邪教、引き継ぎます
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第一章
6.決断
フォルは大神殿だった跡地に戻った。
がれきと、おびただしい数の白骨死体。
また眼がぐっと熱くなった。
気づくと夜になった。
敷地の外れにあって唯一崩れていなかった小さな石造りの倉庫で、朝まで過ごすことにした。
真っ暗な室内の小さな窓から、やはり真っ暗な外を見る。
――お前は生きろ。
上司であり、第二の父親とも言うべき存在であった悪魔神官ハゼリオの言葉。
もう彼がこの世にいない以上、それが彼の最後の指示となっていることに気づいた。
だがその意味が、フォルにとってはよくわからない。
教団は下界でムーンブルクを力攻めしており、虐殺の限りを尽くしたという。
下界の国々においての教団に対する評価――破壊神を使って世界を滅ぼそうとしている――が、嘘でない、またはそうなっても仕方ないという可能性がどうやら高いということも判明した。
こんな状況で自分だけ生き残ってどうすればよいというのか。
なぜ一緒に死なせてくれなかったのか? と思う。
最下級の身分の魔術師でありギラの呪文しか使えない自分が戦力にならないことは、最初からわかっていた。わかっていたうえで一緒に戦おうとしていたのに。
大神殿の生存者は、おそらく自分以外ゼロ。
もう指示をくれる人はいない。
どうすればよいのかわからない。
一つだけわかるのは、あの少女、命の恩人であるロンダルキアの祠の少女が「一番いい」と言っていた選択だけはしたくない、ということだ。
このロンダルキアを去り、信者であったことを隠して下界で暮らす。
それだけは嫌だった。
なぜそう思うのか。理由はわからない。
いや、おそらくわかっているのだろうが、頭の中で言語化できない。
フォルは暗闇に向けて嘆息した。
上司・悪魔神官ハゼリオ。彼が生きていたら、新たな指示を仰ぐことができるのに。
……。
生きていたら?
そうか、とフォルは思った。
◇
「キミさ、いったい何やってるの……」
今日はここまでと決めていたところまで作業を終え、小さながれきにしゃがみこんで休息していると、伸びてきた長い人影からそんな声が聞こえた。
「皆さんのお墓を作っているのです。あまり立派なものではなくて申し訳ありませんが」
フォルは立ち上がりながら振り返ると、そう答えた。
もちろんそこに立っていたのは、ロンダルキアの祠の少女・ミグアだ。
「そんなの見ればわかる」
呆れ声の少女。
大神殿跡地から離れたやや小高いところが広く除雪され、小さながれきを墓石にした手作りの墓が並んでいる。
フォルは少女を手招きし、案内した。
「あれが破壊神シドー様、あれは大神官ハーゴン様、これは悪魔神官ハゼリオ様、そちらはベリアル様、バズズ様、アトラス様……遺骨は間違っていないはずです。あ、ハーゴン様は遺体がまだ見つかっていないので、今は代わりに壊れた杖を埋めています」
日数はもう少しかかりそうですが、遺体のぶんだけ作りたいと思います――。
そう言って仮面を掻くフォルに、少女が大きく息を吐く。
「よくもまあ、この状況でこんなことをする発想が出るね」
「ハゼリオ様だったらどうするのかな? と考えまして」
「悪魔神官の名前だっけ」
「そうです! 私の上司で、育ての親のような存在です。覚えてくださってありがとうございます」
「……。それで?」
「はい。あのおかたなら、きっと皆さんの墓を作るに違いないと思いました」
胡乱な目を向ける少女に対し、フォルは「あっ、いまお茶入れますから」と、椅子代わりにしていたがれきに座るように言った。
「おいしい」
「ありがとうございます。お茶の道具、ほぼ無事な状態で見つかったんですよ」
それに対しては「ふーん」とだけ感想を述べる少女。
二人はしばし未完成の墓地の景色を眺めていたが、やがてフォルのほうから話し始めた。
「ハゼリオ様は、私の両親の墓を作ってくださったのです」
「そうなの」
「はい。私は小さいときサマルトリアの外れに住んでいたのですが、当時伝染病が流行って両親が亡くなってしまいまして。でも病気が広まってしまうからということで誰も遺体に近づけなくて。暑い季節だったのでもう遺体は酷い状態になってしまったのですが、そんなときにハゼリオ様がやってきて、遺体を火葬して墓まで作ってくださったのです」
これよりはずっときちんとした墓でしたけど、と、フォルは苦笑いする。
「もしかして、キミがハーゴン教団に入信したきっかけって……」
「あ、そうですよ。その場で決めました。ついていきます、って」
「それ、割とよくありそうな勧誘の手口に感じるけど」
少女もまた、白いため息をつく。
お茶を飲むためにマフラーを下げているので、いつもより勢いのよい白さである。
「全員のお墓を作るってことは、すぐにロンダルキアを離れる気はないということだね。キミ」
「はい。そうですね」
「危ないのに」
「仮に危なくてもそれくらいはしないと、と思っています。それに――」
「それに?」
「誰かお墓参りに来てくれるかもしれないですから」
器を口元に運ぼうとしていた手がとまった。
ジトっとフォルの仮面を見つめる。
「あれ、何か変なこと言いましたか?」
「キミと話していると呆れないことがない。そんなの来るわけないでしょ」
「え? そうですか?」
「というかモンスターに埋葬だとかお墓参りだとかの風習ってあるの」
「いや、ないと思いますけど」
「だよね」
「でも、私たちの組織は大きかったですよ。下界でも布教活動をしていた支部がありました。いずれ教団の人間が誰か来てくれるかもしれません」
「残念ながらそういうのはとっくの昔に壊滅済み。そもそもロトの子孫がここまで乗り込んできている時点で無事なはずないと考えるのが普通でしょ。みんな捕まって、改宗しない人は火あぶりにされたか、奴隷にでもなったか」
「……」
「でもキミは入信以来この地でずっと働いていたなら、黙っていれば信者だったってバレない。だからさっさと下界でやり直しなって言ってるのに」
「そのご提案は、覚えてはいますが」
でも、ここでお墓を作っていたら、今までなかなか言葉にできなかった自分の思いのようなものがわかってきて、考えがまとまってきたなということがありまして――。
そう少女に説明しようとしたときだった。
「見つけたぞ、お茶くみの魔術師。こんなところにいたのか」
そのやや野太い、人間のものではない声。
フォルにとっては聞き覚えのある声だった。
現れたのは、一人のアークデーモン。
先日フォルがアークデーモンの山に行ったときに会った、族長代行の代行だった。
もちろん、友好的な表情ではなかった。
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