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Re:命が軽い魔法の世界でワイらは生きる

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魔法少女育成計画thread people
  【この】嘘だと言ってよ、魔法少女…【不運どもめ!】

 
前書き
一難去ってまた一難

 被害や不運が重なること
                               出典 [weblio類語辞典] 

 
◇12――桜田遥

 ひとにはそれぞれの正義があると、祖父は言った。
 祖父の現役時代を知ってる者が見れば別人かと思うほどに、彼はしわがれた体に似合う柔和な笑みをうかべながら伝えられたその言葉は、私――桜田遥に一つの楔を打ち込んだ。

 桜田の家系は代々警察官をしている警察一家であり、遥の母も父も警察官だった。それはつまり、遥自身も警察官となることは生まれた時から宿命づけられていて、そこに遥の考えた事を挟む余地などどこにもなかった。
 それでも、遥は警察官になることは嫌ではなく、むしろ憧れの父と同じ警察官として働くことを、遥が幼稚園にいた頃から考え、それは小学校、中学校、高等学校、大学と、今日まで数えて二十数年と経つにつれどんどんと大きくなっていった。
 父が事件を解決するたびに、母が町の人々から慕われるたびに、遥は胸に抱いた熱情をより苛烈に燃やす。彼らと同じように、国のため、国民のため、悪をこの世にのさばらせないために働く彼らに、国民の正義に、正義の味方になりたいという願いは、ついに遥が二十三年の人生を経た時に叶えられた。

 大学を卒業後、国家公務員試験を合格、警察学校を卒業して、遥は警察官となった。
 当然、夢が叶えられたからといって、そこで夢を終わらせるなんて事はあり得ない。
 その後は、もともと人から天才肌と揶揄されていた遥は職務に対して忠実に全うした。
 それでも、遥はふと業務の中で自分の正義に疑問が生じることがままあった。

 長らく務めていた警察を定年退職して、書斎で趣味の書き物に精を出す祖父に、遥はよく相談に乗ってもらっていた。
 祖父が警察署に務めていた時から使われているこの書斎は、よく部屋の主の心を表していた。
 広いとも狭いとも言えない部屋の壁に立てかけられた、アナログにもかかわらず日本時間と寸分違わず動くアンティーク時計。部屋の中央奥に鎮座する木造で出来た、少し節が入った物書き机。
 それらを挟み込むように、壁に並ぶ本棚に所狭しと詰められた書物。隙間など何処にも見つからず、犯罪心理学の本から始まり、ミステリー小説、サスペンス小説と並べられたそれらからは、この部屋の主の性格が出ていた。
 自らが願うものをよく理解しているからこその、狂いもなく気が落ち着くように仕上げられた部屋で、一人、年季の入ったレザーチェアに座ってインクの香りを撒いている祖父は、遥が書斎へ入るといつも持っていたお気に入りの万年筆を机に置いて、遥を出迎えてくれた。
 祖父にとっては遥はたった一人の孫で、厳格な祖父が遥に対してだけは少し甘いことを知っていた。遥が警察官になってからは、少し「警察官とは何たるか」と小言が多くなってきていたが、それでも祖父は遥にとっては人生の先生であった。

 御爺様。人々にとっての正義とは、いったい何なのですか。

 ある時、自分のしていることに疑問を持った。本当に自分は正義を持って警察官の使命を全うしているのか、怖くなったのだ。
 ただ、親が引いたレールの上を歩いて進んだだけで本当は警察官になりたくなかったのではないかと。
 不満があるわけではない。警察官になり、多くの事を学んだ。多くの人々を助けた。そして、彼らは自分に感謝を述べた。順風満帆の人生。しかし、自分の正義を自分に問いかけてみると、その言葉が一向に思いつかない。
 単純に善で動いているのか。打算が働いているのか。感謝されることに酔っているのか。人の苦しむ姿が見たくないのか。
 どれかを答えとしてみても、それがしっくり来ることはなかった。考えても分からない。答えが出ない。
 遥は、自分がただの心なしで、何時しか人形のようにただ動いていたのではないかと思い、それこそが遥が抱いた恐怖の正体だった。

 二十五歳にもなって自分の事が分からない。周りの自分よりも大人な人たちに聞かれれば大笑いの種でしかないだろう。
 自分が分からないというのが、ここまで恐ろしいということを遥は初めて知った。
 だからこそ、遥はこの恐怖を打ち消すための答えを祖父に求めた。
 正義とはいったい何なのか。けれど、そんなことで自分が悩んでいるのかと祖父に笑われるのも怖かった。実際に祖父が人の悩みを笑うなんてことは決してあり得ないのだが、それでも一度心配してしまったことは最後まで心配になってしまうのだ。

 祖父が遥の言葉を聞いて、祖父が遥の瞳を覗き込むように顔を向けた。
 そんな幼稚な考えすらも祖父に見透かされている気がしてならなかった。
 遥は祖父が何を考えているのか一切分からない。なのに、祖父が遥の事を一方的に知っているような感覚に陥るのは、どこか恐ろしく感じるとともに、酷く安心もしたのを覚えている。
 祖父は言った。

 人にはそれぞれの正義がある。それは、初めのうちは誰も気付くことのない小さなものだが、時間が経てば、いずれは否が応でも分かってしまう、と。





 今でも自分の正義に未だ答えは無いのだが、勤務中に頭に変な声が聞こえたと思えば、突然の集団拉致に巻き込まれたという明らかな異常事態の発生に加え、頭に『掲示板』が生えるという軽い悪夢のような状況は、かえって桜田遥の心を落ち着かせた。
 警官たるもの、常に冷静に。国民の盾となる警官が狼狽えれば、国民にもそれが広がってしまう。祖父の小言の一つは、いざという時に役に立つ。
 それに、掲示板で多くの国民が動揺している中で、警官が狼狽えるなどあってはならないのだ。

 まずは現場の状況と、情報収集。

 周りを確認する。住宅地。電柱が等間隔に刺さり、家々がある。どれも明かりはつけていない。
 空は暗く、明かりとなるものは星と月と、いくつかの街灯だけだ。
 一応、人目に触れないように路地に移動し、自身の身に着けているものを確認する。
 服装は警察の正装。持ち物は警察手帳、拳銃、警棒、手錠、無線機、スマホ。
 拳銃には五発の弾が込められている。汚れや傷はない。
 無線機を取って使用する。しかし、声をかけても誰も応答しない。壊れてはいないと思うが、警察署と連絡が出来ないのは大きな痛手だ。

 頭の中の掲示板に人が集まっている。
 彼らもどうやら遥と同じ、気づいたら今までいた場所とは違う場所にいたらしい。
 事が起きた時間も皆同じ。現在進行しているスレの先頭、1も詳しいことは知らない。
 情報が足りない。

 掲示板で事件被害者の一人が自身が魔法少女だと申告した。それに合わせて掲示板がざわつき、また自身が魔法少女だと申告するものが今度は複数人現れた。
 魔法少女、現実に存在するはずのない架空の存在。それになったと彼らは言う。
 何が起こっているのか理解できない。いや、そもそもこの状況だって全く理解のできない状況なのだ。
 まさかと思う。しかし、頭ごなしに否定することは、遥にはできなかった。
 こんな時にも嘘つく輩は一定数いるものだが、何もしないよりかは試す価値はあるだろう。



「――これは」

 自身の口から、少女の声が漏れ出る。自分の声ではない。
 先ほどまで家の塀にちょうど目線が合うほどの高さにいたはずが、気づけば塀を見上げるほどの高さになっている。
――身長が変わった?
 体も、服装も違う。成人男性のごつごつとした手は、白魚のように白くて細く、しなやかな指を持った手に変化している。
 腕もすらっとしていて、鍛え上げた男性の特徴である角ばった筋肉の面影すら見当たらない。
 服装は警察服のように見えるが、この警察服は婦人警官の正装をよりファンシーにしたような華美な見た目だ。
 極めつけは、警察服の上に巻かれたおびただしい数の弾帯ベルト。一つ一つが長く、全てが拳銃の弾だ。
 遥は、これを知っている。動揺で思考が真っ白になりそうで、それでも遥の右腕は腰についているそれに手を伸ばしていた。
 拳銃だ。それも、先ほど遥が確認したものではない代物だ。
 遥は、それを目の前へと持っていく。桜の印が刻まれた黄金色の拳銃だ。
 撃鉄から銃身にかけて徐々に螺旋を描くようにねじられた、現実ではありえないような構造の拳銃。
 今度は左腕で、先ほど抜いた拳銃とは逆側の位置にある拳銃を抜く。
 それも、黄金の銃とは同じような構造をしており、相違点はその色が白銀色で、黄金の銃とは姿かたちが対称になっているところだ。
 これは、遥の魔法だ。
 遥が姿を変えたのと同時に突如流れ込んだ、自身が知っているはずがない自身の情報。そこに、遥が姿を変えた時の情報が載っていた。
 魔法の銃と、魔法の弾丸を使った魔法。まるでファンタジーの世界だ。現実世界では、存在するはずのないものが、今そこにある。
 動揺が遥を襲う。人間は突然の出来事に対して弱い。それも、脳が理解するのを拒むほどの非現実的なことが起きれば、それはより顕著に表れる。
 だが、その動揺も、一瞬で収まった。これも、遥の魔法の力だ。

 もはや疑いようがない。遥は、魔法少女に――魔法少女『桜之(さくらの)ジル()』になったのだ。



 掲示板では、魔法少女になったと興奮していた被害者たちが落ち着き、今後のために情報を集めようとすると、ある一人の人物が名乗りを上げた。
 固定ハンドルネームを『原作読了済み』として話す彼は、この世界をあるライトノベルの世界だと述べた。
 『魔法少女育成計画』。遥はこの作品を知らないが、被害者たちの幾人かはアニメを見たことがあると言っている。
 しかし、原作を全て読んでいるのは、原作読了済みのみ。
 彼の話が本当なら、彼はこの事件を解決する鍵になりえるかもしれない。
 だが、同時に彼が遥たちの生命線ともなるということだ。
 この世界の事はよく知らないが、万が一に備えて彼を保護しなければいけない。
 それに、ほかの人たちとも合流することが出来れば、この事件に対してより深い調査が出来るはずだ。
――よし、そうするか
 今後の方針を掲示板へ打とうとすると、原作読了済みが書き込んだ。




115:原作読了済み
たすけてください
まほうしょうじょにおわれています




 原作読了済みのSOSが書き込まれてから、数十分が経った。
 どこにいるのかも分からない救助要請者に遥は頭を抱えたが、その後、原作読了済みのいる場所に行ける魔法を持った人物が掲示板に顔を出した。
 彼の魔法を使って、位置情報が分かればこちらから救助に向かえる。早速、遥は彼から原作読了済みのいる場所の住所と、近くの建物等を教えてもらった。
 方角は分かっている。空を見上げれば、未だ月は空へと浮かんで、少しずつではあるが動いている。
 こちらも、近くの神社――こっちの世界では有名な観光地であった――から今の住所が知ることが出来た。
 あとは、足で救助に向かうまでだ。

 魔法少女の身体能力は、遥――ジルの想像を大幅に超えていた。
 高く飛べば家の屋根まで飛ぶことが出来る。走れば人間の目に止まることも出来ないほどの速さで移動できる。元の世界でもこの力があれば、もう少し良い様にできると思ってしまうほどに、魔法少女の体は快適だった。
 移動を始めて十分程で目的地に着いた。
 少し大きな鉄橋がかかった河川敷。橋の向こうはビル群が並んでおり、逆にジルがいるこの場所は多くの住居が立ち並んでいた。商業地区と住宅地区を川で分けているようだ。
 住宅地区側の鉄橋近くにある、一つの住宅の塀に一人の少女が佇んでいた。
 星とハートをちりばめたかのようなワンピース姿の少女。外見年齢は十二歳程度。恐らく十二時を超えている時間で、そんな少女が外を出歩いているとなれば、いつもの遥ならばすぐに補導するはずだ。
 だが、その姿は明らかにおかしい。傍らには高身長の大人でも屈まずに通り抜けられる程の、少女と同じ星とハートで飾られた扉が住居の塀に取り付けられている。
 可笑しな姿に可笑しなモノ、可笑しな状況はジルが最近知った非現実的存在の魔法少女の特徴に酷似していた。
 相手はこちらに気づいておらず、何かを待っているかのようにチラチラと川の向こうへ目を向けていた。
 ジルは、挙動不審の彼女の元へ、魔法少女の走りで近づく。ジルが今いる場所から少女の元まではちょっとの距離しか離れていなかったため、気づけば目の前には少女がおり、そしてその少女がジルに向けて驚きの表情を向けていた。

「はっえっ……はぁ!? なんで! け、警察っ!? いえっ! あのっ違うんっすっ!! 俺は別に怪しいものじゃ!!」
「落ち着いて。私も魔法少女だ……掲示板の12番と言えば分かるか」

 そういうと少女は、今度はまた別種の驚きの表情を見せた。ジルの姿を上から下へと眺めて、マジかと小さな声をこぼして顔を痙攣させていた。



 彼女が今回の原作読了済みのいる場所を割り出した魔法少女、名前は『アイアイスキミー』というらしい。
 掲示板で原作読了済みから本名を聞き出した彼女は、自身の魔法を使い、本人の元ではなく、少し離れたこの場所へ転移したという。
 直接救助に行かない理由は最悪辿り着いた瞬間に襲われることを恐れたためで、取り合えず掲示板で合流するといったジルを、自身の魔法で生み出した扉とともに待っていたとの事だ。
 ある程度は遅れるかもしれないとは思っていたが、もう少しスピードを上げるべきだったかもしれない。

「取り合えず、こちらはいつでも大丈夫っす。扉をくぐればあっという間に――」

 ジルはスキミーの前に出て、河川敷の先を正面に捉える。スキミーの方も、突然ジルが動いたことに呆けていたが、次第にその顔はジルと同じ、河川敷の向こうを見ていた。
 音が聞こえる。川の先だ。走っている足音だ。初めに聞こえた音は素足の人間が地面を走るような音。次に聞こえた音はゲタで地面を蹴る音。どちらも速いスピードでこちらに近づいてきている。
 川の向こう、商業地区の裏路地から影が飛び出してきた。初めに飛び出したのは黄色のグラデーションで彩られた露出度の高い神父服を着た少女、その次に飛び出してきたのも露出度の高い忍者服を着込んだ少女だ。どちらがどちらを追っているのか自明の理だろう。
 追われている神父服の少女が『原作読了済み』だ。彼女の保護が、今回の作戦の最終目標だ。
 何かが彼女の後ろで光った。同時にジルはホルスターから二つの拳銃を取り出し構えて二発撃った。
 それは寸分違わずに、彼女の後ろから迫っていた凶器を弾いた。ぶっつけ本番の魔法の使用、それも下準備なしでの行使だったが、何とか凶器の軌道上を沿うよう撃ったおかげで弾くことが出来た。
 しかし、このままではまずい。いち早く彼女にこちらの存在を知らせる必要がある。それならと、ジルは一呼吸おいてから、空気を吸い込むと、お腹の底からひねり出すように、遠い対岸にいる彼女へ声を投げた。

「光っ!!!こっちだぁああ!!!!!」

 彼女の名前を口にして叫ぶことで、確実にこちらの存在に気づいてもらう。ジルのそんな目論見が通じたのか、彼女がこちらを向いてくれた。遠くからでも分かるように、端正な顔つきの少女だ。
 忍者の少女に追われて焦っていた彼女の表情が少し緩んだ。
 瞬間、彼女がこちらに向かって走る。目の前は川だ。ここを突破さえすれば合流することが出来る。
 忍者の魔法少女が追加の凶器を投げた。まだ彼女との距離は開いていない。
 すぐさま弾丸を相手の凶器の数だけ撃つ。あとはここを乗り越えれば、ジルたちの勝利だ。

 ジルの眼球の中を光が走った。
 何が起きたのか分からない。目の前を光が走ったと思えば、川が一瞬で干上がっていた。
 地肌は露出し、川魚は抵抗するようにその上をはねている。
 辺りの熱が超高温になっている。今の刹那の時間で、このような現象を引き起こしたのはいったい誰か。
 ふと目の前に誰かが立っていた。
 神父服の少女、原作読了済みだ。
 いつの間に川を渡ったのか、ジルが見た限り川の横幅はかなりあったはずだ。もしかすると、先ほどの現象も彼女がやったのだろうか。
 ひとまず、見るからに衰弱しきっている彼女を体を支えて、スキミーと共に扉へと向かう。ジルは彼女に肩を貸している横目で川の向こうを見る。忍者の姿はいない。
 干上がった川は、すぐに周りの水が押し流して、水かさを減らして元へと戻っていた。
 
「は……ぇっ!? これ、って……血……!?」

 スキミーが声を荒げた。今度はいったい何なのか。
 スキミーが扉を開けて、彼女を支えながら、その口をパクパクと動かしている。その視線の先は、彼女と入れ替わるように突然姿を現した高校生程度の少女――変身を解除した原作読了済みだった。
 原作読了済みの目から何かが流れている。涙だろうか、それがぽたぽたと流れ出て、地面へと落ちる。
 明かりの少ない深夜のはずが、ジルにはそれの色がはっきりと見えていた。
 赤黒い液体。ほとんどの生物の中に流れているそれ――血が、何の前触れもなく、彼女の両目からあふれんばかりにその場に散っていた。


 
 

 
後書き
魔法少女ものの主人公と言えば、やはり二人主人公です
長らく続いているあのシリーズも、最初は二人主人公から始まっています
白と黒、対になる二人主人公というだけでそれだけで映えます

なので、主人公二人を作り、同時に苦しげふんげふん、とても素晴らしい活躍をしてもらうことにしました!
掲示板のみんなの運命と何かあった時の責任は君に任せた!




二人の共通点ですか?

……はっはっはっ……


 
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