表に出すように言ったが、それでもトーヤはマイペースなニコニコ顏だ。

「そりゃあ、助けてもらったお礼がしたいからですよ。せっかくこうやって会ったんですから、ご飯くらい奢らせてください」

別に俺はお前に会いに迷宮区を攻略してたわけじゃない。
むしろ、俺にとってこういう奴は苦手な部類に入る。
もともと人付き合いがあまり得意ではないから、ソロプレイヤーでやっているところもあるというのに。
ファンというのは、みんなこう面倒くさいものなんだろうか。

「そういえば、ここの迷宮区もだいたい攻略されてますよね。もうすぐ攻略組の部隊が編成されるんじゃないですか?」

攻略組ーー。その名の通り、この世界で最大のダンジョン、アインクラッド制覇を最終目標として活動するプレイヤー達の事だ。各階層のボスモンスターとの戦闘も主にこの攻略組が担当している。
強敵の多い最前線で戦うため必然的に高いレベルを要求されるそれには、ソロプレイヤーである俺も属していた。
つまり、すでに八割がマッピング済みのこの七十四層迷宮区のボス攻略戦にも参加することになる。

「だろうな。街開きになったら、見物にでも行けよ」

適当にそう言って、俺は主街区に行くため夕暮れの草原を歩き出す。
しかしそれにも関わらず、やはりトーヤはついてくる。
現在の俺のホームタウンは、五十層にあるアインクラッドで最大級の都市≪アルゲード≫だ。ここから三十分も歩けば七十四層の≪主街区≫があり、そこの≪転移門≫から五十層アルゲードへと一瞬で移動することができる。
手持ちの瞬間転移アイテムを使えばどこからでもアルゲードへ帰還することができるが、いささか値が張るもので緊急の時以外には使いにくい。
たが、今がまさにその緊急事態かもしれない。
転移結晶を使えば、確かにこの少年剣士を巻くことができるからだ。転移の音声コードを聞かれるとしても、適当な街に行ってすぐにそこの転移門からアルゲードに帰ればいい。
だが、そうすればトーヤはまた今日のように俺を探して一人で最前線に潜るという無茶をするかもしれない。いつかそんなことで死なれでもしたら目覚めが悪い。
ならば、こいつが納得するまで付き合ってやるとする。うまくいけば今夜の食事代が浮くという利点もあるし。

「実は四十二層に美味しいパスタのお店があるんですよ。良かったらそこでーー」

「知ってるよ。オッサンのNPCがいる店だろ?」

「あれ……? な、なはは。そ、そりゃあご存知ですよね。じゃあ三十五層のチーズケーキがイケてるーー」

「≪風見鶏亭≫だろ。前に行った」

「う……。な、なら五十一層の魚料理がーー」

「ああ、この前行ったな」

「うぅ……!? こ、こうなったら、五十層にあるラーメンっぽい謎の麺類をーー」

「あれはもう絶対に食いたくない」

今思い出しても、あれはひどかった。
ネタを出し尽くしたのか、トーヤはうんうん唸りながらこめかみを押さえる。
俺が知らないような店を探しているみたいだが、一体なにがこいつをそうさせるのか。俺は別にうまければそれでいいんだが。
そのまま俺たちは森に入る。あとはこの森を抜ければ、主街区は目と鼻の先だ。
すると無造作に立ち並ぶ木々の間を進んでいた俺の耳に、不意に聞き覚えのない獣の鳴き声がかすかに届いた。

「あ、そうだ! それなら六十二層のーー」

「しっ……」

むんずっ、とトーヤの口を頬ごと挟むようにして塞ぐ。
意味不明の呻きを無視して、今度は無理やりその場にしゃがませた。のだが、どうやらバランスを崩したらしく、茂みの上にうつ伏せに倒れこんだ。
幸いにも音は大きいものではなかったので、俺は≪索敵スキル≫を発動させる。
このスキルは不意打ちを防ぐ効果ともう一つ、スキル熟練度が上がっていれば隠蔽(ハインディング)状態にあるモンスターやプレイヤーを見破る能力がある。やがて、十メートルほど離れた大きな樹の枝のかげに隠れているモンスターの姿が視界に浮かび上がった。
視線を集中すると、自動でモンスターがターゲット状態となり、視界に黄色いカーソルと対象の名前が表示される。
その名前を見た途端、俺は息を詰めた。

「な、何かいたんですか……?」

ようやく状況を飲み込んだらしいトーヤが、四つん這いになりながら小声で訊ねてくる。その表情はさっきと比べていくばか神妙に見えた。
俺は無言で腕を持ち上げ、件の標的のいる樹の上を指差して示す。
目を細めて俺の指すその一点を睨みつけていたと思ったら、いきなりその目が見開かれた。

「ら、≪ラグー・ラビット≫っ……!? 超レアモンスターじゃないですか……!」

動揺しながらも声を抑えている。こういう所は、今まで生き残ってきただけあるようだ。
あのレアモンスターの実物は俺も初めて見る。その、それほど大きくはない、木の葉にまぎれる灰緑色の毛皮と、体長以上にながく伸びた耳を持つ樹上に生息するもこもこしたウサギはとりたてて強いわけでも経験値が高いわけでもないのだがーー。

「キリトさん。あいつの肉って確か……」

「ああ。絶品のS級食材って話だ……」

そう。プレイヤーの間では十万コルは下らないという代物だ。最高級のオーダーメイド武器をしつらえても釣りがくる額である。
そんな値段がつく理由はいたって単純。この世界に存在する無数の食材アイテムの中で、最高級の美味に設定されているからだ。
相手がこちらに気づいていない今ならばまだ、先制攻撃のチャンスがある。
俺は投擲用の細いピックを腰のベルトからそっと抜き出しーーその手を、別の手に止められた。
見れば、トーヤが俺の手に自分のそれを添えていた。
その口元が、にっ、と無邪気に釣り上げられる。

「ドロップ狙いなら、俺に任せてください。投剣スキルならそれなりに上げてます」

そう言って、トーヤは青い腰布の内側からスローイングダガーを取り出した。
自信ありげな瞳が、蘭々と光りながら俺に向けられる。
あのラグー・ラビットは俺が先に見つけたのだから、狩る権利は俺にある。
そこでもしトーヤに任せて≪ラグー・ラビットの肉≫がドロップすれば当然、そのアイテムは彼のアイテムストレージに収納される。そうすれば、いつでも持ち逃げすることが可能だ。
だが、転移結晶も持たないプレイヤーを確実に捕えられる自信が俺にはあったし、必ずドロップするとも限らない。
それに、出なかったらそれは単に俺たちに運が無かっただけの話だ。
俺は引き抜きかけていたピックを元に戻した。

「いいぜ。やってみろよ」

「はい」

一度頷くとトーヤは樹の上に狙いを定め、投剣スキルのモーションに入った。
やがて、その右手に握られた一本のダガーに淡い紫色のライトエフェクトが纏われる。

「ふっ……!」

トーヤの目がわずかに細められた次の瞬間、ダガーが素早く放たれた。

投剣 単発技 ≪ハンター・スナイプ≫

紫電のような光の尾を引いて、スローイングダガーは弾丸のように回転しながらまっすぐ梢の陰へと飛び込んだ。
すぐに一際甲高い悲鳴が届きーー表示されていた奴のHPバーがぐい、と動いてゼロになった。ポリゴンが破砕する聞き慣れた硬質な効果音。
今のは中級の投剣用剣技で、とどめの一撃として使用すれば標的のアイテムドロップ率をほんのわずかだが高められるというものだ。
もちろん、それでも確実に手に入るというわけではない。

「トーヤ、確認だ」

「はい!」

俺が指示すると同時に右手を振り、手元を動かしていく。
そのまま似たような動作を繰り返し、やがてこちらを振り向いた。
その右手はすでにメニューパネルの操作から外れ、親指は天に向かって突き上げられていた。

「バッチリです。≪ラグー・ラビットの肉≫、確かにゲットしました!」

俺と出会った時のように瞳を輝かせ、少年剣士は満面の笑みを見せた。
それにつられた訳ではないが、俺の表情も自然と笑みに変わる。
鼻歌まじりにまた右手を動かすトーヤを見てメインメニューを閉じているのかと思ったが、それはどうやら違ったらしい。
突然、俺の眼前に半透明のシステムウインドウが現れた。トレードウインドウだ。
トーヤが右手の指を動かしていくと、ウインドウのトレード欄にアイテム名が表示される。
それは手に入れたばかりの、≪ラグー・ラビットの肉≫だった。

「あげます。最初に見つけたのはキリトさんなんですから、キリトさんの物です」

その言葉に、不覚にも俺はしばしの間絶句してしまう。
トーヤの言っていることはもっともなのだが、こうもあっさりと他人にS級食材を渡してしまう奴はそういない。
というか、初めて見た。

「……いや。それはお前が持ってろよ。お前がドロップしたんだから、もうお前の物だ」

さっきのドロップ率アップスキルのおかげで入手した、という可能性は否めないし、そもそも攻撃の権利を譲ってしまったのは俺の方だ。それに最大の理由としては、ここまで馬鹿正直な行動を取られると、さすがに独り占めしようとしていたことに毒気を抜かれてしまったところにある。
さっきまで疑っていたのが、今ではちょっぴり後ろめたい。
そのトーヤはというと、キョトン顏から少し考えるように自分の唇をなぞる。なんだか子どもっぽいその仕草は、こいつには妙に似合っていた。
やがてその右手でウインドウを閉じたら、俺の視界からもトレードを報告するウインドウが消えた。

「それじゃあ、どうするかはキリトさんが決めてください。食べるにしたって、俺の料理スキルじゃS級食材は扱えないですし」

「お前、料理スキルなんて上げてるのか」

「そこそこってくらいですけど。これでも結構な節約になるんですよ? 」

あくまで判断は俺に任せるらしいので、それに乗らせてもらうことにしよう。
ソロでの攻略を基本としている俺はスキルスロットのほとんどを戦闘用のスキルでうめているので、そういった日常系スキルはさっぱりだ。
この先こんな食材を入手できる可能性はごく少ないだろうし、俺だってたまには汁気たっぷりの肉を思い切りほおばってみたいという欲求もある。
だが、ふたりそろって調理ができないのであれば仕方がない。
食べるのだとしたら誰か達人級の料理職プレイヤーに頼まなくてはならない。
そんなアテはーーないこともない、のだがわざわざ頼みに行くのも面倒だし、そろそろ新しい防具を新調しなければならない時期でもあるので、残された選択肢は売却しかなくなった。

「それなら、ちょっと惜しいけど売って金にするか。分け前は半分ずつにしようぜ」

俺の提案を待っていたトーヤは今度は考えることなく頷いて答えた。
そういうことなら、と俺は腰の小物入れを探った。
つまみ出したのは、深い青色にきらめく八面柱型の結晶ーー転移結晶だ。結晶系アイテムは即効の便利アイテムだが値が張るので使いにくいが、Sクラスアイテムを持ち歩くよりもこちらの方がはるかに安全だ。
取り出した転移結晶は二つ。そのうちの一つをメインメニューを閉じたトーヤへと放ると、空いている左手がきれいにキャッチした。

「アルゲードに知り合いがやってるショップがあるからそこに行くぞ。それ使っとけ」

「あ、ありがとうございます!」

若干戸惑いつつも頭を下げるトーヤが青い結晶を掲げるのを確認して、俺も結晶を握る。
この結晶の代金も、暇があれば後で要求するとしよう。
転移コードの叫びは、ふたり同時に重なった。

「「転移! アルゲード!」」

沢山の鈴を鳴らすような美しい音色と共に、結晶ふたつがはかなく砕け散った。同時に俺の体は青い光に包まれ、転移が開始された。








 
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