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渦巻く滄海 紅き空 【下】

作者:日月
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九十三 黒雲白雨

 
前書き


あけましておめでとうございます‼(遅いよ)
昨年は大変お世話になりました。今年もどうぞよろしくお願いいたします‼ 

 

「俺は“暁”のひとりであり、波風ナルの双子の兄であり、」

にこやかに穏やかに悠然と微笑みながら、そのヒトは言う。

「────君たちの敵だ」






「お礼に一楽のラーメン奢るってばよ!一緒に行こうってば!!」

中忍本試験が始まる前、【口寄せの術】が成功する手伝いをしてくれた。
そのお礼に、と誘った相手の面影を憶えている。

「ラーメン、また今度一緒に食べに行こうってばよ!」

自分の誘いに、はにかんだように困ったように、そして哀しそうにそのヒトは言った。

「そうだね。いつか────……」









「…英雄を気取っていただけか?」

冷酷に冷然と冷ややかに、自分と似た瞳の青を細めてそのヒトは言う。

「随分と、腑抜けた英雄もいるものだな」











「この子は俺の大事な─────」

似ているようで違う。同じようで似ていない。
自分と同じ顔でそのヒトは言った。

「大切な───妹なんだ」













目まぐるしく脳裏を駆け巡る光景。揺さぶられる感情。
泣きたくなるような腹が立つような意味がわからない激情に駆られる。

初めて中忍試験で出会った時、助けてくれた。
でもそんな彼が明確に敵だと宣告した。
自分の仲間と戦い、“暁”だと宣言した。

それなのに。
自分の双子だという。血のつながった兄だという。

頭が痛い。胸が苦しい。息ができない。

逃げていった蝙蝠を追おうとする周囲の中、立ち竦んでいた彼女の様子がおかしいことにシカマルは逸早く気づいた。
声をかけようとした途端、身体がぐらりと傾く。


「…ッ、ナル!?」

地面に突っ伏した波風ナルが上手く呼吸ができず、荒い息遣いで胸を押さえている。
急な展開と情報量に追いつけず、不安とショックによるストレスで倒れた彼女は激しい呼吸を繰り返す。
過呼吸を引き起こしたナルを放っておけず、皆は慌てて彼女の許へ駆けつけた。



その様子を痛ましげに見下ろしながらも、次第に遠のく蝙蝠の群れ。
木ノ葉を襲う脅威が去った後には、倒れた英雄を介抱する忍び達の姿があった。























「シカマルくん」

五代目火影である綱手が行方不明の中、忙しい合間を縫って頼み事を聞いてくれたシズネに、シカマルは会釈する。

「なにか、わかったッスか?」
「……ええ」


逡巡する素振りを見せてから、やがてシズネは声を潜めた。

「ナルちゃんと血縁関係であることは間違いないわ」



テンテンが用いた鎖で捕らえたものの、まんまと逃げおおせられた対象はしかしながら、あるモノを残していった。

一滴の血。
【口寄せの術】を使用する際に流したモノである。

鎖にこびりついたその血を採取して、シズネに鑑定してもらったシカマルは、想定通りの答えに頷いた。


「…ということはやはり、」
「ナルちゃんの双子で実の兄というのは本当のようね」


うずまきナルトの正体。
それを明確に知る為にも血液を採取し、医療忍者であるシズネにまで鑑定してもらったシカマルを、遠くで見ていたキバは眉を顰める。

シズネが立ち去った後、ずんずんとシカマルに足音荒く近づくと、キバは彼の胸倉をつかんだ。



「どういうことだ、シカマル」
「…なにがだ?」

キバの怒りも憤りもなんとなく想像つきながら、それでもシカマルは嘯いてみせた。


「しらばっくれんな。なんでナルを追い詰めるような真似をしやがる」

ただでさえ、過呼吸で倒れたばかりなのだ。
それなのにわざわざうずまきナルトが実の兄だと明確に突き付けるような行為をするシカマルをキバは責めた。


「まだ曖昧にしておいたほうがアイツの為にも良かっただろーが」
「…真実は早めに知っておくべきだ。そうすりゃ傷はまだ浅く済む」
「もう既にぶっ倒れてるんだぞ!」

過呼吸でナルが倒れたことで、立ち去ったナルトの後を追うことは出来なかった。それは仕方がない。
過呼吸が治まり、迷惑かけたと謝ったナルは、引き留める皆に構わず、ふらふらと自分のアパートへ帰って行った。


残った忍び達は一先ず、うずまきナルトの騒動をはたけカカシを始めとした上忍達へ知らせに向かったのである。
その際、シズネに何事か頼み事をしていたシカマルを目敏く見つけたキバは、思わず突っかかったのだ。



キバの言い分を、シカマルは酷く冷めた表情で見返した。
此方とて言いたいことは山ほどある。


「…てめぇこそ、自分の発言に責任持てよと言っただろ」
「…どういう意味だよ」
「昔、お前が何の考えも無しにナルに言ったことだよ」

かつてアマルが大蛇丸のもとへ行ってしまったと嘆くナルから、シカマルとキバは相談を受けたことがある。
その際、キバが気楽に告げた一言を、ナルは今でも重んじている。
その責任を取れるのか、とシカマルは忠告していた。


『正しい道に向かわすのが『友達』だ』というキバの発言。
それを鵜呑みにして必死にサスケやサクラ、アマルを追い続けたナル。
その間、ナルがどれほど傷ついたのか、想像を絶する。


「口先だけのおまえの発言をナルは実行しようと努力し、傷ついてきた…」
「…口先だけだと!?」
「現に、俺達はナルにばかり頼りすぎてる。それは否定できないだろ」




本当にうずまきナルトが敵なのか。
ナルと双子なのか。
血のつながっている実の兄なのか。


曖昧な推測ばかりで平行線をたどる一方だったろう。
だからこそ最初に明確な事実を得るべきなのだ。

たとえそれがナルにとってどれほど残酷な真実であろうと。


シカマルの言葉に、ぐっと息を詰まらせるも、キバは更に食い下がる。
キバに触発され、珍しく語気を荒げたシカマルは三白眼に怒りを奔らせた。


「真実を明らかにしないことも優しさだろーよ!」
「嘘をついてアイツが喜ぶとでも!?偽りの優しさなんざお呼びじゃねェんだッ!!」


お互いにナルを想うからこそいがみ合うキバとシカマル。
剣呑な雰囲気を醸し出す両者の言い分をピシャリと切って捨てたのは、意外な人物だった。



「……ほ、本当にナルちゃんを想うなら…!」

おずおずと、しかしながら毅然とした顔で彼女は、シカマルとキバに聞こえるように、精一杯声を張り上げる。
キバと一緒にシカマルがシズネに頼んでいたことを気にしていたヒナタは、おどおどしつつも、双方を交互に見ながらハッキリ言い放った。


「今、この時に傍にいることが…だ、大事だと、思う…よ」

控え目だが、頑とした意志が見受けられ、キバとシカマルは気まずげに顔を見合わせる。


昏く立ち込み始めた暗雲の下。
ナルの許へ向かうヒナタの後ろ姿を、二人は何も反論できずに見送った。















「───わざとだろ」


開口一番、的を衝いた発言。

空を獣のように奔った黒雲が、散り散りになる気配がする。
その背後から迫る本物の暗雲を背に、闇夜を思わせる大群の一部が抜け出た。

途端、蝙蝠の群れは掻き消え、代わりに抜け出た一匹が徐々に姿を変えてゆく。
いや元に戻ったナルトは待ち構えていた再不斬に、ふ、と口許を緩ませた。


「おまえ、わざと血を残したろ」

改めて問われたナルトの頭上。樹影の合間から覗く空から、ぽつん、と最初の一滴が落ちる。
やがて、巨大な車輪を転がすような音が轟いたかと思うと、一斉に大粒の雨が降り始めた。


木ノ葉の里全体を包み込むような雨音の中。
ナルトの濡れそぼった金髪が艶やかに輝く。

黙って答えを促す再不斬の視線に苦笑すると、前髪を掻き上げながら、寸前まで己が引っ掻き回した木ノ葉を一望した。

「明確な証拠が無ければ、いつまでも平行線のままと思ってね」


どれほど多勢に無勢であっても、ナルトがあんな容易く捕まるとはとても思えない。
つまりあれはわざとだということが遠くで窺っていた再不斬には理解できた。

幻術にかければいいものをあえて体術だけで攻撃を受け流し、まるで相手の得意な土俵に上がることで完膚なきまでに叩き伏せた。
【口寄せの術】だってナルトならば使う必要もなかった。

それでも【口寄せ】を使ったのは血を流す必要があったから。


あえて自分が血のつながった実の兄だという証を残したのだという己の推測が当たって満足しつつも、どうにも歯痒い心持ちのまま、再不斬はナルトを見遣った。



物言いたげにする再不斬を、ナルトは無言で一瞥する。
なにも言うな、という無言の圧力に根負けし、肩を竦めた再不斬を伴って、ナルトは木を蹴った。



蹴った拍子に葉っぱから滑り落ちた雫が地に落ちる。
既に濡れていた地面の色が益々濃くなり、重く垂れ込んだ曇天にやがて何もかもが包まれていった。





















「な、ナルちゃん…」

ナルのアパートを訪問したヒナタが目にした光景は悲惨なものだった。


叩き割られた鉢植え。散乱する土。引っこ抜かれた草花。
鉢植えの破片が散らばる中、ナルが虚ろな瞳でヒナタを見上げる。

いつも明るく澄んだ瞳の青は、今の空模様のように黒く淀んでいた。
それでもヒナタの姿を認めると、その瞳が徐々に光を取り戻す。

ハッ、と我に返ったナルはやがて、のろのろと植木鉢の破片を拾い始める。
自分の手が土で汚れるにも構わず、破片で傷つくにもかかわらず、草花を寄せ集めるナルの手を、ヒナタはそっと握りしめた。


「…ヒナタ…」
「…ナルちゃん、手伝うよ」

おそらく激情のままに鉢植えを叩き割ってしまったのだろう。
散乱する草花は何れも、うずまきナルトがかつて見舞いの品としてナルの病室に飾ったものだった。

しかしながら我に返ると、ナルは慌てて草花を集める。
ナルトがくれた植物と言えど、花に罪はない。


それなのに激情に駆られるまま、鉢植えを叩き割った己を恥じて、ナルは唇を噛み締める。
その頬に乾いた涙の痕を見て取って、ヒナタは安心させるような声音でナルに囁いた。

「だ、大丈夫だよ…ナルちゃん…私が預かってる子達もいるから」


ナルの鉢植えを半分ほど預かってお世話をしていたヒナタは近々、彼女に返すつもりでいた。
だから目の前の花々がもしも枯れてしまっても、ヒナタが預かっているお花達がまだいることを伝える。

ヒナタの優しい励ましに、ナルはのろのろと顔をあげると、やがてその視線を散らばった鉢植えの破片へ向ける。
自分が今まで大事にしてきた花々に、彼女は涙を落とした。



「…ごめん…ごめんってばよ…」

すすり泣くナルの背中を、ヒナタは優しくさすってあげる。
窓外に聞こえる雨音が、泣き声を呑み込むほどの強い雨脚となって降り始めていた。

































「待っていたわ…」

雨音に掻き消されるほどの声音。
背後からのそれは天使が死を誘うかのような囁きだった。


「貴方が私の前に来ることはわかっていた…」

天使に誘われるかの如く、紙でできた蝶に誘われた仮面の男は面の下で眼を細める。


絶え間ない雨音に包まれる雨隠れの里。
そこから少しばかり離れた水面上で対峙する両者の合間で、不穏な風が吹き抜ける。


「“輪廻眼”…長門の居場所を素直に話す気はなさそうだな」

仮面の下で、ふっ、と笑う。
目の前の存在の装い。自分と同じ黒装束を見て、仮面の男は口許を歪める。


「俺に牙を向けるというのに、まだその衣を着てるとはな…『暁』に未練があると見える」

黒地に赤い雲。
“暁”の証である衣を見下ろして、小南は仮面の男の言い分を一蹴する。


「思い出したのよ…本来の“暁”の在り方を」

小南の身体から、ペリペリ…と紙が剥がれてゆく。
それらは或いは蝶であり、或いは花であり、或いは手裏剣であったが、どれもが仮面の男への殺意に満ちていた。


「この衣にある赤き雲は此処雨隠れに血の雨を降らせた戦争の象徴…この衣は私達の正義」

自らの装いを見下ろしながら、彼女は言葉を続ける。


「長門もそう…“輪廻眼”は雨隠れの忍びである長門が開眼したもの…」

静かに言葉を紡いでいた小南は次の瞬間、感情を露わにさせた。


「“暁”は…“輪廻眼”は貴方のモノではないッ!!」


紙が舞う。降りしきる豪雨を物ともせず、紙の蝶が舞う。
決意を胸に、天使は翼を背に生やし、仮面の男へ飛び掛かる。




凄まじい数の蝶。大量の紙の起爆札。
降りしきる雨の中、己の身と引き換えに彼女は飛んだ。




死の天使としてあの世へ連れてゆく為に。 
 

 
後書き

新年早々、暗い内容で申し訳ございません!(土下座)
ナルが情緒不安定です…原作ナルトと違ってメンタルは弱いのが弱点の女の子なので(汗)
許してあげてください~


今年もどうぞ「渦巻く滄海 紅き空」をよろしくお願いいたします‼
 
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