蒼き夢の果てに
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第1章 やって来ました剣と魔法の世界
第7話 鎮魂
前書き
第7話を更新します。
因みに、4度目のトライです。
「シノブくん。あの巨大な蜘蛛は一体、何物か知って居るのですか?」
戦闘の緊張が解けた後、巨大な蜘蛛の下から才人を助け出していた俺に対して、コルベール先生が話し掛けて来たのだった。
尚、当然のように俺の御主人様の蒼き少女と、才人のピンクの御主人様は直ぐに近寄って来て俺に手を貸そうとしてくれたのですが、それは丁重にお断りをして置きました。
その理由は、少なくとも、これは女性に手伝って貰う仕事では無いですし、才人を助け出す程度の事は、俺一人でも十分ですから。まして、女性は基本的に憑かれ易い存在ですから、本来ならこんな死の穢れを負った場所に長居をさせるべきでは有りません。
そして、他の学院生徒達に関しては、それぞれその場にしゃがみ込んだり、呆然としたりで、大して役に立つような状態ではなさそうな雰囲気なのですが……。
もっとも、初めての使い魔を得る為の通過儀礼の最中だったトコロから推測すると、彼らは魔法使いの卵たち。そうすると、今回のこの騒動が初めての戦闘の可能性が高いでしょう。そして、その初めての戦闘で、更に良く見知った仲間が死亡したのですから、これは仕方がない事だとも思いますね。
但し、魔法などと言う、異能で異常な世界に身を置いている以上、人の死に接する事は、普通の生活を送っている人以上に多くなるのは彼らも最初から覚悟しているはずです。
自分達の操っている能力が、簡単に人を殺す事が出来る能力だと言う事は理解しているはずなのですから、そう遠くない内に失調状態からは回復するでしょう。
……多分、なのですが。
「この世界の魔物ではないのですか?」
俺が才人を助け出した後に、コルベール先生にそう聞き返す。
但し、あの蜘蛛が俺の知っている……知識としてだけなのですが知っている魔物だとすると、この世界に存在している可能性は非常に低いと思っても居るのですが。
「いいえ。僕は、あのような魔獣の存在を聞いた事は有りません」
コルベール先生がそう答えた。その答えを肯定する意味からか、タバサも、そしてルイズの方も大きく首肯く。
成るほどね。但し、彼、彼女らのこの答えに関しては想定通りですが。
尚、才人に関しては、以後はルイズに任せたら良いと思います。ざっと見た感じ、彼自身がケガをしているようには見えないですから。むしろ、剪紙鬼兵を使用して、かなりの数の返やりの風を受けた俺の方が、見た目的には酷い事に成っているぐらいですからね。
あの術……剪紙鬼兵の術は、どうしても出血を伴う仙術ですから仕方がないのですが。
「私が知っているのは、ドリームランドと言う世界に生息している巨大な蜘蛛に関してです」
そう言いながら、蜘蛛の犠牲になった女生徒の方に足早に歩を進める俺。
間に合ってくれたら良いのですが。そう思い……。いや、むしろ祈りながら。
そして、更に続けて、
「イボだらけのようになった膨らんだ身体と、蜘蛛の身体に相応しい剛毛の生えた長い脚。
腹部がまだらの淡いスミレ色で、上半身に行くに従って藍色となり、手足の先やハサミの先は黒に成っている。
この特徴から、私はレンのクモと呼ばれている魔物の一種だと思ったのです」
まして、あの蜘蛛には間違いなく知性が有りました。
顕われた当初は捕食者としての行動でした。
しかし、それは直ぐに、明らかな敵対行動を取っていた俺に対する重点的な攻撃へと移っていたのですから、これは有る程度の知能が有ると考えても良いでしょう。
「それでは、あの蜘蛛には、何故、僕たちの魔法がまったく通じなかったのでしょうか」
引き続きのコルベール先生の質問。
俺は、犠牲に成った女生徒の周りに集まった生徒達を掻き分けながら、
「防御用の障壁を、貴方がたの魔法では貫く事が出来なかったのです。
魔法を操る魔物の中には、防御能力を持った魔法障壁を操るタイプのモノも多いですから」
今度の質問に関しても、簡単に答えを返す俺。
もっと判り易く言うと、相手の魔法防御能力が高過ぎたから。彼らの魔法では威力が低くてレンのクモの施した障壁を打ち破る事が出来なかった。
そして、俺や才人の攻撃が通用した理由は、俺の仙術で、レンのクモの施した防御用の障壁を無効化したから。
基本的に、相手の能力の無効化などは出来るようにして置かなければ、退魔師などと言う危険極まりない生業を営んで行く事など出来る訳は有りません。
ようやく、ギャラリーとなった生徒達がやや遠巻きに囲んだその中心点に到達する俺と、コルベール先生。
そして、犠牲者となった女生徒の傍に佇んでいるアガレスに対して、
「彼女の命数は尽きていたと思うか、アガレス?」
……と、そう聞く。尚、俺の見立てから言わせて貰うと、向こうの世界でならば、この女生徒の状態から考えると、蘇生は可能だと思います。
後は、その道の専門家の意見次第。
「詳しい事は判らないが、この戦闘自体が突発的な事故で有る可能性が高い以上、彼女の命数は尽きてはいない。
シノブくんが彼女を生き返らせたとしても、そこに悪い澱みを作って、陰の気を発生させる事はない」
成るほど、アガレスがそう言うのなら、蘇生させられる可能性が高いか。
今回の事件に関しては、俺の判断ミスと言うよりは、この魔法学院の使い魔召喚の儀式が潜在的に持っている危険性の可能性の方が高いから、俺が負うべき責任は低い。しかし、だからと言って、この召喚儀式の危険性を認識していながら警告を発しなかった責は俺にも有ります。
もっとも、危険性を口にしたトコロで受け入れて貰える事は無かったとも思うのですが。
この使い魔召喚の儀が重要な通過儀礼で有れば有るほど、いくら俺の言葉が正論に聞こえたとしても、部外者で異世界人である俺の言葉は空しく流れて行くだけだったと思いますから。
但し、それでも、矢張り、言うべき時には、言うべきだったと後悔もしているのですが……。
「そうしたら、彼女を蘇生させて貰えるか、アガレス」
元々、死に神の属性を持つ以上、アガレスは蘇生魔法も有しています。
俺の依頼に首肯くアガレス。これで、この少女に命数が残っているのなら、蘇生出来る可能性が高いですか。
「すみません。もしかすると、彼女、ミス・ルヴァロアを蘇生させる事が出来ると言う事なのですか?」
俺に付いて少女の傍に来ていたコルベール先生がそう聞いて来た。
かなりの期待に彩られた雰囲気を発しながら。
それに、これは当然の質問ですか。いくら魔法に接しているからと言って、人の死に慣れている訳は有りません。まして人の死は悲しい。出来る事なら、……回避出来る事なら回避したいモノのはずです。
しかし……。
「いくら私でも、天に定められた運命を捻じ曲げる事は出来ません。
しかし、この少女……ミス・ルヴァロアの天に定められた命数が残されていて、このような事件で死亡する運命で無いのなら、死亡する事は有りません。故に助かります。
私は、その助力が出来るに過ぎないのです」
俺は万能の存在でもないし、残念ながら魔法でも為せない事は有ります。特に、俺は駆け出しの仙人の弟子に過ぎない。万能の存在と比べたら、かなり程度が低い道士……いや、地仙レベルの存在。
まして、これは時間との勝負でも有ります。この世界の冥府の扱いがどのようなシステムなのか判らない以上、魂が完全に冥府に引き込まれる前に為す必要が有りますから。
例えば、冥府の食事を口にした後には、生者の世界に帰る事は出来なくなる、と言う伝承なども、世界各地に存在していますからね。
「それでは、ミスタ・スゥードに関しては……」
コルベール先生が悲しそうにそう聞いて来た。
あのドリームランドに召喚円を開いた魔法使いの少年ですか……。
「彼に付いては、彼の存在全てを使って、レンのクモを召喚したのだと思います。
あのクモに関しては、あの大きさでも、未だ小さいサイズの個体のはずですから。
土系統の魔法使いの彼が、強力な使い魔を召喚しようとした強い思いに惹かれて顕われたのが、あのレンのクモで、そのレンのクモを制御出来る程の召喚士としての実力が彼には無かったのでしょう。
召喚作業中には、良くある失敗です」
何故、彼が実力以上の使い魔を望んだのか、と言うと、ルイズの使い魔召喚の際に、部外者の俺が出張って行った事が遠因の可能性も有ると思うのですが……。
それに、良くある失敗とは言いましたが、実は、ここまでの死者が出るような大事になる可能性は低い。
何故なら、俺の知っている普通の召喚作業の場合は、地上に召喚された魔物を封じる為の召喚円が描かれて居ますから。召喚された魔物を封じる召喚円が存在していたのなら、例え召喚作業に失敗して、召喚士が制御出来ないレベルの大物が顕われたとしても、その場で召喚者を殺して大暴れすると言う事は滅多に起こらないはずなのです。
この世界の使い魔召喚魔法ではなく、俺の知っている召喚魔法の中の、ちゃんとした手続きを踏んだ儀式ならば、なのですが……。
ただ、その事に付いては、後に、今までに召喚事故が起きた事が有るかどうかを調べてから、警告を発するべきですか。
今までにどれぐらいの頻度で事故が起きたかによっては、この召喚の儀式自体を見直すか、やり方を変える必要が有ると思いますからね。
もっとも、警告を発して、改善点を提示したとしても、この召喚方法全てがこの世界に取っての重要な通過儀礼で有った場合は、受け入れられる可能性は非常に低いとも思うのですが。
例えば、召喚するだけではなく、その後の契約までをすべて自らだけでこなして、初めて、この通過儀礼をクリアーしたと認められるシステムと成っているとか。
それに、今はそんな事を言う場面でも無ければ、時間でも有りません。
学院生徒達を、何処か休める場所まで移動させてやる方が先ですから。いくら、彼らが魔法使いの卵達で有ったとしても、ここに残るのは精神的にキツイと思うし、本来ならば、心的外傷後ストレス障害などが起きて来る危険性も視野に入れての行動が要求されると思います。
それならば……。
「コルベール先生。時間帯的にも問題が有りますから、そろそろ、生徒達を別の場所に移動させた方が良いのではないでしょうか?」
それに、そろそろ落ち着いて来ている生徒達も居ます。それなら、魔法学院の方に全員を連れて帰った方が良いでしょう。近くに見えている中世風の建物がそれらしいから、それ程離れている訳でもなさそうですからね。
まして、少なくとも、こんなトコロに居なければならない理由は有りません。
ここは惨劇の現場。こんな場所からは一度遠ざけるに越した事は有りません。
もっとも、俺には仕事が残っているのですが……。
「シノブくんはどうするのです?」
俺の言葉の中に、ここに居残っての仕事が有る事に気が付いたのか、コルベール先生がそう聞き返して来た。この先生に取って俺は異分子のハズなのですが、それでも、少年に過ぎない存在だと言う考えも持っているのでしょう。
ならば、少々ぐらいは、気に掛けてくれたとしても不思議ではないですか。
「このレンのクモを完全に浄化の炎で燃やし尽くす必要が有ります。
この魔物に関しては、私も資料でしか知りませんから、どのような病原菌を持っているかも判りません。
それに、例え危険な病原菌の保菌者で無くても、死体をこのままには出来ないでしょう。
まして、レンのクモと召喚士の少年スゥードと言う、ふたつの生命体の命が果てた場所から死の穢れを祓って、ふたつの魂を鎮める必要が有ります」
本来なら、再び顕われた際の対処の為に毒などのサンプルなどを取って置く必要も有るのですが、俺の知識ではそれを解読する知識は有りません。
多分、一般的な蜘蛛と同じように、神経毒と獲物を消化するための毒だとは思いますが……。
「だったら、俺も手伝ってやるよ」
レンのクモを退治するメインの役割を演じた、今日の昼までは普通の高校二年生だった少年がそう声を掛けて来た。
確かに、その申し出は有り難いのですが……。
「その申し出は有り難いけど、才人はもう限界やろう」
多分、俺の見立てに間違いが無ければ、才人はもう、フラフラの状態のはず。
「大丈夫さ。忍だって平気なんだから、俺だって未だやれるよ」
流石は男の子と言う、意地と格好付けの台詞では有るけど、そんなやせ我慢をしても、この場面ではあまり意味はないと思いますよ。
何故ならば、この場に才人に残って貰ったトコロで出来る事などはないですから。
そもそも、彼に魂鎮の笛など吹ける訳がないと思いますからね。
「俺と、才人とでは、能力の発動方法が違う。
俺が高速移動などを行っていられたのは、この世界にあまねく存在している精霊の力を借りて運動や攻撃の補助をして貰っているから、あんなスピードで行動出来たんや」
おそらく、精霊の力を見る能力が有る存在が戦闘時の俺の姿を見たら、活性化した精霊たちが淡い燐光を放っているのが確認出来るはずです。
「対して、才人が行っていたのは、肉体強化。人間の身体能力を極限まで高める事によって高速移動や戦闘能力の強化を行っていたと思う。
これは、おそらく反動が有る。特に、普段酷使した事のないレベルで筋肉を酷使している以上、今日はこれ以上の活動を行うべきやない」
先ほど、才人が戦っていた時には、才人の周囲の精霊は活性化していなかった。
これは、つまり才人には精霊を従える能力がないと言う事を示していると思います。
ならば、残った選択肢としては肉体強化の可能性が一番高い。
そして、才人は、彼が虚偽の申告を行っていない限り、現代社会に暮らす一般的な高校二年生だったはず。そんな普通の人間が、精霊を纏った龍種の俺と同程度の能力で動き回ったのですから、反動が有る事は覚悟して置いた方が良いでしょう。
もし、反動が無かったら儲けモノ、と言うぐらいの感覚でいた方が良いと思います。それぐらいムチャな動きでしたからね。先ほどの戦闘時の動きは。
「それに、魂鎮とは落ち着いた雰囲気で行う必要が有るから、あまり雑多な気を放つ存在が傍に居られると少し問題が有るんや」
そもそも俺は、魂鎮に関してはそんなに得意じゃないですから。音楽的才能が欠如している、と言うほど酷い訳でもないのですが、矢張り、他人の魂を揺さぶるだけの技量は要求されるのです。
それで無ければ、荒ぶる魂を鎮める事など出来はしませんからね。
おっと、そんな事よりも、一番大切な事を忘れるトコロでしたね。
「トコロでなぁ、才人。さっきは危ないトコロを助けてくれて有難うな」
☆★☆★☆
哀調を帯びた笛の音色が一人の人間と、複数の異形だけを残した召喚の草原に響く。
たおやかで優美な笛の音が、森を抜け、草原を渡って来る風の音を友として響いていたのだ。
高く、低く……
初めから自然と一体で有ったかのような錯覚さえ齎せるほどの自然な雰囲気で。
強く、弱く……
笛の音と、ただ風のそよぐ音だけが、紅蒼ふたつの月に照らされた草原を流れて行った。
魂鎮の曲を吹き終えた俺が、手にした笛を仕舞いながら、
「あまり上手い笛やないから、わざわざ居残って聞くほどのモンでも無かったんやで」
そう蒼い少女に話し掛ける。
それに、笛に自信が有るのなら、ルイズの為に花神を召喚する時にも使用していますから。
しかし、タバサはふるふると首を横に振る。
まぁ、多少、世辞の部分も有るのでしょうけど、それでも他人に褒められるのは気分的にも良いモノですな。
それで、学院の生徒達をコルベール先生が連れて去った後、レンのクモをサラマンダーの炎で浄化した後の、魂鎮の笛で有ったのですが……。
「何故、このような事を行うの?」
この娘は何時でもこんな感じなのでしょうかね。少し抑揚に欠ける淡々とした口調で、俺に対してそう聞いて来た。
それに、西洋の方ではこんな事をするとも思えませんか。
「レンのクモやって、来たくて、こんなトコロまで来た訳やない。
ホンマなら、簡単に奪って良い生命など存在しないんや」
立場的に言うなら、ヤツも俺とそんなに変わらない。ただ、俺は召喚された途端に生徒達に襲い掛かるようなマネはしなかったけどね。
これは五戒の中の不殺生戒。無暗矢鱈と生き物を殺してはならないと言う戒め。
「それに、無念の内に死した魂は陰気に引かれ、悪い澱みを作り、更なる陰の気を作り出す元凶となる。
まして、倒したのが夜の蜘蛛と言う陰の気の塊やからな」
陰と陽はバランスが取れていなければならない。今回のような、極端に陰に偏ったような状況は、更なる陰の気を呼び込むような原因と成りかねない。
そして、俺と言う存在は、立場上、陰と陽のバランスを取るように為さなければならない。それで無ければ、俺自身がタオを使用不能になる可能性が有りますから。
「さてと、それでひとつ質問なんやけど、俺は以後、何処で暮らしたら良いんやろうか?」
ただ、それでも、今の俺に出来る事はここまでですかね。流石にこれ以上は、神道の術者でも無ければ無理だと思いますから。
それに、俺の鎮魂の笛で荒ぶる魂は癒されて、彷徨う魂が導かれて、本来有るべき場所に還って行ったはずなんですよね。
蜘蛛の思考や魂に関しては、詳しい事は判らないけど、少なくとも、突然の死で混乱していた彼の魂の方は……。
「その前に、わたしの魔法を少し見て欲しい」
しかし、俺の疑問に答える前にタバサはそう言った。
そう言えば、先ほどそんな事を言っていたような記憶も有りますね。
それに、この世界の魔法に関しては、俺も多少ドコロではないレベルの興味が有ります。
いや、更に興味が湧きました、と表現すべきですか。
特に、あのレンのクモとの戦いの際に聞こえた精霊の断末魔の悲鳴。あれはおそらく……。
「判った。せやけど、ここは少しマズイな。何処か適当な場所が有るのなら、そこに移動してくれるか」
俺の予想が確かなら、この世界の魔法は……。
☆★☆★☆
闇、また、闇……。
人の目に映るモノはすべて黒に塗りつぶされているかのようである。
確かに、人の手の入った林のような雰囲気なのですが、それでも、頭上に関しては多くの葉に隠されて微かな月明かりさえ、その下を進む俺達に届かせる事は有りませんでした。
もっとも、サラマンダーの魔法の明かりにより照らされていたので、俺達の周りに関しては問題なかったのですが。
やがて……。
そうやって、しばらく進んだであろうか、やがて、木立が途切れ、少し開けた空間。
林の中に有る泉の畔へとタバサに導かれてやって来たのですが……。
泉の畔に立った俺達の周りは月の明かりと、サラマンダーの魔法による明かりで、昼間と言う程ではないにしても、それなりの明るさと言うモノを確保している。
成るほど、悪くないな。ここならば、泉の妖精や森の妖精を集める事が出来る場所だと思いますよ。
「そうしたら、タバサの魔法を見せて貰えるかいな?」
そう、タバサに告げる俺。それに、俺の方も知りたい事が有るからね。
コクリとひとつ首肯き、自らの身長よりも大きな魔術師の杖を掲げるタバサ。
何か小さな声で呪文を唱える蒼き魔法使い。その姿は、サラマンダーの作り上げた光によって夜の世界から切り取られ、ある種、神々しいまでの雰囲気を放っているかのようであった。
やがて、掲げられた魔術師の杖に集まる霊力。俺の瞳には、その杖の先に集まる精霊達の姿が強い光を放っているかの様に見える。
刹那、響く絶叫!
泣き、喚き、叫ぶ精霊達。
これは、間違いなく断末魔の悲鳴。
夜の静寂に支配された空間に相応しくない悲鳴。
しかし、死に支配された闇にこそ相応しい響き。
やがて、発動される十数本にも及ぶ氷の矢。
それと同時に、更に大きくなる小さき者たちの断末魔の悲鳴。
矢張り、間違いない。この世界の魔法は、精霊の生命を消費して発動させるタイプの魔法。
しかし、妙に効率の悪いやり方をしますね。
普通に考えたら、力でねじ伏せるよりも、友となって力を貸して貰う方が容易い。
確かに、より多くの精霊を従わせなければ同じだけの効果を得る事を出来はしない。……が、しかし、恐怖や力でねじ伏せるのは、相手との間に圧倒的な力の差がなければ難しいと思うのですが。
精霊とは、本来、使役される事。つまり、仕事を与えて貰う事を喜びます。
それを、無理矢理精神力でねじ伏せて、精霊達の生命を消費しながら魔法を発動させていては、容易く魔力切れを起こすと思うのですが。
但し、この方式なら、見鬼の才に恵まれていない人間にも魔法が行使可能だとも思います。
俺のように、精霊と契約をした上で精霊の能力を借りて魔法を発動させるタイプの魔法使いの場合、精霊の存在を感じる事が絶対条件と成ります。
しかし、現実にはそんな能力を産まれた時から持っている人間は少ない。特に見鬼の才に恵まれていたとしても、精霊の存在を感じ、其処から更に進んで、言葉を交わせる者の数は限られて来ますから。
しかし、意志の力で精霊を従わせる術式を呪文の中に初めから組み込んで有ったのならば、後はその人間の精神力次第で魔法を発動させる事が可能と成ります。
つまり、この世界の魔法は、最初のハードルを下げる事により、より多くの人々に魔法の恩恵を享受出来る環境を整えている、と言う事になると思いますね。
一子相伝や一族内のみで秘匿される技術などではなく、より多くの人に行使される魔法。
俺の住んで居た世界で言うなら、科学技術のような扱いになるのかな。
「少し、俺が妙な事をするけど、気にしないで俺の言うようにして貰えるかいな。
別に、邪まな感情から為すモンやないから」
さて。この世界の魔法は、陰の気によって発動させる種類の魔法と言うのは判りました。おそらく、精霊の生命を奪う事によって発動する一種の代償魔法と言う物に成ると思いますね。
しかし、この魔法は、おそらく術者の方にも何らかの悪い影響を与えます。陰の気を集める事によって気の澱みを作るのは、あまり宜しくない結果を招く事と成りますから。
例えば、不幸な事が連鎖的に起きて来るとか言う具合に……。
タバサが無言で首肯く。
……って、言うか、割とあっさり受け入れてくれますね、彼女。自分の魔法と言う戦闘力に自信が有るのか、俺の事を信用しているのか。
流石に、いくら自らの使い魔と言っても、出会ってから数時間の俺の事を信用出来る訳はないですか。ならば、自分の実力に自信が有る方なのでしょう。
そう思いながら、俺は、如意宝珠を起動させた。
手の平を上にした形で差し出した俺の右手から浮かび上がり、大体三十センチメートル辺りの高さを滞空する、直径五センチメートルぐらいの光の珠。
その、白く、そして淡く光る珠の内に見える『護』の一文字。
そして……。
先ほどのレンのクモとの戦いの時もそうで有ったように、突然、俺の右手に現れる一振りの日本刀。
いや、今回は厳密に言うと突然現れた訳ではない。タバサの見ている目の前で、中に『護』の文字が浮かんだ如意宝珠が、今、俺の手にしている日本刀に姿を変えたのだ。
一瞬、タバサの瞳が少しの驚きに近い色に彩られたが、しかし、それでも俺に対して何も問い掛けて来る事は無かった。
ただ、魔術師の杖を握る手に少し余計に力が籠った点を除いては、ですが。
そんなタバサの様子などまったく気にする事なく、俺はその日本刀……如意宝珠によって再現された師匠の作った宝貝の七星刀のコピーを抜き放つ。
国家鎮護、破邪滅敵の意味を持つ宝貝の七星剣を日本刀風に打ったモノが、この七星刀で有り、その七星刀を龍神が持つ宝貝、如意宝珠で再現したモノがこの日本刀の正体。
その能力の高さもさる事ながら、如意宝珠とは俺の心の中に共に存在する宝貝の為、全ての武器や呪符が奪われたとしても戦う術を残してくれると言う、非常に便利な道具でも有ります。
但し、俺が良く知っているモノしか再現出来ない点と、元々の如意宝珠の能力を上回る能力を再現出来ないと言う欠陥が有るのですが。
ちなみに、宝珠の内に浮かぶ漢字の画数とその意味が、その宝珠の能力を示しています。
俺が今、七星刀に変えた如意宝珠が示す文字は、護の文字が浮かぶ如意宝珠。
つまり、この宝珠の能力は、何かを護る為に使う時に、その最大限の能力を示す宝貝と言う事ですね。
素早く、自らの手の平を切り、それによって得た紅い液体で自らのくちびる淡く彩る俺。
そして、タバサの右手を取り、片膝を付く。
そして……。
そして、彼女の手の甲に軽く、くちづけを行う。もし、その姿を他者が偶然見たのなら、若い騎士が貴婦人に対して、月の光りに照らされた泉の畔で忠誠を誓うシーンと見たかも知れない神聖な場面。
「そうしたら、一度瞳を閉じてから、ゆっくり開いて貰えるかな」
立ち上がりながら、更に意味不明の言葉をタバサに告げる俺。
躊躇う事もなく、ゆっくりと瞳を閉じるタバサ。
……って、これは信用してくれていると思っても良い状況なんでしょうね。
そして、ゆっくりとその瞳を開くタバサ。
瞬間、発せられる驚き。その驚きに因って、俺の術が成功した事が判る。
「俺とタバサの間に霊道を開いた。これで、俺の見た物や聞こえた音を、霊道を通じて送る事が出来るようになったと言う事。
但し、見た物や聞こえた音の全てを送る訳では無しに、俺の方で取捨選択はさせて貰うけど、そのぐらいは構わないやろう?」
猫やフクロウに出来て俺に出来ない訳はない。ただ、今回の場合は、元々開いていた霊道ではそんな情報を送る事が出来なかったみたいなので、俺のやり方で、俺の方から霊道を開いた訳なのですが。
もっとも、この方法で開かなければ、より深い意味の接触。くちびるとくちびるに因る接触を行う必要が有ったので……。
紅と蒼。二人の女神に照らされた彼女の……その一度だけ触れた事の有る部分を見つめて、ため息に似た雰囲気で息を吐き出す俺。何にしても、これで良かったのでしょう。
タバサがコクリと首肯いて肯定してくれる。それに俺の見た物すべてでは、彼女に取って見たくない物も送って仕舞いますから、俺の方で取捨選択させて貰わなければ流石にこんな霊道は開けないでしょう。
キュルケが、あの説明の時に、その事に気付いたから、その能力の事をさらっと流すように言った訳だと思いますからね。
「そうしたら、もう一度、同じように魔法を発動して貰えるか。その時に、俺が聞いた声をタバサにも聞かせてやるから」
俺の頼みに、それまでと同じように透明な表情のまま首肯き、魔術師の杖を構えるタバサ。
そして、小さな声で呪文を唱え始める。
やがて、先ほどと同じように魔術師の杖の先に集まる精霊力。
更に、再び発生する小さき者たちの叫び、叫び、叫び。
しかし、今回は、その魔法が発動される事はなかった。
俺の方をかなり驚いたような雰囲気で見つめるタバサ。
そう。彼女は先ほどの叫びの意味を問いたいのでしょう。確かに、突然、何者かの断末魔の悲鳴が聞こえて来たら誰だって驚きますから。
「さっき、レンのクモとの戦闘中に俺が動けなくなったのは、その精霊達の悲鳴を聞いたからや。
この世界の魔法……タバサ達が使用している魔法は、精霊と契約を交わす事によって、彼らの能力を借りて発動させる魔法ではないな?」
俺の問いに、小さく首肯くタバサ。そして、
「精霊と契約を交わすのは、エルフの使用する先住魔法と呼ばれる魔法」
後書き
それでは先ず、前回登場したレンのクモの説明から。 レンのクモとは、クトゥルー神話の中に登場する魔物で、蜘蛛の化け物の事です。
……と言っても、クトゥルー神話の中に登場する連中の中では小物ですが。
それから次。この物語では、各種神話に登場する神や悪魔が多数登場する予定です。女神転生や央華封神の成分が加えられていますから、当然の事なのですが。
既に、ソロモン七十二の魔将や、四大精霊は登場していますしね。
次に登場予定なのは……妖精二柱ですか。
最後。如意宝珠は、某赤い弓兵の無限の剣製とは似て非なる物です。
少なくとも、ひとつの宝珠から作り出せる物は、ひとつだけ。
主人公は今のトコロひとつしか宝珠を持っていないので、一度に再現出来るのはひとつのアイテムだけです。
これは、基本的には、現代社会で行動する際に、必要な宝貝なんですよ。
日本刀を持ってうろついていたら、どんな理由が有ろうとも、お巡りさんに捕まりますから。
私は、TRPGのマスターです。
こう言うアイテムを準備して、PCに渡す必要が有りますから。
それでは次回のタイトルは、『式神契約』です。
追記。あらすじ内のFate/stay night の記載について。
あらすじ内に、『Fate/stay night』の要素を含むとは記載して有りますが、彼の物語内の登場人物がそのまま、この『蒼き夢の果てに』内に登場したり、その物語をそのままトレースしたりはしません。
判り易い形で関係が出て来るのは、物語内に暗殺者が現れ、影の国の女王が、主人公にその奥義を教えて以降と成ります。
具体的には第36話以降ですか。
龍の姫や、妖精女王が同時に現れたら、少しは関係も見え易いかも知れませんが。
追記。魔法解説については、原作小説内のデルフの台詞や、エルフ達の系統魔法に対する評価などから類推出来る独自設定です。
飽くまでも原作小説内から取り出して来て居ます。
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