Fate/WizarDragonknight
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爆発しろ
前書き
最近難航しています。
ただ、コツコツ進めていきますので、お楽しみ頂けると幸いです。
「おっ! いたいた!」
連絡した人物が、食堂に現れた。
午後、講義と講義の合間であるこの時間帯は、食堂に腰を置く人数が比較的少ない。
シノアキに教えられた変わった人物こと瀬川祐太が、コウスケに言われた通りにやってきた。
「おお、祐太。悪いな、いきなり呼び出して」
「全然かまわないよ」
祐太。
オレンジ色のパーカーをいつも羽織った彼は、コウスケが待つテーブル向かい席に腰を落とした。
「どうした? いきなり呼び出して」
パッと見いつも通りだと感じたが、コウスケはその姿を目にした途端、一瞬目を見開いた。
「ああ……ちょっとオレこの前の英語の講義、ノートの写しが欲しかったんだが、大丈夫か?」
「何が?」
「いや、疲れてるように見えてな」
座っているだけなのに、時折フラフラと体が揺れている。やがて、肘を付いた彼は、心配するコウスケへ「何でもないよ」と制した。
「何もないって、本当に大丈夫か?」
彼を心配しながら、コウスケは彼の手の甲を凝視した。
令呪はない。それを隠すような包帯や、濃い化粧もない。
祐太は、参加者ではない。少なくとも、最も多くの参加者が令呪を刻んでいる右手には、何もない。
その事実に安堵し、コウスケは彼への気遣いへ集中することにした。
「平気だって。それより、お前には礼を言いたかったんだ」
「ん? 何か礼言われるようなことしたか?」
「ほら、この前大学に迷い込んだ女の子保護してくれたんだろ?」
保護した女の子。
コウスケの記憶の中に該当するのは、近親者の学生を探している女の子の姿だった。
「……みゃー姉?」
「違う違う。そっちじゃなくて、もっと小さい子」
「小さい子……」
そこまで言ってコウスケは、あの時ハルトが保護したもう一人の少女を思い出す。
「あ、ああ……あの子か。あっちは保護したのオレじゃねえけどよ」
みゃー姉を連呼していた少女よりもなお一層幼い少女。「おいたん」と連呼していたことから、彼がその「おいたん」なのだろうか。
「お前が保護したって聞いたぜ?」
だが祐太は、彼女をコウスケが保護したと思い込んでいるようだ。
コウスケは「違う違う」と手を振った。
「その子を保護したのは、オレのダチだ。ま、色々あって大学に来てた時に偶然な」
「え? そうだったの……まあそもそも、何で二人も子供が大学にいるんだって話だよな」
「そう、それ! オレ気になってたんだけどよ、あの子なんで大学にいたんだ?」
「ああ……」
コウスケの問いに、祐太は目を泳がせた。だが何かを決めたのか、口を開いた。
「あの子、俺の姪っ子でさ。後から聞いた話だと、彼女が連れて来たっぽい」
「……待て。ついでにお前に彼女が出来たことを聞こうと思っていたんだが、その前に何だ? 姪っ子?」
「ああ。色々あってな。今は、一緒に暮らしてる」
「……!」
その途端、無意識にコウスケの脳裏に先日の少女と目の前の祐太の姿が重なった。
「……隠し子か」
「違えよ!」
「犯罪は止めておけ。今警察に行くなら、オレはまだ味方になれるからな?」
「だから違うって! 叔母とも色々話し合った末だからな!」
雄介は弁明をしながら、深くため息を付いた。
「まあ、助けてくれたし、お前には話すよ。あの子の両親……俺の姉なんだけどさ。俺が面倒見ている間に出張先の飛行機が行方不明になってさ。両親もいないしで、俺が世話をすることになったんだよ」
「何でまだ大学生のお前が? 普通に叔母さんいるんだろ? そっちに頼めよ」
「三姉妹なんだよ。施設や里親だと、三人バラバラに引き離されるから、三人が一緒にいられるには、俺が保護者になるしかなかったんだ」
「……お前、それ結構最近の話だよな?」
「三月くらいの話だよ」
三月。
それは、あの邪神イリスが出現した頃だ。
コウスケが崩落するマンションに巻き込まれたのとほとんど同時期に、祐太も大きな変化を迎えていたらしい。
「そっか……そんで、先月は春休みだもんな……何か最近様子が変わった話を耳にしてな。ちょっと心配してたんだ」
「ああ、そうなのか……確かに最近、結構バイトとか増やしているからな……」
「体には気を付けろよ? クマすっげえぞ」
コウスケは指さして指摘する。
すると祐太は、思い出したように自らの顔に触れた。
「ああ……多分、昨日のバイトだな。……徹夜で疲れててな」
「……本当に無理すんなよ? 何言えばいいか分からねえけど、困ったときには相談しろよ? どこまでできるかは分からねえけど、力にはなるぜ」
「ありがとうな。その気持ちだけでも十分だよ。あと、彼女も力になってくれてる」
「彼女……そういやお前、彼女できたんだってな」
祐太に対して、一番気懸りなところがこの部分である。
ハルトから、以前腕ではなく背中に令呪が刻まれたマスターがいた話も聞いている。
もしかしたら、彼も手以外に令呪が刻まれているのかもしれない。
そして、仮に彼がマスターだとして、もしも知り合いに突然どこからともなく現れた女性を目にされた場合、どう取り繕うだろうか。
家族や恋人だと主張するのが、一番手っ取り早いだろう。
「ああ。何だよ、知ってたのか?」
彼女の話題となった途端、祐太の表情から陰りが薄れていく。
「まあな。で? どんな人なんだよ?」
聖杯戦争のことは頭の片隅に追いやり、ここからは普通の大学の友人として。
にやにやした笑みを浮かべながら、頬杖を突く。
すると、祐太は恥ずかしそうにモジモジしながら答えた。
「い、いい人だよ。色々とぶっ飛んでるけど、ひな……あ、姪っ子たちのことも可愛がってくれてるみたいだし。まあ、この前ははぐれたからあんなことになったんだけど」
「まあ、仕方ねえところもあるよな」
コウスケは相槌を打つ。
「で? 誰なんだ、お前の彼女って。オレが知ってる人か?」
「知ってると思うぜ? ほら、か……」
「見つけたわよ!」
これから詳細を聞き出そうとするその時、突然の横からの声に、コウスケは跳び上がる。
見れば、灰色が多い大学生たちの中から、華やかな色合いがこちらへ走ってくるではないか。
その姿を目にした途端、コウスケは口をあんぐりと開けて祐太へ確認する。
「お、おい祐太……まさか、お前の彼女って……」
「ああ。知ってたか。そう、まさかだよな……」
彼のその反応を、肯定以外として受け取ることは難しい。
こちらへ走って来た、華やかな色合いの女性。ウェーブのかかった髪に、間違いなくブランド品のトートバックと、彼女の衣装代だけでコウスケの月額生活費が飛んで行きそうな外見の眩しさに、コウスケは思わず目を細めた。
「か、加賀香子じゃねえか!」
「流石に知ってるよな……」
加賀香子。
その名を知らない者は、この大学にはいないだろう。
見滝原の外にある大きな病院を経営している家族の者らしく、生粋のお嬢様ということだろう。
「何でお前みたいなパッとしねえ奴があの学部一の美人と付き合ってんだ?」
「パッとしないってひどいな……」
苦笑いを浮かべる祐太。
その間にも、そのお嬢様な香子は祐太の隣に腰を掛け、その腕にしがみつく。
「うふふ……」
「しかもめっちゃ熱々じゃねえか」
香子はまるで見せつけるかのように祐太の腕に抱き着いており、見ているだけで血糖値が上がるような感覚がコウスケの口内を支配する。
やがてコウスケの存在に気付いた香子は、パチパチと瞬きをしながらコウスケを見つめた。
「……」
「よ、よお……加賀」
「ああ! 久しぶりね! えっと……確か……」
香子はしばらく静止したまま、やがてコウスケの名を言い当てる。
「高田くん」
「違うな」
「田中くん」
「もはや田しかあってねえじゃねえか! ヒントは二文字」
「二文字……加賀くん……?」
「いやそれむしろお前の苗字じゃねえか!」
コウスケのツッコミに、吹き出すのは祐太ただ一人。
香子は眉を八の字にしながら、「うーん……」と唸っている。
「……正直に忘れたって言ってくれ」
「ごめんなさい。何だったかしら?」
「多田だよ。多田コウスケ」
「ああ! そうよ! 多田くんよ! 当然覚えているわ」
「今しっかり忘れてたじゃねえか」
コウスケは口を尖らせる。
一方香子はそれ以上コウスケには構わず、祐太の肩に顔を埋めている。祐太は照れ臭そうにしながらも、香子を払いのけることはせずにコウスケへ顔を向けた。
「知り合いだったんだな?」
「今のやり取りって知り合い同士がやることか? ……まあ、去年グループワークの講義で一緒になったことがあるからな」
「ええ。当然覚えているわ。ええっと……その……高田くん」
「お前の記憶力一分未満かよ!」
同じ間違いを繰り返す彼女へツッコミ、コウスケはジト目で香子を睨む。
「お前、もしかしてオレ以外の奴も誰も覚えてねえんじゃねえか?」
「そんなことないわよ? えっと……」
彼女の目が少しずつ泳ぎだしている。
そこでふと、コウスケは参加者探しへの明光を見出した。
「それじゃあそうだな……例えば、一之瀬とか覚えてるか?」
「お、覚えてるわよ! この前だって、繁華街にいるところを見かけたわ。彼女、よくあの辺にいるらしいわね」
繁華街。
一之瀬ちづるが、繁華街にいる。
全く手がかりのないコウスケにとっては、とてもいい手がかりだ。
確かな手応えを感じながら、コウスケは祐太へ言い直す。
「大変な生活だなってさっきまで言おうとしてたんだが、お前のその表情でその心境吹き飛んだわ。盛大に爆発しろ」
「えへへ……」
「何鼻の下伸ばしてんだよ」
「祐太、この人はお友達?」
「ああ」
「とうとうこの人呼ばわりかよ……」
ため息を付きながら、コウスケはとりあえず見知った人がマスターでなくてよかった、と結論付けることにした。
きっと、次回彼女に出会った時も同じやり取りを繰り返すんだろうなと確信しながら。
「っつーわけで、オレも彼女が欲しくなったわけよ」
テントに帰宅したコウスケは、開口一番同居人のサーヴァント(女子高生)へ宣言した。
「じゃあ、わたしが彼女になってあげるッ!」
即答したコウスケのサーヴァント、立花響。
彼女は一瞬逡巡し、両手を逆さに組み合わせ、胸元で「えいッ」とハートマークらしきものを作る。
「……何だそれ?」
「彼女になってあげるのポーズ……?」
「なぜ自分で疑問形なんだよ」
「だってやったことないんだもんッ!」
響は目を瞑りながら叫んだ。
「そもそも、彼氏彼女って何ッ!? 女子校で出会いなんてなかったし……それに、未来がいたからあんまり欲しいって思わなかったんだよ……」
「ああ……」
未来。小日向未来。
その名前は、コウスケも聞き覚えがある。
いつだったか、響の記憶から再現された、彼女の大切な人。そして、彼女とその大切な人のおかげで、一度はこの世界さえも救われた。
「それで、今から探しに行くんだよね? その、フロストノヴァさん? のマスターを」
「まあな。で、今のところ候補は二人。一之瀬ちづるって女と、オレもよく知らねえけど花園ってヤツだ」
「コウスケさんが知らない人じゃあ探しようがないんじゃ……それに、知ってる方も手がかりってあるの?」
響の問いに、コウスケはどっかと腰を落とす。テントの布越しに地面のごつごつした感触を覚えながら、コウスケは答えた。
「一応な。繁華街にいたって話だし、見滝原東の繁華街に行ってみようと思う」
「繁華街かぁ……」
「大学で聞き出したとしても、結局アイツはオレに話してくれねえだろうからな。しばらく付け回して、フロストノヴァといる決定的なシーンを捉えるしかねえんだよな」
「それってつまり……ストーキング?」
響は首を傾げた。
その事実をなるべく受け入れたくなかったコウスケは、ばつの悪い顔を浮かべながら頷いた。
「まあ……そうとも言う」
「そうとしか言わないような……」
「差し当たっては、一之瀬を探しながら、もう一人、花園ってヤツの情報収集を行っていく形になるな」
「うーん……マスター探しって大変……」
「むしろ聖杯戦争の性質を考えたら、普通は隠れるよな……これまで出会ってきた他の参加者がどいつもこいつも自分で戦う能力を持っている奴が多かったから、結果的に隠れる必要がなかっただけだ。或いは、徹底的に隠れて探すどころか影も形もなかった奴か」
コウスケはそう言いながら、これまで出会ってきたマスターたちを思い返す。
ハルト、可奈美といった、自分でもサーヴァントと対等に戦えるマスターや、トレギアやリゲルといった、マスターの存在が全く表に出てこなかったパターン。それぞれ両極端な件が多く、普通の生活をしているマスターはあまりいなかった気がする。
「なまじ大学にいるかもしれねえって推測があるだけに、この範囲で探すのが余計に大変な気がしてきたぜ」
コウスケはそう言ってスマホを取り出す。
「アイツの写真あったかな……」
「どれどれ? クラスメイトの写真持ってるの?」
「大学ってあまりクラスメイトって呼び方しないけどな。偶然写真に写り込んでいたりとか……お、いたいた!」
それはかなり幸運と呼べるだろう。
いつだったか、講義が終わった後、仲の良い友人たちで集まって撮った写真。その背景、割と近い場所に、眼鏡をかけた女性が映り込んでいた。
「コイツだコイツ! コイツを探すところからだ」
「ふーん……オッケーッ!」
響はしっかりとちづるの顔を頭に刻み込んでいるようだ。
彼女はサムズアップで返事をする。
「そうと決まったら、見滝原東へ急ごうッ! コウスケさん、この後えりかちゃんたちのところでの手伝いもあるんでしょッ!」
「ああ……」
曇りのない眼差しに眩暈を覚えながら、コウスケは空を仰ぐ。
この後、夜間に教授の手伝いで大学に戻るのが億劫になってきた。
「マスターと学生の両立って難し……」
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