故郷は青き星
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第四話
エルシャンは父、ポアーチに連れられて、惑星フルントを離れてフルント星の衛星ツルキとのラグランジュ点に建設された軍の施設へとやって来ていた。
家を出て車で郊外の空港に着くと、簡易宇宙服──多少かさばる作業服のようなオーバーオールに、対放射線・体温調節・酸素供給の機能と、ヘルメットを併用する事で機密性も保持。そしてトイレ機能を持つ。船外活動用の装備ではなく、事故があった場合に宇宙空間での一定時間の生存を目的とした装備──に着替えさせられると、そのまま地球の小型ジェット機のような機体に乗せられると、離陸から僅か1時間ほどで到着し、改めて自分が前世で読んだSF小説の世界にいるのだとエルシャンは実感した。
「あれがシルバ族の第6艦隊旗艦であり、我がトリマ家が保有する機動要塞シルバ6だよ」
展望室の窓の外に見える遠近感の狂いそうなほど巨大な球体を指差すポアーチ。
エルシャンにとって、それは色んな意味でど肝を抜かれる衝撃的事実であった。
あの巨大な要塞がトリマ家の所有物であることに驚き、我が家があれほどのものを所有できるほどの資産があるということに驚き、普段の生活でそんな感じが全くしないことに驚いた。
確かに他所よりは多少裕福な家庭ではあるとは思う。家だけは古いがかなりの立派な屋敷ではあるが、広い家を維持するためにハウスキーパーを雇っているわけでもない。良く言ってぎりぎり上流家庭未満といったところで、父が忙しくはあるが決まった時間に縛られている様子が無いので、小さな会社の二代目社長辺りでは無いかと思っていた。
とにかくシルバ6の威容。その巨大さに理屈ぬきに圧倒された。前世と今世を通してこれほどの驚きに遭遇したのは、前世で死ぬ原因となったSUVが自分に突っ込んでくるのを見たとき以来だとエルシャンは思った。
「大きいだろ。びっくりしたかい?」
まだ衝撃から精神的回復がなされていないエルシャンは黙って縦に首を振る。
そんな息子の、自分の前では滅多に見せない子供っぽい様子にポアーチは、内心嬉しさがこみ上げていた。
生まれたばかりで原因不明で昏睡状態に陥り、無事に育ってくれるか危ぶまれたが、その後意識を取り戻した後は順調すぎるほど順調に育ち、彼にとって心配も手間もかからない。むしろもっと親として色々手をかけさせて欲しいと思わずにはいられない。そんな息子だった。
エルシャンが生まれる前に周囲から色々と聞かされていたのと様子が違うとは思ったが、一番最初の子供だけに現実はこういうものなのかとも思わないでもなかったが、やがて下の子供達が生まれると、やはりエルシャンは他の子供とは違うと強く実感させられた。
エルシャンは妻の事をママと呼ぶ。そして妻や下の子供達の前では私をパパと呼ぶ。しかし私と2人っきりで話す時にだけ、時折お父さんと呼ぶ。エルシャン本人は、その事に気付いていないようだが、極々自然に私のことをお父さんと呼び、話し方やその内容も子供とは思えない。最初は家族の中で私だけエルシャンに疎外されているのかとも思ったが、そうでもないようで、むしろお父さんと呼ぶ時の方が自然で寛いでいるようにも見え、逆に家族の中で私以外には自分が年相応に見えるように振舞っている様に思えた。特にエルシャンを溺愛する妻の前では、その想いに応えよう可愛い子供でいようと、出来るだけ子供っぽく振る舞っているように見える。つまり自分が普通の子供と違うことはエルシャン自身が一番よく知っている──そう考え至った時以来、ポアーチの胸にはそれまで以上の息子への愛おしさが芽生える。
賢いゆえに自分を偽る。愛に包まれていながら孤独な我が息子が、ありのままでいられる家庭を作りたいと思うと同時に、演技でもなんでもなく普通の子供としての息子を見たいと思っていた。その思いが今日一歩前進したのだった。
「……な、な、何であんなのが家に?」
ようやくエルシャンの口を突いて出た言葉は震えていた。
「200年ちょっと前に、5代前の……そうだな父さんの祖父さんの、そのまた祖父さんの父さんが手に入れたらしいけど、我が家はシルバ族の中でも名門……とても偉い一族だったらしく、かなりのお金持ちだったんだよ。今は面影もないけどね」
アハハと笑った後、そんな必要もないかと思いつつもポアーチはエルシャンにかみ砕いた説明をする。もし自分が大人に説明するように普通に話して会話が成立した場合。そのことにエルシャンが気付いたら、今の親子関係のバランスが崩れると恐れたからだった。何時の日にか全て打ち解けて話し合えるようになりたいと思いつつも、今はまだ早いとポアーチは考えていた。
300年前。連盟に加盟したばかりのフルント星社会は、六大民族──アルキタ族。カルイ族。シルバ族。キルシュウ族。シコルク族。エルゾ族を中心とした各民族による国家。 その代表者である族長達の首長会議による緩やかな国家連合に過ぎなかった。
そして各国々の政治体制も、族長を中心とした少数の各有力氏族一門によって支配される旧態依然な封建的な社会であった。
しかしフルント人のその高いパイロット適正により、多くのフルント人が傭兵パイロットとして連盟軍に所属し報酬を得て貨を得るようになると、大量の連盟通貨がフルント星内の市場に流入するようになる。しかも各国の統一通貨が存在しないフルント星において、連盟通貨が公式レート以上の価値を持って半ば統一通貨として扱われ始めると、経済は活性化する一方で経済統制が効かなくなり、資産を持った下級氏族達が数多く台頭する中で、領主達の経済力と影響力は低下の一途をたどった。
封建領主階級を成す上級氏族と平民階級にあたる下級氏族の格差は縮小すると、力をつけた下級氏族達は子供達への教育に力を注ぎ始める。
やがて教育を受けた子供達による世代がやってくると、生活に余裕があり教育を施された人間が、次に求めるのは自己の権利の確立、つまり民主主義の台頭に他ならなく、巻き起こる自由民権運動にフルント星における封建制度自体が揺らぎ始める。
しかし、この封建領主と平民による階級闘争は、連盟の介入によって間もなく収束を向かえることとなる。
既に連盟とっては優秀なフルント人パイロットの存在無しに第二渦状支腕(サジタリウス腕)防衛線が成立しないと分かっており、フルント星での血で血を洗う階級闘争による社会不安、そしてパイロット不足など悪夢以外何物でもなかった。
事態解決のために連盟から派遣された調停官、グドゥルル・デンレスは、この任務に重要さに似合う優れた政治能力を有した人物であったため、連盟加盟国の中では珍しい──と言うよりも歴史資料の中に見出すしかない──封建社会という社会構造に苦しみつつも打開策を見出すことに成功する。
下級氏族が豊かさと自由を求めているのに対して、上級士族達が求める根幹にあるのが名誉であることに気付くのが解決の1第一歩だった。
フルント人の領主階級にとって何よりも名誉を得て、そして守ることが生きる目的であり、物理的豊かさは名誉に付随する余禄に過ぎなく、むしろ物理的豊かさに拘るのは恥という考えが根強く残っていた。
また他星系への入植という連盟加盟の条件を満たしたとはいえ、未だに全フルント人による統一国家が存在しておらず各民族間の軋轢が大きい中、フルント星よりも遙かに進んだ文明を持つ連盟が新たなステータスであると考えられていたため、連盟および連盟軍にて彼等に高い地位を用意することは彼等の名誉欲を強く満たすことになった。
一方、連盟軍内のおいてフルント人パイロットの集中運用を求める声が強かった。
フルント人パイロットは初陣を迎えたばかりのルーキーでさえも連盟軍のエース級のパイロットを凌ぐ技量を持ち、他の連盟軍パイロットとチームを組ませても能力差が激しく戦力として計算するのが難しく、ハイコスト機とローコスト機を組み合わせて運用するHi Lo Mix運用のようなメリットはパイロットの場合は無かった。
そのためフルント人のみで構成された部隊の創設が急務とされていたが、彼等は傭兵として個人契約で雇われ自由に各部隊を渡り歩くことを好んだ。
平民階級とはいえ長く封建社会に馴染んだ彼等は、民族・氏族を単位とした集団の中に身を置き、仲間たちとそして集団を率いる長に従って行動する。
ところが純血主義が強く残る彼等にとって、他の種族の者を長と認めて従うのは受け入れがたく、一つの部隊に所属し続けるのは避け一時だけの仮初の長に従う。それが彼等の妥協であり、それがフルント人パイロットのみの部隊を作る大きな障壁になっていた。
一方で生活の豊かさや自由を求めて平民たちは上位士族達に階級闘争を仕掛けていたが、前述のように彼等は長い封建社会により上位氏族の者に従うと言う習慣が、遺伝子レベルといっても過言ではないくらい強く刷り込まれていて、尊敬できる上位者の支配を受けたいという思いも強かった。
結局、彼等フルント人パイロットの上に立つ人材は、フルント人の領主階級の人間しかおらず、その方向でグドゥルルが各方面に対して調整を進めたのだった。
既に【敵性体】に敗退して撤退した戦線から引き上げられた戦力である旧式大型機動要塞と艦隊の大量売却。
これは本体の価格はゼロとして、修理・近代化への更新の費用のみ──それすらも大幅に割り引いて──を購入する上級氏族が負担するというものであったが、それでも購入に掛かる資金は大きな負担であり、彼等が持つ資産は著しく減少したが、それに怯むどころかむしろ上級氏族内では競い合うように軍備拡張に残る資産を投下することになった。
元々、大型機動要塞は拡張性を考えて建造されているので、【敵性体】との戦争初期に建造された要塞も、基本構造は最新型と変わらないため、上級氏族は近代化のみならず最新型への更新すら行わう。
資産の全て使い果たした後は、戦果によって連盟から支払われる莫大な報奨金を、惜しむことなく全て艦隊の運営に注ぎ込み、自らの生活は連盟軍から支払われる役職手当のみで生活するなんてことが上級氏族の中では当たり前となってしまい。挙句にはその役職手当さえも艦隊運営費につぎ込もうとする者まで現れる始末だった。
いまや自分達と同じレベルにまで生活を切り詰めて戦争と向かい合う領主達の姿勢は、全てのフルント人の心の琴線に触れ、上級氏族への尊敬の念を新たにすると階級闘争は急速に収束へと向かった。
グドゥルル・デンレスは「私の目指した形とは多少異なるが、無事に事態が終息して良かった」と言い残しフルント星を後にすることとなる。
この事は連盟内でもニュースになり、そこまでして【敵性体】との戦いに望むフルント人を好意的に報じられたが、ニュースの最後にコメンテーターが漏らした呟きがニュースを見た全ての人の意見を代弁していた。曰く「病気だ」と……
その後フルント星は国家連合から前進し、統一国家へとなったが、各国政府が看板を『フルント統一政府』と架け替えたに過ぎない状況が100年ほど続き、フルント人がが自らをフルント人であると意識するようになったのは、ここ100年の事に過ぎない。
「まあ、そんな訳で我が家の家計は今みたいな感じなんだよ。その代わりこのシルバ6は第二渦状枝腕(サジタリウス腕)防衛戦線において最高の大型機動要塞と呼ばれるくらいで、我が家の自慢なんだよ……」
息子の顔にはっきりと浮かぶ呆れたような表情にポアーチはたじろぐ。本人的には事実を出来るだけオブラートで包み込み子供受けするように説明したつもりだったが、失敗の2文字が彼の頭の中を過ぎる。
シルバ6は直径500kmを超える巨体だが、大きさに関してはこのクラスの大型機動要塞としては標準サイズであり、一番多く建造された標準艦といえる。
航宙母艦──全長約2,000mの船体に800機を越す戦闘機を搭載する。ただし実際の戦闘時に航宙母艦に所属するパイロット数は300人程度で、戦闘時に機体が撃破されてもパイロットは即座に新たな擬体に同調し再出撃が可能なので、残りの機体は全て予備機となっている。という建前だが、パイロット不足が大きな要因だった──が4隻を基本とする機動艦隊640個。2560隻と予備艦の280隻を格納し整備可能なドックを有するのみならず、ほぼ同等の艦隊を無補給で再建しうる生産能力とその為の資源を搭載する。要塞にして工場。そして資源基地の能力を兼ね備え、半径100光年の宙域を無補給で長期に渡り【敵性体】の侵攻から守り続ける能力を持つ。そんな同クラスの機動要塞の中でも、ポアーチが第二渦状枝腕(サジタリウス腕)防衛戦線最高とシルバ6を呼称する最大の理由は、搭載されたマザーブレインと超光速通信関連施設の性能だった。特に今回の補給で関連施設は全て最新の物に換装されることになっていた。
この両者の機能により、パイロットと擬体のラグタイムは現在の4/1000秒──擬体からの情報伝達と、それを受け取ってからパイロットから擬体への情報伝達があるので、実際はその倍のタイムラグが発生する──から5-10%程度の向上が見込まれる。
ラグタイムの減少は、他の連盟軍ではメリットとしては小さく、専ら戦力の強化は防御力の強化や、打撃力の強化に直結する搭載戦闘機の更新にリソースを注ぐのが一般的であったが、フルント星部隊には、その僅かに短縮された時間を使いこなせる優れたパイロットを大量に擁しているために、比較的少ない投資──絶対的には決して少なくない──が戦力強化に繋がる。その事を真っ先に気付き、そしてその方針を貫いているのがトリマ家のシルバ6である。
そんな彼の熱の入った説明に、次第に冷え込んでいく息子の視線。
今回の施設更新に幾ら掛かったかを説明するのは止めておこうと判断したポアーチは空気の読める男だった。
「ところでエルシャンもそろそろパイロットとしての適正くらい確かめてみてもいいんじゃないかな?」
強引に話を逸らしたが、その逸らした先は本来の目的でもあった。
シルバ族の10大氏族に数えられる誇り高きトリマ家の嫡男としては、まず戦士であることが代々求められてきた。
そして現在においては優れたパイロットであることが戦士の証であり、当然エルシャンにもそれが求められる。
「適正ってどうするの?」
いたって普通の口調で返事をしながら、エルシャンの耳はピンと立っていた。
彼の前世である田沢真治は1993年生まれ。その頃の世の中はスーパーファミコン全盛時代。完全なゲーム世代でありその潮流に乗って育った。
しかも何を間違ったか、よりによって時代遅れのSTGにハマッてしまい、弾幕ゲームに幼少期を捧げてしまった男であり、長じて3Dシミュレータータイプのフライトシューティングゲームにハマり、青春時代も捧げてしまった漢であった。
地球製のゲームなんて比較にならない、もの凄いシミュレーターを想像して興奮が抑え切れずに尻尾が振れる。
「興味あるの?」
「あります。興味あります!」
予想外にテンションの高い息子の食いつきぶりに内心たじろぎつつも、理想的とも言える展開にポアーチはほくそ笑む。
どこか醒めたところのある息子に『興味ありません』と一刀両断にされる恐れもあり、それを避けるために、わざわざ宇宙まで足を運びシルバ6の雄姿を実際に見せてまで興味を惹こうとしたのであった。
「じゃあ、やってみる?」
息子の気が変わらない内にと畳み掛けるポアーチ。
「うん」
「よしそうか、じゃあさっそくやってみるか!」
思っていた以上のスムーズな展開に漏れ零れそうな笑みを堪えると、エルシャンの手を取って展望室から最寄の擬体同調室に向かう。
擬体同調室とは、文字通りパイロットが擬体と同調するための施設だが、専属のパイロットなどいない補給基地でもトイレと変わらないくらいの数が設置されている。それは緊急の際には事務官や技官であろうとも軍属はすべてパイロットとしての任務に召集される為、基地内にいるなら即座に任務に就けるように数多く設置する決まりになっていた。
扉を抜けて部屋に入ると、すぐ2m先に壁があり、横幅も扉を中心に左右3mほどしかない狭い部屋で、正面の壁にはちょうど人が一人が入る大きさのカプセルが5列並んでいるだけだった。
「エルシャン。背中からそのカプセルの中に入るんだ。入ったらカプセルは閉じるけど、何の心配も無いから安心していいよ」
「わかったよ。お父さん」
『はい、お父さんが出ました!』ポアーチは息子が自然体でこの状況を受け入れていることに安心する。
後はエルシャンが人並み程度のパイロット適正を示してくれれば何も問題は無いと思う。一流のパイロットとして尊敬は受けられなくても、侮られない程度であれば良い。何れトリマ家の嫡子として艦隊司令の地位を継ぐのだから、パイロットとしての任務よりも艦隊司令としての任務──主に書類仕事。基幹艦隊の司令が戦闘時に直接指示を出す場面などはほとんど無い──に精勤することになる。幸いそちらの方は賢い息子なら何の心配も要らないと確信していた。
「じゃあ、先に入って見せるから後に続いてどこでも良いからカプセルに入るんだよ」
「はい」
ポアーチがカプセルの内部に背中を預けるようにしてもたれ掛かると、カプセルの開口部が左側からせり出してきた扉によって閉じた直後、カプセルと室内を隔てるようににアクリル板の様に透明な仕切りが下からせり上がり、ポアーチの入ったカプセルはゆっくりと壁の奥の方向に倒れ、そのまま更に奥へと入って行く。
どうなるのかと仕切り越しに中を覗き込もうとすると、ポアーチの入ったカプセルの位置に別のカプセルが上から降りてきた。
「おおっ」
そんなギミックに感嘆の声を上げる。
エルシャンはここが、前世で子供の頃見たアニメのような仕掛けに胸が高まる。
この世界の技術はあまりに地球より進み過ぎていて実感が湧き辛く、今の位のギミックの方が彼には実感を与える。所詮技術の進歩とは階段のように順を踏んで進んでいくものであって、一足飛びに何段も進歩の過程抜かしてしまった技術を見せられても、それは既にオカルトな存在に等しかった。
カプセル内に入り背中を預けるととても気持ちの良い感触だった。特殊な緩衝用ジェル入りのクッションで長時間の戦闘での肉体的負担を抑える言う仕様だが、そもそもパイロットは連続1時間程度の戦闘でフィジカル以前にメンタル面での限界を向かえるため、ベッド代わりにこの施設を利用する者が後を絶たない始末だった。
「おおっ!」
その感触を味わう間もなく音も無くカプセルの扉が閉じると、そのまま後ろに倒れこむ。その感覚にまるで遊園地のアトラクション気分で歓声を上げる。完全にこの状況を子供のように楽しんでいた。
地球の現代日本に比べると、フルント星は文明が進んでいる割に文化の面で遅れている。そもそも楽しむということに対しての貪欲さが地球人と比べると乏しいとエルシャンはこの5年間で幾度と無く感じてきた。
トランプのようなカードゲームの類は、フルント星にも存在するが、どちらかと言うと賭け事の道具としての存在であり、子供が遊ぶようなゲームは存在しない上、コンピューターゲームの類も、ゲームと言うより教育的な要素が強く、遊びながら学ぶという方向だった。
同様に漫画やアニメの類も存在したが、ゲームと同じく歴史などの学習内容を漫画やアニメで分かりやすく解説する目的で、しかもこれら全ては子供向けに知能的発達を促す知育素材で、現在はある程度脳の発達が進んだ段階で、必要な情報は脳に直接刷り込む装置が存在するので非常にニッチな存在となっていた。
当然、遊園地のような施設は存在しなく、公園にブランコなどに似た遊具が置いてあるくらいだった。
無論、近所の公園で弟『で』遊んだのは楽しい思い出であり、母が妹達を乗せたベビーカー越しにその様子を撮影したビデオを両親と一緒に飽きずに何度も鑑賞したほどだった。
そんな娯楽の乏しいフルント星において、娯楽の王様といえばスポーツであり、特にバスケットボール・サッカー・ラグビーに似た、集団でボールを追いかけるような種目は実際にやるのも試合を観るのも大人気──犬だけに──で、エルシャン的には何故それほど皆が興奮するのか分からなかった。
また、料理してくれる母には悪いと思っているが『飯が不味い!』と言うのがエルシャン最大の不満事で、どうしてこんなに料理が下手なのかと思ったら、それは母に限ったことではなく、自分が生れ落ちたのが飯マズの星だったと知った時は、あまりの逃げ場の無さに絶望して「前世の記憶が無ければこんなに苦しむことは無いのに」と毎晩枕を濡らしたほどだった。
そんな5年間を過ごしてきたエルシャンにとって、これから始まる事は遊びではないと分かっていても心が沸き立つのを止める事が出来なかった。
「エルシャン準備は良いかい?」
「はい!」
父からの通信にエルシャンは待ってましたといわんばかりの元気な返事をする。
「やる気一杯だね」
「はい!」
いつにない息子のハイテンションぶりに訝しむ気持ちが無いわけではなかったが、ここでポアーチは息子の様子を都合良く解釈することにした。
普段冷静な我が子もやはりトリマ家の男子。戦いの空気に心が湧き立っているのだろうと。
こんな父の楽天的な正確に自分の家族生活が救われている事にエルシャンはまだ気付くことは無かった。前世の分を含めれば年齢的に同世代とはいえ、精神は環境に大きく影響を受ける。何度も生まれ変わり子供時代を繰り返し百年分の時を生きたとしても大人には成れない。エルシャンとして31歳の誕生日を迎えなければ、例え田沢真治としての30年の人生があったとしても彼の心が31歳になるわけではない。それどころか子供としての環境に強く影響を受けている彼の精神は若返るというより幼くなっていた。
「よし。それでは訓練モード開始!」
ポアーチの言葉にエルシャンは元気良く「はい!」と応えた。
ページ上へ戻る