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Re:命が軽い魔法の世界でワイらは生きる

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魔法少女育成計画thread people
  【おいおいおい】魔法の世界では常識に囚われてはいけないのですね!【アイツ消えたわ】

 
前書き
しめん‐そか【四面楚歌】

 まわりすべてが、敵や反対者で、孤立した状態のこと。味方や賛同者がひとりもなく、周囲から非難を浴びるさま。
                                  出典 [goo辞書] 

 
◇ノルカ・ソール――[原作読了済み]三浦光

 失敗した。
 失敗した。失敗した。
 光の焦る気持ちと裏腹に、頭の中の言葉は続く。
 曰く、自分は魔法少女だと。
 曰く、自分は魔法の国、IT部門の部門長だと。
 曰く、自分はキークという名前だと。
 全て知っている情報だ。キーク。それは、魔法の国の歴史に残る大犯罪者、森の音楽家クラムベリーの試験(殺し合い)から生き残った者達を集め、独自の正義感と魔法によって極めて理不尽で残虐な私刑を行った魔法少女だ。
 そんな彼女がどうしてここにいるのか。どうやって光たちの存在を知ったのか。考えろ。考えろ。と、光は頭を回転させた。



550:キーク
んで、お前らの話って、ホント?



 ついさっき忍者の魔法少女に追いかけられ逃れたと思った矢先に気を失い、その後目覚めて――後から聞いた話だと――失明しかける程の怪我を負い、そして今は再び生きるか死ぬの瀬戸際に立つこの状況に光はつきそうになった悪態をぐっと飲み込んだ。
 現在の時刻は既に七時を回っている。公園周りの人の流れも増え、ちらほら公園内にも人が見えた。幸い、光達がいる場所は生垣によって視界を塞いでくれるおかげか、見目麗しい魔法少女二人がその場にいてもあまり目立っていない。
 魔法の反動で血を流していた光の目の治療をして、治った光を見ると飛び跳ねて喜んでいた魔法少女『メー()』。そんな彼女を落ち着かせるために、おどおどとメーDを宥めていた魔法少女『アイアイスキミー』。
 光の治療からお互い自己紹介をして、掲示板へ自身の安否を報告したのがすぐの出来事。掲示板では『ファン』と名乗る電脳妖精が突如現れ、色々聞き逃せない情報を残してから去っていき、そして、今の最悪の出来事が起きた。いったい、何が原因で彼女をここへ呼び寄せたのか。
 分からない。



551:キーク
今までのログをざっと見せてもらったけど
いきなりこの世界に現れたお前ら
しかも魔法少女に変身できるときたもんだ



 キークが存命であるという事は、今はまだ『restart』は始まっていない。そして、光が昨夜見た忍者の魔法少女(リップル)には片腕が無かった。
 つまりは、今の原作でいう時系列は、『魔法少女育成計画が終わって、魔法少女育成計画restartが始まる前』という事になる。
 しかし、今この状況でそれが分かっても意味がない。光は、時系列から先で起こる事件を推察して、それから身を守るために、今は原作のどこにいるのか知りたかったのだ。
 事件を避けるどころか、その事件の要因自らがこちらに接触してくるなど、誰が想像できるか。



552:キーク
お前らさぁ
いったい何なの?
は?ふざけてんの?なんでお前らのようなまがい物が魔法少女になってんだよ
マジ死ねよゴミが



 恨み言が光の頭へ直接響く。ネットの掲示板で書き込むように軽いノリで言っているのだろうが、言葉が直に伝わる光たちにはその言葉がよりおぞましく聞こえた。キークの本性を知っている光にとってはそれ以上に、その言葉が現実味を帯びていた。
 メーDたちも頭を抑えたり、顔を歪めたりしている。突然の出来事が連続して襲い掛かってきているのだから無理もない。
 情報が足りない。なにか手はないか。



553:キーク
あのね?
魔法少女はね、可愛くて、美しくて、キラキラしている高貴な存在なの
そんな魔法少女達をお前らは汚してるんだよ?冒涜してるんだよ?
折角、明日が本番だってのに、なんでお前らのような不確定要素が出てくんだよ
マジでふざけんなよカスが




――明日が、本番?

 それはどういう意味だろうか。
 もしかすると、明日こそが、キークが『クラムベリーの子供たち』にあの理不尽なゲーム(再試験)を仕掛ける日なのかもしれない。だとすれば、今喋っているキークも、いずれは『魔法少女狩り』の手によってお縄にかかるだろう。
 しかし、それでこの状況を打開できる訳ではない。もしこの時点で魔法少女狩りにキークの事を告発する事が出来たとしても、キークに勝つにはそれ相応の準備が必要だ。当然、それまでの間に光たちが無事かは保証されない。

 ――駄目だ。いくら考えても打開策が見つからない。

 キークの魔法は『ネットの世界に潜る』ことだ。ネットの世界にいる間は、キークはまさに神に等しい力を持つ。ネットを介せば遠隔で魔法少女を殺すことだって出来る。
 どうすればキークを刺激せずにこの状況を打開することが出来るのか。どうすればいいのか。どうすれば助かるのか。
 分からない。分からない。分からない。



554:キーク
大体、お前らはどうやって魔法少女になったんだよ
人事の奴らが絡んでるの?
くっそめんどくさいけど最悪、人事に凸して











             おい、お前ら聞いてんのか?
                 特にお前






「――っ!?」


 頭に鈍い痛みが走る。
 頭痛とは違う。
 まるで直接脳を鷲掴みにされたかのような痛みだ。
 痛い痛い痛い。
 頭が割れそうだ。
 二人の魔法少女の姿が歪む。
 息苦しい。
 世界が横になる。
 違う。
 光がベンチで横になったのだ。
 痛い。
 痛みが収まらない。
 体が熱い。
 いったいどうしたのか。 



555:キーク
聞いてんのかって聞いてるんだよ
原作読了済みだっけ
お前に聞いてるんだよ

あぁ、そう言えば書き込めないんだったね
まぁいいや。だったらお前から直接





          記憶を見せてもらうよ



「――ぁっ!?」





痛い



痛い




痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い手が痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い体が痛い痛い痛い痛い痛い痛い目が痛い痛い痛い痛い痛い痛い足が痛い痛い痛い痛い痛い頭が痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い頭が頭が頭が痛い痛い痛い






見えない。聞こえない。何も見えない。感覚がない。なんで、どうして。分からない。なんで。私ばっかり。私が何したの。私が悪いの。分からない。意識が薄くなる。なくなる。私はいったい。



                あれ


               私って今


             どうなってるの?










              今ポンっ!









最後に聞こえた、あの糞ったれの声を最後に、光は意識を手放した。












556:ファン
〈掲示板の管理者がファンになりました〉
〈ネットへの接続を切りました〉
〈スレッドの制限を解除しました〉

……これで、一安心ポン、か?


557:名無しの魔法少女
……ぷはぁ!はぁ、はぁ
思わず息を止めちゃってた…


おい白黒野郎っ!
さっきのいったい何だったんだ!

558:名無しの魔法少女
そうだそうだ!説明しろ!苗木!

559:名無しの魔法少女
我々には事の顛末を知る権利がある!


560:ファン
やっぱり制限かけよっかなポン
うるさいポン
お前ら一回落ち着けポン


561:名無しの魔法少女
え、え?なに?
さっきの人?魔法少女?
なんか凄い強そうな感じだったんだけど!


562:ファン
……あの魔法少女はキークポン
魔法の国IT部門の部門長だポン
ネット世界に潜れば自由自在に何でも出来る魔法を持つポン
…………要するにファンの天敵ポン


563:名無しの魔法少女
ネットの世界を自由自在?
言葉だけだと強そうな感じするな


564:ファン
実際に強いポン
メチャ強ポン
ネットの中なら人を作るのだって世界を作るのだって、その世界に人を閉じ込めたりする事も出来るポン
なんなら、ネットに繋がった魔法の端末越しに魔法少女を無抵抗に殺すことだって出来るポン。正に最強と呼ぶに相応しい魔法少女ポン


565:名無しの魔法少女
は?え?
それ不味くない?

566:名無しの魔法少女
やべーよやべーよ
なんでいきなりそんな奴に狙われてんのワイら

567:名無しの魔法少女
マジで俺らピンチだったっぽい?
なんかアイツ意味不明な理由でキレ散らかしてたけど
一歩間違ってたら俺らお陀仏だった?

568:名無しの魔法少女
助けに来るのおそない電脳妖精さん?
本当に高性能AIなん?


569:ファン
さっきまで脅されてたくせによく回る口ポン
とはいえ、今回についてはファンが悪かったポン
申し訳ねぇポン
ホント、ファンに連絡を入れてくれて本当に助かったポン


570:名無しの魔法少女
連絡?誰か連絡いれたんか?

571:名無しの魔法少女
いや、そもそも掲示板が制限されてたのにどうやってコイツを呼ぶんだよ

572:12
それについては私から話すよ

573:名無しの魔法少女
12!!12じゃないか!!今までどこに行ってたんだよ!?

574:名無しの魔法少女
お帰り~
もしかして12がポンポン野郎に伝えてくれたの?

575:12
そうだ
そもそもの話、キークという魔法少女が書き込みを禁止したのはこのスレッドだ
つまりは別のスレッドなら書き込むことは出来たわけだ
試しにそこで書き込んでみたらちゃんと出来た
あとはそこで延々とファンを呼んだだけ
中々気づいてくれるのに時間はかかったが

576:名無しの魔法少女
あっ……そういう事か!

577:名無しの魔法少女
はぁん
別のスレッドを使ったのか
やっぱ12頭良すぎない?君有能って呼ばれるでしょ

578:名無しの魔法少女
よくあんなヤベーやつの前でそんな事試せたな
下手したらその場で殺されてた可能性あったのに

579:名無しの魔法少女
そう考えると一気に12が自殺志願者に見える不思議

580:名無しの魔法少女
肝座りすぎなんじゃない?

581:12
別に職業柄、そういった事が多いだけだ
それに別に恐怖心が無いわけじゃないぞ


582:ファン
ともかく、ひとまずこれで安心ポン
全く困ったやつらポン


583:名無しの魔法少女
ていうか、なんであんな奴がここに来たの?
ここって俺らだけがいるんじゃなかったの?


584:ファン
あぁ……………それについて、ファンちょっと心当たりあるポン…

585:名無しの魔法少女
はい?どういうこと?もしかして裏切った?いつかは裏切ると思ってたけど裏切るのはやない?

586:探知魔法(お迎えつき)
12!そこにいるよな!?アンタいったい今どこにいるんだよ!
すぐに公園に戻ってきてくれ!緊急事態なんだ!!

587:名無しの魔法少女
やっぱり処す?処す?

588:名無しの魔法少女
はい?今度はいったいなんなの……

589:名無しの魔法少女
ひょっとして救出班か?

590:名無しの魔法少女
もうこれ以上はお腹いっぱいなんだが……

591:12
救出班?いったい何があったんだ?

592:探知魔法(お迎えつき)
大変なんだ……原作読了済みが

原作読了済みが倒れてさっきから起きないんだ!!
 





◇アイアイスキミー――[探知魔法(お迎えつき)]相田翔

 原作読了済みがベンチで倒れて数分が経った。ベンチで横になっている原作読了済みは依然として目を覚まさない。
 メーDが注射器の満たされた液体を変え――今までグリーン色だった液体がショッキングピンクへと変わった――それを横たえた原作読了済みへ刺したりしているが、一向に状況が変化しない。
 やっとのことでジルへ連絡が出来たところで、こちらへ来るのにいったいどれほど時間がかかるのか。翔はおぼつかない思考を纏めるためにあちらこちらへ足を動かしていた。

 こういう時に何もできない自身が恨めしい。専門分野が違うのだからと言えばそれまでなのだが、だからこそ余計に自身の無力感を感じさせられる。
 どうしてこうなったのか。先ほどまで原作読了済みの目を治して喜んでいたのではないのか。それなのにどうしてこんな事になったのか。この世に神様がいたとすれば、明らかに神様は翔たちの事を嫌っている。そうに違いない。じゃなければ、この世は余りにも不条理ではないか。
 そこまで考えてから、翔は頭を振り払った。考えれば考えるほどネガティブな事を考えてしまう。翔の悪い癖だ。しかし、考える事以外で翔には出来ることがない。ならどうすればいいのか。

「スキミーさん。お待たせしました」
「あっ……ジルさん」

 声をかけられて振り返れば、そこにはジルがいた。
 ジルはスキミーに一声かけるとすぐに原作読了済みの元へと向かい、何とか原作読了済みを目覚めさせようと奮闘するメーDをどかした。そうしてから、ジルは原作読了済みの腕を取ると、その付け根に人差し指と中指を押し当てた。脈をとっているのか。しばらくして、ジルはその顔に安堵の表情を浮かべたが、すぐに顔を険しくさせた。

「脈は正常です。一先ずは容態が急変することはないはず。最も、私は医者じゃないから断定はできませんが」
「いったい……何が起きたんですか。どうして、そんな、こんなことが……」

 思った疑問が真っ先に翔の口から飛び出した。メーDも翔の言葉に賛同するように首を縦に何度も振っている。
 翔の考えでは、原作読了済みが急に倒れた原因は先ほど現れた魔法少女『キーク』だと考えている。あまりにもタイミングがタイミングだ。ここで別の要因が原因だと言われてもあまり信じられない。

「私も詳しくは分かりません。実際に原作読了済みが倒れたところを見ていませんから……」
「ですが、私たちにもさっぱりです! 本当に、いきなり倒れたんですから!」
「そ、そうっすけど……やっぱり、原因はアレしか考えられないっす」
「まぁ、それしかないでしょうね……倒れたと聞いたけど、見たところ怪我はしていないか……」

 テキパキと原作読了済みの外傷を調べるジルは、不意にスキミーの方を見て、そしてメーDの方を見た。そういえば、彼女らは初対面だったはずだ。
 改めて対面したジルは、メーDの持つ大きな注射器に目を移すと、再度原作読了済みの体を探った。

「あなたが彼女を治療したんですか?」
「はい! 私の魔法で、原作読了済みさんの目を治しました!」

 そういうメーDは手に持った大きな注射器をジルに見やすい様に両手で抱えた。注射器の中身は未だ目に優しくない色でたぷたぷと揺れている。



 メーDの魔法は「医療の奇跡を起こす魔法の注射を打てる」事だと本人は言っていた。現代医学で治療できない病気や手術しなきゃ治らないような怪我も、メーDの持つ大きな注射器で一本打つだけで治ってしまうとの事だ。
 彼女の魔法があれば、難病で悩む患者も、一生後遺症に悩む患者もたちまち回復させる事が出来る。まさに医者いらずという言葉が相応しい魔法だった。

 メーDはジルが来る前まで、意識を無くした原作読了済みにメーDは『気付け』の薬を打っていた。
 必ず効果のある『魔法の注射』だ。魔法少女になりたての翔でも、魔法少女の魔法の万能さはある程度理解しているつもりだ。魔法少女の『魔法の注射』なら意識がない人を目覚めさせることを出来るはずだと思っていた。
 しかし、原作読了済みは目覚めなかった。



 突然倒れた原作読了済みの体には、目に見える異常はない。目から血が流れるというようなあからさまな怪我もなく、ただ静かに公園のベンチで横になっている。
 息はしているはずだ。ジルが原作読了済みの脈を確認しているから、死んではいない。
 ただそこで、まるで眠り姫のようにひっそりと眠っているのだ。

「…ファン、聞こえるか」

 ジルが虚空に向けて語りかけた。いや、自身の頭の中に語りかけたのだろう。そこに掲示板があるから、はたからみれば、とても奇妙でふざけた姿だったが、翔たちにとっては、それが掲示板へ繋がるための唯一の方法だ。





602:名無しの魔法少女
ファン、聞こえるか


603:ファン
聞こえるポンよ
ついでに、事態も大体は把握したポン


604:名無しの魔法少女
それなら話が早い
ファン、この状況をどう見ているんだ
何か知っている事があったら教えて欲しい


605:ファン
そうポンね……


十中八九、キークの仕業ポンね
ファンが追い出す前にキークが何かしたとしか考えられねぇポン


606:12
やっぱりそうか…

607:名無しの魔法少女
えっえ、ちょ何?
マジで何がどうなってんの?

608:名無しの魔法少女
話から要約するに
原作読了済みが倒れて、そのまま起きない状態が続いてるって事か
んで、その原因はさっきヤベー奴が絡んでると


609:ファン
その通りポン
それにプラス、治療の魔法が効かないから
完全にお手上げ状態ポンね


610:名無しの魔法少女
なんか原作読了済みばっか酷い目にあってる気がする…気のせい?

611:名無しの魔法少女
気のせいじゃないんじゃない?

612:名無しの魔法少女
原作読了済み不幸体質過ぎるでしょ…

613:名無しの魔法少女
原作読了済みの不幸
・魔法少女に襲われる
・魔法の反動で失明一歩手前
・原因不明の意識不明  ←New!

614:名無しの魔法少女
もはや世界に嫌われてるとしか思えない


615:ファン
何なら、ファンが原作読了済みの体、調べてあげようかポン?


616:12
そんな事出来るのか?


617:ファン
当たり前ポン
ファンは超高性能AIポンよ
掲示板を通して原作読了済みの脳から直接体を調べるなんてわけないポン


618:名無しの魔法少女
言ってることすっごく頼もしいのに何か嫌なんだけど

619:名無しの魔法少女
脳から直接…グロくない?寄生虫かよ

620:名無しの魔法少女
実際コイツ寄生虫でしょ


621:ファン
お前らマジで覚えとけポン


622:12
それでも構わない。よろしく頼む


623:ファン
まっ、少し待っているといいポン
あ、ファンが調べてる間は体は触るなポンよ





「ちょちょちょ……! 勝手にそんな事しちゃっていいんっすか!?」
「緊急事態ですので、やむを得ません。それに、事を一刻も争う状況なら、尚更早く処置をしなければいけませんから」

 いやいやいやと、翔はジルに制止の声をかけるが、それを遮るようにジルは翔とメーDへ原作読了済みの体から離れるようにと手をこちらへ向けた。
 翔には、本人の断りなく体を弄ることに若干の抵抗はあった。当たり前だ。大の大人が年端のいかない少女の体を弄くるのだ。下手をすれば刑務所にぶちこまれるか、裁判沙汰になるかで、冤罪だろうがなかろうが、その後の人生が地獄になるのだ。もちろん、翔だって本気で考えている訳ではないが、万が一を考えると腰が引けた。
 しかし、原作読了済みに何かしら異変が起こっているのも事実であり、そんな彼女を見捨てるほど翔は人でなしではない。
 ならどうすべきか、と考えていると、またファンの機械音声が聞こえてきた。





624:ファン
……大体は調べ終わったポン
けど、これはかなり厄介ポンよ


625:12
どういうことだ?





「どういうことだ?」
「…中身がない、って言えばいいポンかな」
「……? 中身がない?」
「そうポン。中身がないんだポン」

 ジルとファンの声が掲示板の言葉と重なる。
 ただの機械音声であるはずのファンの声が、少し重苦しく感じるのは気のせいだろうか。それを聞いたジルの表情にも余裕がない。

「……今、原作読了済みの体には中身、意識自体がないポン。ただ気絶してるとか眠らされてるとかと違って、これは原作読了済みの精神を根本から引っこ抜いてるから、病気とかを治す魔法なんか効かないポン」

 中身がない。意識自体がない。精神が引っこ抜かれた。
 正直、それらの言葉を聞いても翔にはピンとしたものが感じられなかった。
 ただ、この世界に来てまだ日が浅い翔にも、このままでは原作読了済みが助からず、一生眠りにつくというのだけは分かった。

「……ともかく、今は原作読了済みを助けるのは無理ポン。この問題は一旦、保留するのをファンは提案するポン」
「…………」

 重い沈黙が魔法少女たちの間で流れる。
 互いに顔を見合わせては、魔法少女の可憐な眉間にしわが寄っていたり、魔法少女の愛らしい唇が震えていたり、それぞれ違った表情を見せていた。恐らく、翔も酷いをしているだろう。

 このおかしな世界に飛ばされて、右往左往していた翔たちにとって、唯一の希望は、いとも簡単に失われていった。
 原作読了済みは、未だ目覚めなかった。






◇ノルカ・ソール――[原作読了済み]三浦 光

「――うっ……!」

 始めに感じたのは、電撃が走ったかのような体の痛みだった。
 体が跳ね、目頭が熱くなる。暗かった目の前が一瞬にして白くなり、それから徐々にまた暗くなる。
 口の端から涎と呻き声が飛び出して、そうしてから光は意識を取り戻した。

――……ここは、いったい……

 体に力が入らない。床に寝かされているのか、ひんやりと冷たい感触を体の半身から感じる。
 頭がボーッとする。自分は今まで何をしていたのか。思考が上手くいかない。考えが上手纏まらない。

「やっと起きたか。この偽物」

 声が聞こえた瞬間、全身の毛が逆立つ。
 同じだ。あの時聞いた声と同じだ。語気が荒くも凛とした少女の声、それは頭に直接響くような声ではなく、まるですぐ近くで喋っているかのような――

「……ぁ」

 不完全だった意識が一気に覚醒する。
 今すぐこの場から逃げ出すべく動かない体に鞭を打つように身を捩り、恐怖から少しでも逃れるべく腹の底から叫んだ。――はずだった。
 捩ったはずの光の体は何も変わらず、未だに半身が冷たい。出したはずの声も響いた様子がなく、喉から絞り出したような掠れた声しか出なかった。

「ははは。無駄だよ無駄。そんな死に体な体で動けるわけないじゃん」

 おぞましい少女の声が頭上から投げられる。
 不意に目蓋を撫でられた感覚があり、視界が開けた。光が自ら開いたわけではない。外から無理やりこじ開けられたのだ。

 少女が光の目の前で屈んでいた。
 白衣を着て、大きめの眼鏡をかけた少女だ。部屋が暗くて見辛いが、白衣の下には黒いマイクロビキニも着ている。
 少女が着るにはあまりにもちぐはぐとしているが、そんなものは問題ではない。少女の顔は、まるで子供が新しい玩具でも見つけたかのように輝いて見えたが、同時に親の敵でも見つけたかのように憎悪を含んだ瞳で光を見ていた。
 光は少女を知っている。キークだ。歪んだ魔法少女愛で、魔法少女を選別する、正真正銘の人格破綻者で、これから光の命を脅かす魔法少女だ。
 どうするればいいか。魔法を使うか。部屋は薄暗く明かりが見当たらない。
暴力に訴えるか。今まで暴力とは無縁だった光に何ができるか。それに体も未だ動かせない。
 説得か――明らかに立場が下な光がこんな奴相手に無理に決まっている。
 考えても何も良い策が思い浮かばない。これではまるで、さっきの続きだ。崖っぷちに立たされ、そこから逃れようとしても、結局は光には何も出来ずに事態が最悪の方向へと向かって終わる。
 今もそうだ。また崖っぷちに立たされ、何も出来ずにここで終わる。




 つまりは、■ぬのだ。




「――キーク……さん」
「おっ、喋った。結構強めに電撃浴びせたと思ったけど、もう少し強くても良かったかな?」

 気づいた時には既に光は口にしていた。
 何も考えていない。下手なことを喋れば、その場で殺されるかもしれないのに、光は少女の名前を呼んだ。
 恐怖で頭がおかしくなりそうだ。いや、おかしくなったから、光は考えを放棄して、自らの感情に素直になったのだ。

「……お、願い、します。……殺さないで、ください……」

 地面に頭を擦り付ける事が出来れば、すぐにそうするだろう。もはや光の思考は、自身が生き残る事に全てを回していた。
 後先を考えず、ただ生きたいという生物の本能に直結した安易な考えだ。たが、もうそんな事を考えている余裕はない。
 今を生きれば、今を生きればいいのだ。生きていればいい。死ぬよりマシだ。そんな考えの元で、光はキークに懇願した。



――死にたくない










死にたくない死にたくない死にたく死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたく死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたく死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたく死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたく死にたくない死にたくない死にたくない死にたく








「別に殺さないよ?」
「…………は、い……?」

 今のは聞き違いか。
 思考が冷め、感情から元の考えへシフトする。
 キークの言った言葉は、本当か嘘か。それを判断する方法はない。キークの表情は先程と変わらず、ただ面白そうに光を見る。
 ふと、キークの顔が光の耳元へ近づく。
 少女からふわりと石鹸の香りが漂い、こそばゆいと感じるほどに近い。キークが普通の魔法少女だったのなら、少しは光も恥ずかしがったかもしれない。
 しかし相手はキークであり、そしてキークの言葉が紡がれたと同時に、それはやはり相手はキークだと思わせるものだった。




「――代わりに、子供たちと一緒に再試験ね? あぁ、お前の場合は今回が初試験か」




 視界が再び暗闇になる。持ち上げられていた目蓋がキークが手を離したことによって下がったのだ。
 キークの言葉が光の脳内で反芻する。その言葉を理解するのに、数秒かかったような気がした。



「いやぁ。驚いたよ。お前の頭の中を見せてもらったけど、まさか異世界人とはね。しかも、私の事まで知ってるなんて、いったいどういう事なんだろうね? お前の記憶はまだ全部は読んでないけど、もうそろそろでゲームも始まるし、続きは後でゆっくりと見させてもらうよ。だけど、頭ん中覗いてるときにいきなり回線を切断するんだもん。ビックリしちゃった。でも不幸中の幸い……だったかな? お前の意識だけは引っ張れただけでも良しとするか。あ、ゆくゆくはあそこにいた奴らも再試験するから、心配はしなくて――」



 聞きたくもないキークの声が聞こえる。だけど、光の思考には一切入ってこない。
 再試験をする、その言葉だけが光の思考を支配していた。


――この糞やろうが……


 何も出来ない光に出来るのは、頭の中でキークとこの世界に対して悪態をつくことだけだった。


 
 

 
後書き
とりあえず一気投稿はここまで

よっしゃぁ!これからも頑張るぞい! byキャカラメル 
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