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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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AXZ編
  第163話:虎穴に入らずんば虎子を得ず

 特異災害対策機動部二課改め、S.O.N.G.の科学技術主任を務める櫻井 了子は悩んでいた。

 マリアを始めとした元F.I.S.組の3人に合わせたLiNKERの調整、それが思うように進んでいない。本当に彼女達の力が必要と言う時の為に奏用の物を再調整したものを用意してはいるが、マリアはともかく切歌と調の2人にはやはり体に負担を掛けてしまう代物。
 そして彼女達曰く、了子が用意したものよりウェル博士が作り出したLiNKERの方が体への負担が少なかった。それは即ち、彼の作ったLiNKERの方が了子のそれより優れていたと言う事の証明となる。

 正直、悔しくて仕方がない。フィーネに肉体と精神をの取られる前でも、了子は聖遺物を始めとしたシンフォギアやフォニックゲインの研究で日本の第一人者として活躍してきた。だからフィーネが遺した資料を吸収すれば、何も問題はないと思っていた。
 ところがここに来て、自分では解決できない問題に直面した。彼女は躍起になって自力で問題を解決しようと、寝食を削る勢いで研究に臨んだ。

 だが、しかし…………それもそろそろ限界だった。

 消滅した風鳴機関本部、猛威を振るうパヴァリア光明結社の錬金術師、そして一向に進まないLiNKERの改良。

 事ここに居たり、了子はもう意地を張っている場合ではないと白旗を上げた。自分が意地を張って得るものなどただの満足感しかない。その間に、マリア達の身に何かあっては大問題だった。

 了子は覚悟を決め、S.O.N.G.本部内にある独房エリアへと赴く。そこに、先の魔法少女事変で深淵の竜宮から連れ出されたウェル博士が収監されているからだ。元々は聖遺物でありネフィリムと融合してしまった事で聖遺物扱いで深淵の竜宮に押し込められていたが、先の事変で深淵の竜宮が完全に水没してしまった為他に入れられる場所が無いからとここに移された。結果的にだが、戦力が整っているここの方が安全面でも警備面でも深淵の竜宮より優れている。

 その独房エリアで了子は今、強化ガラス越しにウェル博士と対峙していた。その傍には付き添いでエルフナインと、もしもウェル博士が暴れた時の事を考えてアルドも同席している。

「お久し振りね、ウェル博士」
『おやおや? 誰かと思えばフィーネ……あいや失礼、今は櫻井 了子でしたっけね? 僕に何の用です?』

 開口一番神経を逆撫でする物言いを口にするウェル博士だったが、了子は一瞬口元を引き攣らせただけで感情を抑えると何も言わずにその場で頭を下げた。

『……どういう意味です?』
「正直、あなたみたいな人間に頭を下げるのは屈辱よ。だけど私達には、悠長にしている暇は無いの。お願い、あなたがF.I.S.時代に作り上げたLiNKER……そのレシピを教えてほしいの」

 彼がこれまでにしてきた事を考えれば、頭など下げずとも協力を要請する事は可能だろう。だが敢えて了子はそうせず、自分が頭を下げると言う方法で彼に協力を要請した。
 彼女が頭を下げた瞬間、エルフナインはハッと息を呑みアルドはフードの下から覗く口元に力が籠る。そしてガラス越しに了子が頭を下げる姿を目の当たりにしたウェル博士は、暫しその様子を眺めた後メガネを指で押し上げて位置を直すと思いの外あっさりと頷いた。

『いいでしょう、協力しますよ』
「え、本当?」

 意外とあっさり彼が首を縦に振った事に、了子だけでなくアルドも驚きを隠せない様子だった。無理もない。彼の行動は正に傍若無人、唯我独尊。英雄願望を持ちながら思考と行動はまるで子供の様であり、それでいて頭脳は優れているのだから質が悪い。今回も何かしら要求が出されたり、嫌味をネチネチ言われるのではないかと正直覚悟していた。
 それが思いの外簡単に物事が進みそうなので、了子は思わず拍子抜けしてしまったのだ。

『あのフィーネが僕に対して頭を下げていると思えば、そう悪い気もしません。勿論あなたとフィーネが別人だと言う事は理解していますがね?』
「そう……そうね。ありがとう。それで? あなたのLiNKERのレシピは……?」

 了子がそう訊ねると、彼は懐から1枚のマイクロチップを取り出し独房と荷物の出し入れができる場所から差し出した。

「これに……?」
『えぇ。ですが言っておきますがこれだけで作れるほど僕のLiNKERのレシピは簡単ではありませんよ』
「えっ!?」

 それでは話が違う。了子は今すぐ作れるLiNKERのレシピが知りたかったのだ。折角のレシピが渡されても、それが直ぐに再現できないようでは意味がない。
 そう了子が抗議しようとした矢先、それを察したウェル博士は手を上げて彼女を制し言葉を続けた。

『言いたい事は分かりますが落ち着いてください。これだけでは、再現は難しいと言う話です。ですがあなた達は既にこのレシピを元に僕のLiNKERを再現できるだけの材料を持っていると僕は思っています』
「どういう事?」
『そうですねぇ……強いて言うなら、愛……でしょうか?』
「愛……?」

 ウェル博士のヒントと思しき単語の意味が分からず了子が首を傾げるが、彼はそれ以上答える気は無いのかガラスに背を向けて簡易ベッドの上で横になってしまった。これ以上は何を聞いても答えてはくれないだろう。了子は取り合えず、レシピと言う成果を得られた事で満足する事にしてその場を後にした。

 その道中、了子はアルドにウェル博士の言葉の意味について相談した。

「あれ、どう言う意味だか分かる?」
「愛……ふむ…………! そう言えば……」

 歩きながら思案したアルドはある事に気付いた。そう言えばフロンティア事変にて、本来装者ではなかった筈の未来が神獣鏡のシンフォギアを纏っていた。調曰く、あの時未来がシンフォギアを纏えたのは突貫作業での洗脳なども関係していたそうだが、そこには確実にウェル博士のLiNKERの存在もあった筈。

 もしそこに、彼の言う愛が関わっていたならば…………

「櫻井主任……確かここ最近、奏さんの適合係数が明らかな上昇傾向にあると言っていましたね?」
「えぇ、言ったけど……あ! もしかして、そう言う……?」
「確証はありませんが、無関係ではないかと」
「だとすると、彼の言う愛を科学的に解析できれば……」

 2人の議論を一歩離れた所から聞いていたエルフナイン。頭脳明晰な2人の会話を何とか自身の中で噛み砕こうとしていると、偶然通りがかったシミュレーションルームから何やら言い争う様な声が聞こえてきた。
 了子達もその声に気付いたのか議論を止め顔を見合わせると、何事かとシミュレーションルームへと入っていった。

 するとそこでは、汗を浮かべている切歌と調を響や奏達が叱っているのが見て取れた。

「駄目だよこんな無茶ッ! 一歩間違えたら死んじゃうかもしれないんだよッ!」
「経緯もよく分からないままに、充分な適合係数をモノにした響さんには分からないッ!」
「調それは言い過ぎだッ! 気持ちは分かるが、それと響に当たる事は別問題だろッ!」
「それでも……何時までもミソッカス扱いは、死ななくたって、死ぬほど辛くて、死にそうデスッ!」

 どうやら切歌と調の2人は、LiNKERを使わずにギアを纏って訓練していたらしい。それを見咎めた奏や響と口論に発展しているらしかった。
 状況的に焦る気持ちも分からなくはないが、技術主任として彼女らを見過ごす事は出来ない。了子が静かにそちらへ近づいていくと、それに気付いていないマリアが響達を宥めて2人の訓練のGOサインを出した。

「やらせてあげて」
「マリアさんッ!?」
「2人がやり過ぎないように、私も一緒に訓練に付き合うから」

「そう言う訳にはいかないのよね」

 マリアが2人の保護者として訓練に同伴しようと申し出たが、それは後から部屋に入った了子により却下された。マリア達は、了子やアルドが部屋に入ってきているとは気付いておらず声を掛けられ背後を振り返り驚いた様子を見せる。

「了子ッ!? それにアルドにエルフナインッ!?」
「何時の間にッ!?」
「たった今よ。それより、子供や病み上がりに無茶をさせる訳にはいかないわね」

 珍しく了子が鋭い視線でマリア達を眺めると、切歌と調は申し訳なさそうに視線を逸らした。マリアも視線こそ逸らさなかったが、不満や不安は喉元まで出掛かっているのか口が何やらもごもごと動いている。その様子に了子は大きく溜め息を吐くと、奏とマリアを交互に見ながら言葉を発した。

「方法ならあるわ」
「「えッ?」」
「改良型LiNKERの感性を手繰り寄せる、その最後のピースを埋めるかもしれない方法がね」

 まだウェル博士から受け取ったレシピの解析には取り掛かっていないが、彼はレシピの再現には愛が関わっていると言うキーワードを残した。
 人間の身体機能の中で、愛が如実に影響を与える部位は1つしかない。それは脳領域だ。ウェル博士のLiNKERのレシピを完全に紐解く為には、愛がどのように作用しLiNKERが装者の脳のどの領域に影響しているのかを調べる必要がある。

 愛などと言う不正確で不確かな存在に意味を持たせ、それを化学的に利用してみせた彼は間違いなく生化学者としては素晴らしい部類に入るのだろう。性格には大きく難ありだが。

「鍵は、マリアさんのアガートラームと奏さんにあります」
「アタシとマリアが?」
「アガートラームの特性の一つに、エネルギーベクトルの制御があります。最近の戦闘の土壇場で度々見られた発光現象……あれは、脳とシンフォギアを行き来する電気信号が、アガートラームの特性によって可視化。そればかりかギアからの負荷をも緩和したのではないかと、ボクは推論します」
「マリアとアガートラームは何となく分かったけど、何でアタシまで?」
「奏ちゃんはここ最近の適合係数の上昇率がとても高いわ。その証拠に、最近LiNKERの投与量が明らかに減っているでしょう? マリアちゃん達と同じくLiNKER服用組であるにもかかわらず」

 言われてみれば、ここ最近はあまりLiNKERを投与する事もその洗浄処理も頻度が下がっていた。お陰で体調はすこぶる良く、快適な日々を過ごせていた事は確かだった。

「でもそれは、先輩が訓練で適合係数を伸ばしてきたからじゃねえのか?」
「もしくは颯人が負担を肩代わりしてくれてるからとか」
「勿論それも理由にはあるでしょうが、最大の原因は奏さん自身にあると私達は考えています。ですので、マリアさんと奏さん、お2人の脳内に残された電気信号の痕跡を辿る事ができれば……」
「LiNKERの作用する場所が解明する……だけど、そんなのどうやって?」

 それこそまさにウェル博士に頭を下げなければ分からないだろうが、しかし既に彼には頭を下げてしまっている。また赴いて頭を下げても、屈辱の時間を過ごすだけで何も得られるものはない。
 だが、エルフナインにはその問題をクリアする手段があった。

「――ついてきてください」

 エルフナインが一行を手招きする。了子を始めとして全員がそれについて行くと、辿り着いたのはエルフナインに与えられた研究室。そこで彼女は、マリア達にコードに繋がったヘッドギアを見せた。

「これは……?」
「アルドさんがキャロルの治療の為に行っている、想い出の共有……それをボクなりに参考にして、対象の脳内に電気信号化した他者の意識を割り込ませる事で観測を行う機械として作ってみました」

 因みにこれにはウェル博士が用いたダイレクトフィードバックシステムの技術も参考に取り入れられている。他者の脳に、科学的にアクセスできるあのシステムは道徳的に問題はあるかもしれないが見るべき部分は確かにある。

「つまりそいつで先輩達の頭ん中を覗けるって事か?」
「理論上は。ですが、人の脳内は、意識が複雑に入り組んだ迷宮……。最悪の場合、観測者ごと被験者の意識は溶け合い、廃人となる恐れも――」

 まだエルフナインが説明をしている途中だと言うのに、奏はコードに繋がったそれを掴んで自分の頭に被せた。

「え、ちょっ!? 奏さんッ!?」
「何?」
「何じゃなくて、エルフナインちゃんが言ってたじゃないですかッ! 最悪廃人になるかもってッ!」
「その程度の脅しにビビるアタシじゃないよ。何より、新しいLiNKERが出来ればマリア達だけじゃなくアタシも助かるんだ。それはそのまま颯人の手助けに繋がる。ならアタシはやるよ。マリアは?」
「……そうね。ようやく改良型LiNKER完成への目処が立ちそうなのに、見逃す理由はないわね」

 マリアの答えに奏は良い返事だと言わんばかりにもう一つのヘッドギアを放り投げた。彼女はそれを危なげなくキャッチすると、躊躇なく自分の頭に被せた。

 そんな彼女に調達は不安そうな顔を向けている。

「でも……危険すぎる」
「やけっぱちデスッ!」
「「2人に言われたくない」」

 止めようとする調と切歌に対し、2人が無茶をした事を咎めていた奏とマリアが反論する。流石にそう言われると2人もぐうの音が出ないのか、不満そうにしながらも押し黙るしか出来ない。

 それよか、問題なのはリスクを背負う側にあった。現在あるヘッドギアは脳領域を観測すべきマリアと奏の他、観測する側であるもう1人の分存在する。その残る一つが誰のものかと言えば……答えは1つしかない。

「観測者……つまりあなたにもその危険は及ぶのね?」
「それがボクにできる戦いです……、ボクと一緒に戦ってくださいッ! マリアさんッ! 奏さんッ!」

 覚悟を決めたエルフナインの言葉に対し、マリアと奏の2人が出した答えは1つだった。2人は顔を見合わせて頷き合うと、エルフナインの左右の肩を同時に叩いた。 
 

 
後書き
と言う訳で第163話でした。

原作ではGX編で死亡したウェル博士ですが、本作では生きているのでS.O.N.G.本部で面倒を見ています。下手な監獄よりはずっと警備が厳重ですからね、戦力的にも。

LiNKER完成の為の脳領域侵入には、マリアだけでなく奏も参加します。多分奏はこの作品の中で1~2を争う程愛と密接に関わっている筈なので。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
 
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