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八条学園怪異譚

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第五話 水産科の幽霊その五


「そうなったら」
「まあ。お守りもお経もあるから」
「大丈夫?」
「ここまで持ってたら大丈夫よ。お札もあるし」
「そうね。じゃあね」
「耳なし芳一は耳だけ書いてなくて耳を切り取られたけれど」
 小泉八雲の名作だ。尚平家の者達の墓は実際に京都にある。芳一はそこで平家物語を語っていたのである。
「私達の場合はね」
「どうなのかしら」
「これだけ持って身に着けてるから」
「幽霊に見つからない?」
「そう。大丈夫だから」
 こう言うのだった。
「安心していいわ」
「だといいけれど」
「幽霊には私達の姿は見えないわ」 
 聖花は自分にも愛実にも言い聞かせた。
「声も聞こえないし匂いもしないわ」
「その二つ確かなの?」
「多分ね」 
 声と匂いについてはこう言う聖花だった。
「多分だけれど」
「多分って」
「まあとにかく。安心していいから」
「だといいけれど」 
 愛実は聖花の言葉に納得しかけた。だが、だった。
 その二人の後ろから声がした。若い、二十代の男の声だった。 
 声は二人にこう言ってきた。その言葉は。
「先程から何を言っているのだ」
「!?」
「まさか!?」
 二人はその声にぎくりとなって背筋を伸ばした。顔はこれまで以上に蒼白になった。
「幽霊!?」
「当直の先生ですよね」
「生憎だが私は先生ではない」
 二人にとっては絶対に聞きたくない言葉だった。
「私は軍人だ」
「軍人ってまさか」
「帝国海軍とか?」
「けれど帝国海軍ってもうないから」
「自衛隊の人ですよね」
「自衛隊?あれは子供のお遊戯だ」
 二人にとってまたしても聞きたくない言葉が出て来た。二人は恐怖のあまりその後ろを振り向くことはできなかった。
 振り向けばそこに誰かがいる。しかしだった。
 どうしても振り向けない。それでだった。
 愛実は聖花に対してこう言った。がたがたと震える声で。
「聖花ちゃん、ここはね」
「ここは?」
「逃げよう。振り向かないでね」
 そうしようというのだ。
「全速力で」
「そうね。こうした場合は振り向いたらね」
「首をばっさりよ」
 また首のことを言う愛実だった。
「その瞬間にね」
「そうね。こうした幽霊はね」
 聖花も雪の様に白くなった顔で応える。
「そうなるから」
「じゃあ今からね」
「ええ、ダッシュで逃げましょう」
「絶対に振り向かないで」
 こう話して今から全速力で走ろうとする。しかしここでだ。
 後ろの声はその二人に穏やかな声でこう言ってきた。
「安心するのだ。私は海軍将校だ」
「ですから海軍なくなってもう六十年以上経ってますから」
「貴方生きてる人じゃないですよね」
「うむ、私の肉体はもうない」
 相手もこう答える。今の二人にとっては聞きたくないことに。
「死霊と言うべきだな」
「じゃあ逃げましょう」
「そうね。全速力で」
「お守りもお経も効果ないみたいだし」
「それじゃあ」
 二人はあらためてダッシュで逃げようとする。しかし声の主はその二人に対して再び言ってきたのだった。 
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