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無印編
第十三話 裏 (士郎、なのは、すずか)
高町士郎にとって蔵元翔太とは、大人びた小学生という認識であった。
高町家を悩ませたなのはの不登校事件の際に解決のための重要な情報を持ってきてくれたのが彼だ。そのときの印象は、ずいぶんと大人びた小学生だな、というもので、一年ぶりに会った彼の印象も変わることはなかった。
もっとも、二度目の出会いは、一度目の出会いなど比較にならないほどの衝撃的な内容だったが。まさか、御伽噺の中にしか存在しない魔法の存在を語られるとは思わなかった。日の光が当たらない裏の世界のことも知っているつもりだったが、その士郎をして初めて知る事実だ。
今は、なのはに恭也や美由希という護衛もつけ、魔法の中でも怪我をしないようにしていることで納得している。
魔法というものを認識して、なのはに特に怪我もなく日々を過ごしている最中、突然の知らせが舞い込んできた。
なのはが倒れたと聞いたときは、店の中だったにも関わらず、取り乱してしまった。慌てて翔太に電話して逆になだめられたぐらいだ。しっかり者だとその時、認識を新たにした。
さて、そんな彼だが、なのはが倒れ、病院から帰ってくる途中で恭也が聞いたところによると、どうやら蔵元翔太は、なのはの友達だとはっきり告げたようだ。
魔法騒動の所為で久しく開かれていなかった家族会議、その中で恭也が確かに発言した。驚きのあまり、「本当か?」と聞いてしまったが、恭也は目を逸らすことなくコクリと頷いた。
心底、よかったと思った。同時に一年前といい、今回といい、あの子には頼りっぱなしだな、と思ってしまった。だが、それでもなのはに友達ができたことは嬉しかった。
たった一人かもしれない。だが、そのたった一人を作ることに高町家は一年間、全力で取り組んできたのだ。結局、彼らが授けた機会で友達ができたわけではないが、それでも、友達ができたのだから御の字である。
さて、これらは人数を増やしていくという工程があるわけだが、一人友人ができれば、そこから輪が広がっていくことを期待した。特に翔太の名前は、学校関係者からは、みんなのまとめ役としてよく聞く名前なのだから。
下心ありでいえば、彼と友達になれたことは僥倖だった。彼と友人であれば、他の友達とも触れ合う回数が増えるだろうから。そこから、また友人が増えていくことを期待できるかもしれない。
だからだろう、なのはが倒れた次の日の練習試合のときに翔太が、女の子二人を連れて試合の応援に来たときに思わず翠屋に誘ってしまったのは、そして、翠屋についた後、その旨を家でなのはの様子を見ているはずの恭也に知らせたのは。せめて、これで翔太がつれている女の子たちと仲良くなってくれれば、いや、そこまで贅沢は言わないが、知り合いとしてなのはと話してくれれば幸いだ、と士郎は思った。
◇ ◇ ◇
本日の高町なのはの起床時間はいつもよりも相当遅かった。今日が休日というのもあったのかもしれない。しかしながら、昨夜、恭也から聞いた翔太の伝言が大きな要因であることは間違いないだろう。
―――今日はお休みだから、ゆっくり休んでね。
恭也が翔太の家に送るまで起きることがなかったなのはへの翔太からの伝言らしい。
なんで翔太の家に着くまでに起きなかったのだ、となのはは自分を責める。昨日は、あまりに嬉しいことがあって、気を緩めて寝てしまった。そのせいで、昨日は翔太に別れの挨拶すらできなかった。不甲斐ないことだ。
しかも、今日は朝から一緒にジュエルシードの捜索ができると思っていたら、翔太からの伝言だ。つまり、なのはが寝ているのは半ば不貞寝に近い。今日は、魔法を使うことも禁止されているのでいつまで寝ていても問題はない。なんでも、翔太が家族に魔法を使わせないように言ったらしい。
だが、いくら寝不足だったといっても、昨夜から考えれば軽く20時間以上も寝ているのだ。これ以上、寝ているとまるで目が腐りそうだった。しかしながら、起きたところでなのはにやることはない。倒れる前のなのはの生活は、起床、魔法の練習、学校、ジュエルシードの捜索、魔法の練習、就寝だったのだから、魔法の練習とジュエルシード捜索を禁止されては、学校へ行くか寝るしかない。
―――ショウくん、何してるかなぁ。
特にすることもなかったが、眠たくもなかったのでベットに横になって天井を見上げながら考えるのは、翔太のことだ。そういえば、昨日、看病してもらったのにお礼も言っていない。今度会ったら、言わないと。お礼もいえない子だとは思われたくない。
そうやって、思い出していくと昨日の翔太の言葉が思い出される。
『ずっと隣にいるから』
翔太は確かにそういってくれた。
「ショウくんと……ずっと一緒に……」
それは、実に甘美で、幸福で、素敵な響きだ。翔太の隣にずっといられる。唯一、自分を見てくれる彼がずっと隣にいる。だが、そのためにはもっと、もっと、もっと魔法を強くならなければならない。ジュエルシードの暴走体なんて一捻りにできるぐらいに。そうすれば、きっともっと翔太はなのはを褒めてくれるだろうから。
「えへへ……」
翔太に褒められる自分を想像したのか、やや緩んだ笑みを浮かべるなのは。
―――コンコンコン
気の緩んだなのはの耳に入るこの部屋のドアをノックする音。続いて聞こえてきたのは、聞きなれた兄の声だった。今日は、なのはを心配して、一日家に残っているらしい。
「なのは、起きてるか?」
「うん」
「そうか。父さんからだが、翔太くんが翠屋に来てるらしいぞ」
―――ショウくんがっ!?
たった今、翔太について考えたなのはが翔太という名前に反応しないはずがない。今まで、寝ていた身体をその名前に反応して上体を起こした。
しかし、上体を起こして考える。翔太が翠屋にいることが分かったからといって、どうなるというのだろう。今日は、翔太から休むように言われている。ここで、のこのこと翠屋に顔を出して、翔太と鉢合わせしてしまったら、自分は外を出歩いていることになり、翔太からの伝言を破ってしまうことになる。
もしかしたら、それが原因で嫌われてしまうかもしれない。嫌だ、そんなことは絶対に嫌だ。昨日、せっかく、とても幸せになれう言葉を貰ったのに。
だが、なのはの心の隅に翔太と会いたい気持ちが生まれていることも確かだった。この一週間、翔太と一緒でなかった日はない。必ず、自分だけに向けてくれる笑みを一日一回は見れていた。だが、今日は見ていない。見られない。それがなのはに確かな寂しさをなのはに与えていた。
翔太に会いたい。しかし、会うことで嫌われることを考えると、会いにいくことはできない。会いたいが、会いにいけない。なのはにとっては究極の二律背反だった。
ベットの上でどうするべきか考え込むなのは。会いたい、翔太の顔が見たいと主張するなのはもいれば、翔太に休養日といわれているのに不用意に会って、嫌われたり、呆れられるのはごめんだ、と主張するなのはもいる。
どちらの言い分も理解できる。簡単に言ってしまえば、快楽を取るか、安寧を取るかである。翔太と会えば、快楽は得られるだろうが、安寧はない。この場に留まれば、安寧は得られるだろうが、快楽は得られない。
さて、どちらが正しいか。危険性が未知数である以上、ここまでくれば、もはや個人の好みだろう。行動派の人間であれば、多少の危険を承知で前者を選ぶだろうし、慎重派の人間であれば危険を回避して後者を選ぶだろう。
しかしながら、なのはにはそれを選ぶだけの経験が足りなかった。行動派、慎重派、それらを切り分ける経験がなのはにはない。過去に行動に移して幸いを得られたのなら、行動派を選んだだろう。過去に行動に移して痛い目を見たなら慎重派だっただろう。だが、なのはは行動に移せたことがない。故に、彼女にはどちらを選ぶべきか分からない。
だから、恭也の一言がなのはの行動を決定付けた。
「父さんが、翔太くんと一緒にケーキをご馳走するらしいぞ」
この一言でなのはは翠屋に行くことを決めた。
理由は簡単だ。なのはの父親である士郎が誘っているのだ。つまるところ、士郎の許可が出たことに変わりない。もし、翔太にあって何か言われたとしても士郎の責任にすればいいのだ。そのいわゆる責任転嫁というところまでなのはが計算したかどうかは分からない。なにせ、まだなのはは子供だ。だから、そこまで頭が回ったか分からない。だが、子供であるが故に親という立場からの許可は、なのはが行動する根拠には十分だったのだろう。
なのはは、恭也からの一言を聞いて、ベットから降りて身支度を始めた。せっかく翔太に会うのだから、身だしなみぐらいはしっかりしたいものである。
なのはが身支度を終えて、外に出たのは、恭也から声を掛けられて20分後のことだった。
◇ ◇ ◇
胸の鼓動が抑えられない。
会えないと思っていた休日に不意に出会えるようになった。ただ、それだけでなのはの胸の鼓動は高鳴る。
―――会ったら何を話そう。やっぱりケーキの話かな。
そんなことを考える自分に笑える。つい先週までは、もう何も期待しないと思っていたのに。翔太の前では、なのはも話すことができた。
それは、今まで話した誰かのように早くと急かすような様子もなく、なのはがきちんと話し終えるまで待ってくれるからである。
―――ジュエルシード発動してくれないかなぁ。
翔太に聞かれれば不謹慎なことをなのはは考える。
だが、なのはにとっては自然なことだった。そうすれば、翔太に会えた上に、ジュエルシードを封印したなのはは翔太に褒めてもらえるのだから。もし、そうなれば、今日という休日はなんと幸福な日になるのだろう。
そんなことを考えながら、駅前の商店街を少々早歩きで翠屋を目指すなのは。
やがて、翠屋が見えて、表のオープンテラスに見慣れた翔太の後姿が見えた。一年生の頃、憧れで見ることしかできなかった翔太の後姿はよく覚えている。彼の姿が見えた瞬間、なのははすぐにでも翔太に会いたくなって、早歩きだったのが、駆け寄るように足を速めて、豆粒程度だった翔太がはっきり見えるようになった頃、「ショウくん」と声を掛けようとして―――なのはは息を呑んだ。
その場にいたのは翔太だけではなかった。一緒にいるのは、白いカチューシャをした黒髪の女の子と綺麗な金髪の髪を靡かせた女の子。両者ともなのはの目から見ても可愛いと思えるほどの女の子だ。そんな女の子と翔太が、笑いながらテーブルを囲んでいた。そして、テーブルの上に並んでいたのは、ケーキが載っていたであろうお皿が三つ。
―――え、あ、あれ……?
それは、なのはと翔太が一緒に食べるはずのケーキではなかっただろうか。一緒に食べる姿を想像していたのに。翔太はすでにケーキを食べ終えていた。なのはの知らない女の子と一緒に。
―――ど、どうして?
なのはにはこの状況が理解できなかった。翔太に会えると思って翠屋まで来たというのに来てみれば、翔太は他の女の子と一緒になのはと食べるはずだったケーキを既に食べ終えている。
目の前の状況が受け入れられなくて、どうして、どうして、と疑問が浮かびながら、自分以外と笑いながら話している翔太なんて見たくないのに、なのはの足はその場に縫い付けられたように動くことはできなかった。その結果、なのはの眼は、翔太と翔太と共に笑いあう二人の女の子を見ているしかなかった。
翔太の様子は、なのはの隣にいるときよりも楽しそうで、なのはに見せている笑みよりも嬉しそうで、なのはが今まで一度も見たことがないような表情だった。
翔太の初めて見た表情にも愕然とするなのは。
混乱の極みにあるなのはは目の前の状況が理解できない、理解したくない。
―――自分以外の人が隣にいて、翔太が笑っている姿など。
だが、目の前の状況はリアルであり、なのはがいくら否定しようとも現実だ。
不意に、不意に翔太と話している金髪の女の子が翔太から視線を外して、なのはの方に顔を向け、彼女となのはの視線が合った。その瞬間、金髪の女の子は何かを理解したように笑った、嗤った、哂った。
その笑みが、あんたには、翔太を笑わせることなんてできないしょう、あんたなんてお払い箱よ、と言われているようで、翔太の隣になのはがいることを否定されたようだった。結果、それを契機にして、なのははガクガク震える足と手を懸命に動かしながら踵を返して、その場から逃げ出すしかなかった。
◇ ◇ ◇
息を切らして、肩で呼吸をしながら、なのはは当てもなく商店街を走る、走る、走る。途中、足がもつれて、ヘッドスライディングのように地面をすべり、ハイソックスが破れ、翔太に見てもらうために見繕った洋服が汚れてしまうが、それでもすぐに起き上がって、また走り出す。
とにかく、一秒でもあの場所にいたくなかった。自分が翔太の隣にいることを否定されたあの空間から、少しでも遠くに、一秒でも早く、逃げ出したかった。
「はぁ、はぁ、はぁ―――」
走りきった先に着いたのは、桜台の登山道だ。ここからは、海鳴の街が一望できた。
だが、そんなことは、今のなのはには関係なかった。先ほどの情景がなのはの脳裏にフラッシュバックする。
―――見たことない表情で笑う翔太。翔太と一緒にいる二人の女の子。そして、なのはを嗤った女の子。
「あ、あはは、嘘。嘘だよね」
あまりに衝撃的な状況になのはは否定することしかできない。だが、強く否定すればするほどに先ほどの情景は現実としてしか思えなくなってしまった。
強く否定するということは、その情景を強く意識するということだ。故になのはは、あのときの光景を否定したいにも関わらず、逆に強く意識してしまうほどに刻み込んでしまった。
「なんでっ!? どうしてっ!?」
否定したいのに、否定できないなのはは、思わず強く叫んでしまう。
強く先ほどの情景を意識してしまったなのはが縋るべき言葉は、もはや昨日の翔太の言葉しかなかった。
「ずっと一緒にいるって言ってくれたのに……」
そうだ。翔太は言ってくれた。ずっと一緒にいてくれる、と。あの翔太が嘘をつくはずがない。
―――ならば、なぜ? なぜ、翔太はなのは以外の人の隣で笑っていた? しかも、なのはが見たこともないような笑顔で。
なのはの頭がその答えを見つけるためにフル回転する。そして、しばらくして、なのはは一つの答えにたどり着いた。
―――ああ、そうか。そうだったんだ。
なのはは理解した。ああ、そうだ、実に簡単なことだった。
昨日と今日の違い。それは、なのはが倒れたか倒れていないか、だ。
もしも、昨日、なのはが倒れなければ、今日も翔太はなのはと一緒にジュエルシードを捜索していただろう。だから、今日の情景が生まれたのは、なのはが倒れたからだ。
ならば、翔太と一緒にいるためには、倒れなければいい。そんな不甲斐ない自分にならなければいい。
そう、実に簡単だった。
「あはっ」
答えを得たなのはは笑った。
―――そうだ、だから、今日はショウくんは休みって言ったんだ。それを破って出てきたなのはが悪いんだよ。
自分の心を護るために、翔太がなのはの理想であるが故に、なのははそう自己完結した。
なのはの足は先ほどよりも軽くなって自宅を目指す。当然、帰宅してベッドで横になるためだ。翔太が休めと言ったのだから、休むしかない。
―――今日は、休んで、明日からはずっとショウくんとジュエルシードを探して、探して、探して、ジュエルシードを集めて、集めて、集めて、あつめて?
登山道の入り口付近でなのはは軽やかだった足を止めて、考える。だが、その思考は別の場所から、それ以上考えるな、と警告を送られるが、もはや手遅れだった。その思考は、なのはの中心部分で始まっていたのだから。
―――ジュエルシードを集めて、集めて、集めたら……どうなるの?
なのははあのフェレットの言葉を思い出す。
『ジュエルシードは全部で21個あります』
つまり、なのはが、ジュエルシードを集めて、集めて、集めて、集め終えたら……
がしっ、となのはは自分の膝が汚れるの構わず地面に膝をつく。さらに、春だというのにガタガタ身体を震わせ、カチカチと歯を鳴らし、寒さから自分を護るように自分の腕で身体を抱きしめていた。翔太が魔法を使ったときのようだが、今度は絶望の桁が違う。あの時は、翔太が魔法を使おうとも心のどこかで分かっていた。自分には遠く及ばないと。だが、今度は違う。明確な終わりが見えた。見えてしまったのだから。自分の死期を告げられ時の感覚に近い。
―――ジュエルシードを集め終えたら……ショウくんは……一緒にいない?
それは、今日の情景が証明している。ジュエルシードがすべて集まり、魔法が必要なくなれば、翔太がなのはを必要とすることはなくなり、つまり、それは、翔太がなのはの隣にいないことを、今日の状況が日常になることを示唆していた。
―――嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、いやだいやだいやだ。
翔太が魔法を使ったときにも感じた恐怖がぶり返してきた。つまり、翔太の温もりを手放さなければならないかもしれない、ということだ。昔のただ褒められることも、温もりを与えられることもなくなるということだ。それは、すでに翔太の温もりという甘い経験を強いてるなのはからしてみれば、とても受け入れられないことだった。
―――そ、そうだ。わざとジュエルシードを見逃せば……
そうすれば、翔太とずっと一緒にいられる。だが、その考えはすぐに選択肢の中から一蹴された。なぜなら、ジュエルシードを見逃すということは、なのはの不手際であり、それが原因で翔太から見限られては元も子もないからである。
―――どうすればいい? どうすればいい? どうすればいい?
考える。なのはの魔法が見限られることなく、ジュエルシードがずっと存在するような状況。そうすれば、なのはと翔太はずっと一緒にジュエルシードを探すようになり、なのはと翔太はずっと一緒にいられる。
―――ああ、そうか。そうだ。こうすればいいんだ。
抱きしめていた腕を解いて、なのはは立ち上がり、駆け出す。
答えを得たなのはは、海鳴の街を目指して一直線に駆け出していた。
◇ ◇ ◇
階段を駆け上がり、屋上に着いた瞬間、なのはの顔を強風が叩く。だが、それを物ともせず、屋上の中心へと足を進める。屋上の中心に立ったなのはは、胸元からレイジングハートを取り出す。
「お願い。レイジングハート」
―――All right.
もはや主従の間に契約の言葉などという無粋なものは存在しない。主の言葉に従い、デバイスであるレイジングハートは主の意思に従って、その姿を杖と防護服―――バリアジャケットへと姿を変えた。
形を変えたレイジングハートを手にしたなのははすぅ、と意識を集中させるために目を瞑る。
展開する魔法は、いつもの仮想空間で放つ砲撃魔法ではない。むしろ、砲撃魔法のような攻撃とは真逆のベクトルである補助的な魔法である探査魔法をなのはは展開していた。
むろん、誰からも習っていない。ただ、ユーノが使っている探索魔法をいつもなのはは見ていた。つまり、これは、ユーノが使う探索魔法の見よう見まねである。むろん、普通の魔導師が行えば、失敗してしまうだろう。だが、高町なのはならできる。なぜなら、彼女は魔法という分野に対しては天才なのだから。
天才が1を学ぼうと思えば、10の実力がついてくる。ならば、今のなのはに不可能はない。彼女がようやく手に入れたものを手放さないためなら、悪魔にだって魂を売っただろうから。
そこまで求めるなのはに魔法に関して言えば、不可能の文字はない。事実、探査魔法は上手く発動し、なのはを中心にして、北から時計回りに海鳴の街を探査していた。
北、北東、東、南東、南、南西、西―――
そこまで探査してようやく引っかかった小さな小さな違和感。普通のなのはなら見逃したであろう違和感。だが、今、その波動を探して小さな信号さえも見失わないようにしていたのだ。故になのはが、それを見逃すことはありえない。
幸いにして見つけられたジュエルシードの反応になのはは口の端を吊り上げるような笑みを浮かべて、歓喜と共にそれを迎える。
「みぃぃつけたっ!!」
語尾に音符がつきそうなほどの上機嫌な声を出すなのは。
なのはが上機嫌なのも無理はない。彼女にとってはこれは賭けだったのだから。見つかれば、翔太が隣にいて笑える日々。見つからなければ、いずれ来る終わりに震える日々。それらを賭けていた。
そして、彼女は賭けにかった。見つかったジュエルシードはそんなに遠くにあるわけではない。なのはの靴にフライアーフィンを展開して、彼女はビルの屋上から飛び立った。
なのはがジュエルシードを肉眼で確認できたのは飛び立って5分ほど後の話。白いジャージを着ている男の子と薄紫色のジャージをきている女の子の内、男の子のほうがどうやら持っているようだ。
なのはは、近くの路地裏に着地すると、物陰から様子を伺った。
さて、問題はこれからだ。
地面に落ちていれば、面倒はなかっただろうが、人が拾っているとなると多少問題だ。どうやって手に入れるか。取り出してくれたら、簡単に―――
今日は、なのはに幸運の女神でもついているのだろうか、いや、きっとこれは翔太の隣にいられなかった不幸の帳消しなのだ。ならば、この幸運の連続も納得できる。
なのはがそう思うのも無理はない。取り出してくれないかな、と考えていた所に白いジャージを着ていた男の子が、ジュエルシードと思える蒼い宝石をポケットから取り出したのだから。
それを確認した瞬間、なのはは、物陰から飛び出し、白いジャージの男の子に体当たりを行った。突然、後ろから衝撃を受けた男の子は、当然のことながら受身を取ることもできずにその場に倒れこんでしまう。その瞬間、手にしていたジュエルシードが転がる。
その隙を見逃すなのはではない。倒れた男の子のことなど知らないといわんばかりにまっすぐジュエルシードに手を伸ばし、手にした瞬間に「リリカルマジカル」と封印魔法をかけた。
魔法をかけ終わると同時に、即離脱。さすがにそのまま立ち去るのは後味が悪かったので、「ごめんなさ~い」という言葉を残して、その場を風のように去るのだった。
◇ ◇ ◇
「あははは、あははははははは」
なのはは自分の部屋で手にした蒼い宝石を弄びながら笑いが止められなかった。
―――これが、これがあればずっとショウくんと一緒にいられる。
なのはは、このジュエルシードをレイジングハートの中に仕舞うつもりはない。鍵をかけた自分の机の中に隠しておくつもりだ。そうすれば、決して最後の1個は見つからない。見つけられるはずがない。なぜなら、既になのはが手にしているのだから。
「これで、ずっと一緒だよ、ショウくん」
そう、これでずっと自分と翔太は一緒にジュエルシードを探し続けるのだ。
だから、もう今日のような情景は絶対に見ることはない。翔太の隣で笑っているのは自分ひとりで十分なのだから。
ジュエルシードを机に鍵をかけて仕舞ったなのはは、そろそろ寝ようとベットに身を沈めようとして、携帯にメールが来ていることに気づいた。
すぐに中身を開くなのは。なぜなら、この携帯にメールしてくるような人物は一人しかいない。
『今日は十分休めた? 明日からも頑張ろうね。翔太』
短い文章。だが、それだけでなのはは満足だった。脳裏に翔太の笑みを浮かべながらなのはは、返事をする。
『うん、頑張ろうね。なのは』
◇ ◇ ◇
月村すずかにとって蔵元翔太は、不思議な人だった。
最初に出会ったのは、1年生のときの教室。すずかからしてみれば、彼だけが異様に浮いているような気がした。友人となった今なら分かるが、彼が発している雰囲気は小学生のものとは異なるような気がした。
これは他人を観察しているすずかだから気づけたことで、もう一人の友人であるアリサからしてみれば、少し変わった男の子というぐらいだろうが。
翔太は、すずかに近寄ってくることはなかった。他の独りになっている子は、きちんと世話をしているのに。もっとも、それはすずかが望んでいたことで、彼はそれを察してくれただけなのかもしれないが。
そして、アリサを通して友人になった蔵元翔太だったが、やはり不思議な人だった。年齢と身体が釣り合っていないというべきだろうか。子供と子供の会話なのに彼と同級生が話しているとお兄さんと弟という感じがするのだ。だから、すずかにとって蔵元翔太は不思議な人だった。
今は、友人としてアリサと同様に付き合っている。だが、すずかには彼らに―――いや、他の人にもだが―――決してばれてはいけない秘密がある。
それが、彼女が実は吸血鬼の血を引いているということである。正確には吸血鬼のような、というほうが正しいだろうか。書物に出てくるように日光を浴びれば灰になるというものでもないし、流れる水に触れられないということもないし、十字架や聖水、にんにくがダメということもない。ただ、唯一の共通点があるとすれば、血が必要ということである。
すずかも、三日に一度は輸血用の血液パックから血液を摂取している。
これはすずかにとってコンプレックスだった。人ではない。人とは違う。
だから、すずかは、一人を好んだし、一人でいるつもりだった。
今、アリサや翔太と一緒にいるのは、偶然の産物―――いや、そんな言葉で誤魔化すのはやめよう。やはり、なんだかんだと理由をつけながらもすずかは寂しかったのだ。誰かといるのは怖い。だが、一人は寂しい。だから、結局、すずかが取れた選択肢は、付き合いながらも深入りしないという中途半端なものだった。
だからだろう、すずかがどこか翔太とアリサの間に浅い溝のようなものを感じていたのは。それは、すずかが引いている所為かもしれない。だが、確実にすずかとアリサ、すずかと翔太よりもアリサと翔太の距離が近いように感じる。それは、そんな気がする程度の違和感だった。
だが、それを感じていたが故に3年生になって翔太が余所余所しくなり、アリサが不機嫌になり、すずかは傍観している中で、翔太が誘ってきたサッカーの試合の後、アリサと翔太だけが事前に話していたかのように翠屋に行くと聞いたとき、動揺した。
―――私は誘われていないのにアリサちゃんとショウくんだけ?
それは、確実に二人から置いていかれたような気がした。だから、その後、翔太が笑って、すずかも誘ってくれたときは、本当に嬉しかった。まだ、自分は二人から置いていかれないのだ、と。
その後、翔太の知り合いである士郎さんという人からケーキを奢ってもらい、翔太と別れた後は、姉と一緒にショッピングに来ていた。
姉は、最近好きな人ができたのか、気合を入れて洋服を選んでいた。すずかは今日は、その付き添いだ。
そういいながらも、すずかも女の子であり、洋服を見たり、選んだりするのは好きだ。姉の忍が選んでいる間、すずかも忍のように自分用の洋服を見ていた。
不意に目に止まったのは、黒い可愛いフリルのついたワンピース型の洋服。
それはいつもなら目に留まらないタイプの洋服だった。
月村すずかは吸血鬼である。そうであるが故に、彼女は白い服装を好む。身体が穢れているならば、せめて洋服だけでも穢れない白にしようと。
だから、吸血鬼のシンボルカラーでもあるような黒は絶対に目に留まることはなかった。
だが、今日、初めて目に留まったのは、やはり午前中のサッカーの試合の前に翔太がアリサの洋服を褒めたことに起因しているのだろうか。
アリサの洋服も確かに初めて見る真紅のワンピースだったが、すずかも下ろしたての洋服だったのだ。もっとも、色はいつもと同じ白いワンピースタイプだったが故に翔太は気づかなかっただろうが。
―――もしも、私がこんな洋服を着たら可愛いって言ってくれるかな?
思わずそんなことを考えてしまったことをすずかは笑った。
深入りはしないと決めているにも関わらず、翔太に褒めの言葉を貰おうと洋服を選んでいる自分が可笑しかったからだ。
しかし、すずかにはどこか淡い期待があった。
翔太ならもし、ばれても大丈夫なんじゃないか、という淡い期待だ。
彼のどこか不思議な雰囲気。そして、幽霊という超常現象を自ら口にし、アリサは震えていたのに、翔太はまったく震えもせず、それが至極当然のように受け入れていたことも鑑みるとその期待も不思議ではない。
あの森で幽霊と翔太が口にしたときは、自分のことではないのに驚いたものだ。自分も超常現象の一人なのだから。
「あら、すずか珍しいわね。それ、気に入ったの?」
「お、お姉ちゃんっ!?」
「いいじゃない。買っちゃいなさいよ。いつも白じゃ、面白みがないでしょう」
姉の面白がるような顔。もしも、これが翔太に褒められるかどうか、で目に留まったといえば、どんな顔をするだろうか。
だが、それは想像するだけにとどめた。想像だけでも非常に大変だったのだから、きっと実際に口にすればすごいことになるだろうから。
「それじゃ……うん」
そっ、とすずかは黒いワンピースを買い物籠の中に入れた。
―――これを着たら「可愛い」って言ってくるかな?
別の意味の淡い期待も込めて。
後書き
リリカルってなんですか?
なのはVSアリサ 第一回戦 アリサ不戦勝
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