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俺様勇者と武闘家日記

作者:星海月
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第3部
サマンオサ
  7年後の真実


 ユウリたちと別れたあと、ルークとの再会の時間を皆に与えてもらった私は、積もりに積もった話をするために、二人で公園に行くことにした。
「へえ、世の中にはそんなすごい鍵があるんだね」
「魔王の城に行くためには、最後の鍵がどうしても必要だったからね。手に入れるのに相当苦労したよ」
 玄関の鍵が開いていたことに疑問を抱いていたルークに事情を説明したら、そんな鍵が存在することに相当驚いていたようだった。
 公園へと向かう道すがら、私はルークにこれまでのことを話した。カザーブからアリアハンまでの一人旅、アリアハンでユウリたちに出会ったこと、そのあとの冒険など、話し始めたら止まらなかった。公園に着いたことにも気づかないくらい、気づけば夢中で喋っていた。
「ごめん、私ばっかり喋って……」
「いや、どれも面白い話だったから、僕もつい聞き入っちゃってたよ」
 ニコニコしながらそう話すルークは、本当に楽しそうだった。昔と変わらないその雰囲気に、私は懐かしさで胸が一杯になる。
 ところがいざ公園に入ってみると、随分と閑散としていた。だだっ広い石畳に数本の木と申し訳程度の花が植えられているだけの、何もない広場だ。しかしよく見ると中央に何かが設置してあったのか、跡地のような場所がある。形からして噴水のようなものがあったのだろうか。
「……ここって、本当に公園?」
「そうだけど……、それがどうしたの?」
「公園ってもっとこう、お花とか沢山あって、噴水とかベンチがあったりして……」
 よく見るとあちこちに何かを取り外したような形跡がある。おそらくこれは花壇などがあったのだろう。
「もしかしてこの公園て、もうすぐ取り壊されちゃうの?」
「え、違うよ? この国で一番大きな公園だから、なくなるなんてことはないと思うよ」
 この国で一番大きな公園が、この有り様だなんて……。もしかして、他の公園も皆こんな感じなのだろうか。
「ごめん。もしかして、がっかりさせちゃった?」
 申し訳なさそうに尋ねるルークに対し、私は慌てて首を振る。
「ううん。ただ、私が今まで立ち寄った公園は、どれももっと賑やかだったから……」
「ああ。確か母さんも昔、そんなことを言ってたよ。自分が若い頃は、この公園だけじゃなく、街のあちこちに色んな花や木が植えられていて、人ももっとたくさん通ってたって。僕は見たことないから想像つかないけど、どんな感じなの?」
 そうか、この町はルークが物心つくずっと前から、こんな状態だったんだ。他の町では当たり前にあるものが、この町では見たことのないものになっている。改めて、この国に漂う独特な雰囲気に違和感を覚えた。
「えっと、カザーブにあったコスモス畑覚えてる? ああいう花がそこら中に植えられてあるんだよ」
「コスモス畑かあ……。懐かしいな」
 遠い目をしながらしみじみと呟くルークに、私はどこか切なさを感じていた。もうあの頃には戻れない。でも、このひとときだけでも懐かしさに浸っていたかった。
 公園に着いた私たちは、近くにあるベンチに腰を下ろし、話の続きをした。
「覚えてる? ミオがしょっちゅう修行を抜け出して、そこに僕を連れてきたこと」
「覚えてるよ。だってルーク、いつも師匠に怒られて泣きそうな顔になってたじゃない」
「それって、僕を元気づけるためにしてくれたの?」
「え? あ、うん。そうだったかなー……」
 本当のところは、ルークを励ますつもりが半分、自分が修行をサボりたいのが半分だったのだが、曖昧に返事をしておく。
「ミオ。顔に出てるよ。『本当はサボりたかった』って」
「うっ!? そ、そうとも言えるかな……」
 ダメだ、こんな簡単にばれてしまうなんて、そんなに私は顔に出やすいのだろうか?
「でも少なくとも僕は、君のお陰で随分救われたよ。あのときはありがとう」
 けれどルークは笑い飛ばすこともせず、真面目な顔で私にお礼を言った。
「そ、そう? それならよかった」
 真剣な眼差しを向けるルークに対し、恥ずかしくなった私は苦笑いでごまかした。
「そういえば、ルークは師匠がサイモンさんの仲間って知ってたの?」
「まあそりゃあ……、たまに父さんが家に連れてきてたし……」
「私全然知らなかったんだけど!?」
「フェリオに口止めされてたからね。僕以外の人間には父さんの仲間だってことは言うなって。それに、この国はサイモンの関係者ってだけで差別されるから、あのときは僕もそれがいいと思ったんだ」
「……どういうこと?」
 ルークは、この国でのサイモンさんの立場を端的に説明してくれた。一言で言えば、『裏切り者』扱いだという。
「魔王を討伐すると決意した父さんは、旅立つ前は全国民に祝福され、勇者として皆の期待を一身に背負った。だけど結局魔王を倒せず帰って来た途端、国の恥さらしだと罵られ、国民から蔑まれたんだ。もちろん身内である僕や母さんも、例外じゃなかった」
「……」
 そう話すルークの口調は、不自然なくらい淡々としていた。
「……母さんは優しいから何も言わなかったけど、人一倍悪意に弱かった。いわれのない中傷を受け続けて、明るかった母さんは次第に僕にきつく当たるようになった」
「そんな……ひどい……」
「それでも、僕を懸命に育てようとしていることは伝わっていたよ。だから時々自分から僕を遠ざけて、酷い行いをしないように僕を守っていた。幼い僕はそれが母さんの優しさだってことに気づかず、嫌っていた時期もあった。ずっとそんな環境だったからか、次第に僕と母さんの距離は遠くなっていったんだ」
 ルークとコゼットさん、二人がお互い優しいからこそ、自分自身を傷つけあっている。だけどそんな環境ならば、誰だってそうなってもおかしくはない。
「でも、そんな僕たちの異常にいち早く気づいたのがフェリオだった。僕と母さんに初めて会ったとき彼は、『この二人はしばらく離ればなれにした方がいい』と言ったんだ」
「師匠ってば、見た目の割に子ども思いだもんね」
 修行のときは厳しい師匠だが、基本的に子どもには優しかった。だから私は師匠のもとで武術の修行を続けられたんだ。
「そのときにフェリオに連れられていったのが、カザーブだったんだ。結局すぐに戻ることになったけど、あのときが一番楽しかったな」
「……ねえ、あのとき、どうして突然いなくなったの?」
 今となっては夢で見るまで忘れていたくらい、遠い昔の話だ。けれど、今このタイミングでルークに再会したということは、何か意味があるのかもしれない。ナギみたいな予知能力はないけれど、運命が私たちを導いているような気がして、つい私は尋ねてしまった。
「……それは、父さんが突然罪人扱いされたって話をフェリオから聞いたんだ。僕は残された母さんが心配で、フェリオと一緒についていった。本当は戻る前に君に会いたかったけれど、時間がなくて出来なかったんだ」
「そうだったんだ……」
 そのままサイモンさんは『祠の牢獄』へと連れていかれたのだろう。コゼットさんの様子から、その出来事が彼女やルークにとって最も辛いことだったのだと感じた。
 すると、突然ルークが私に向かって頭を下げてきた。
「別れの挨拶もなく勝手にいなくなって、本当にごめん」
「そっ、そんなの謝ることじゃないよ! そりゃあ、ルークに会えなくて寂しかったけど……、ルークにも事情があったんだもん、仕方ないよ」
 それに、今こうして再会できて、あのときの理由も知ることができた。もうそれだけで私は充分なのだ。
 それから私たちは、カザーブで修行をしたときの話で盛り上がった。あのときは二人とも習いたてで、武術と呼べるものですらなかったけれど、それでも楽しかった思い出の方が多かったのは事実だ。そして話はいつの間にか、師匠の話題へと変わっていった。
「そういえば、どうして師匠はカザーブに住むようになったんだろ? 故郷って感じでもなかったし」
「僕もよくは知らないけど、以前フェリオが、余生をそこで過ごしたいって言ってたよ」
「余生……?」
 すると、ルークの表情が暗くなった。
「フェリオは魔王軍と戦ったとき、呪いを受けたと言っていた。どんな呪いかは知らないけど、きっと命に関わるものだったんじゃないかな。フェリオは今どうしてる?」
「……亡くなったよ。二年くらい前に」
 そう。師匠は私が旅立つ前、自分の家で亡くなった。そのとき私は立ち会うことはなかったけれど、私のお母さんから何かの病気で亡くなったと聞いた。だけど旅をしてきて知り得たことがある。師匠は病気でなくなったのではない、ルークの言うとおり、呪いを受けて亡くなったのだ。
「そうか……。カザーブにいられたのはほんのわずかな時間だったけど、フェリオのお陰でミオに出会うことができた。もしもう一度会うことがあれば、お礼を言いたかったけど……、残念だな」
「きっと師匠のことだから、空の向こうで私たちのことを見守ってくれてるよ」
 そう言って私は空を仰ぐ。コスモス畑で私が一人前になるのを見届けてくれた師匠のことだから、きっと今も心配して空から私たちを見ているかもしれない。
「ねえ、せっかく広い場所に来たんだから、久しぶりに組手でもしない?」
「いいね、やろう!」
 ルークはすぐに承諾すると、私と向かい合わせで構える。どちらかが言うまでもなく、まずは私が先制して正拳突きを放つ。本気ではないが昔に比べたら格段にレベルは上がっている私の攻撃を、ルークは余裕の表情で難なくかわす。そしてすぐに彼も正拳突きを返した。まるで心を読んでいるかと思うくらい息がぴったりだ。そしていつの間にか私たちは、お互い真剣に攻防を繰り広げていた。
 そして繰り返すこと十数分。少し息があがってきたところで、休憩をとることにした。
「はあ、はあ。ルークってば、昔より随分上達したね」
「これでも、毎日仕事終わりにトレーニングを続けてるからね」
「えっ、そうなの!?」
 意外な言葉に、私は驚いた顔で聞き返した。
「今の仕事が、町の地下通路に蔓延っている魔物の駆除作業なんだ。せっかくフェリオに武術を教わったから、こういうときに発揮しないとって思ってさ」
「へえ、すごいね。魔物の駆除なんて……、って、ちょっと待って。町の地下通路に何がいるって?」
「魔物だよ。小さいけれど凶暴で、放っておくと人を襲う可能性があるんだ」
 普通、人の住む町には魔物避けの聖水やそれ相応の道具を使って町の中に魔物が入り込めないような対策を施しているはずだけれど、この町には魔物避けどころかすでに町の中に魔物が入り込んでいると言うのだろうか。
「ルーク。町の地下に魔物がいるって、それ本当なの? 町の中がそんな状態なのに、この国の王様は何もしてくれないの?」
 私は驚いてルークに問いただすが、彼はそれがさも当たり前のように平然と頷く。
「そうだよ。僕が子供の頃からこの国は、魔物ですらほったらかしなんだ」
 それはすでに、諦めを通り越してそれを当然のように受け入れている様子だった。
 そしてルークは、辺りをキョロキョロと見渡しながら声を落とした。
「それだけじゃない。町の物価や税金も毎年数倍に上がってる。それに、外で王様の悪口なんか言おうものなら、問答無用で牢屋行きか処刑されるんだ。今の王様に期待するだけ無駄なんだよ」
「処刑!?」
 ルークの家に行く前に見たお葬式も、旦那さんが王様の悪口を言ったとかで処刑されたと言っていた。そんな些細な理由で奥さんは泣き崩れ、幼い子供はお父さんと永遠に会えないことにすら気づかないでいるなんて……!!
「何でそんな王様に処刑されないといけないの!? ひどすぎるよ!!」
 私は怒りのあまり思わずそう叫んでいた。
「みっ、ミオ!! 声が大きい!! 誰かに聞かれたらその時点でもう捕まっちゃうよ!!」
 慌てふためくルークに口を塞がれ、やっと私は我に返る。彼を上目使いで見上げると、彼はパッと手を離した。
「あっ、ご、ごめん!! でもどこで誰が見張ってるかわからないから、迂闊に声を上げちゃ駄目だよ」
「こっちこそごめん。私も今のは軽率だったよ」
 幸いこの公園には、私たち以外に誰もいない。それはこの場所だけではなく、町中が似たような雰囲気だった。きっと町の人たちも、処刑されるのを恐れてほとんど外を出歩けないのだろう。
 けれどもしそれが本当なら、お城に行ったユウリたちは大丈夫なんだろうか。やっぱり私も一緒に行けばよかったかな、と今さらながら後悔した。
 微妙な雰囲気になってしまい、いつしか無言になる。そしてユウリたちが出ていってから結構な時間が経っていたことに気づいた。
「……そろそろ皆、戻ってきてるかな」
 先に口に出したのはルークの方だった。その言葉に、私はさも今気づいたかのように振舞う。
「あ……、じゃあ、一度家に戻ってみようか」
 ぎこちなさを残した笑みで私は答えた。
 もしユウリたちが戻ってたら、もうルークとはここでお別れになるかもしれない。自然と私の足は遅くなった。
 それでもルークの背中を眺めながら、少しでも話題になりそうなものを思い浮かべるが、こういうときに限って上手く出てこない。
 そうこうしている間に、いつの間にかルークの家に着いてしまった。
「もう皆来てるかもしれないし、中に入ろうか」
 ルークがドアを開けて先に入るよう促すので、仕方なく私は中に入った。
「お帰りなさい! 二人とも、大丈夫だった?」
 帰るなり心配そうな表情で私たちを出迎えてくれるコゼットさん。外を出歩くだけで城の兵士たちに目をつけられることもあるこの国では、当たり前の光景らしい。
「ただいま。母さん、ユウリさんたちはもう戻ってきた?」
「いいえ、まだ戻ってきてないわ。ここからお城まではそんなに遠くないはずだから、もう戻ってきてもおかしくない時間だと思うんだけど……」
 その一言に、一気に不安が押し寄せる。何しろちょっとしたことですぐベギラマをぶちかまそうとする勇者がいるのだ。今までの旅では何度も私が彼を止めていたが、私がその場にいない今、彼らは果たして無事にサイモンさんの居場所を聞き出せたのだろうか。
「ミオ、顔色が悪いけど大丈夫?」
「う、うん。ちょっと心配なだけだよ」
 ずっと思い悩んでいる私の様子をただ事じゃないと感じ取ったのか、ルークまでもが不安な表情を見せる。
「本当に大丈夫? もし心配なら、今から一緒にお城まで行ってあげるけど?」
「だっ、大丈夫だよ!! きっとあの三人のことだから、どこか寄り道でもしてるんじゃないかな!」
 待たせてもらっているのに、この上一緒について行ってもらうなんて忍びない。これ以上ルークの厚意に甘えるわけにもいかず、私は頑なに拒んだ。
「お城は日が沈むとすべての門を閉ざしてしまいます。噂では、城内にいる兵士ですら出入りができないとか。もしそれまでに戻らなければ、何かあったと勘繰ったほうがいいかもしれないですね」
「え……、そうなんですか?」
 神妙な面持ちで話すコゼットさんの言葉に、私の不安はさらに募った。
「それじゃあ遅すぎるよ。日暮れ前までに戻らなかったら皆を探しに行こう。ここはそう言う町なんだ」
 ルークの言うとおり、早めに判断した方がいいのかもしれない。私は頷くと、リビングに差す日の光がオレンジ色に輝くまで、この部屋で待たせてもらうことにしたのだった。

 
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