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非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜

作者:波羅月
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第133話『文化祭2日目』

1日目は狐太郎の両親と会ったりアーサーと会ったりと内容の濃い一日だったが、何とか無事に乗り越えることができた。
昨日の疲れが完全に抜けてはいないが、文化祭2日目も何事もなく終わるよう頑張っていこう。

しかし、本日のシフトは午後からなので、先に自由行動タイムだ。ということで、晴登と結月は予定通り2組の劇を観に体育館を訪れていた。

無事に劇を観終えた後、二人は舞台袖で優菜と刻に声をかける。


「お疲れ様、二人とも。すっごく面白かったよ!」

「うんうん! 最後まさかユウナとトキがキスするなんて……『シラユキヒメ』って面白いね!」

「アレンジを加えてますから、原作とはかなり異なりますけどね。キスについては……」

「優ちゃんの唇をどこぞの馬の骨に譲る訳にはいきませんからね! 魔女であるうちがいただきました」

「フリ! フリですから! 実際にはしていませんから!」

「もう〜つれないですね〜」


劇の題材は『白雪姫』。晴登の記憶だと、白雪姫が魔女から貰った毒林檎を齧ってしまい、眠り姫になってしまったところを、王子様のキスによって目覚めて二人は結婚する、といった話だったと思うが、詳細はよく覚えていない。

ところが、蓋を開けてみればアレンジだらけで、土台に『白雪姫』を置いただけのほぼ別の物語となっていた。

まず刻が演じた魔女は原作と異なり、白雪姫と同年代の娘という設定で、登場する度にマジックを披露していくという、魔女というよりかほぼマジシャンのような役目を果たしていた。
しかし中盤で、魔女は鏡を介して白雪姫の存在を知り、一目惚れしていたことが発覚した。そして魔女は惚れ薬を混ぜた林檎を白雪姫に渡したものの、薬の量を間違えてしまったせいで過剰摂取により白雪姫は倒れてしまう。
自分のせいで倒れてしまった白雪姫を助けるべく、魔女は王子や街の人を頼りながら、小人達と一緒に彼女を起こす方法を模索した結果、口付けを介して回復させる魔法を習得し、ついにキスによって白雪姫を目覚めさせることに成功した。そのまま二人は仲良く一緒に暮らしてハッピーエンドとなり、物語は幕を閉じた。
最初はギャグ路線かと思ったが、結構ラブロマンスやシリアスな展開もあり、最後までドキドキしながら観ることができた。
脚本も斬新で面白かったが、何より主演である刻と優菜の演技力には脱帽である。仮に晴登が出演したとしたら、王城のシーンで登場した見張りの兵士が関の山だろう。


「あ、ちなみにですが晴登君、この衣装どう思いますか? 晴登君の女装にも劣らないと思うのですが」

「何で俺の女装を引き合いに出すのかわかんないけど……でも凄く似合ってると思う。本物のお姫様みたいだったよ」


華やかな装飾が施された純白のドレスを揺らしてみせる優菜。色白で可愛い彼女はまさに、白雪姫の肩書きを冠するにふさわしかった。晴登の感想も嘘偽りなく、最初に舞台で見た時は目が離せないくらい惹き込まれてしまったのだ。きっと、客席にいた誰もが同じ感想を持っただろう。


「そ、そこまで褒めてくれるとは思いませんでした……ありがとうございます」

「あれ、なんかうちが褒めた時と反応違いません?」


正直に褒めたところ、優菜は恥ずかしがって俯いてしまった。刻はその反応を訝しげ、晴登の横で結月は肩をすくめる。素直に褒めただけなのに、何か変なことを言ってしまっただろうか。


「えっと、お二人はこれからどちらに?」

「ちょっと用事があって魔術部の先輩の所に行ってみようかなって」


朝一に劇を観に来たおかげで、この後もまだ時間がある。予定としては、昨日回れなかった所に行ってみるのはもちろん、違う学年の魔術部メンバーにアーサーから聞いた話を伝えようと思う。


「ではうちは今日は優ちゃんと二人で回りましょうかね!」

「ごめんなさい。今日は先約があるので、私は遠慮しておきます」

「えぇ、聞いてませんよ優ちゃん! 誰との約束ですか?!」


昨日も一緒だったし、てっきり今日も二人は一緒に回るのだと思っていたが、どうやら優菜に先約がいたらしい。刻に詰められ、優菜は申し訳なさそうに口を開く。


「え、えっと……大地君、です」

「え? なーんだ、だっちーでしたか。昨日も一緒にいましたし、別に驚くことでもないですね。──あれ、もしかして二人って付き合ってるんですか?」

「い、いや、違うんです、そういうのじゃないんです! 友達ですよ!」

「なーんか怪しいですねー?」


優菜が手を振って否定すると、刻がにやにやと笑う。
確かに、最近優菜と大地はよく一緒にいるイメージがある。事情を知らない刻からすれば、二人が付き合ってると勘違いするのも仕方のないことだ。……いや、晴登から見てもどっちかわからないのだけれども。


「……本当に、ただの友達ですよ。私が恋愛なんて、おこがましいですから」


しかし、そう自嘲するように吐露する優菜を見て、さすがの晴登も理解した。

優菜は未だに林間学校の一件を引きずっている。晴登と結月から許しを得たとはいえ、犯した過ちは彼女の中で悔いとして残り続けている。だから罰として己に枷をかけ、自分の気持ちに正直になることを彼女は許していない。

そんなの気にし過ぎだと伝えてあげたいところだが、晴登達の口からそれを告げても慰めにはならないだろう。そのため言葉をかけることができず、気まずい沈黙が流れる。


「な、何ですかこの空気。もしかしてうちのせいですか?」

「ううん、刻ちゃんのせいじゃないですよ。私の方こそ変なこと言ってしまってごめんなさい」


場違いなことを口走ってしまったと、優菜は謝る。そして自分のせいで暗くなってしまった雰囲気を盛り上げるべく、違う話題を切り出した。


「刻ちゃんは、恋人とか好きな人とかいるんですか?」

「うちですか? はっはっはっ、もちろんいる訳ないじゃないですか。いるものなら欲しいですね。主にアシスタントとして」

「そういう条件なんだ……」


優菜が選んだ話題は恋バナ。他人の色恋が気になるのは人間の性というもの。晴登だって、身近な人の色恋沙汰には興味がある。しかし、実際に刻の口から恋愛事情を聞き、マジック一筋の彼女らしいと苦笑い。彼女と付き合うにはマジックに対する理解と相応の鍛錬が必要になることだろう。そういう意味では、


「じゃあ魔術部で見つかるかもしれませんね」

「言われてみれば確かに」

「む、ハルトはダメだよ」

「わかってますって。それじゃあ先輩の誰かになるんでしょうか」


優菜目線だが、マジックの使い手が集う魔術部はアシスタントを見つけるには絶好の環境だろう。そうなると選択肢として考えられるのは二年生の先輩と──


「あれ? 伸太郎は?」

「伸くんは……なんか壁を感じるんですよね。ちょっと怖いかもです」

「あーそれはわかる。でも賢くて凄く頼りになるし、良いやつだよ」

「へぇ〜意外ですね〜。じゃあ候補として数えておきましょうか」


刻が伸太郎を選択肢に挙げなかった理由は単に彼の性格が苦手なようだ。
確かに仲良くなる前は、彼は誰とも関わりを持とうとしなかったし、話してもぶっきらぼうで感情変化は乏しく、近寄り難い人だった。
それでも構い続けた結果、晴登は今の関係に至ることができた。刻もきっと伸太郎とは仲良くできると思う。


「では私達は次の公演があるのでこの辺で」

「うん、頑張ってね」


晴登は手を振って二人を見送り、結月と共に次の目的地へと向かった。





「こんにちはー」

「お? 三浦じゃないか! いらっしゃい!」

「昨日ぶりですね」


目的通り、終夜のクラスにやって来た晴登と結月。運良く終夜が受付にいてくれたおかげで、探す手間は省けた。

ちなみに、文化祭は3年生も出店することは可能なのだが、彼らは受験を控えた大事な時期なので、他の学年と比べると出し物は簡素なものになりがちなのだそうだ。このクラスもその例に漏れず、教室の入口で飲み物を販売しているだけで、教室の中までは特に装飾は施されてはいなかった。とはいえ、文化祭を回っているのか人があんまりいる様子はない。


「来たからには買うんだよな? この特製元気ドリンク」

「は、はい、もちろんです。ただ少し黒木先輩に話が──」

「あら、久しぶりですね。三浦 晴登君」

「げ、あなたは……」


終夜と話していると、その後ろから女子が現れる。白衣を身にまとい、眼鏡をクイッと動かすその仕草には見覚えがあった。忘れもしない。軽くトラウマになりかけている人物──


「『げ』とは失礼ですね。茜原 光。忘れたとは言わせませんよ?」

「忘れてないからこその反応ですよ……」


運動会での部活戦争が初対面の光。あの時は捕縛されるし、背負い投げされるしで散々な目に遭った。おかげで苦手意識が根強く残っている。


「それより黒木先輩、ちょっと話が」

「ここじゃ話せない内容なのか?」

「はい」

「……わかった。光、店番任せるぞ」

「はいはい。行ってらっしゃい」

「結月もちょっと待ってて」

「はーい」


結月と光を置いて、晴登と終夜は秘密の相談をするためその場を離れた。





そして残された初対面同士の二人。結月はあまり人見知りしないタイプではあるが、晴登が苦手そうにしていたので、光のことはちょっぴり警戒している。


「さて、貴女が結月さんね? 初めまして、私は科学部部長の茜原 光。以後お見知りおきを」

「み、三浦 結月です。よろしくお願いします」

「それで? ドリンクは買うの?」

「え? あぁ、どうしようかな……」


さらりと自己紹介が終わり、向こうはそのまま商売に移った。結月は流されるままに商品であるドリンクを眺め、思案する。晴登がいないのに勝手に買っても良いものか。


「ちなみに、血を分けてくれたら無料でいいわよ」

「無料! ……って、え? 血ですか?」

「そう、血。実験のために血を集めてるの。献血だと思ってくれればいいわ」


献血といえば他人に血を分け与えるのが目的だが、彼女は実験のためだと言った。果たしてどんな実験に使われてしまうのか。結月は訝しげに光を見つめる。


「そんな目で見ないで。私は真面目なの。それにほんの少しの量で良いの。注射も痛くないから」

「じゃ、じゃあお願いします……」


少しなら良いかと、半ば流されるように結月は血を提供することを承諾した。その後、光に渡された用紙に名前を記入すると、その場で注射が行われた。結月は注射が初めてだったが、光の言う通り全く痛くなくて、献血はすぐに終わった。


「はい、ご協力ありがとう。じゃあドリンクは持って行ってちょうだい」

「あ、ありがとうございます」


本当に血を分けたらドリンクが無料で貰えたので、若干不安になりながらも、結月は机の上に乗っていたドリンクの入った紙コップを手に取り、中身をじっくりと見る。見た目はパッと見オレンジジュースのような黄色の液体だ。匂いも柑橘系の爽やかな香りがする。
タダより高いものは無いとは言うが、売り物だし、さすがに身体に悪いものが入ってるなんてことはないだろう。結月はコップに口をつけ、一気に中身を飲み干した。


「……美味しい!」

「当然。成分にはこだわってるから。さっぱりとした口当たりでフルーティな味わいを感じることができる、最強のミックスジュースよ」

「……これ、また血を渡せば無料で飲めるんですか?」


予想以上の美味しさに、結月は目を輝かせる。少なくとも、今まで飲んできたどの飲み物よりも美味しいと思った。さっきまで怪しんでいたはずの献血をもう一度しても良いと思ってしまうくらいだ。


「残念だけど、無料なのは一度だけよ。けど、血を提供してくれるならありがたくいただくわ。魔術師の血は希少なのだから」

「そうですか……あれ? 今魔術師って?」


そんなにウマい話はないのだと、がっくりと肩を落とす結月。一方で、今の光の発言に聞き逃せない単語が含まれていたことに気づき、聞き返す。


「聞き間違いじゃないわ。貴女も魔術部なら魔術のことは知っているわよね? 非現実的で科学に反する、忌々しい手品のことよ」

「えっと……」

「私はね、魔術とやらが嫌いなの。終夜は傾倒しているみたいだけど、私には全く理解できないわ」

「何でそんなに魔術が嫌いなんですか?」

「魔術が、私から大切なものを奪ったからよ」


歯を食いしばり、憎しみを瞳に宿らせる光。その表情と雰囲気に気圧され、結月は何も口を出せない。


「だから魔術を科学で解明して、あいつを正気に戻す。私は今そのために頑張ってるの。この血を使った実験もその一つね」

「は、はぁ……」

「変な話をしてごめんなさいね。不快にしてしまったかしら?」

「い、いえ……。その、シュウヤ先輩のこと好きなんですね」

「……は?」


その発言に光は顔をしかめるが、結月は言葉を続ける。


「だって、シュウヤ先輩のことを大事に思っているから、そんなに必死なんですよね。ボクもハルトのためなら何でも頑張るぞってやる気になるから、その気持ちはわかります」

「……貴女、名前呼びだなんて随分と終夜と親しいのね。あの女と同類で、貴女も泥棒猫なのかしら?」

「あの女……?」

「気が変わったわ。ドリンクはいくらでも持って行って構わないから、貴女の血を全部寄越しなさい」

「ひっ……!」





「結月、戻ったよ──って、何なに? どうしたの?」


晴登が終夜と話を終えて戻ると、結月が何かから逃げるように真っ先に晴登の後ろに隠れる。いつも気丈な彼女には似つかわしくない、可愛らしい行動だ。


「すげぇ怖がってんじゃん。光、俺の後輩をいじめるなよ」

「別に。先に生意気言ったのそっちだし」

「何言ったの、結月?」

「もう一度口にしたら実験台にするわよ」

「……やっぱいいや」


どうやら結月が何か失言をしたことで光を怒らせてしまったようなのだが、それに言及すると晴登にまで飛び火しかねないのでここではやめておこう。


「じゃあ用は済んだので、これで失礼します」

「おう、文化祭楽しめよ」


不機嫌な顔をしてそっぽを向く光をよそに、終夜は笑顔で送り出してくれた。





さっきアーサーの話を終夜に伝えたところ、彼はすぐに自分の役目を理解し、快諾してくれた。受験で忙しいというのに、やっぱり終夜は頼りになる先輩だ。
ということで当初の目的を果たし、とりあえず面白い出し物はないかと二人はぶらつく。


「結月、茜原先輩に何言ったの?」

「ハルトが実験台にされちゃうから言わない」


一体光に何をされたのか、結月はさっきからずっとこんな調子だ。しかし、晴登にとっても光は恐怖の対象なので、怯える気持ちはわかる。


「あ、結月あれ見てよ」

「わぁ〜キレイ〜」

「ウェディングドレスかな? 綺麗だね」

「うぇでぃんぐ……? 何それ?」

「あ、知らないか。ウェディングドレスは結婚式の花嫁衣裳のことだよ。他にも和服とかもあったりで──」

「見ていきますか!? 試着できますよ!」

「「うわっ!?」」


廊下を歩いていると、純白の綺麗なドレスを見かけたので、気分転換がてら結月に見せてみる。すると、ドレスを展示していた教室の中から女子が飛び出してきた。


「お二人さんカップルですか!? ここは『コスプレプリクラ』です! 記念にお写真どうですか!」

「カップル……! ハルト! ここ入ろうよ!」

「コスプレはもう懲り懲りなんだけど……まぁいいか」


コスプレと聞いて少し抵抗感を覚えるが、結月が乗り気だし、さすがに女装させられることはないだろうと了承。
結月の希望で二人とも結婚式の衣裳で撮影することになった。……え、マジで?





「最近女装してたせいで、こっちが普通だって忘れかけてたな」


結月はウェディングドレスなので、それに合うように晴登が着るのはタキシード。着替えはすぐに終わったので、姿見を見ながら何となく襟を直してみる。
サイズはぴったりなのだが、結月の執事服ほど似合っている感じはしない。例えるなら、中学生が背伸びして大人ぶってる感じ。いや、その通りなんだけど。


「花嫁さんが準備できましたよ」


ようやくかとその声に振り向く。そしてカーテンが捲られたその瞬間、時が止まったかのような錯覚に陥った。


「ど、どうかな、ハルト……」


そこに立っていたのは、ウェディングドレスを身にまとい、少し化粧も施した結月の姿だった。全身が雪のように白く染まる中、蒼い瞳と紅い頬がいつも以上に際立っている。

どれくらいの時間見つめていただろうか。数秒、あるいは数分だったかもしれない。体感ではもっと長い時間惚けていた気がする。


「え、あ……」


気の利いたことを言わなければと、ようやく脳が再起動したが、何も思い浮かばない。いや、言いたいことはむしろいっぱいあるのだが、目の前の絶景に圧倒され、言葉も身体の動かし方さえ忘れたかのように固まってしまう。


「どうしました、旦那さん」


スタッフがにやにやしながら肘でつついてきたところで、ようやく止まった時間が動き出した。


「似合ってるよ、凄く。うん、マジで」


何とか声を絞り出して出た言葉がこれかと、自分の表現力の無さに呆れてしまう。だが、それを聞いた結月は頬を真っ赤にさせ、カーテンの裏に隠れてしまった。



その後は、お互い照れて顔も合わせられないまま写真撮影を行った。終始スタッフ達の生温かい視線を浴び続け、耐えかねた二人は着替えを終えて写真を受け取ると、逃げるように教室を後にしたのだった。





午前の自由時間、および文化祭デートは終わりを告げ、午後のシフトが始まった。


「よし、頑張ろう」


大地によると、お店は昨日に引き続き午前中から大繁盛らしい。それこそ整理券を配った程であり、午後はまず整理券を貰ったお客さんを順番に捌くところからである。


「いらっしゃいませ〜!」


男装し、元気に声を上げている結月。恥ずかしがっていたが、さっきの花嫁衣裳を着たことが余程嬉しかったようで、上機嫌に接客している。ただでさえ美男子な結月が笑顔を振りまこうものなら、お客さんが全員虜になってしまうだろう。それは嬉しいようで……少し妬いてしまう。

おっと、そんなことを考える前に手を動かさないと。注文ペースも早いから、厨房は一秒たりとも気を抜けない。


「いらっしゃいま──」


また新しいお客さんが入ったのだと、結月の声を聞いて判断するが、その言葉がパタンと本が落ちたような音と共に途切れる。

異変を感じ顔を上げると、結月が一人のお客さんを前にして硬直し、手に持ったメニューを落としていた。


「結月? どうしたの?」


お店は繁盛し、続々と人の出入りが起こる。だから接客の結月に手を止められては困るのだが……と、結月の視線の先を追って絶句した。



そこには黒いフードを被った生徒がいた。全身を覆うような真っ黒のフード。その風体には見覚えがあった。まさか、奴なのか。



「……違う」


いや、雨男ではない。雨男は晴登と身長のそう変わらなかったが、目の前の人物は晴登よりも少し大きい。大体、こんな所に現れるはずがない。落ち着け、別人だ。乱れた呼吸を整え、深呼吸する。

結月もその事実に気づいたようで、落としたメニューを拾うと案内を続けようとする。


「えっと、1名様ですか? こちらの席に──」

「……」


しかし息をついたのも束の間、結月の言葉を遮るように男はおもむろに手を挙げる。その瞬間、その手が七色に輝き始めた。

直感で理解した。雨男ではないが、こいつは魔術師だと。


「結月!」


危機感を覚え、晴登は結月の名前を叫びながら厨房から身を乗り出し、彼女を守るために駆け出した。"晴読"も発動させ、来たる未来に備えて目を凝らす。しかし、男が光る右手を振り下ろすと、輝きを増した光によって視えていた風が掻き消され、教室中が光に席巻された。

攻撃……にしては痛みも熱さもない。まるで伸太郎の目眩しのような発光。しかしその規模は大きく、まるで世界が輝いているかのようで、目を背ける場所がなく覆うことしかできない。





数秒経ってようやく発光が収まり、次に目を開いた時、そこには驚きの光景が広がっていた。


「何だこれ……鏡?」


あまりの驚きで、そう声を絞り出すのがやっとだった。

それもそのはず、教室の壁も、床も、天井も、机や椅子なども含めて、人間以外の全てが丸ごと鏡に変化し、晴登達の驚き顔を多方面から映し出していたのだから。
 
 

 
後書き
前回春に更新したかと思えば、気づけば夏になってました。このまま行くと年4回更新になりそう。どうも波羅月です。暑すぎてしなしなです。

さて、文化祭も2日目に入りましたが……え? 劇端折ってね? いや違うんです。聞いてください。本当は今回は劇回だったんですけど、これやってる余裕ないなってことで涙の割愛なんです。許してください。
というか今回の話、正直に言うと自分のなけなしのプロットにも全くない内容ばかりなんです。3ヶ月フルに使って考えた結果、今までのプロットをボツにして新しいプロットに変えることにしたんですよ。辛み。
プロットを書き直すのは大変でしたが、その分前より自分の納得のいくものには仕上がったと思います。やればできるじゃないか自分。

ということで、リアルが多忙で時間があまり取れませんが、ゆっくりと着実にストーリーを進ませています。年4回更新は割と冗談じゃなくて現実になりそうですが、気長に更新をお待ちください。
今回も読んで頂きありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 
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