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渦巻く滄海 紅き空 【下】

作者:日月
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九十四 不俱戴天の敵

紙吹雪。
豪雨の中に吹き荒れる白。


それは幻想的でありながら死へと誘う架け橋。
陰鬱な空の下、紙の翼を広げる天使を仮面の男は仰いだ。


「長門に会わせてやろうか」
「…ッ、」

おまえもすぐにあの世へ逝かせてやる。
そう告げているも同然の発言を耳にして、天使の顔が益々険しくなってゆく。
煽るにもほどがある台詞に小南は激昂した。

「どの口が…ッ、」


無表情な小南の顔が、たった一言で崩れる様を見て仮面の男は苦笑する。


「人の親切を…」
「なにが親切だ…っ」

それを嘲笑と見て取って、小南の顔がみるみるうちに深い憎悪と怒りに塗り潰されてゆく。

「戯言はそこまでよ…!」


小南の顔からペリペリと剥がれでた紙が男の周囲を取り囲む。
殺気を伴う怒涛の濁流の紙が自分の身体に吸い込まれるように貼りついてくるのを見ても、仮面の男は動じずに佇んでいた。

(数で攻め、俺が実体化する隙を与えない気だな…いいだろう)


面奥の瞳が弓なりに弧を描く。
同時に、眼前に小南の顔が目と鼻の先に接近する。

(その誘いに乗ってやろう)


手を伸ばす。首の感触がして、紙吹雪の合間から覗く苦悶の表情に嗤う。
だがそれは天使の罠だった。


そのまま対象を吸い込もうとした【写輪眼】が驚きで大きく見開く。
大量の紙の中に紛れ込んでいる異物。
ただの紙ではないソレに反応が一瞬遅れる。

(…ッ、起爆札!!)


白紙に見せかけて小南が紛れ込ませていた起爆札の存在に間一髪気づくも、それより速く。


雨隠れの里で閃光が奔った。
















視界が真っ白になる。

やがて光がおさまった頃、爆発の炎に呑まれた大量の紙が燃え滓となって天から降り注ぐ。
依然として降り続ける雨の波紋に揺られる水面に、仮面の欠片が沈んでゆく。

“暁”の証拠たる赤き雲の衣が、チリヂリになった紙と共に水を赤く染めていた。

「…甘く、見ていた」


片腕を失った男の片目が露わになっている。
仮面の一部を喪失した彼は称賛の言葉を口にした。
されどその眼光は先ほどよりずっと油断なく、小南を警戒している。


【写輪眼】の視線の先。
同じく無傷とは言えない上半身だけの天使が辛うじて翼を広げていた。


「吸い込む瞬間に自爆するつもりだったな…だが心中は御免だ」
「…私だって…御免だわ…」
「減らず口を叩く元気は残っているようだな」


息も絶え絶えの天使を前に、仮面の男は片膝をついたまま、皮肉げに嗤う。


「現におまえは生きている…それが俺を殺し損ねた証拠だ」
「…私は散ってもいい花…!刺し違えてもアナタを…」
「やめておけ…自ら散りゆく花ほど儚いものはない」


露わになった【写輪眼】が朱く廻る。


「自分で自分の首を絞める無駄な行為はやめろ。長門と再会させてやるというのに…」


更に煽る仮面の男に、小南は唇を噛み締めた。
より一層膨れ上がる殺意に刺されながらも、仮面の男は言葉を止めない。

「ふたりで懺悔するがいい」


そこでようやく、呼吸を整えた小南は瞳を閉じた。
やがて見開いた瞳は殺し損ねた絶望ではなく、紛れもない純然たる殺意。


「懺悔するのはアナタだ…自分が何故裏切られたかもわからない愚かな闇…」

小南の発言を仮面の男は唇を歪めて、一蹴に付す。


「…それより、秘策も万策も尽きたおまえのほうこそ神に縋ったらどうだ?長門ではなくペインでもない、本物の神にな」

仮面の男の挑発に乗って、「黙れ…ッ」と天使は声を荒立てる。


「光のない世界では花は枯れるしかない…!」

腕に巻き付く紙吹雪。
否、腕から剥がれゆく紙の嵐が、仮面の男目掛けて飛び交う。

同時に、足元が崩れて、仮面の男はガクリと体勢を崩した。
浮遊感。


「…ッ!?」
「平和への光に満ちた世界に闇は必要ない。一片も残さず、消え去るといい!」


水面が、割れる。
いや、水に見せかけていたそれらは全て────。



「アナタを殺す為に用意したこの六千億枚の起爆札…たんとおあがりなさい」


波が割れる。巨大な本がめくれるかのように。迫りくる壁。
波の水滴ひとつひとつが紙でできており、何れも殺傷力のある起爆札ばかり。

これこそが秘策。
これこそが憎き敵を葬り去る紙の棺。


「────お味はいかが?」








膨大な量の起爆札だけでも厄介なのに、十分間起爆し続ける凶悪な波に呑まれた仮面の男の行く末を、天使は非情な顔で見下ろしていた。

波が激しく揺れる。
水中で白煙が立ち上り、瀑布が下から爆ぜる。



やがて静まった水面上で、羽を休めた天使は荒い息をついて膝をついていた。
背中に生えていた翼が維持できずに空中分解してゆく。


【神の紙者の術】が解けてチャクラを使い果たした彼女は、今や天使からただの人へ堕ちていた。

それでもこれで。


「これで…マダラは…確実に…」







「おまえは俺を闇だと言ったな」






背後からの声。
反射的に振り向こうとした小南の細い首に手が伸びる。


「恵みの雨を与え過ぎれば、根が腐って花は枯れる。正義を振り翳すだけでは平和は成り立たんよ」

背後から首を絞められ、苦し紛れに振り返る。
待ち構えていたとばかりに、朱色の瞳と眼が合った。
【写輪眼】。


「闇あっての光…必要悪のありがたみを思い知れ」


項垂れた小南が、本物の水面にどしゃりと崩れ落ちる。




やがて雨隠れの里には珍しく、陰鬱な空が明るくなってくるのを見て取って、仮面の男は顔を上げた。
重く垂れこめた雨雲。
そこから射し込む光を浴びて、倒れ伏した天使が眩い陽の光に照らされる。


止むことのない雨隠れの雨。
空に掛かる七色の架け橋を仰ぎ、仮面の男は天使を見下ろした。



「六千億枚の起爆札…いっぱいくわされたが、この七色に輝く虹を見られなかったおまえの苦汁と比べれば、多少はマシな味だろうさ」







先ほどの戦闘が嘘のように穏やかに凪いだ水面。
雨隠れの里に秘かに隠された厳かな神殿内で、足音が響く。

無数に敷き詰められた花の中。
そこに眠る人間はふたり。

橙色の髪の男と、赤髪の男。
彼らの顔を覗き込んで、仮面の男は面奥の瞳を細める。



やがて音もなく立ち去ったあとには、紙で形成された美しい薔薇だけが残されていた。

















長閑な光景。
一見平和な道中にて不穏な気配が微かに漂う。

息を潜めて此方を窺う忍び達の気配を感じ取り、志村ダンゾウは呆れたように杖を叩く。
忍びの闇と謳われた自身に気づかれるようでは、たかが知れているな、と嗤うダンゾウの顔色を両隣の部下が窺う。


「ダンゾウ様…」
「如何なさいますか?」

五影会談へ向かう最中。
護衛として連れ添いを許した両者へ、ダンゾウは「うむ」と頷いてみせる。

己が五代目火影の椅子に座る為に綱手を葬った功労者ふたりへ手出し無用とばかりに下がらせ、ダンゾウは右目を覆う包帯に手をかけた。


「久しぶりの実戦…鈍った身体を動かすにはちょうどいい…」


すぐにでも襲い掛かってくる忍び達の気配が、しかしながら次の瞬間、跡形もなく消え去る。
疑問を覚えたダンゾウの周囲が妙な静けさに包まれた。


ややあって、ドサドサと複数の忍び達が山積みになって地面に墜落してくる。
墜ちてきた忍び達は何処かで見覚えのあるお面をしていた。


以前、ダンゾウが【根】に命じて暗殺した林の国の般若衆の暗部の残党。

何れも気を失っているようで、益々気味が悪い。
寸前までのお粗末な気配はこの残党連中で間違いないだけに、目の前の不可解な光景を前にして、ダンゾウは眉を顰めた。


ダンゾウを庇うように、彼の護衛として連れ添ってきたサイが立ちはだかる。
【根】の一員として部下として、春野サクラがダンゾウの背後で警戒態勢をとった。


「……随分と、恨みを買っているようだな」



山積みになった般若衆の残党。
その上に降り立った忍びの顔を見上げ、普段閉じているダンゾウの眼が見開く。


「裏から表へと出ると色々厄介事が増えるものだな…今のうちに辞退したらどうだ」


思いも寄らない存在の登場を前に、さしもの忍びの闇も一瞬、言葉を失った。
しかしながらすぐに気を取り直す。


「表裏を独占してこそ国と里を強固にできる…五影会談を成功させ、ワシが火影だと認識させる。上忍衆もワシを火影だと認めざるを得なくなる」

そこで一息おいて、ダンゾウは顔半分を覆っていた包帯を全て取り去った。
露わになった赤い片目が、同じ赤い瞳を見つめ返す。




「やっとワシの時代が来たのだ」


長年の夢であった。
大願であった。
切望であった。


感情を出さない忍びの闇の明らかに感情のこもった切実な声音を、うちはサスケは一蹴した。




「────そんな時代は二度と来ない」




気絶させた残党の山。
その上から見下ろすサスケの【写輪眼】と、ダンゾウの片目の【写輪眼】が搗ち合う。




「今までも…そして、これからも」 
 

 
後書き
今回短くて申し訳ないですが、区切りがいいので、このへんで…
次回もどうぞよろしくお願いいたします‼ 
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