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魔法少女リリカルなのは ViVid ―The White wing―

作者:鳩麦
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第一章
  三話 昔の話

 
前書き
三話目ですね。 

 
昔……と言っても、たった四年と少し前の事。

ある男の子と、女の子が、ある街の、ある心の優しい人達に囲まれて、出会いました。

男の子には、お母さんがいました。
女の子には、「ママ」が居ました。

お母さんとママはとても仲良しで、男の子と女の子も、一緒に仲良しになりました。

男の子は、女の子とあってから毎日がとても楽しくなりました。

女の子は歳下で、男の子はまるで妹が出来たみたいだと思いました。

女の子も、男の子とあってからとてもよく笑うようになりました。

女の子は、男の子とをお兄さんみたいだと思いました。

男の子と女の子はまるでほんとうのお兄さんと妹のように、友達と、お母さんやママと一緒に楽しく暮らしていました。

けれどある日、とても悲しい事がやって来て……男の子のお母さんは、殺されてしまいました。

お母さんは、女の子を守るために戦って、死んでしまったのでした。

それを知った男の子は………………

────

『許さない……絶対、絶対に許さない……!!!』

怒号が、響いた気がした。

『クラナ君!駄目!』

『お前は……誰だぁぁぁ!!!』

『ウアアァァァァッッ!!!!』

叫びと破壊音だけがその空間には響く。

『クラナ君!!ヴィヴィオ!!』

『ウオオオオァァァァァッ!!』

『ハァァァッ!!』

力と力の……否、憎しみと怒りのぶつかり合いとしかとれぬ、その激突はやがて……

『──────!』
『────……!』
『──…………!』

────

「ゥア!!」
ガバッ!と、音を立ててなのはは起き上がった。
息を荒げながら辺りを見回すと、そこはしかし先程まで自分が居た古代兵器の奥深くでは無く、自室の、大きめのベットの上。
隣には、親友がすぅすぅと寝息を立てている。時刻は……午前五時を回ったところだ。

「う……」
頭の中には、先程まで見ていた夢がはっきりと残っていて、まだ現実との距離感を曖昧にしている。酷い寝ざめだった。

「……」
荒かった息を整え、いまだにドクドクと鼓動を打つ心臓を抑えようと胸を押さえながら、寝汗でびっしょりと濡れた寝間着姿のまま彼女は立ちあがる。足が重たい。普段は教導官としての訓練のおかげもあって寝ざめはすっきりとするのだが、まるで泥の中を動いているかのように体がだるかった。

『シャワー、浴びようかな』
そう思って風呂場へと歩き出す。
とにかく今は、この気持ちの悪い寝汗を何とかしたかった。

────

四年半近く前……ある次元犯罪者による、歴史に残る規模の大規模テロが、この次元世界の中心地、ミッドチルダで発生したことが有った。

後に、主犯の男の名をとって“JS事件”と名付けられたこの事件は、なのはやフェイトが所属したある一部署と、管理局一体となった対応により辛勝を収めた、ここ数年でも最も大きなテロ事件だ。

その戦いの、最終決戦。

容疑者が、ミッドチルダに対して衛星軌道上からの直接攻撃を行うために復活させられた古代兵器、“聖王のゆりかご”。
古代、ベルカ時代に、聖王と呼ばれ生きた一人の女性の遺伝子によってのみ起動するその兵器の(キー)として使用されたのは、聖王たる女性の遺伝子複製体(クローン)たる少女。ヴィヴィオだった。

自らの率いる分隊の副隊長と共にゆりかごに突入したなのはは、動力炉の破壊を副隊長に託し、単身ヴィヴィオの座す聖王の間へと突入。その場所で、(なのは)と、敵組織の一人から精神操作を受けた(ヴィヴィオ)は相対した。
聖王の証たる虹色の魔力を持って襲い来る娘に対し、なのはは揺らぎ無く戦闘を行い、そして、ゆりかごの停止、ヴィヴィオの奪還を、見事にやり遂げた……と、されている。

しかしこれは対外的に報じられた経緯である。実は……この話には一か所だけ、抜けている部分が有る。

単身、では無かったのだ。
否。本当は単身であったと言うべきか。

どのように、突入出来たのか、想像することは出来ても誰一人として知らない。しかし確かに、なのはとヴィヴィオとの戦闘中に、乱入してきた者が居たのだ。たった一人の、十一歳の少年……クラナ・ディリフスである。

突然現れたクラナに、流石のなのはも驚いた。
しかしそんな彼女にはお構いなしに、クラナは行動を起こした。すなわち……ヴィヴィオに襲いかかったのである。

止める間もなく始まった戦闘は、気が付いた時にはなのはにすらまともに介入できない超高速の格闘戦になっていた。
互いに叫びながら殴り合い、蹴り合い、相手をこの世から消し去らんとするかのように闘って……そして……

────

「…………」
シャワーを浴びたなのはは、体をふくとあらかじめ用意しておいた服を着て、いつもの母親モードに入る。
寝汗と共に、けだるさも流れたのか先程より体も軽かった。キッチンに向かおうと脱衣所から廊下に出る。と……

「……」
「あ……」
そこに、玄関から入ってきたクラナが居た。ジャージを着ているから、彼が日課としている朝のトレーニングを終え、帰ってきた所だろう。

「おはよう、クラナ」
一気に動悸が加速するが、それを務めて表情には出さず、なのはは微笑みながら息子に朝の挨拶。
クラナは数秒の間沈黙した後……

「おはようございます」
それだけ告げて、階段を上って行った。

「…………」
その背中を呼びとめることも出来ずに見送って、なのははもう一度俯く。

『これじゃ、だめだよね……』
彼と初めて出会ってから十三年、共に暮らし始めてから、四年も経つと言うのに、彼女はいまだに、クラナとの距離が測れずにいた。

────

「ふぁ……」
欠伸をしながら、クラナは天井を仰ぐ。ミッドチルダ中央市街地へと向かう列車に乗って十数分。この季節だと日差しも明るく柔らかで、だんだんと眠くなってくる。

『相棒、次の駅です』
『分かってるよ。大丈夫』
アルの忠告を聞きながら、クラナは詩人の前に表示させた小さなホロウィンドウをスクロールする。

『覇王……か』
『?あぁ、最近ネット上で噂になってるストリートファイターですね』
『うん……まぁあくまで噂だけどね。情報もはっきりしないし』
『というと?』
アルに聞かれて、クラナは苦笑する気配を漏らす。

『筋骨隆々のマッチョマンだとか、身長三メートルの大男とか、あ、小さな女の子だって話もある』
『最後のは狙いすぎかと』
『同感』
そんなことを離している間に、列車は駅へと到着した。

────

改札を降りると、自分を呼び出した張本人。時空管理局救助隊に所属する現役魔導師であるノーヴェ・ナカジマと、何故かその妹のウェンディ。それと……

「おっ、来たな……?」
「こっちッスよ〜、クラナ〜」
「…………!?」
何故か何故かもう三人。

「お、お兄ちゃん!?」
「クラナ先輩?」
「へ?ヴィヴィオのお兄さん?」
灰色がかった銀髪のコロナ・ティミル。黒髪八重歯のリオ・ウェズリー。そして……妹こと、ヴィヴィオの姿があった。

「……帰ります」
「オイオイ!待て待て待て!」
「おぐっ……」
即座にはめられたと察し、反転して改札口に向かおうとしたクラナの首根っこを、ノーヴェが掴む。ガクンと首を揺らして止まったクラナに、ノーヴェは言う。

「スパーの相手してやるってのはマジだから安心しろ、代わりにチビ共が横にいるの我慢するだけで良いんだよお前は……」
「…………」
『流石!ナカジマ家流ゴーイン術ですね!』
デバイスが何かうるさい。
これ結構卑怯じゃないか?とも思わないでも無かったが、現役救助隊員とスパー出来る機会がめったに無いのも事実であり、その経験は貴重な物だ。此処で逃すのは惜しい。
第一……

「「「「(キラキラキラ……)」」」」
「…………」
先程からチビっ娘三人と、約一名のデカい娘がクラナの事をやたらキラキラした目で見ていて凄く帰りづらい。ヴィヴィオは控えめだが、他三人は全くお構いなしだ。目を合わせたら目潰しされるのではあるまいかと思うほどキラキラである。

やがて、大きく溜め息を尽きながらクラナが呟くようにいった。

「……分かりました。行きましょう」
「おっ、よーし」
「「「おぉーっ!」」」
「……ただ」
しかして、このようないささか強引な手法を取られて、ただ素直に「分かりました」と言うのは、なんとなくクラナのどこか子供っぽい部分が嫌がる。
故に、彼は一つだけ皮肉を放つ。

「……其処の四人は、人の顔ジロジロ見るのは失礼に当たるって、年長者から教わらなかったんですか?」
侮蔑を込めて睨み付けると、ウェンディは苦笑しながら頭を掻き、チビっ子三名は一瞬身体をビクッと強ばらせた後に申し訳無さそうな顔で俯いた。

「やれやれ……」
相も変わらずな彼の態度に、ノーヴェは溜め息を付きながら若干真剣な顔でクラナの横顔を眺めた。

――――

中央市街地第4区、公民館。

ミッド中央市街地の第4区は元々、公園や公民館等を初めとする施設が多く並び、市民にとっては一つの大きな憩いの場として利用されている地区である。

その公民館の中に置いて、第一運動場に続くスペースを取って、その施設はあった。

格闘戦技練習場(ストライクアーツ・トレーニング・スペース)
数面ある長方形の模擬戦用リングを中心に、橋には筋力トレーニング用のジムなどが並び、専属トレーナーが初心者を手取り足取り……はて、どういう訳かこの手の言葉に、卑猥な妄想を浮かべてしまう方が居るとの事であるため、このくらいにしておこう。

その一角、更衣室にて、ヴィヴィオ達三人は着替えながら会話を交わしていた。なお、彼女等の現在の格好について詳しい描写を入れる事は、彼女達の尊厳の厳守と諸々の事情により、作者としても苦悩の末に伏せさせて頂く事を、読者諸君においては理解されたい。

「ちょっと怖いけど……でも強そうな人だよね!」
「うん。少し格好いいかも……なんて思ったり」
リオの言葉に、コロナが返した。話題は彼女達に取っては今日一番に刺激的な事。
あまり彼女達には関わりの無い男子生徒である、クラナについてである。

「先輩は、ノーヴェさんとスパーリングしに来たんだよね?て事は、やっぱり先輩もストライクアーツ強いの?」
「うん。強い……って、ノーヴェは言ってた」
「……?」
リオの問いに、頷きながら、しかし今一歯切れ悪く答えたヴィヴィオにリオは首を傾げる。

「言ってたって……」
と、言いかけて何かに気付いたようにリオはハッとした顔をする。コロナも気付いたようで、少し申し訳無さそうに俯いた時、ノーヴェの声がした。

「さ、いくぞー」
「「「は、はーい!」」」
助かった。とばかりに反応した三人は、元気よく練習場へと歩き出した。

――――

さて、此処でストライクアーツについて軽く説明しておこう。

ストライクアーツは、ミッドチルダにおいては最も競技人口の多い格闘技であり、広義によれば「打撃による徒手格闘技術」の総称である。

まあ堅苦しくない言い方をすれば、「攻撃が打撃なら(魔力による身体教化も含めて)何してもOKな総合過ぎるくらいの総合格闘技」だ。

肘打ち、蹴り、正拳等で身体を動かしているヴィヴィオ達を、ノーヴェとウェンディはコートの端から見ていた。

「へー!中々いっちょまえッスね!」
「だろ?」
ヴィヴィオ達を見ながら感心したように言うウェンディに、ノーヴェがニヤリと笑って返す。しかしその視線は、直ぐにコートの反対端に伸びた。

「まぁ……兄貴殿はそんな妹達の姿にも興味なし……って感じだけどな……」
一人黙々と柔軟や筋トレをしているクラナを見ながら、ノーヴェが目を細めながら言った。
と、ウェンディが遠慮がちな声で、ノーヴェに問う。

「なんか……こんな事きくのってあれッスけど……」
「何で今日、わざわざ騙すような事してまであいつを此処に呼んだのか……だろ?」
「バレてたっスか……」
「顔に書いてあんだよ」
頭を掻いたウェンディに、ノーヴェは苦笑しながらそう返す。しかし直ぐに表情を引き締めながら、彼女は言った。

「フェイトさんに……頼まれてさ。クラナとヴィヴィオ……ちょっとずつで良いから、歩み寄れるように手助けしてあげて欲しいってな……アタシも、彼奴等の仲悪いのは、なんか気分悪かったし……」
「それで共通の話題として……って訳っスか……お師匠様も大変ッスねぇ……」
「だから師匠じゃねえっての!」
何時も通りに騒ぎながらも、二人の視線はぴったり、一方向を向いていた……

――――

「ふ、ふ、ふっ」
細かく息を吐きながら、前仰型に身体を曲げてクラナは柔軟を続ける。
最近少し身体が固くなってきた気がするが、まあ動く上では問題にならない程度でしかない。
と……

『相棒、相棒』
『ん……?何?』
『どうですか?』
『は?』
いきなりの要領を得ない問いに、クラナは柔軟をしながら首を傾げ、眼前にあるペンライトをみる。

『え、何が?アル、何か変わったの?……うーん……ごめん、ちょっと分からないかも……『違います』……えぇ?』
言葉を途中で切られて、クラナはまゆをひそめた。だとすると……

『察しの悪いふりはいけませんよ相棒。妹さんの晴れ舞台でしょう?』
『……あぁ、そっち』
何となく分かっては居たもののあまり触れたく無かったためあえて何も言わなかったと言うのに……

『……別に。だいたい晴れ舞台って、言葉の使い方おかしいよ。大きな大会でも無いんだし』
『あれ、そうですか?って話をそらさないで下さい!』
『…………』
チカチカ光るアルを見て、クラナは目だけでヴィヴィオを見る。が、すぐ興味なさげにそらす。

『……別に』
『冷たいですねぇ……』
ぶつくさと呟くアルを軽くスルーしつつ、クラナは再び妹を見る。

「……」
言おうと思えばいくらか修正点は見つかったが、それは自分の役目ではないしそもそも言うつもりは無い。
リオ達と軽いスパーリングを始めた彼女から目をそらして、クラナは立ち上がる。

「んじゃ、アップ始めようか。アル、記録頼むよ」
[Roger(了解しました)]
チカチカと光って反応するアルを一別して、クラナは練習場隅の太めのサンドバッグに移動する。

「スゥ……」
先ずは、軽く打ち込みだ。半身から踏み込み。左腕を引きつつ右の拳を……

「ッハ!」
突き出す!

サンドバッグには当てない。その代わり……

『いい調子ですよ相棒。今のならサンドバッグ吹っ飛びます』
『サンキュー』
アルが威力計算をして、大体どの位の威力。と言うのを教えてくれる。数値化したデータは、後で記録した物を見て分析する。

どうでも良いが、デバイスと言うのはやはり便利すぎるほど便利だなと思える。是非作者も一台欲しいが、残念ながら現代科学は其処まで発展していない。

閑話休題。

寸止めによる威力制御と、アップをアルと話しながらクラナはこなす。恐らく周囲に其処まで目立つ事は無いはずだ。

と……

「ふぅ……」
『調子良いですね』
『ん……そうかな?』
『はい……む!相棒相棒!後ろの、第三コートです!』
『ん……?』
アルが興奮した様子で言うので、反射的にクラナは其方を見る。

そこで、大人モード(トレーニングウェア)のヴィヴィオと、ノーヴェがスパーリングしているのが見えた。

と言っても、互角の物ではなくあくまでもノーヴェによる指導形式の物だ。
ヴィヴィオにとってなるべく踏み込み易いように位置取り、打ち込んで来た彼女の脚や拳を痛めないよう、軽く受け止める。反撃する際にも、ヴィヴィオが避けられる、あるいは受けられる限度を見極め、そのラインを越えないよう無理なく受けさせるレベルで拳や蹴りを繰り出す。

『上手いですねえ……』
『ノーヴェがね。案外口調の割にまめだしね。あの人』
『失礼ですよ』
苦笑したような声でそう返したアルの言葉に何となく首を傾げつつ、クラナはもう一度サンドバッグに向き合った。

『さて、あれが終わるまでにアップ終わらせないと』
『はい』
後ろで二人のスパーリングを見る人々の歓声が上がる中、クラナは一人黙々とアップを続けた。

――――

その、十数分後……

「クラナ、良いか?」
「……」
後ろからノーヴェの声がかかり、クラナは振り向く。恐らくは見ていたのだろう。丁度、アップに区切りが付いた所で声を掛けてきた。
振り向いたクラナは、いきなり眉をひそめた。
後ろに立っていたのはノーヴェだ。それは良い。ただそのさらに後ろに何故か、ヴィヴィオ以下三人のチビーズと、その三人よりも時折子供なのではあるまいかと疑いたくなる年長者が、此方を……ウェンディを除く三人は緊張した面もちで見ていたからだ。

「……何ですか?これ」
「あぁ、お前とのスパーリングを見たいんだとさ。別に構わねえだろ?」
「…………」
この人は……と、クラナは内心頭を抱えたくなるが、何とか無表情で通す。
ニッと笑ったノーヴェから、後ろの四人に視線を移す。先程指摘したせいか、ウェンディを除く三人は緊張した面持ちで此方を……と言うか虚空を見つめている。

「……あんまり見られるの好きでは無いんですけど」
「まあ、そう言うなって。他の奴の戦い方見せて、こいつ等にも勉強させてやりてーんだ」
「…………」
なら自分以外でどうぞ。と返したかったが、どうせそれもなんやかんやで返されるのは見えていた。生憎今の自分がこの人に口で勝てるとは思えなかったし、面倒でも有ったので、結局彼は溜め息を吐く。

「……勝手にしてください」
「おう。悪いな」
明らかに悪びれていない二カッとした笑顔で答えたノーヴェにクラナは一瞬顔をしかめたが、敢えて無視して、その横をすり抜けるようにリングへと向かう。

「「「はぁぁぁ……」」」
「なんだなんだ。こんな所でへたり込むな。ほら、行くぞ」
後ろからこんな会話が聞こえたが、クラナは矢張り無視して、さっさとリングへと向かった。

────

「フッ!」
「よっと!」
クラナの回し蹴りを、ノーヴェが軽くバックステップで避ける。隙が出来たクラナに踏み込み、ひざ蹴りを叩き込もうとして……

「ハァ!」
「っ!」
クラナは蹴った足を地面に叩きつけた時に返ってくる衝撃を利用して、後方に向かって裏拳を放つ。
飛んできた裏拳をノーヴェは繰り出そうとした膝蹴りを曲げた膝を延ばすことで緊急制動をかけ停止しつつ、右の腕で受け止める。
牽制の為に多少無理な体制から繰り出した裏拳には其処まで威力は乗っておらず、反動も受けず怯みもせずに受け止めたノーヴェは左手でクラナの右手首を掴み、頭の辺りに持って行き捻ろうとする。

「(やばっ……!?)ダッ!」
「おっと」
とっさに左腕から肘鉄を繰り出す。が、ノーヴェは右手首を掴もうとした左手をそのまま受けに回して止める。

「くっ……!」
「おっ?」
「デアァッ!」
「む……」
とっさにクラナは身を思い切り低くして、既に体勢を立て直していた足で踏ん張りつつ、真上に伸ばした右手の手首を掴んでいたノーヴェの右手首を掴み……一本背負い。

「よっ……と……」
対しノーヴェは投げられる寸前に自らの意志で地を蹴り、腕に掛かる負担を減らす。
投げっぱなしによって空中でほぼ一回転したノーヴェに対し、クラナは追撃せずに構え直す。その顔は苦い。

「ふぅ……『クラナ、どうした?ギャラリーだけで緊張する程のタマでもねえだろ?』」
「……『……すみません』」
振り返ったノーヴェに、クラナは頭を下げる。先程の一連の動きはだいたい一秒程度で行われた物だが、開始時点で不用意に大振りしすぎたせいでお世辞にも良い動きとは言い難かった。特に最後は、あれが実戦であるならともかく、スパーリングでは受け方や出し方を間違えると腕を痛める為、あまりすべきでは無い技だった。
まあとは言え……

「けどま、相変わらず動きは申し分ねえよ。大したもんだ」
「……ありがとうございます」
深々と、クラナは頭を下げる。誉められた事は素直に嬉しくないわけはない。
無表情だが……

「(やり合ってる時はもっとなぁ……)」
ノーヴェはそんな事を思いつつ、吐き出しかけた溜め息を飲み込んだ。
自分と打ち合っている時の彼にはもっと活き活きとした物を感じるのだが、終わった瞬間消えてしまうそれに、何となくノーヴェはモヤモヤとした物を感じた。

「それじゃ、これまでにすっか?」
「え……」
ノーヴェに言われて、クラナは少しだけ面食らったような顔をしつつ、天井のデジタル時計を見る。
既にスパーリングを始めてから、三時間以上が経過していた。休憩もなしにぶっ続けでだ。
此処に来た時には既に二時半を過ぎていたし、今はもう六時半を過ぎていた。此処は七時には閉まるので、クールダウンなどを考えればもうやめるか、あるいは後一本短いのをするのが賢明だ。

「あいっ変わらず遣ってる間は時計見てないんだな」
「……す、すみません」
苦笑したノーヴェにそう言うと、クラナはもう一度深々と頭を下げる。

「ありがとうございました!!」
「おうっ」
そのまま、クラナは更衣室へと消えた。

「ふぅ……」
「お疲れッス」
「おう、サンキュ」
リング上から出てきたノーヴェに、ウェンディがタオルを渡す。
それを受け取って体に付いた汗を拭き取り……と、ウェンディがノーヴぇに声をかける。

「チビっこ達、効果適面見たいッスよ」
「ん?」
言われてノーヴェが目を向けると、そこでは何やら盛り上がっているチビッ子三人組が居た。

「よっ」
「あ!ノーヴェ」
「「お疲れ様です!」」
声をかけてやると、真っ先に自分に背を向けていたヴィヴィオが可愛らしく微笑みながら振り向く。リオとコロナは同時に頭を下げる。

「なんだ?何盛り上がってた?」
「もっちろん!さっきのノーヴェさんと先輩のスパーリングの話ですよ!」
「お二人とも凄かったです!速いし、正直目で追うだけでも精いっぱいでしたけど……」
ノーヴェの言葉にリオは興奮した様子で、コロナも素故事自嘲気味ながらも矢張り興奮を隠しきれない様子で笑う。その勢いに、寧ろノーヴェの方が圧されてしまうほどだ。
と、一人、真剣な顔で誰も居なくなったリングを見つめるヴィヴィオが目に入った。

「ヴィヴィオ、どうだ?兄貴強かっただろう?」
「うん……すごく……強かった。あんなに強かったんだ……」
ヴィヴィオは少しの間真剣な顔でリングを見つめ続けると、不意にノーヴェの方に向き直り、にっこりと笑った。

「ノーヴェ、ありがとう!」
「ん?」
「私、きっと今日此処に来なかったらお兄ちゃんがあんなに強いんだって、もっとずっと知るはず無かったと思うんだ……だから、ありがとう!」
それは、見ようによっては奇妙とも言うべき感謝だった。
兄の特技を知ること。勿論、知らない事はおかしくは無い。しかし、彼等にとっては数少ない共通の趣味であろうにも関わらず、それを彼女は、他人の手を借りる事によってしか知ることが出来ない。
その感謝は、それほどにクラナとヴィヴィオのかかわりが少ない事を示していた。

「あぁ……今度、稽古でも付けてもらえよ」
だが、何気なく言った言葉で、輝くような笑顔だったヴィヴィオの顔が少しだけ、ほんの少しだけ曇る。

「う、うん!頼んでみるね!」
しかしそれは一瞬で消えると、ふたたび彼女の顔に笑顔が灯った。
やがてチビッ子たちは、三人で相変わらずスパーリングについてワイワイと話しながら、更衣室の中へと消えた。

「…………」
「……?ノーヴェ、どうしたッスか?ヴィヴィオ、喜んでたっすよ?」
「あ?あぁ。そだな。何でもねぇよ……あたしも着替えて来るわ」
「うーッス。外で待ってるッスよ~」
「おう」
片手を振りながら、ノーヴェは更衣室へと歩き出す。
何でも無いとは言ったが、矢張りノーヴェの中には、先程一瞬だけ曇ったヴィヴィオの笑顔が、チクリと残っていた。

「まだまだ、先は長い……か」
小さくつぶやくと、彼女は更衣室の中へと姿を消した。

こういう所を見ていると最早完全に先生なのだが……まったくもって、何故か素直に認めようとしない彼女には疑問が募る限りである。
 
 

 
後書き
今回ヴィヴィオ達がクラナとノーヴェのスパーを凄い凄い言っていたんですが……駄目ですね、まだクラナの格闘シーンを詳しく書けて無い端折ったところが多すぎで読者への同調を誘えてない……
しかしそうなると文字数が……

っと、では予告です。




ア「アルです!今回は何やらノーヴェさんが奮闘なさっていましたね!まったく相棒にも困ったものというか、もう少し妹さんに優しくしてあげればいいのに!」

ク「ピッ(こんにちわ!)」

ア「おや!クリス!いらっしゃい!そういえばクリス、あなたはどう思います?相棒とヴィヴィオさん」

ク「シュン……(仲、悪いんですよね……私も何か出来ればいいんですけど……」

ア「あぁぁ!クリスが落ち込む事ではありませんよ!大体相棒が悪いんですから!」

ク「……パタパタ(でも……私達には、何かしてあげることはできないんでしょうか?)」

ア「今は、ヴィヴィオさんが必要以上に落ち込まないように、クリスが支えてあげることが大事だと思いますよ。私も出来るだけ相棒に言ってみますから」

ク「ピッ!(は、はい!頑張ります!)」

ア「では次回!“覇王現る!?”」

ク「ピッ!ぜひ読んでください!」 
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