ハドラーちゃんの強くてニューゲーム
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第13話
地底魔城では、ハドラーちゃんが鍛錬の為に破邪の洞窟に引き篭もったきり帰ってこない事にいろめきだった。
それを見かねたバルトスが、困惑するモンスター達に一喝した。
「落ち着けい!このワシを視ろ!」
理解に苦しむモンスター達は更に困惑するが、バルトスにはハドラーちゃんの生存を信じられる確証の様な確信が確かに有った。
「案ずるな。もしハドラー様が亡くなられたのならば、あの方に禁呪法で生み出されたこのワシも生きてはいない筈だ!」
バルトスのこの言葉は、ヒュンケルにとっては別の意味でショックだった。ハドラーちゃんが死んだらヒュンケルの育ての親であるバルトスも死んでしまうからだ。
そんなヒュンケルの心情を察したかの様に異元扉が出現し、
「ヒュンケルの前でその話はしない方が良いぞ」
何の前触れも無く出現したハドラーちゃん達に驚きつつ慌てて釈明するバルトス。
「滅相もございません!ワシはただ、ハドラー様が破邪の洞窟に敗れ死んでしまわれたと勘違いしておるモンスター達をですね―――」
「だから貴様の正体をこやつらに明かしたのか?」
「……ええ……まぁ……」
心配そうに物陰でバルトスを見るヒュンケルを発見したハドラーちゃんがバルトスを窘めた。
「バルトス、俺の生還を信じてくれるのはありがたいが、言葉選びはもっと慎重な方が良いぞ?」
バルトスがヒュンケルを諭させようとするが、フレイザード2号が制止する。
「やめときなよ。今は何を言っても無駄さ……時間に任せるしかない」
フレイザード2号にそう言われても、フレイザード2号の事を全く知らないバルトスは混乱するばかりであった。
「何者だ!?」
「ハハハ。そうだったな。新入りの自己紹介がまだだったな?」
ハドラーちゃんは魔王軍の主要メンバーを玉座の間に呼び集め(ブラスはデルムリン島に居るので、悪魔の目玉を使ったリモート)、フレイザード2号や異元扉と出会った経緯を説明しようとしたが、
「キギロの姿が見えんが……既に手遅れだったか?」
その点についてガンガディアが謝罪する。
「申し訳ございません。キギロを発見し回収した時には、生命の根源はもう」
「……そうか」
だが、今のハドラーちゃんは後ろを向いている暇が無い。
「こやつらがキギロの代わりになってくれると良いのだがな……デルパ」
魔法の筒から出て来たのは、破邪の洞窟で生け捕りにしたモンスター達。
それを見たガンガディアは少しだけ不安になった。
「と言う事は、我々はお役御免なのですか」
「いやいや、俺はそこまで薄情なのか?」
それを聞いて安堵するバルトス。
一方、破邪の洞窟から地底魔城に強制連行されたバラモスエビル達は、突然見慣れぬ風景を魅せられて激しく大混乱し驚愕する。
「な!?ここは……ここはどこなのだ!?」
「お前達の新しい職場だ。俺の地上征服に存分に役立って貰おう」
「何を言っている!?私は罪深き許し難い罪人―――」
ハドラーちゃんの隣に異元扉がいる事に気付いて蒼褪めながら驚愕するりゅうおうもどき。
「あーーーーー!?罪深き許し難い罪人が!罪深き許し難い罪人に施された拘束がぁーーーーー!」
異元扉もまた、この展開に驚愕する。
「ちょっ!?こいつらを懲らしめてくれたんとちゃうんでっか!?」
ハドラーちゃんは自信満々に答える。
「何を言っている?そんな勿体無い事が出来るか?」
が、りゅうおうもどきは異元扉を成敗しようと動き出し、バルトスとガンガディアがそれに反応して身構える。
「こうなれば……わしが自らこの罪深き許し難い罪人を―――」
「やめんかぁーーーーー!」
ハドラーちゃんの怒号が、一発即発の雰囲気を一蹴する。
「地底魔城はお前達の新しい職場であり住処だ。それを破壊すれば、お前達は今度こそ居場所を失うぞ?」
だが、りゅうおうもどきとゾーマズレディは認めない。
「何を言っている私の目的はこの罪深き許し難い罪人に手を―――」
これ以上続けたら話が進まないと察したフレイザード2号は、突然ハドラーちゃんに向かって拍手した。
それにガンガディアがつられて拍手し、バルトスも拍手しバラモスエビル達も拍手し、りゅうおうもどきとゾーマズレディまでつられて拍手してしまった。
が、自分がとんでもない失態をしたと気付いたりゅうおうもどきが慌てて異元扉と対峙する。
「は!?わしとした事が!今は罪深き許し難い罪人の討伐に全力を注がねばならないと言う時に!」
「ちょっ!?さっきの拍手はなんやったんやぁー!」
と、完全にハドラー達にペースを握られたバラモスエビル達に反乱の余地は無かった。
手始めにフレイザード2号が勝手に自己紹介を始めた。
「私はフレイザード2号!1度は百合妊娠の術の発見に失敗して命尽き果てましたが、そこにいる可愛い娘さんに救われ、世界に百合の花をもたらす魔法使いとして再びこの世に生を受けましたぁー♪」
フレイザード2号の説明と百合萌えの女性の同性愛な性格に、呆れて固まるバルトスとガンガディア。
「百合ぃー……妊娠……?」
「女性同士の性交だけで赤子を産み出す……と?本当にその様な事が可能なのか?」
ハドラーちゃんが呆れ過ぎて笑顔になりながら首を横に振った。
「真に受けるな……叶わぬ夢だ」
それを聞いて慌てるフレイザード2号。
「ちょっとちょっとちょっと!?……それは流石に冷たかろうってぇー」
これ以上フレイザード2号の自己紹介を続けたら自分の頭が使い物にならなくなりそうなので、破邪の洞窟から盗み出したモンスター達に自己紹介を催促した。
「次!」
「ちょっとちょっとちょっと!?……それは流石に冷たかろうってぇー」
呆れて固まるバルトスとガンガディア。
その間、バラモスエビルが悪態を吐く。
「何でわしがこんな所で―――」
が、直ぐにハドラーちゃんに気付かれて威圧される。
「つーぎ」
「……はい」
そして、りゅうおうもどきとゾーマズレディと異元扉以外の自己紹介が一通り終わり、異元扉が遂に自分が何者かを語り始める。
「わては異元扉と言います。わてを開けた人が往きたい場所にあっという間に往ける様になるちゅうのが、わての得意技ですわ」
それを聞いて俄然興味が湧くガンガディア。
「つまり、君は瞬間移動呪文の役割を果たす扉……と言う訳か?」
だが、異元扉が不敵な笑いを上げた。
「ふふふ。わての力はそれだけではおまへん」
「と、言うと?」
「わてが連れて行ける―――」
りゅうおうもどきとゾーマズレディが異元扉の発言を阻む。
「黙れ!罪深き許し難い罪人め!」
「その先は知る事許さぬ!」
だが、ハドラーちゃんが威圧しながら異元扉に続きを命じた。
「で、瞬間移動呪文以外に何が出来るのだ?」
「やめろ!その先は―――」
「俺は続けろと言ったのだ。この地底魔城の中で俺に逆らう事は、何が遭っても許さん」
「……そろそろわての本当の力について説明してもええでっか?」
「話せ。これは命令だ」
「やーめーろー!」
異元扉が改めて自らの力について話し始めた。
「わてが連れて行けるのは、なにも場所だけではおまへん」
バルトスが首を傾げる。
「場所以外……それはどう言う意味ですかな」
が、異元扉がバルトスの質問に答える事をゾーマズレディが許さなかった。
「今聞いた事を全て忘れろ!そして―――」
だが、それがハドラーちゃんに爆裂呪文を使わせる結果となった。
「たわけ。俺に逆らうなと言ったばかりだぞ?それに俺もこの扉の謎多き言い分の詳細が気になった。ちゃんと解り易く説明せい」
「駄目だ!この罪―――」
「イルイル」
何時まで経ってもいっこうに話が進まないので、りゅうおうもどきとゾーマズレディを再び魔法の筒に封印するガンガディア。
「使命に忠実なのは良い事だが、もう少し空気を読んで欲しかったな」
異元扉が再び再確認する。
「……そろそろわての本当の力について説明してもええでっか?」
「話せ。これは命令だ」
「では……つまりや、わてを使えば様々な平行世界に往けるちゅうこっちゃ!」
ハドラーちゃん達は直ぐにはピーンとこなかった。
「平行世界?」
「それは、天界、地上界、そして魔界、とは違う更なる異世界が在ると言う事か?」
知恵と知力を得る事に貪欲なガンガディアですらこの程度の解釈しか出来ず。
だが、フレイザード2号だけは目をギラギラ輝かせていた。
「で、平行世界とはどう言う意味だ?」
「簡単な事でっせ。先ず、皆様の前にAルートとBルートがあるとするやろ」
ここでハドラーちゃんがハッとする。
(つまりそう言う事か!?俺の身体の異変はそう言う意味だったのか!?)
ガンガディアもようやく理解して来た。
「つまり、選んだルートによってその後の出来事が大きく変わると言う事か?」
「そう言うこっちゃ。つまり、選択肢の数だけ平行世界は存在しますねん。わてに言わせれば、平行世界は時の流れと言う馬鹿デカい大樹に生えた無数の枝や葉っぱの様なもんですわ」
で、バルトスが異元扉が瞬間移動呪文の役割を果たす扉だけじゃないの意味について問うた。
「まさかと思うが……その選ばれなかったルートにも瞬間移動呪文の要領で往けると?」
異元扉が自信満々に宣言する。
「そう!その通りや!」
バルトスはりゅうおうもどき達が異元扉を恐れる本当の理由を正しく理解した。
「それだと……存在しない筈の世界が存在する事実を認めてしまう事には為りませんか?」
その途端、異元扉が激怒する。
「その言い方はあきまへん!それだとりゅうおうもどき共やバランと同じ轍を踏みますやろ!」
ハドラーちゃんは異元扉の激怒の理由に対して笑う。
「ははは。竜騎将バランらしい考えだな。竜の騎士の立場上、平行世界の技術や呪文がこの世界に流出する事態を許す事が出来なかったのであろう」
ハドラーちゃんの口から天敵バランの名が出た事に驚き怯える異元扉。
「実家に帰らせていただきます」
「待て」
ハドラーちゃんは「でかした!」と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべた。
「生憎、こっちはその平行世界の呪文がどうしても欲しいのだ。もう直ぐ俺の物になるこの地上界を大魔王バーン如き壊させない様にな」
が、ここでフレイザード2号が百合萌えの女性の同性愛故の余計な発言をしてしまう。
「てこ、と、はぁー♪人間を無理矢理男女に別けると言う超愚策を選ばなかった正しい平行世界もぉー♪存在するって事だよねぇー♡」
ガンガディアが呆れ過ぎて頭を抱えるのだが、
「お嬢様ぁー!アンタ、アンタ様だけがわての味方やぁーーーーー!」
が、ハドラーちゃんが興奮気味のフレイザード2号と異元扉を軽く一喝する。
「騒ぐな。さっきも言った通り、大魔王バーンは俺の物である筈の地上界を完全確実に灰にしようとしているのだぞ。先ずそれを止めなければ、いくら平行世界の力を得たとしても無駄になる」
「あっ」
ガンガディアが何を思ったのか、異元扉にとんでもない依頼をする。
「なら、実際に大魔王バーンに破壊された地上と言うモノを視せて欲しい。そうすれは、そのドアに反抗的なあの2人も納得するのではないのかな?」
ハドラーちゃんは正直観たくはなかったが、大魔王バーンの恐ろしさをいまいち理解していない部下達を……もとい自分自身を一喝する意味で魅せておくべきだとも思えた。
「そう……だな。実際に観ておくか。大魔王バーンがやらかした最低最悪のバットエンドとやらを」
ハドラーちゃん達が意を決して大魔王バーンの地上界破壊計画の全貌を知るべく異元扉を開けた途端、眩い光がハドラーちゃん達を襲った。
「ぬお!?何だ!?この光は!」
「巨大な光が……地上を完全に包んでおる……」
バルトスとガンガディアが光しか見えない状況に驚く中、ハドラーちゃんは大魔王バーンの躊躇の無さと無慈悲過ぎる残酷さに驚いた。
「バーンのボケ老人め!地上で大量の『黒の核晶』を使ったな?」
ガンガディアはハドラーちゃんのとんでも予想に驚愕する。
「黒の核晶ですと!?それがどれだけ危険な物か、本当にご存知故の台詞ですか!?」
フレイザード2号は珍しく冷たい表情でガンガディアに問うた。
「その台詞、大魔王バーンの前でも言える?」
ここで大魔王バーンの本気度を思い知らされたガンガディア。
りゅうおうもどきとゾーマズレディも同様だったのか、口を大きく開けて完全にアングリしていた。
が、何かに気付いたフレイザード2号が異元扉から飛び降りてしまう。
「ちょっと!何する気でっか!?危ないって!」
「黒の核晶の爆発に巻き込まれに逝く心算か!?」
傍目から視ればそう思えるが、フレイザード2号は何故か黒の核晶の爆発に巻き込まれない自信が有った。
「じゃあ何故大魔王バーンは!……この破壊の光りを高みの見物出来る?」
そう。フレイザード2号が発見したのは、空に浮かぶ大魔宮!
その大魔宮に極大消滅呪文を撃ち込む心算だったのだ。
「大魔王バーンよ!貴様に無慈悲に踏み潰された百合の怒りの総意……思い知れぇーーーーー!」
だが、フレイザード2号の前に力と正体を隠すために着用していた闇の衣を脱ぎ捨てたミストバーンが立ち塞がる。
「忠義だねぇー……だが、この所業に躊躇の余地は無し!極大消滅呪文!」
だが!
「フェニックスウイング」
「何!?」
フレイザード2号が放った極大消滅呪文がはね返されてUターンしてフレイザード2号の許に戻ると言う予想外の展開が発生してしまい、ハドラーちゃんは堪らず叫んでしまう。
「フレイザードぉーーーーー!」
が、自らが放った極大消滅呪文に巻き込まれた筈のフレイザード2号は、気付けはハドラーちゃんの隣にいた。
「いやー……泣かせるねぇー」
ガンガディアがフレイザード2号の言動に驚かされるのはこれで何度目であろうか?
「何が遇った!?何時の間に戻って来れた!?」
「いやぁーそれなんだけどさぁー、破邪の洞窟で合流呪文を発掘しなかったら、自分のメド―――」
ハドラーちゃんがフレイザード2号を思いっきり殴った。
「馬鹿者!貴様はさっきから何の考えも無い軽はずみな行動ばかりしおって!そんなに死に急ぎたいか貴様ぁー!」
ハドラーちゃんの激昂を見て、珍しく自分の軽率さを恥じるフレイザード2号であった。
「この俺の軍に入った以上、俺の許可無く死ぬ事は絶対に許さーん!」
「……はい」
異元扉を使って改めて大魔王バーンを野放しにしてはいけない事実を知ったハドラー軍は、改めて大魔王バーン対策を練る事にした。
「先ずは、我々にどの程度の猶予が有るか……そこから調べる必要が有りますな?」
その点については、強くてニューゲーム的なものがあるからなのか余裕のハドラーちゃん。
「その点については、そんなに心配無いと思うぞ」
その言葉にガンガディアが激昂する。
「何を仰っているのですかハドラー様!?敵はあれだけの数の黒の核晶を躊躇無く程の連中ですぞ!それなのに」
とここでハドラーちゃんが困ってしまった。下手に喋り過ぎれば自分が未来から来た事がバレてしまうからだ。
とは言え、まだまだ15年以上も余裕がある事を伝えるのも大事な事である。
故に、言葉を選びながらのちぐはぐな台詞になってしまった。
「ああ……確かに……あれだけの数の黒の核晶を爆破させれば、地上にもかなりのダメージを与えられるだろう……」
「だからこそなおさら―――」
「だがな……大魔王バーンの最終目標はな、魔界全土を太陽の光で照らしだす事なんだ。つまり、ただデタラメに黒の核晶を爆破させるだけではー……ダメだと思う……ぞ……」
このハドラーちゃんの苦しい言い訳的な屁理屈。実は的を射ており、六星魔法陣を併用し威力を増幅させる為に直径1メートルクラスの黒の核晶を何処に設置すれば良いのかを計算中であり、黒の核晶を設置する為の大魔宮もまだ完成していない。
「よくよく考えたら、魔界の奥地で採取される黒魔晶が必要と聞く。地上全土を包む光を生むとなると、どれだけの黒魔晶が必要になるか?」
「それにだ……奴は……本当に地上界を完全に消滅させたかを……ちゃんとこの目で確認したいー……筈……だ……」
その点はフレイザード2号が納得した。
「それって、私が極大消滅呪文を撃ち込む筈だった鳥の様な城の事だな?」
「つまり、大魔王バーンの地上界破壊計画は、大魔宮の完成なくして始まらないと?」
強くてニューゲーム的なもの以外の理由でまだ猶予がたっぷりある事を理解したハドラーちゃんが力強く頷く。
「それにだ!流石の大魔王バーンも俺の様な邪魔者をこれ以上増やしたくない筈だ!そう言った者を完全に排除してから最終段階に向かう筈だ!計画がバレたら、色んな輩が大魔王バーンの邪魔をしに往ってしまうからな!」
だがここで、バルトスが嫌な事に気付いてしまう。
「となると、ハドラー様は逆に死ねなくなりますぞ?ハドラー様も大魔王バーンの邪魔者ですから」
それに対し、ハドラーちゃんは邪な笑みを浮かべた。
「なら……大魔王バーンを殺してしまえば良い。そうすれば、俺は安心して死ねる」
口で言うのは簡単だが、問題は大魔王バーンをどうやって殺すかである。
「そう言う意味では……」
異元扉は自分に課せられた使命を察して理解した。
「わての……出番でっしゃろ?」
「そうだな。早速だが、この俺が知らぬ呪文の宝庫となっている平行世界に連れて行け!其処で俺達を鍛え直す」
だが、異元扉は予想外の事を言いだす。
「それはええけど、あんさんまさかウロド決戦をサボろうとしてまへんか?」
異元扉の口からウロドと言う単語を聞かされた途端、ハドラーちゃんがしょっぱい顔をした。
「アレは時間の無駄だ。特に俺とアバンはな」
だが、異元扉は予想外の事を言いだす。
「そやけど、アバンは『凍れる時間の秘法』の力を借りへんと『空裂斬』を会得出来まへんのや」
ハドラーちゃんとガンガディアは理解に苦しんだ。
「何で?」
「凍れる時間の秘法を受けた者は完全に凍り付いて身動き不可能と聞く。それが何故?」
異元扉の答えは更に予想外なモノだった。
「アバンが使用した凍れる時間の秘法は不完全なモノでしてな、肉体は止められても心までは完全停止にはいたりまへん」
「つまり……なんだ?」
「つまりや、アバンは凍れる時間の秘法のお陰で1年間四六時中滝行しとる状態を維持してたちゅうこっちゃ」
ハドラーちゃんは恐る恐る聞きたくない答えに繋がる質問をした。
「他に……アバンは他に凍れる時間の秘法の力を借りずに空裂斬を会得する方法は―――」
異元扉がハドラーちゃんの武人的な懇願を一蹴する。
「ありまへん。凍れる時間の秘法が無いと空裂斬もアバンストラッシュも不完全なままでっせ」
「そう……なのか……」
ハドラーちゃんは、異元扉を使って1年間鍛錬三昧の日々を送るついでにアバン達に1年間の猶予を与えようと考えていたのだが、あの忌まわしいウロド決戦を避ける事が許されないと聞かされた事で全てが瓦解してしまう。
ガンガディア的にはハドラーちゃんの敵のこれ以上のパワーアップは避けるべきだと思うが、フレイザード2号はハドラーちゃんの武人的な考えがそれを納得させないと諭した。
「つまり、強大な敵を完膚なきまでに叩き潰した方がインパクトが在るしアピールにもなる。そう言う事だと思うよ?」
「……なるほどな」
一方のハドラーちゃんは悩みに悩んだ。
あの忌まわしいウロド決戦を避けられないとは……
「まあ、皆既日食までまだ11日ありますさかい、それまで考えるのもありやと思いますよ」
異元扉の活躍によって暗黒魔術を使って寒気超優遇フィールドを形成してまで行ったハドラー待ち伏せ暗殺計画は失敗に終わった上に、勇者アバンを侮り過小評価が仇となって大魔王バーンに才能を見抜く力と先見の明に関する疑念と猜疑心を持たれてしまったガルヴァスは、配下達と共にギルドメイン山脈に呼び出されて鬼岩城製作部隊最高司令官と言う閑職に甘んじさせられていた。
「……くっ!まだか!?まだ完成せんのか!?」
バーン軍の地上侵略(実際は地上破壊)部隊の本拠地として建造・使用されるとあって胸に無数の砲門を持つなど、並外れた攻撃力を持っていたが、悪く言えば鬼岩城が完成するまでギルドメイン山脈から出られないのである。
その間にも、他の(1周目の時は)侵略未遂者がハドラーちゃんの首級を奪って大魔王バーンに取り入るのではないのかと日々心配していた。
「こうしている間にも、私を差し置いてハドラーの頸を斬る者が現れるのではないかと不安になる……急ぐのだ!」
そんな豪魔軍師ガルヴァスの当面の目標は、相も変わらずの大魔王バーンに実力を認めて貰い、ハドラーに取って代わり魔軍司令になって地上界を支配する事。
大魔王バーンの地上界破壊計画の本気度を知ってしまったハドラー軍から見れば、それは儚くて叶わぬ幻の夢……
後書き
今回から「1年間修業編」……の筈でした……
その為にハドラー軍がドラゴンクエストIX以降の呪文やロトの紋章に登場する呪文を身に着けさせる為の最後の切り札である「異元扉」を、満を持して登場させたと言うのに……
キギロ
「まさか、異元扉が『もしもボックス』と『どこでもドア』の合わせ技とはな……空っぽな貴様にしては考えたな」
まさか、あのアバンが凍れる時間の秘法の力を借りないと空裂斬を習得出来ない程のヘタレだった事が、勇者アバンと獄炎の魔王第7巻で判明してしまうとは!情けない!本当に情けない!
これは完全に計算外でした!
お陰で「1年間修業編」の内容を1から練り直しになってしまいました!
三条陸先生!お願いだから嘘だと言ってぇーーーーー!
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