戦国異伝
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第六十八話 足利義昭その十二
「あの御仁にわしは殺せぬわ」
「確かに。御主ならばな」
「それはあるまい」
周りの声もだ。その彼の言葉に納得して頷く。
そうしてだ。彼に口々に述べたのである。
「では織田信長に近付くか」
「そうするのじゃな」
「そのつもりじゃ」
余裕そのものの口調での返答だった。
「どうも興味が出てきたわ」
「では織田家に入るのか」
「そうするのか」
「それも面白いのう」
「わかった」
彼の言葉はだ。周囲は頷いた。
だが、だ。ここでだ。彼等はその彼に対してこう言ってきたのである。
「しかしじゃ。よいな」
「御主は十二家の一家の主じゃ」
「我等の血脈の中にいる」
「そのことは忘れるな」
「そしてじゃ」
さらにだとだ。彼等は剣呑な声で彼に言っていく。
「ないとは思うが我等は裏切るでないぞ」
「この血脈は裏切れぬぞ」
「それはよいな」
「わかっておるな」
「うむ、わかっておる」
それはだとだ。彼も答える。しかしだ。
そう言われてもだ。周囲は言うのだった。
「だが御主はこれまで多くの裏切りをしてきておる」
「それはこの乱世をさらに乱す我等の務めではあるがじゃ」
「それでもかなり荒くしておるな」
「それは必要だからしておるのか」
「ははは、それは違う」
笑ってだ。彼は周囲の問いを否定した。
そしてそのうえでだ。彼は言うのだった。
「わしはこの血脈故にああしておったのじゃ」
「そうであればよいがのう」
「我等の闇の血脈に従いそうしておるのならな」
「それならよいが」
「案ずることはない。血脈は裏切ることはできぬ」
微かにだ。彼の言葉に苦いものは宿った。だがそれはあまりにも僅かでしかも一瞬のことなので誰も気付かない。疑われることもなかった。
そのことに内心安堵してかだ。彼は言うのだった。
「そういうことじゃ」
「ではじゃ。織田家に入るなり何なりするがよい」
「しかし闇の衣は隠してな」
「そうするのじゃ」
「わかっておる。それはな」
闇についてもだ。彼は答えた。今度の返答は当然といった感じだった。
そしてだ。彼は周囲にさらに話した。
「では本願寺に延暦寺のことは頼むぞ」
「わかっておる。そちらは任せよ」
「奴等も使おう」
「それに幕府もな」
「乱世じゃ。使えるものにはこと欠かぬ」
闇の中の中央でだ。とりわけ力のある声が響いた。
「そしてそういったものを全て使いじゃ」
「はい、そのうえで」
「この乱世をさらに乱しましょう」
こう話す彼等だった。誰も何も見えない闇の中でだ。そうしたのである。
第六十八話 完
2011・11・29
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