少女1人>リリカルマジカル
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第四話 幼児期④
「おぉ、いい天気だ」
太陽燦々。俺はベッドから身体を起こし、部屋の窓から覗く朝日に目を向ける。この頃寒い日が続いていたからな。まだ肌寒いとはいえ、この天気なら今日も元気に放浪できそうだ。直射日光万歳。今なら俺、光合成できるかも。
「うぅ……、さむぅい…」
「こーら、アリシア起きろー。朝だぞー。布団にもぐりこむなー」
なんということだ。妹が布団と合体してしまった。しかも俺の布団まで巻き込みやがった。爽やかな朝という雰囲気をかもし出して、寒さを誤魔化していた俺に現実を突き付けてくるとは。てか寒い寒い。朝はまじで冷えるんだぞ。だから妹よ、お兄ちゃんのお布団を返しなさい。
「やっ」
「やっ、じゃない。起きるか、布団返すかどっちかにしなさい」
「むふー」
「あ、こら寝るな! そんな天使みたいに幸せそうな顔でうとうとしたって駄目だからな!? 首から下が巨大ミノムシなくせに!」
ゆっさゆっさ、と妹を動かすがびくともしない。本当に寝やがった。今ならチャージしたソーラービームっぽい何かが発射できる気がする。いや、できないんだけどさ。
しかしどうする? 正直もう起きたらいいんだけど、妹のご満悦な寝顔を見ているとかわいいけど、………なんかちょっと悔しい。二度寝の心地よさが、妹の表情からひしひしと伝わってくる。妹の幸せはお兄ちゃんにとっても幸せではあるけれど、だからといってなんでも甘やかす気はない。
布団は妹がしっかりと包まっており、取り戻すのは至難の技だろう。だがな、そっちがその気なら、俺にだって考えがあるぞ!
******
「……そろそろ2人とも起きたかしら?」
テスタロッサ家の朝はそれなりに早い。というのも、ブラック企業なみに仕事量があるため、それに伴い出勤も早いからだ。プレシアは朝ごはんのサラダを皿に盛りつけ、焼きあがった食パンをバスケットへと詰めていく。それと同時に、今日の晩御飯である食事の準備をあらかた終え、冷蔵庫の中にしまっておく。
時計を見ると、6時を少し過ぎた頃らしい。7時頃には仕事場へ向かう必要があるため、そろそろ急がなくてはならない時間だろう。しかし多くの開発者は、開発研究者用の寮に住んでいるため、仕事場までそれほど移動時間がかからない。もし遅れそうになっても、アルヴィンが転移で送り届けてくれるため、ギリギリまで子どもたちのために時間がとれる。
「それにしても、あの子のレアスキルには本当に助けられているわね」
自身が呟いた言葉に、記憶が反芻する。今でこそある程度制御して使っているが、最初の頃は色々大変だった。今よりも幼い頃は、周りに迷惑をかけてしまったこともあるし、誤作動で何回かやらかしたこともあるからだ。
彼女の脳裏に思い出されるのは、息子が上層部の頭に誤まってバケツを転移させてしまったことや、上層部の食事に誤まってタバスコを転移させてしまったこと。
さらに、夫の背中に誤まって転移して空中突撃をしてしまったことや、上層部の服を誤まって転移させて素っ裸にしてしまったことなど、息子の失敗談が溢れるように出てくる。
……果たして本当に誤作動だったのか疑問に思うほど、被害が集中しているが。この時の加害者の少年は一言「ワザとじゃない、俺2歳児だよ。頑張って出来るようになるから」と弁解し、釈放、再犯ループ。さりげなく反省した態度をみせるため、大人も怒鳴れない。相手の沸点を見極める2歳児。えげつない。
ちなみに、昔母親があまりの仕事量で体調不良になりかけた時があった。とある1人の子どもが上層部の人間を見ながら、「あいつら、そういえば育毛剤とか使っていたよな…」とボソッと呟きながら、とある薬液を片手に持って、薄く笑っていたらしい。それから数日後、上層部の何人かの頭の上がなぜか非常に風通しがよくなってしまい、ショックで寝込んでしまったのは余談である。
プレシアはベランダから見える駆動炉を眺める。未だ建設途中だが、駆動炉の中核はほとんど出来上がった。もちろんまだまだエネルギーの調整や魔力の運用などの研究が必要であり、とてもではないが完成まであと数年は確実にかかる。それなのに、上層部の都合で厳しくなるスケジュールには、想定よりも早い完成が目指されていた。
彼女はそれに不安を覚える。開発者として、もっと念入りに開発を行っていくべきだと考えているからだ。これほどの大型の魔力駆動炉なのだ。もしも、を思えば不安にならない方がおかしい。だが、それを上層部が取り合ってくれることはないだろう。
思考が暗くなる自身に頭を振る。ここで憂鬱になっていても何も変わらない、とプレシアは朝ごはんをテーブルへ運び、エプロンをはずす。なによりも、こんな表情を子どもたちに見られたら心配させてしまう。
そこまで考えて、プレシアは未だにその子どもたちが起きてこないことに気づき、疑問を思った。アルヴィンが大抵先に起きて、このぐらいの時間になったらアリシアと一緒に起きてきてくれるからだ。だが、今日は一段と冷える日のため、温かい布団で寝入ってしまっていても仕方がないのかもしれない。
プレシアはそんな2人の寝顔を想像し、柔らかく微笑んだ。きっと寝室の扉の向こうには、あどけない寝顔の兄妹がすやすやと眠っているのだろう。寝かしてあげたいとも思うが、時間が迫っている。彼女は寝室に向かい、2人を起こすために扉を叩こうとした……が。
「お兄ちゃん、ずるい! 転移ずるい! さむいーー!!」
「ふはははは! お兄ちゃんのお布団を奪うなんざ、10年早いわ!」
「私のおふとん返してよー!」
「あぁ、ぬくぬく。妹よ、これが現実だ。兄とは時に立ちはだかる壁として存在するものなんだ……って、あ、ちょっ、ぐえぇッ!! ア、アリシア! 『かたくなる』しかできないトラ○セル状態の俺に、『のしかかり』は駄目だよ!?」
「ファイトー! いっぱぁーつ!!」
「それ確かに頑張る時の掛け声にって教えたけど、ここで使うのちがぁう!? だから丸太を押すみたいにごろごろしちゃだめっ………あ、ブフォオッ!!」
「さいごに愛はかぁーつ!」
「…………」
その時プレシアは、ベッドから転げ落とされた兄と、取り返した布団を片手にガッツポーズで、布団愛を叫ぶ妹の姿を扉越しからでも幻視できたという。
******
「うちの妹のはっちゃけ具合に、お兄ちゃんとして色々と心配なんだが」
「そうなの?」
はい、そうです。それにしても未だに腰が痛い。妹の布団愛をなめていたのは、俺の方だったというわけか。油断は禁物という言葉が身にしみたぜ。
「2人とも元気なのはいいことだけど、やりすぎたり、怪我しちゃ駄目よ?」
「「はーい」」
朝ごはんを食べながら、母さんの言葉に兄妹揃ってうなずく。俺も妹もさっきみたいにじゃれることは何回もあるが、本当の喧嘩はしたことがない。というか俺としては、これから先もそんなことをするつもりもないが。しかし相変わらずうまいな。この野菜スープはおかわり確定。もぐもぐ。
「ところでずっと不思議に思っていたのだけど」
「え、何?」
「アルヴィン、『コーラル』はどうしたの? 最近全然見ていないけど…」
「コーラル? …………あ、あぁ! うん、コーラルね。コーラル」
いや、覚えていますよ。ちょっと記憶からアボーンしていただけで、ちゃんと覚えていますとも。だから母さん、そんなかわいそうな子を見る目はやめて下さい。あとアリシア、コーラルの名前を聞いて首をかしげてあげないで。さすがにそろそろ思い出してあげて。
「アルヴィン、いくらなんでも自分のデバイスの存在を忘れるのは…。だから最近は、朝起きる時間もまちまちだったのね」
「あっ、めざまし!」
「あははは、まぁそんな感じ。あと妹よ、確かにコーラルは目覚ましの役割もしてくれていたが、それで思い出してあげるのもどうかと」
一応デバイスは、魔法を使うための補助器具なんだし。実際に魔法らしい魔法も全く使っていないし、むしろ魔法の存在自体時々忘れている俺が言うのもなんだけどさ。どうも転移が便利すぎるんだよな。あともう1つ理由もあるんだが…。
まぁなんだかんだ理由があって、俺のデバイスは本来の仕事がまったくできていない。おかげでその他の用途ばかり、増えてしまった気がするけど。
「それでどうしたの? もともとちょっとおかしなデバイスだけど、本当に何か故障してしまったのなら、素直に言いなさい」
「大丈夫だよ母さん。コーラルがなんかおかしいのはともかく、壊してなんかいない。コーラルはただちょっと出張に出掛けているだけだから」
「……なんでインテリジェントデバイスが出張しているの」
さて、『コーラル』は俺が3歳の時に、母さんから受け取ったインテリジェントデバイスである。起動すると、まさに魔法の杖という感じになるのだ。
最も俺がコーラルを杖の状態にすることは稀なので、だいたい緑の宝石のまま、……つまり球体でふよふよしていることが多い。さすがは自律行動や人工知能を持つインテリジェントデバイス。機械と魔法が組み合わさるとすごいな。
ところで、魔法の形態にはミッドチルダ式とベルカ式という主に2つがある。古代とかなんとかもあったと思うが、そこらへんは割愛。俺はそこんところの専門家ではないから詳しくはわからんが、要は前者が魔法使いタイプ、後者が魔法戦士タイプが多いというところだろうか。
ちなみに俺はミッド式を使っている。母さんがミッド式の使い手であることも影響しているが、なによりも正面切ってガチンコ勝負とかまず無理。剣とか危ないじゃん。普通の元現代っ子の俺が、刃物持つなんて怖いに決まっているだろう。
なのでミッド式万歳。遠距離攻撃愛しています。リリカルの魔法って非殺傷設定とかあるおかげか、危ないことには違いないが、魔法を使うことに俺はそこまで拒否感を感じなかった。
「母さん、どんなものにも適材適所はあるんだよ。あいつは今、もっとも輝ける場所で頑張っているんだ」
「マスターの手の中以外に、適所があるなんて聞いたことがないわ…」
とりあえず俺なりに、母さんに説明を試みてみた。しかし母さんはさらに混乱してしまった。なぜだ。
「コーラルはそのうち、ひょっこり帰ってくるから大丈夫だよ」
「……デバイスもふらふらするのね」
「お兄ちゃんみたい」
母さんが何か諦めたような顔をしている。でも確かにコーラルのスキルに『単独行動:A』ぐらいはあっても俺は驚かない。しかし、俺とコーラルって似ているか? ペットが飼い主に似るとはいうが、性格は全然違うぞ。なのになんで母さんは、納得がいったって顔するのさ。ねぇ、なんでさ。
「もう、デバイスはちゃんと携帯しなくちゃ駄目よ。もしも危ない目にあったらと思うと、お母さん心配なんだから」
真っ直ぐに俺の目を見て話す母さんの言葉に、俺は曖昧に笑いながらも小さくうなずいた。確かに母さんが言うことは、最もなことだからな。
コーラルは俺の魔導師用の杖として作られたが、一番の理由は俺たち兄妹のためだ。母さんは今の仕事に就いた頃、俺たち兄妹だけを長いこと家に置いておくことが心配だった。そこで、本来なら数年後に渡す予定だったものを繰り上げ、俺たちに危険がないように、話し相手になれるようにと渡されたのだ。
それと現在、俺たちが転移を使って放浪していることを、母さんは知っている。危ない場所にはいかない、絶対に知らない人にはついていかないなど、約束をして放浪している。俺たちに家で寂しい思いをさせるぐらいなら、せめて楽しませてあげたい、と母さんは言ってくれたからだ。本当に母さんには頭が上がらないよ。
「いい、アルヴィン。もし危なくなったらすぐに念話で知らせるのよ。それを聞いた周りの人が、助けてくれることもあるから」
「はーい」
それにしても、……なんかデバイスが警報ブザーみたいな扱いな気がした。
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