邪教、引き継ぎます
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第一章
7.ローレシア新国王
「族長代行の代行さんでしたね。先日はお世話になりました」
現れたアークデーモンのもとへ向かうと、フォルは立礼した。
「お世話になりましたじゃねえよ」
「がはっ」
その返礼は、やはり拳だった。
派手に飛ばされ、杖を抱えながら除雪された地面を転がるフォル。
「ぅ……」
「この前は惨めな俺らを嗤いに来たのか? 変な質問だけして帰りやがって。代行は優しいが俺は違う。ここでなぶり殺しにしてくれるわ」
椅子代わりのがれきに座って観ていたミグアが、もう何度目かわからないため息をつく。
そして口元を隠すように白いマフラーを直すと、倒れたフォルのそばにゆっくり歩いてきた。
「さっそくヤバそうな雰囲気だけど、大丈夫なの」
「ぅ……あ、はい。大丈夫です」
少女に手を引き上げられ、空いているほうの手で腹部を押さえながらフォルは起き上がった。
「戦いってさ、負けるとこうなるんだよ。残った連中で、責任の押し付け合い、仲間割れ。例外はないって聞いた。醜いね」
「あ? なんだお前は?」
アークデーモンがミグアを見て拳に力を入れるのを見ると、フォルは大慌てで彼女を背中に隠すようにして手を広げた。
「あっ、待ってください。このかたは襲わないで下さい」
「そいつは信者の格好してねえだろ」
「確かに教団の信者ではありませんが、このかたは私を助けて下さいました。敵ではありません」
「味方でもないけどね」
「ほら見ろ」
「えっ? あっ? いや、そのっ」
なんとかしてこの場を収めたい、いや、そんな考えすら思いつかないほど混乱したフォルがあたふたしていると――。
「おい魔術師! お前、神殿の生き残りだな!?」
また新しい声色。
三人が一斉にその方角を向いた。
少し離れた大きな岩の上に現れたのは、燃えるような赤い髪と、このロンダルキアの大地とは対照的な褐色の肌を持った女性だった。
種族は人間ではない。
仮面はしていないがバーサーカーだった。ロンダルキア南部の洞窟を本拠地としている種族で、大神殿にも幹部が出入りしていたため、フォルの知識にもあった。
しかしながら、現れたこの女性バーサーカーについては記憶になかった。
登場した方向が別だったため、どうやらアークデーモンと一緒に来たわけではないようだ……ということくらいしかわからなかった。
「よっ、と」
フォルの背よりも優に高い岩の上から、バネのきいたジャンプで除雪された地面に降りる。
さらにもう一回の跳躍で、フォルの目の前に移動した。
「ええと、あなたは――」
「コノヤロー!」
「ぐふぁっ!」
見事な中段蹴りで飛ばされたフォルが転がると、なおもその赤髪を激しくなびかせながら迫ってきた。
胸ぐらをつかみ、フォルを吊るす。人間の女性では考えられないような力だった。
「お前ら何あっさり負けてんだよ!」
「え、あっ」
「話が違うだろ!」
「うああっ」
放り投げられ、派手に飛んで転がり、止まった先。
またもやロンダルキアの祠の少女の前だった。
「ぅ……」
杖を抱えてうめくフォルに対し、ふたたび小さな白い手が伸びる。
「いてて……。あ、すみません。ありがとうございます」
「あのさあ」
向けられていたその表情はやはり、呆れ顔。
「せめて杖使って受けなって。体張って杖守ってどうすんの」
「こ、これは、大事なものですので」
「使わなきゃ意味ないでしょ」
「あ、はい」
「それ、無傷な状態だったんだよね? なら相当頑丈ってことだと思う」
「そのようですね。これは悪魔神官ハゼリオ様がハーゴン様より賜ったものです。いかずちの杖という名前だそうで」
「いやそういう話は今どうでもいいから」
小さく白い少女は、アークデーモンとバーサーカーを一瞥し、ふたたびフォルに問いかけた。
「この状況、どうするの?」
これも何度目かわからない、『どうする』である。
「ええと――」
「ん? 誰だそいつ。信者じゃねえな?」
「あっ、ダメです。信者ではありませんが敵ではありません。攻撃してはいけません。私はこのかたに助けていただいています」
バーサーカーが殴りかかる雰囲気だったため、フォルが慌ててまた前に立つ。
そして上半身だけ後ろに向けた。
「あの、ミグア様」
「様いらない」
「ではミグアさん」
「何? 名前覚えてくれててありがとう、とでも言えばいいの?」
「あ、いえ。お茶の途中だったのにすみませんが、私はこれからこの方々と話をしたいです。なので、今日は申し訳ありませんが――」
「これから話すんじゃなくて、これから一方的にタコ殴りにされるんじゃないの」
「大丈夫です。お二方とも同志なのですから」
「どうだか」
「……大丈夫です」
少女は、フォルの仮面を見て、少し下を見た。
そしてまた一つ、マフラーの中で息を吐いたようだ。
「あっそ。じゃあ頑張って」
「すみません。ありがとうございます」
「一つだけ言っとく。危機って立て続けに起こる。今キミが身をもって体験したとおり。そして二回で打ち止めになる保証なんてどこにもない」
じゃ、帰る。そう言って少女はこの場を去った。
「邪魔はいなくなったか」
少女がいなくなると、アークデーモンとバーサーカーは満を持したように距離を詰めてきた。
口火を切ったのはアークデーモンである。
「どうせお前は下界に戻れば普通に生きていけるんだろ?」
「いや、そのつもりは」
「だが俺らはそうするわけにもいかない。いずれ人間たちが大挙してロンダルキアへ残党狩りに来るかもしれない。俺らは『討伐され待ち』だ。こんなバカな話があるかっ」
「ぐふっ」
またまたフォルが転がる。
バーサーカーも胸倉をつかんでフォルの体を引き上げ、続く。
「そうだ! 責任取れっ!」
「お、落ち着いてください。それより今後についてご相談を」
「うるせえ!」
「うあっ」
またまた放り投げられる。
その後も殴る蹴るの暴行を受け続け、ついに握力を失ったフォルの手から悪魔神官ハゼリオの杖が離れ、遠くに飛んでいった。
「あ」
フォルが痛みをこらえながら、転がるように杖を取りに行く。
「なんだこいつ。殴られっぱなしかよ」
「やり返せないだけだ。前に俺らの山に来たときもそうだった」
吐き捨てる二人。
いっぽう、フォルはせき込みながら立ち上がった。
「あなたがたは、同志、です……。この先どうすればいいのか、相談を、したいです」
そう声を絞り出した、そのときだった。
「今後の相談、か。それは聞き捨てならないな」
遠くから、さらに新しい声がした。
それは、若い人間の男性の声だった。
そしてフォルにとっては、聞き覚えのある声。
その方角、先ほどバーサーカーが現れた岩の上を、見た。
「……!」
これまで蓄積された痛みを一瞬で忘れるほどの悪寒が、フォルの全身を駆け抜けた。
片膝立ちからゆっくりと立ち上がり、外套を脱ぎ捨てた、体躯のよい人間。
ゴーグルをつけた青いメットに、青い服。左手に盾を持ち、背中には剣を背負っていた。
あのときとは恰好が少し違う。だが誰なのかはすぐわかった。
なぜ、ここに――。
それは、破壊神をも破壊した男。
ローレシアの王子、いや、ローレシアの新国王であった。
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