魔法少女リリカルなのは ViVid ―The White wing―
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第一章
四話 覇王現る!?
前書き
ほい、戦闘です。
「……んん?クラナは?」
「それが……」
更衣室から出てきたノーヴェが、外で待っていたウェンディに訪ねると、ウェンディは言いにくそうに頬を掻いた。
「この辺りはたまにしか来ないんで少し走りこんでから帰ります。妹には先に帰るように言っといて下さい。って言って、出てったッス」
出入口の方を指差して言うウェンディを見て、ノーヴェは手の平を額に押し当て溜め息を一つ。
「彼奴……」
チラリとヴィヴィオの方をみると、彼女は少し残念そうに俯き加減になっていた。
出来ればこのまま帰りがてらに今日のスパーについて色々と兄に聞いてみたい事があったのだが(答えてくれるかは別として)本人が居なくてはどうしようも無い。
ノーヴェがもう一度小さく溜め息を吐くと同時、リオとコロナがカバーするようにヴィヴィオに声を掛けていた。
――――
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ……」
クラナは、無心に走っていた。
何も言わず、長い間のトレーニングで染み付いた感覚と、重心や姿勢、体力やその他諸々の考え事をしつつ、クラナは無心に走り続けていた。ちなみにコースはアルがランダムで選んでくれたコースをナビに従って走っており、最終的には駅の近くに着くようになっている。
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ……」
走る。走る。走る。走る。
まああくまでも軽いランニングなので無駄な体力消費はしないが、とにかくクラナは無心に走っていた。
やがて……
[相棒、このペースだと後10分程で駅です]
「うん」
アルのそんな声が聞こえ、クラナはアルのナビ通りに角を曲がってそのまま走る。
[ん……相棒、相棒]
「ふっ、ふっ……どしたの?」
[少し先にお知り合い……ノーヴェさんです]
「え……」
走りながら、クラナは嫌そうな顔をする。
『あの人何してんのこんな所でこんな時間に……』
仮にも女性だろ。と言いたそうな調子でクラナは念話で言う。
まあ未成年のクラナが言えた義理ではないし、そもそもノーヴェに手を出す悪漢が居るとすればそれはもうノーヴェではなく悪漢の方に合掌しなくてはならないが。
『いえそれが……ノーヴェさんは一人ではありません』
『は?じゃ何、ウェンディ?』
『それも違います。その……生命反応と魔力使用の反応は有りますが、デバイスの反応が有りません……』
『……?』
クラナは眉間にシワを寄せる。このミッドチルダに居て、成人した人間が魔力を使用する際にデバイスに手伝ってもらわないと言うのはなかなか珍しい。まあ相手が子供なのかも知れないが……
『迷子案内……この時間にそれは……』
あり得なくは無いが可能性は薄い……そんな事を思いつつ、クラナは走るテンポを上げた。
『相棒、どうするんですか?』
『一応見に行く。危ないようなら逃げる』
『了解しました』
――――
なるたけ足音を立てぬように注意しつつ、近付いて行くと直ぐに声が聞こえてきた。初めに聞こえてきたのは、失礼ながらノーヴェとは違い落ち着いた女性の声。
「……ヴァルト。『覇王』を名乗らせて頂いています」
『覇王……!』
名前の方はよく聞こえなかったが、最後ははっきりと聞き取ることが出来た。瞬間的に、列車の中でみたあの記事が頭の中をチラつく。
『ってまさか……』
『ち、小さな女の子ですか!?』
アルが驚いたように問うのをスルーしつつ、クラナは街灯の陰からノーヴェ達の方を伺う。と、歩道に居るノーヴェの目の前の街灯の下に、一人の女性が立っていた。
歳は、クラナより少し上だろうか?翠銀色の長い髪をツインテールに結わえ、白を基調としたやたら裾の短い道着を着ている。
……どうでも良いがそのソックスは長すぎないだろうか?足先から太ももの中ほどまでは流石に……ニーソックスと言うのは其処まで長いものなのか?まぁだとすれば脚のラインが見えるしファンが居ることも分からなくは……話が逸れた。
そして、何よりも特徴的なのは……
『虹彩異色……』
彼女の瞳は左右それぞれ、クラナの妹と同じく色が違った紫と、蒼……
「噂の通り魔か」
「否定はしません」
ノーヴェの問いにさらりと答える自称『覇王』。相手が局員だと分かって居るのだろうか?
と、そんなクラナの内心は当然ながら無視して、話は進む。
『伺いたいのはあなたの知己である「王」達についてです。聖王オリヴィエの複製体と、冥府の炎王イクスヴェリア」
「っ!」
『…………!』
『あ、相棒!』
『あっ……!』
女性がその名を出した直後、ノーヴェが息を詰める気配が起こり、同時に、クラナの内から一気に殺気が巻き起こった。慌ててアルが止め、クラナは慌てたようにそれを引っ込めるが……
「誰だ!」
「っ……」
ノーヴェの鋭い声がして、クラナはやむなく姿を見せる。
「く、クラナ!?お前、まだウロウロしてたのか!」
「まぁ……走り込みを……」
あなた方に遭遇したお陰で途中中止ですが。と言う言葉を呑み込んで、クラナはノーヴェに会釈をすると、正面に立つ自称覇王の女性を見る。
先程まで此方には向かなかった美しい二色の瞳は、今は自分と同じく正面から此方を見据えていた。
「…………」
しかし彼女はやがて興味なさげにクラナから目を逸らすと、再びノーヴェに問う。
「其方の男性に手出しはしません。もう一度お聞き……「知らねえな」……」
しかしノーヴェはその言葉を最後までは聞く事無く、遮るように返した。
強い意志と決意を宿した瞳で振り向いた彼女は、その鋭い眼光で目の前の女性を睨みつける。
「聖王のクローンだの冥王陛下だのなんて連中と、知り合いになった覚えはねえ」
その言葉には、明らかな勢いと、自らの友を害さんとするかも知れぬ者への、敵意が籠もっていた。
「あたしが知ってんのは、一生懸命生きてるだけの普通の子供達だ」
誰しも、生まれ方を選ぶ事は出来ない。この世に生まれ出て、自分に意志が根付くよりも早く、それは決まって居るものだからだ。ノーヴェ自身、他人とは少し違った形で生まれてきている身である。だからこそ、彼女は生まれを理由に自分の知る子供達の人生が狂わされる事は許容出来ないし、する気もなかった。
当然ながら、怪しげな女にその所在を教えるつもりもない。
「……理解できました。その件は他を当たります」
対し女性はと言うと、さして気分を害した風でもなく、話を続ける。
「ではもう一つ。確かめたい事は……」
その言葉を発する寸前、一瞬だけ彼女の纏う雰囲気に威圧感が増したのは気のせいではあるまい。
「あなたの拳と私の拳の、一体どちらが強いのかです」
「…………」
あるいは、予想はしていたのかも知れない。
ノーヴェは押し黙るように暫く『覇王』を睨むが……やがて……
「……待った」
が、答えようとした所で、横からそれまでは黙っていた青年の声。
スッと視線をノーヴェの横に移した彼女に合わせるように、ノーヴェが自身の左手を見ると、何時の間にか真横にクラナが立っていた。
「お、おい……」
「何か」
ノーヴェが言う前に、『覇王』がクラナに問う。相変わらず感情の分かりにくい表情のまま、クラナは答えた。
「……俺も知ってる」
「……え?」
「何を……でしょうか?」
ノーヴェが目を見開いた。しかしそれを無視して、『覇王』の問いにクラナは答える
「……聖王の複製体の居場所」
「…………」
「っ!クラナッお前……!!」
クラナが答えると同時に、ノーヴェがクラナの腕を掴んだ。が、それでもクラナはノーヴェを無視する。
「……教えて欲しいなら条件がある」
「……何でしょう?」
「おいっ!」
ノーヴェの制止も聞かずに、クラナは言い切った。
「……この女より先に俺と闘って、貴女が勝ったら」
――――
『……どういうつもりだ』
『……別に』
念話でのノーヴェの問いに、クラナはさらりと答えた。それに怒ったように、ノーヴェは続ける。
『別にじゃねえだろ!?お前、ケンカのダシに妹使う気か!?』
『……だったら何ですか?負けなければ良いんでしょう?』
『そう言う……問題じゃねえよ!』
念話の中で、ノーヴェの口調が荒くなる。が、それに怯んだ様子もなく、クラナは逆に辟易としたように答えた。
『……なら、俺が負けたら貴女が彼女を捕まえれば良い』
『テメェ……』
イラついたようなノーヴェの声をそれ以上聞く事も無く、クラナは覇王と向き合う。この時点で、ノーヴェがクラナを殴らなかったのは殆ど奇跡に近い。ちなみにアルはそうなるのではないかとヒヤヒヤしつつ、此方の気も知らない主を殴りたくなっていた。その上で……
「……ん?」
ノーヴェのデバイス、[ジェットエッジ]に文章通信が届く。小さなウィンドウでノーヴェがそれを開くと……
[申し訳ありません!マスターにもきっと何か考えがあっての事と思いますのでどうかご寛大に……! アル]
「…………」
苦労しているらしいデバイスに、苦笑してノーヴェはそれ以上を飲み込んだ。
――――
「では……私が貴方に勝利した暁には、聖王オリヴィエの複製体の情報をいただけると言うことでよろしいですね?」
「…………」
無言のまま、クラナはコクリと頷く。それを確かに確認すると、『覇王』は言った。
「防護服と武装をお願いします」
「…………」
指先で回していたペンライトをピタリと止めると、軽く頭上に投げた。
「……アクセルキャリバー」
[Set up]
一瞬だけ、その場に立つクラナの姿が水に通したように、あるいは、陽炎の向こうに居るかのようにグニャリと歪み、それが収まると……バリアジャケットを装備したクラナが現れた。
「…………」
特徴的な姿だ。上半身は青と白を基調としたジャケットを着て、下半身には薄めの茶色いズボン。それは良いのだが、問題は両手、両足である。
両手に手鋼をつけており、格闘戦を主体としていることはだいたい分かるが、片方の手鋼に妙な突起がある。両足には膝から下にゴツゴツとした脚鋼があり、それにも左右それぞれ五つずつの突起が見て取れる。但しこれは読者諸君に申し上げるものだが、別にローラーが付いている訳ではない。妙な五つの突起以外は至って普通の脚鋼だ。
「……質問」
「……どうぞ」
と、クラナが口を開いた。対し覇王はというと、静かな口調でその先を促す。
「……その歳で、こんな事をする理由について」
突然戦闘とは関係無い事を問い始めたクラナに、ノーヴェは眉をひそめた。アルはクラナに何か考えが有ると言っていたが、なんなのだろう?
「……強さを知りたいんです。そして……今よりも強くなりたい」
その答えに今度はクラナが眉をひそめた。
「……なら道場にでも行けばいい」
「……私のそれは――生きる意味は……」
言いながら、ゆっくりと彼女は構える。
「表舞台には無いんです」
『っ……』
が、構えるには少々距離が遠いように見えた。目算でも、クラナと彼女の距離は6〜7mはある。
『となると射砲撃か……』
一応空戦の可能性も考慮したいが、其方は一手遅れでも対処は利く。そうして、彼女の身体がゆらりと動き……
「つおっ!?」
一気に此方へ接近してくる。
『突撃!?いや……』
反射的にサイドステップを踏んで正拳を避けて、気付いた。
一瞬脱力してから、一気に加速して再び此方に来る。
『歩法か!』
覇王流の歩法でもあるのだろうか?既に身体を翻した彼女は、此方に向かって一直線に来る。
『アルッ!』
[First gear unlock]
ブシュッと足元から音がした。クラナの鳩尾を、彼女の拳が捉えようとして……
[Acceleration]
「ふっ!」
「!?」
しかしすんでの所で、クラナがバックステップ。そのまま一気に距離を取る。
『あっぶな……サンキュ、アル』
『お気になさらず。しかし……』
『うん、強い。久し振りに真面目な戦闘になりそうだ……けどその前に……』
まだ聞いておくことがある。と、念話で呟き、クラナは問う。
「……表には無い……貴女の目的って……?」
静かに聞いたクラナに、先程の一撃がかわされた事が意外だったのか、黙っていた『覇王』は此方を向いた。
正直な所、表舞台では鍛えられぬ強さとなると、クラナには殺人拳か何かしか思い浮かばない。そんな予想を、寸前まで立てていただからこそ……
「……列強の王達を全て倒し、ベルカの天地に覇を成すこと……」
この発言に、耳を疑わずには居られなかった。
「それが私の成すべき事です」
『…………は?』
一瞬、冗談か何かを言っているのかと思い、真っ直ぐに彼女を見つめるが……至極真面目ないや、寧ろどこか切実とも取れる表情で彼女は此方をみており、その顔を見る限りどうやら本気のようだった。だが、やはり思わず口に出してしまう。
「……それは、本気で言っているのか?」
「真剣です」
其処まで聞いて、クラナは溜め息をついて呆れるべきなのか、あるいは彼女を優しく諭すべきなのか、本気で迷った。
それはそうだろう。確かに、彼女の名乗る『覇王』と、ヴィヴィオの複製母体である『聖王女』は同じ戦乱の時代を生きた王だが、それは遥か昔。古代ベルカ諸王時代の、戦乱末期の話だ。
即ち歴史の彼方に今は埋もれた過去であり、現代である今、「列強の王を倒す」だの「ベルカの天地に覇」だのと言われても、はっきり言って意味不明も良いところである。大体、クラナが知る限り『覇王』と『聖王女』は諸説あれど、歴史的に其処まで仲が悪かった訳では無いはず。まして……
「……だとしたら、貴女の目的は適わない」
「何故でしょう?」
「子孫も生き残りも、今は普通の子供。闘う力なんか無い」
正直、わざわざ彼女の目的を聞いて損をした気分だった。まさかこんな訳の分からない事を言う女だとは思わなかったのだ。
戦闘練のついでに、通り魔の正体を暴くつもりだったが……
クラナは話を終わらせようと、構えを取るために腕を動かし彼女を倒す為の算段を立て始め……
「……いいえ」
しかしそれを、彼女が遮った。
「弱い王ならば、この手でただ屠るだけの事」
その全てを、敵意に変えさせて。
「……それは、相手の事情なんか知らないって意味か?」
「……彼女達には申し訳ないと思います。しかし、それが私の「……ざけるな」え……?」
遮られた言葉で、彼女はクラナを見、そして瞬間的に気付く。先程までと、彼の雰囲気が完全に異なっている。そして……悟った。
「……ふざけるなよ」
自分は、彼の、どこか触れてはならない部分に振れたのだと。
「貴女が……“お前”が何を目指そうと知った事じゃないし、勝手にすれば良い……!だけど……」
クラナの体から、殺気がまるで濁流のように溢れ、その場に居る二人の足が、無意識に後退る。
「終わった事を蒸し返すようなお前の自分勝手に……!」
クラナは、
「“俺の妹”を巻き込むなッ!!!」
怒っていた。
――――
「アルッ!行けるな!?」
[Sure!(勿論です!)]
相棒に確認を取ると同時。クラナは構えを取る。
両足を左右に大きく開き、右の拳を地面に当てるそして……
「二つ目!」
[Second gear unlock!]
それを起動。
[Acceleration!]
ブシュウッ!と蒸気の吹き出すような音と共に、起動したそれにより、クラナは全身に魔力が回るのを確認すると……
「行くぞ『覇王』!」
言われた彼女は突然テンションも話し方も全く違う物になったクラナに戸惑ったのか、少しあわて気味に構えを取る。が、そんな事はクラナには関係無い。
「ふっ!」
「っ!?」
クラナが掛けだした……かと思うと、とっさに掲げたガードの上に、凄まじい衝撃が駆け抜け、彼女は少し後退、
「おぉっ!」
「なっ!?(早い!?」
直後、右から声がして、覇王は殆ど反射だけで動かした右腕を使い、一瞬だけ見えた影から得た情報でそれを防ぐ。
かと思うと……
「せっ!」
「ぐっ……!」
今度は左側から声。ガードしきれず、左肩に衝撃……そして……
「ふっ、飛べ!」
「ガァッ!?」
後ろから衝撃を受けて、つんのめるように吹っ飛び、地面に叩き付けられ……る前に受け身を取る。其処へ……
「潰す!」
「!?」
既に足を振り上げたクラナが斧のようにそれを振り下ろした。
が、彼女はそれを強引に後ろに飛んで避け、そのまま一気に距離を取ってひとまず何逃れる。クラナの攻め手が始まってまだ十数秒ながら、既に息が上がっていた。
「…………」
「……ハッ……ハッ……(早すぎる、対応しきれない……)」
動きのスピードも、繰り出してくる技の威力も、先程までと比べて違いすぎる。
まさか王の一人が彼の妹だったとは誤算だったが、しかし例えそうであろうと、する事に変わりはない。戦い、勝つのみ。だが……その誤算が圧倒的不利な状況を生み出す要因になってしまった。
『……違う、この身体は強い……!弱いのは私の心……!』
自身を鼓舞して、彼女は構え直す。次の一撃……
『アル、次のラッシュで決めるぞ!』
『了解です!』
対し、クラナはと言うとキレた頭のままながらも、しかし冷静に彼女の能力を図っていた。
現時点で、自称覇王は完全に此方の動きについて来れていない。このまま一気に沈める事は、そう難しくは無いはずだ。
とは言え、何か奥の手が無いとも限らないため、気は抜かない。そうして……
「ふっ……!」
「っ!」
バンッと音を立てて、クラナの身体が飛び出す。
受け側に回った覇王は足を広く取り受ける体制を整えるが……
「おおおぉっ!」
「くっ……!」
凄まじいスピードで拳と蹴りが彼女のガードを叩く。それはあっという間に彼女が防ぎ切れる許容範囲を超えると……
「ラァッ!」
「……!」
跳ね上がるような鋭い蹴りで、彼女の両腕を蹴り上げる。それにより彼女のガードが崩れ、がら空きになった腹部にクラナは信じがたいスピードで体勢を立て直すと……
「(ここだっ)でぇぇっ!!」
左足からのローリングソバットを叩きこんだ。
――――
『入った……!』
最後の一撃、全力のローリングソバットがクリーンヒットし、クラナは倒れるであろう覇王の様子を見、驚愕した。
覇王が、クラナの足を掴んで居たのだ。ガクンッとクラナの体勢が一気に崩され、重心を保てなくなる。しかも、突然現れた翡翠色の鎖がクラナの身体を縛り付け、動きを封じる念の入れようだ。
『カウンターバインドって、嘘だろ!?』
手応えはあった。間違い無く、自分の蹴りは彼女を捉えた筈だ。普通なら少しでも後ろに吹き飛ぶ筈だ。
『いや、こいつ……!?』
そう。“普通なら”である。彼女は攻撃を止めた訳ではない。あえて正面から受けたのだ。その上でわざわざダメージが増大するにも関わらず自分の意志で衝撃の全てを受け止めながらその場に踏みとどまり、それを代償にしてこの状況を作り上げた。
だがこれは文字通り、刺し違える覚悟でやるような戦法である。殆ど自殺行為だ。
『其処までして勝ちたいのかよ!?』
「これで、終わりです!」
クラナの内心など知らんとばかりに、彼女が腕を振り上げた。
「(まずいっ!)アルッ!!四つ目ェ!」
[Third gear.Fourth gear unlock!!]
「覇王――」
腕を振り上げた彼女の目の前で、クラナの足に付いた突起がズレるように開き、ブシュッと音を立てた。だが、
「(もう遅い!)――断空拳!!!」
[Acceleration!!]
凄まじいスピードで、 打ち下ろされた拳が、クラナへと一直線に空を切り裂いて……
――直後、クラナの姿が掻き消えた。
「!?」
拳を打ち下ろした体勢で、彼女は固まる。
『何が、いえ、何処に!?』
彼女の心の声に対する答えは、真後ろからやってきた。
ザッ!!
「っ!」
地面の砂がすれる音、それに反応して彼女が振り向いたその瞬間、クラナは皮肉にも、先程の彼女と同じ言葉を頭に浮かべた。
「(もう、遅い!)一掌撃滅!!」
突き出された拳が、彼女の脇腹を捉え……
[Impact!!!]
「インパクトブロウ!!」
まるで自動車に跳ねられたかのように、彼女の身体が吹き飛んだ。
――――
「…………」
吹き飛んだ彼女は、クラナから10mも離れた場所でバウンドして、やがて土煙を上げてとまる。
クラナは暫く、腰だめの姿勢で拳を突き出した体勢のまま固まっていたが、やがて……
「ふぅ……」
小さく息を付くと、片方の手のひらの中心にもう片方の拳を押し付け、足を揃えて深々と礼をした。
[お疲れ様です。相棒]
「あぁ……っ」
[口調が素ですね]
面白がるように言ったアルにどう返した物かと困っていると、それを耳聡く聞きつけた声が、後ろからかかった。
「へーぇ、お前、素じゃなかったのか」
「っ!?」
しまった!と言った顔でクラナが振り向くと、其処には案の定、ニヤニヤと笑うノーヴェが居た。途中から熱くなりすぎたせいで彼女の存在を忘れていたのだ。
「いや……別に……」
「おっと、また繕おうったってそうは行かねえぞ?はっきりこの耳で聞いたからな」
「ぐっ……」
「っはは……っと、そりゃそうと……」
返しようも無く、言葉に詰まったクラナを満足そうに見ると、ノーヴェは覇王の方を見た。
離れた場所に倒れた彼女は、意識が飛んでいるのだろう。ピクリとも動かない。
「クラナ、防御抜いたか?」
「……手加減は、しました」
[私も調整はしました。只咄嗟でしたから自信はあまりありませんが……]
それだけ聞くと、ノーヴェはふむん。と鼻を鳴らして彼女に歩み寄っていく。しかし……
「っ!?」
突如、倒れていた女性の身体が翡翠色の魔力光を放ち、その姿が一瞬見えなくなる。それが収まると……
「な……!?」
「…………!」
[こ、これは……!?]
女性が倒れていたその場所に、彼女をそのまま子供にしたような少女が、女性と同じ姿勢で倒れていた。
後書き
少しスピード感を重視しすぎたかもしれませんね……もう少し明確な運動の描写をするべきだったかも……
では、予告です。
ア「アルです!今回は相棒が大活躍でしたね!私の台詞も増えて、大満足の回でした!」
ジ「そうだな。俺の出番全奪いしてそれだ。さぞかし嬉しかっただろうぜ」
ア「じ、ジェットエッジさん!?いや、その作者さんの方針でですね……」
ジ「俺ぁただでさえ原作でも出番も台詞もねぇんだぞ!そんな俺の見せ場奪った気分はどうだおぉ!?」
ア「す、すみません~!?」
ジ「ったく……しっかし、案外お前も良いデバイスじゃねぇか。流石キャリバーズの一員なだけあるぜ。よくやった」
ア「え!?あ、はいっ!」
ジ「んじゃ次回、『少年の心』だ」
ア「ぜひ見てくださいね!!」
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