ハドラーちゃんの強くてニューゲーム
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第14話
アバンが誰かと戦っているのだが……アバンはらしくない舌打ちをしていた。
「見苦しいな……己の力不足を棚に上げて……いや、努力不足と言った方が―――」
アバンは意を決して剣を逆手に持つ。
「……良いのか?そんな中途半端な技で?」
だが、もはやアバンにはこれしかない!
「アバン……ストラッシュ!」
が、相手は手にした杖を軽く振るだけでアバンストラッシュを霧散させてしまう。
「無駄だよ。この杖を持っている時の余には、その様な中途半端な未完成技は通用せんよ」
「くっ!」
アバンが悔しそうに歯噛みするが、アバンストラッシュすら通用しないのではもうどうする事も出来ない。
「あのハドラーが買い被り過大評価する勇者と聴いて来て視れば……口ほどにもない。あのハドラーが何故この様な……」
アバンを圧倒している相手は、至極つまらなそうに顔を歪める。
「もうよい。これで終わりとする」
アバンが懲りずにアバンストラッシュを放とうとするが、アバンを殺そうとしている老人の左手には既に大量の炎が集結していた。
「アバン―――」
「カイザーフェニックス!」
その老人が放つ火炎呪文は、想像を絶する威力と、鳳凰の如き優美さを兼ね備えていた。
「おーーーーー!?」
最早……アバンに出来る事は、断末魔の怒号をただ虚しく叫び続ける事だけであった。
「があぁーーーーー!」
ハドラーちゃんが慌てて飛び起きる。滝の様な冷や汗を掻きながら。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
(アバンが……あのアバンが敗ける!?アバンは大魔王バーンに届かないと言うのか!?)
そして、ハドラーちゃんは異元扉のあの言葉を思い出してしまう。
「アバンは『凍れる時間の秘法』の力を借りへんと『空裂斬』を会得出来まへんのや」
(つまり……空裂斬が完成せぬ限り……)
ハドラーちゃんは首を必死に横に振り続ける。自らを蝕む邪念を祓うかの様に。異元扉のあの言葉が根も葉もない嘘だと認めるかの様に。そして、宿敵にして好敵手である勇者アバンに対する疑念や猜疑心を放棄するかの様に。
「下らぬ慢心は捨てろハドラー!貴様は何時アバンを超えた!?」
地底魔城に巣食うモンスター達の興味は異元扉が見せた『もしも大魔王バーンの地上界破壊計画が成功したら』に完全に移行しており、勇者アバンの事など眼中に無かった。ハドラーちゃんの気も知らないで……
「異元扉殿!今直ぐ大魔王バーンに遭わせろ!」
「あんさん!死にに逝く気でっか!?」
バルトスの無理強いに対し、ガンガディアが冷静さを促した。
「そのくらいの奇襲くらいで片付く相手なら、ハドラー様が既に行っておる」
「それはそうだが……」
「そうやで。死に急いだらあかん」
「そうは言われても……大魔王バーンの地上界破壊計画が実行に移されたら……」
そこへハドラーちゃんがやって来て、
「最早勇者アバンに何の興味も無いか?」
「ハドラー様!」
ハドラーちゃんが玉座に座るや否や、ガンガディアが早速進言する。
「ハドラー様、今直ぐ異元扉を使って我が軍の更なる強化を!」
「そうやで。なんなら、わてがええ訓練所を紹介しまっせ」
そんな進言がハドラーちゃんを困らせる。
ハドラーちゃんはちゃんとした形でアバンの使徒達と完全決着をつけたい。でも、『もしも大魔王バーンの地上界破壊計画が成功したら』を観てしまった者達を説得するだけの材料も証拠も無い。しかも、下手な事を言えば指導者としての素質不十分と視なされて離反が増える恐れがある。
(……さて……どうしたものか……?)
そこへ、フレイザード2号が真新しい衣装に身を包んで、その手に真新しい衣装を持ってやって来た。
「ハドラーちゃーん!新しい衣装が届いたわよぉー!」
バルトスはフレイザード2号の緊張感の無さに呆れ果てた。
「フレイザード殿……今は衣装の事など―――」
が、それがかえってフレイザード2号を更に意固地にしてしまった。
「何を言ってるの!?ファッションは大事!あらゆる女性に振り向いて貰える様に―――」
その時、ハドラーちゃんの脳裏に何かが閃いた。
(ファッションが大事?それは、見た目の事を言っているのか?)
そこで、ハドラーちゃんはフレイザード2号に質問した。
「フレイザードよ、やはり見た目と言うモノはそんなに大事か?」
それに対し、フレイザード2号は張り切って反論する。
「当り前でしょうが!あらゆる女性に振り向いて貰える為の努力を怠っては女が廃る!その様な無様な女は女の恥です!」
その言葉が、先ほど見たアバンが大魔王バーンに惨敗する悪夢を粉砕するヒントだと確信した。
「アーハハハハハハ!」
突然のハドラーちゃんの高笑いに、一同困惑。
「ハドラー様!?」
だが、ハドラーちゃんは気にせず異元扉に命ずる。
「異元扉!俺の腹は決まった!」
「と、申しますと?」
「貴様が先ほど言った鍛錬三昧出来る世界とやらに連れて行け!俺が知らぬ呪文がわんさかあって……」
一瞬だけフレイザード2号と目が合ってしまったハドラーちゃんは、面倒くさそうに注文を追加した。
「百合への理解と造詣が過剰な世界を頼む」
ハドラーちゃんの命を聴いて異元扉が困惑する。
「それはええけど―――」
だが、その点もフレイザード2号のお陰で対策済みである。
「アバンは『凍れる時間の秘法』の力を借りないと、『空裂斬』は取得出来ず『アバンストラッシュ』は完成しない……だったか?」
「せや!だからアバンはんはあんさんに―――」
だが、ハドラーちゃんの言い分は異元扉の予想外なモノだった。
「アレは嘘だ」
「嘘おぉーーーーー!?あんさんがウトロ決戦をサボったら、アバンはどないして『空裂斬』を会得するんでっか!?」
ガンガディアは異元扉の言い分に呆れていた。
「何を言っている?今は勇者アバンより大魔王バーンだろ?」
だが、ハドラーちゃんの考えは違った。
「そっちも既に手は打ってある!ただ、その為だけに禁呪法を使うのは心苦しいがな」
「つまり、その代理がハドラー様の代わりに勇者アバンと戦うと?」
が、異元扉はその言い分にも納得しない。
「何言ってますねん!?アバンがそんな新入り相手に『凍れる時間の秘法』を使うと、本当に思っとるんでっか?」
それに対し、ハドラーちゃんは邪な微笑みを浮かべた。
「何を言っておる?アバンに『凍れる時間の秘法』などと言う時間の無駄はさせんよ」
異元扉は理解に苦しんだ。
「……じゃあ……アバンはどないして『空裂斬』を会得するんでっか?」
それに対し、ハドラーちゃんは意味深な謎を残した。
「何を言っている?フレイザードが耳にタコが出来るほど言っておったではないか。見た目が大事……とな」
そして、ウトロ決戦当日。
ハドラーちゃんを『凍れる時間の秘法』を使って封印しようと息巻くアバン。
その両隣には、アバンの悲壮な決意に賛同したマトリフとブロキーナがいた。
「遂にこの時が来ちまったなアバン……解ってると思うが……」
アバンの悲壮で真剣で決意が籠った眼差しを視た途端、マトリフの台詞の続きは喉の奥へと引っ込んだ。
(アバンの奴、本気で『凍れる時間の秘法』を成功させる気だよ。本当なら、老い先短けぇ俺が変わってやりたいがな)
だが……
「アンタがハドラーちゃんが言ってた『勇者アバン』かい?」
アバンの許を訪れたのは、魔法の筒を2つ持ったフレイザード2号のみであった。
「お嬢さん、何しに来たかは知らんが、ここはもう直ぐ危険な激戦地になる。逃げるなら―――」
それを聞いたフレイザード2号は、邪悪な笑みを浮かべながらこう述べた。
「ハドラーちゃんが『凍れる時間の秘法』から逃げたと言うのに?」
アバン達は驚きを隠せなかった。この展開はアバンにとってウトロ決戦における最悪のシナリオだからだ。
皆既日食が終わる前に『凍れる時間の秘法』の発動準備を整え、魔王ハドラーを眼前に引き摺り出さなければならないからだ。その為のウトロ決戦。
なのに、肝心のハドラーちゃんに『凍れる時間の秘法』を使った作戦をまんまと見抜かれ、このウトロ決戦の約束を反故されたのだ。
アバンの顔がみるみる青くなる。
そこへ、ハドラーちゃんの幻影が姿を現す……のだが、
「何だ何だ?その色っぽい衣装は?柄じゃねぇだろ」
ハドラーちゃんが着用している衣装は、フレイザード2号から渡された……百合に適した女性としての魅力を増幅してあらゆる女性に振り向いて貰う為のあの衣装であった。
「悪かったな。文句ならそこにいるフレイザードに言え」
つまり、ハドラーちゃんはフレイザード2号の強引を押し返し切れなかったのだ。
今まで着ていた装飾雑多なマント自体が、最早黒歴史と化した魔軍司令時代を思い出させるトラウマ的な物だったのも原因の1つではあったが……
が、アバンはその場違いな衣装へのツッコミが出来る余裕が無く、ハドラーちゃんを眼前に引き摺り出す為の挑発を必死に絞り出していた。
「獄炎の魔王が聞いて呆れますね」
が、ハドラーちゃんは聞く耳持たない。
「貴様こそこの俺をがっかりさせるな。この俺を本気で完全消滅させたくば、『凍れる時間の秘法』などと言う時間の無駄などに頼らず、あの時魅せたあの技を完成させろ!話はそれからだ」
ハドラーちゃんに図星を突かれて挑発に詰まるアバン。
(完全に見透かされたか……さて、この後どうしたら―――)
「だが!せっかくそちらが用意した決戦を空振りのまま終わらせるのは戦いの礼儀に反する。なら、せめてこいつらには勝って欲しいものだな」
それを合図にフレイザード2号が2体のモンスターを解き放った。
「デルパ」
その内の1体は、ワニの様な頭部と刃物の様な爪を有し、二足歩行する巨大な亀であった。
「俺の名はサルガメ。ハドラー様の命により、貴様等の性根を叩き直しに来た!」
なのだが……
「何だこいつ!?物凄く臭い!何食ったらここまで臭くなれるんだ!?」
だが、マトリフの苦情を余裕を持って返すサルガメ。
「ちょっとしたハンデだ。これだけ臭ければ、例え目が見えずとも探せるだろ?」
「どこがだよ……あまりの臭さで目が回り過ぎて、方向が定まらねぇよ」
一方のゾーマズレディは何も聞かされていなかったのか、予想外過ぎて大混乱。
「な!?なんだこいつれ!?こことこ!?」
ブロキーナがそんなゾーマズレディを哀れみつつ構える。
「どうやら……無理矢理連れてこられた様じゃな……よい……しょっと」
混乱するゾーマズレディは脅威ではないと判断したマトリフとブロキーナは、完全に戦闘モードになっているサルガメとフレイザード2号と対峙する。
一方のフレイザード2号は飛翔呪文で上空に回避し、サルガメは自身の尻尾を地面に突き刺し、ゾーマズレディは……まだまだ大混乱。
「まーた魔法使いタイプかよ」
飛翔呪文でフレイザード2号を追撃しようとするマトリフだったが、
「アバンの介護を放棄して良いの?」
「何?」
一方のブロキーナはサルガメに殴りかかるが、サルガメの尻尾が突然アバンがさっきまでいた場所に勢いよく生え、もしもそこにアバンがいたらアバンを切り裂いていただろうと思える程勢いよく伸びた。
「くくく……流石にそこまでのんびりじゃないか」
そして、サルガメはわざとらしく目をキョロキョロさせる。
「ん?さっきからアバンが見えんが……また勇者らしかぬ卑劣な手を使うのか?」
(まさか!気付かれた!?)
マトリフの動揺に、ブロキーナは眉を顰める。
「『魔法使いは遠距離から攻撃出来るから、その分視界が広い。故に、魔法使いは常にクールでなければならない』君の言葉だろ?」
ブロキーナの静かな叱責で自分を取り戻すマトリフ。
「……そうだったな。ここでの動揺は、相手側の思う壺か!?」
が、フレイザード2号は右手から吐く灼熱の炎と左手から吐くあまりの低温で凍った大気が輝くほどの猛吹雪を眼前でぶつけ合っていた。
「ま……今回ばかりはどっしり構えて長々と呪法発動準備するのが不正解で、ちょこまか動く方が正解。だから……アバンを見失うのはアバン側にとっては大正解!」
そう言いながら極大消滅呪文を放つ準備を整えるフレイザード2号。しかも、密かに極大消滅呪文の練習をしていた様で、極大消滅呪文を上だけでなく前にも撃てる様になっていた。
その様子に、マトリフは背筋を氷の様に冷やした。
(何だあの光の矢は……アレはヤバい!)
「ちゃんと動いて避けろよアバン!極大消滅呪文!」
フレイザード2号が放った極大消滅呪文が大地を抉り、巨大なクレーターを形成した。
サルガメがフレイザード2号に問う。
「当てたのか?」
その質問に首を傾げるフレイザード2号。
「さあね。アバンの姿が見えないから……適当に撃った」
呆れるサルガメ。
「適当って……」
フレイザード2号の極大消滅呪文を受けて「キレー」に消えたシドードラゴンの事を思い出してしまったゾーマズレディは、絶叫しながらある技を発動させてしまった。
「あーーーーー!凍てつく波動うぅーーーーー!」
その途端、アバンが使用していたキエサリ草の効果が「キレー」に消えてしまい、やっとアバンを発見したサルガメが舌なめずりした。
「!?」
「みーつけた♪」
その頃、大魔王バーンはアバンがウトロで何かをやろうとしているのを察してガルヴァスをギルドメイン山脈から呼び戻した。
「アバンが『凍れる時間の秘法』を使えるとは……ハドラーもそれを見抜きあえてサボリの汚名を着るとは……」
一方のガルヴァスは、フレイザード2号の極大消滅呪文の破壊力に絶句した。
(何……何々!?炎と氷が合体して、あんな化物の様な光の矢になった……どう言う原理だ!?)
大魔王バーンは卑しくも大魔王。冷静そのものであり余裕が漲っていた。
「アバンとハドラーの戦い……もっとじっくり観て視たいものだ」
対するキルバーンは、ある異変にツッコんだ。
「ところでバーン様、ミストの姿が無いのですが、ミストはどちらに?」
大魔王バーンは動じない。
「別の任務を命じてある。それを終えるまでは戻っては来ぬ」
後書き
ダイ君、そして、幽☆遊☆白書の原作者の冨樫義博先生……ありがとう!
お陰で『アバンは凍れる時間の秘法の力を借りないと空裂斬を習得出来ないヘタレ』を返上出来るメドが立ちました!
と言う訳で急遽誕生させたのが、幽☆遊☆白書の玄武とゼルダの伝説・夢をみる島のカメイワをモチーフとしたサルガメです。
果たして、アバンは凍れる時間の秘法を使わずしてこのサルガメを倒す事が出来るのか?
こうご期待!
因みに、サルガメの原材料は砂と排泄物なので、とてつもなく臭いです!
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