俺様勇者と武闘家日記
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第3部
ルザミ
ナギの決意
「何処に行ったんだろ、ナギ……」
外に出たナギを追いかけようとフィオナさんの家を出たが、あたりにはすでに誰もいなかった。
途方に暮れていると、一陣の風が私の顔を薙でていく。
「海の匂い……」
潮の香りに誘われて家の裏手に行ってみると、そこは崖になっていた。
崖に近づいてみると、ここが島の中でも相当高い場所にあると言うことがわかる。柵が建てられてあるので落ちることはなさそうだが、それでも下を見下ろすと青い海が広がっており、思わず吸い込まれてしまいそうだった。
怖くなったのですぐに顔を背けると、視線の先に柵にもたれ掛かって遠くを見ているナギの姿があった。どうやら向こうは私の存在に気づいていないようだ。
「ナギ!」
呼び掛けると、ナギはぼんやりした様子でこちらをゆっくりと振り向いた。
「なんだ、ミオか」
その反応から察するに、案外元気そうに見える。でも、意外にナギはそういう素振りを見せないことが多い。
「あのさ、ナギ。予知夢って、占いとおんなじだと思うの」
「占い?」
私の唐突な発言に、目を瞬かせるナギ。
「占いって、人によって捉え方が違うこともあるじゃない。例えば『あなたは今日大金を手に入れられるかもしれません』って。庶民ならやったーって喜んだりするけど、お金持ちの人だったら、なんだ、たいしたことないな。って思うかもしれないでしょ?」
「うん……、だから?」
「だから、その後どんな行動をしたり、どういう考え方をするのかも、その人次第ってこと。予知夢もさ、そのあとどう行動するかは、見たり聞いたりした人によって何通りもあるんだよ。フィオナさんやナギのおじいさんも、それぞれの考えがあって行動を起こして、結果的に今ここにナギがいるってだけなんだよ」
「……」
「これからナギがどう生きていくかは、ナギの行動次第で変わって行く。ナギの運命は神様が決めるんじゃない。ナギ自身が決めることなんだよ」
ナギを励まそうと必死に捲し立てるが、話しているうちに言いたいことがちゃんと伝わっているのか自分でも分からなくなり、逆にこっちが不安になっていく。
じっとナギを見据えるが、それ以上に彼は眉一つ動かさずこちらを見つめている。
言いたいことが尽き、沈黙が二人の間に広がる。どうしよう。なにか言葉を続けようと、口を開きかけたときだ。
「お前は、オレの予知夢を聞いて、未来を変えるって言ってたよな」
それはナギが以前、私以外の三人が草原にいる夢を見たといったときだろうか。確かにあのとき、自分がいないということに不安を感じ、未来を変えたいと言った。
「うん。だって、私がここにいる目的は、魔王を倒すことだもん。そのためには、魔王のところに辿り着くまで、皆と一緒にいないとね」
そう。私の目的は魔王を倒すこと。ナギが見た予知夢は、本来そうなってはならない出来事なのだ。そうならないためにも、私は自分の運命を自分で変えてみせる。
すると、意気込んでいる私の頭に、ナギの手がポンと乗せられる。
「へっ。なんかお前見てたら、悩んでんのがバカらしくなったよ」
「ナギ?」
「お前が覚悟決めてんのに、オレがいつまでもグダグダ悩んでるわけにはいかねえもんな」
そう言うとナギは、拳を目の前に作ると、もう片方の手でそれを受け止めた。その目には、決意の色が広がっていた。
「決めたよ。オレはお前らの運命を、お前らの進みたい方向に導いてみせる。それがオレのこれからの生き方だ」
「ん? 急に何言ってるの?」
「オレはお前らみたいに明確な目的があって旅をしているわけじゃねえ。けど、旅をやめたいとも思わなかった。要するに中途半端だったんだよ」
「そうだったの?」
ここへ来て、ナギの真意を知り、私は驚愕する。
「でもこれからは、この予知能力で、お前らを理想の未来に導いてやる。もちろんお前がいなくなる未来も、変えてみせる」
「ナギ……」
その言葉は、普段のナギからは想像もできないくらい、とても力強い。と同時に、これまでとは違う頼もしさも肌で感じられた。
「ナギがそう言ってくれるなら、心強いよ。これからもよろしくね、ナギ」
「ああ」
などとナギの決意を確認しあっていると、突然シーラの声が聞こえてきた。
「いたいた!! おーい、二人とも~! こっち来て~!!」
「なんだ? 何かあったのか?」
何事かと尋ねるナギに対し、シーラは切羽詰まったような様子だ。
「とにかく家の中に入って!! 大発見なの!!」
『大発見』と言う言葉に、私とナギは顔を見合わせる。ただ事ではないと判断した私たちは、急いでシーラと共に家に戻ることにした。
「遅い」
扉を開けた途端、不機嫌極まりない顔のユウリが出迎えてくれた。
私たちが外に出ている間、ユウリは部屋にある沢山の書物が気になっていたらしく、フィオナさんに魔王やオーブに関する本がないか尋ねたと言う。
するとフィオナさんは、「数だけは多いが、ほとんどが何十年も前に描かれた古い書物だ。おそらく魔王についての記述はほとんどないだろう」と言いながらも、部屋にある本を全て調べても良いと許可してくれた。
早速ユウリとシーラは調べたが、やはりフィオナさんの言うとおり、二十年前に現れたと言われる魔王に関する書物はほとんど見当たらなかったという。
だがその代わり、オーブに関して新たな情報を得ることが出来たそうだ。それがシーラの言っていた『大発見』だという。
「お前ら、いつまで外でブラブラしてたんだ」
そんなに時間なんて経ってない気もするのだが、調べものをしていたからか随分と機嫌が悪い。私は特にその話題には触れず、シーラの言っていた『大発見』の内容を尋ねた。
「ユウリ、シーラが言ってた『大発見』って、何のこと?」
「これだ」
無造作に私に渡してきたのは、一冊の分厚い本だった。何とはなしに片手で持とうとしたら、思いの外重くて身体が若干前に傾いた。
「それの985ページだ。オーブに関することが書かれているらしい」
彼の指示通りパラパラとページをめくると、見たこともない文字がびっしりと規則正しく並んでいる。今までこんなに沢山の文字が書かれた本を見たことがなかったので、眺めるだけで頭がくらくらした。
ナギやシーラも私のすぐそばに来て、頭を付き合わせるように本の内容を覗き込む。見開きのページには、文字だけのページと見たことのない建物の絵が描かれていた。
「なんだろう、この建物……」
おそらく絵の隣に書かれている文章は説明文なのだろうが、読めない文字なのでどんな建物なのか、はたまたどこに存在するのかも全くわからない。
「ミオちん、これは祭壇だよ☆」
私が悩んでいると、反応したシーラが答えてくれた。
「祭壇って、何かを奉ったり、捧げたりする場所だよね?」
「そうそう。ダーマでもそう言うのあったし」
確かに以前ダーマを訪れたとき、似たようなものがあったような気がするが、落ち着いて見てる暇もなかったのであまり覚えていない。
「彼女の言うとおり、これは祭壇だ。しかもただの祭壇ではない。この世界に古くから伝わる伝説の不死鳥を奉るものだ」
「伝説の不死鳥? なんだよそれ」
フィオナさんの説明に、ナギが面白くなさそうに尋ねる。ん? 不死鳥って確か……。
「もしかして、『勇者物語』に出てきた、不死鳥ラーミアのことですか?」
私が手を上げながら答えると、フィオナさんは満足そうに頷いた。
「ご名答。そもそも『勇者物語』はおとぎ話でもなんでもない。千年前に実際に起きた史実だ」
『!!??』
私は驚愕した。隣にいるシーラも目を丸くしている。それほどまでに『勇者物語』は、この世界の人間にとって最も有名で、最も身近なおとぎ話なのだ。
「……まあ、オーブというものがある時点で、ただのおとぎ話じゃないことくらいは察しがつくけどな」
そんなことを言っているユウリもまた勇者であり、彼もまた魔王を倒そうとしている。考えてみれば私たちのこの旅自体、勇者物語をなぞっているようなものなのだ。史実というのもあっさり納得できる。だけど『千年前』と、明確に年数が分かっている分、現実味を感じる。
「話を戻すと、この本に描かれている祭壇に6つのオーブを置いて祈りを捧げると、かつて勇者を手助けした不死鳥ラーミアが復活するんだそうだ」
「私には読めないですけど、そう書いてあるんですか?」
「ああ。古代文字で書かれているから、私もここにある文献を読み漁って、このページの3分の2しか解読できなかったけどね。だけど、この祭壇がラーミアを復活させる場所というのは間違いない」
フィオナさんが放つ貴重な情報に、しかしユウリは不満げな顔でさらに尋ねる。
「他に何か情報はないのか? 例えば、その祭壇がある場所とか」
「それらしい地名なら、一つだけある。詳細は不明だが、説明文の中に『レイアムランド』と言う名前が記載されていた」
「『レイアムランド』? 聞いたこともないな」
「ああ。私も調べてみたが、この本以外の書物にその名前は出てこなかった」
博識なユウリだけでなく、数多くの本を所有しているフィオナさんですら知らない場所があるというのか。
「私も全ての古代文字を知っているわけではないからな。もしかしたら私の知らない文字の中に、重要な情報があるのかもしれない。けれどもうこれ以上はお手上げだ」
「そうか……」
ユウリもまた、これ以上は諦めざるを得ない様子でため息をついた。
「とりあえず、船で魔王の城に行くことが不可能な以上、オーブを集めるしか選択肢はない。残りのオーブの情報とレイアムランドについて僅かなことでもいいから探すんだ」
それから私たちは、目を皿のようにしながら本とにらめっこし続けた。私とナギは途中で居眠りをしてしまっていたが、ユウリとシーラはひたすら本を読み漁っていた。中には賢者に関するものやエルフの生態などについて書かれた本にも目を通したみたいだが、どれもオーブとは関係のないものばかりであった。
「皆、疲れただろう。今日はここに泊まって行きなさい」
皆集中していたからか、フィオナさんが声をかけて初めて、既に日が沈みかけていることに気がついた。
「せっかく実の息子が来たんだ。島の皆を呼んで、今夜はここで宴会でもしようじゃないか」
「わーい!! 賛成!!」
すぐに返事をしたのはシーラだ。宴会と言う言葉に反応したのか、目をキラキラさせている。かくいう私もこういうイベント事は好きなので、シーラに負けず劣らずウキウキしてしまう。
「そうは言うが……、この家にこれ以上人なんて入るのか?」
「なあに、ちょっと片付ければあと10人ほどは入るさ」
なんて軽く言っているが、どう見てもそんなに多くの人は入らなそうに見える。
「私は部屋の準備をしたあと島の人に声をかけに行くから、その間皆は二階で休んでてくれ」
「あ、部屋の片付けくらいなら手伝います」
すでに読み終わって積み上げられた沢山の本を片付けるくらいなら私でも出来るだろう。
「そうか。それは助かる。なら本の片付けと掃除をお願いするよ」
「ミオちんがやるならあたしもやるよ♪」
シーラも私と一緒に手伝ってくれるようで、思わず顔が綻ぶ。
「ありがとうシーラ。じゃあ、手分けして片付けよう」
棒立ちになっている男子二人を尻目に、私とシーラは早速作業に取りかかる。
「……流石にオレら二人だけ二階で休むわけには行かねえよな」
雰囲気に耐えかねたナギが、隣にいるユウリにぼそりと言う。
「……仕方ないな」
どうやらユウリも同じことを思っていたようで、結局四人でフィオナさんちの部屋を片付けることになったのだった。
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