機動6課副部隊長の憂鬱な日々
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第44話:少女の秘密
俺達が連れだって,女の子の収容されている聖王教会の医療院に
向かっていると,通路の向こうの方からシャッハさんが走ってきた。
「何かあったの?シャッハ」
「騎士カリム!申し訳ありません。お預かりしていた女の子が病室から
姿を消してしまったようなのです」
「なんやて!?捜索はどうなっとんの?」
「今,20名ほどで捜索しているんですが,センサーにも反応がなくて・・・」
「わかったわ。なのはちゃんとフェイトちゃんは捜索に参加してくれるか」
「「了解」」
なのはとフェイトがシャッハさんについて走っていくと,はやては
カリムさんに話しかけていた。
「なあカリム,あの子の検査は一通り終わったんか?」
「ええ,終わってるわよ」
「ほんなら,検査結果について話を聞かせてほしいんやけど」
「わかったわ。ついていらっしゃい」
カリムさんはそう言うと,医療院で女の子を検査した医師のところに
俺達を案内してくれた。
「早速で申し訳ないんやけど,あの子は人工生命体なんかどうなんか
教えてほしいんですけど」
はやてが単刀直入に尋ねると,検査を担当した医師は少し言いづらそうに
していた。
「事実をありのままに話してください」
カリムさんがそう言うと,医師は重い口を開いた。
「検査を実施した結果,遺伝子培養されたものであると考えられます」
「遺伝子培養・・・クローンか・・・」
俺が呟くようにそう言うと,医師は小さくうなずいた。
「他に何か気付いたことはありますか?」
はやてが尋ねると,医師は手に持ったファイルの書類をペラペラと
めくってから,首を横に振った。
「DNAパターンは解析されてますよね?」
俺が医師に尋ねると,医師は頷いた。
「ではデータを頂きたいのですが,よろしいでしょうか?」
さらに俺がそう尋ねると,医師はカリムさんの方を見た。
カリムさんが小さく頷くと,医師は端末から一枚のチップを取り出し,
俺に手渡してくれた。
医師のところを後にした俺たちが,医療院の前庭に歩いて行くと,
なのはとシャッハさんの姿が見えた。
2人に近づいていくと,なのはの足に女の子がしがみついているのが見えた。
「ずいぶんなつかれとるやんか,なのはちゃん」
「あ,はやてちゃん。この子って,ここに預けていくんだよね?」
「ん?そのつもりやったけど,その様子やったらなのはちゃんから
離れへんのと違うか?」
はやてがそう言って,女の子と同じ目線の高さになるようにしゃがみこんだ。
「こんにちは。お名前は?」
はやてがそう尋ねると,なのはの後ろに隠れ,ますます強くなのはの足に
抱きついていた。
「こらあかんわ。嫌われてしもたみたいや」
はやてが苦笑しながらそう言うと,なのはは女の子の頭をやさしい手つきで
なでながら俺たちの方を見た。
「この子はヴィヴィオっていうみたいだよ。自分でそう言ってたから」
「なあヴィヴィオちゃん。なのはさんはもう帰らなあかんから,
離してあげてくれへんかなぁ」
はやてがそう言うと,ヴィヴィオは泣きそうな顔になって,
なのはの足に顔を押し付けた。
「ヴィヴィオ。なのはさんはもう帰ってお仕事しなきゃいけないから,
離してくれないかな?また明日も会いに来るから」
「やー!」
なのはは自分の足からヴィヴィオの手をやさしく引き剥がして,
しゃがみこむと,ヴィヴィオの手を握ってそう言った。
だが,ヴィヴィオは意地でもなのはを離そうとしない。
「こら無理やな。しゃあないから,隊舎に連れて行こか」
「いいの?はやてちゃん」
「こうなったらしょうがないやん。ま,危険はなさそうやしかまへんやろ」
はやてがそう言うので,なのはがヴィヴィオについて来るか尋ねると,
ヴィヴィオは満面の笑みで頷いていた。
「なんか納得いかんわ。何なん?この差」
「純真な子どもの目でみれば誰が一番きれいな心かわかるんでしょ。
小狸なはやての邪悪な心が見透かされたんだよ」
「・・・ゲオルグくん」
俺が冗談交じりに言うと,はやては少し俯いて俺の方を見た。
「ん?なんでしょ」
「昨日の戦闘報告書,今日中に提出」
「は?もう夕方だぞ。無理だよ」
「・・・聞こえへんかったんかいな。耳悪いなぁゲオルグくんは」
「ひょっとして怒ってらっしゃる?」
「怒ってへんよ。ただ,腹いせに嫌がらせをしたいだけ」
「そういうことするから,ヴィヴィオがなつかないんじゃないの?」
「ふーん,そんなにゲオルグくんは仕事が好きなんか・・・
いっそのこと本局に出す報告書も全部ゲオルグくんに書いてもらおっか」
「・・・勘弁してください」
結局,はやてに土下座をして謝るまで俺は許してもらえなかった。
夜になって,隊舎に戻り副部隊長室で溜まった書類仕事を片付けた俺は,
屋上に上がって,空に浮かんだ2つの月を眺めながら,タバコをふかしていた。
「ゲオルグさん」
声のしたほうを振り返るとシンクレアが2本の缶ビールを持って立っていた。
「飲みません?」
「いいねえ,いただくよ」
シンクレアから缶ビールを受け取ると,封を開けてシンクレアのビールに
コツリと当てた。
ビールを一口飲んでから,制服の内ポケットから1枚のチップを取り出すと
シンクレアに向けて差し出した。
「何です?」
「昼間に受け取ったヴィヴィオのDNAデータだよ。
一致するのがないか調べてくれないか?」
「いいですけど,どれくらいの範囲で調べます?」
「データがある限りはすべて」
俺がそう言うと,シンクレアは軽くため息をついた。
「時間かかりますけど,そこまでする必要あるんですか?」
「この世界に無駄な調査なんてないよ」
「そうでしたね。久しぶりに言われましたよ,その言葉。
最近は俺が言う側でしたしね」
「ま,特務隊のスローガンみたいなものだからね」
「そうですね。あとは,隠密こそ我が使命でしたっけ」
「ヴィンセンス部隊長か・・・懐かしいね」
ヴィンセンス部隊長は俺の前任の特務隊部隊長で,俺やシンクレアに
特務隊員としての技術を一から叩き込んでくれた恩人だ。
「あの人がいなかったら,今の俺は無いね」
「それは俺もですよ」
シンクレアは自分のビールを煽ると,少し真剣な表情になった。
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「なんだ?」
「ゲオルグさんは,高町一尉のことをどう思ってるんです?」
「不躾だね」
「すいません。でも答えてくれません?」
「・・・友達だよ」
「嘘ですね」
「嘘ではないな」
俺はそう言うとシンクレアに背を向けて手すりにもたれかかった。
「嘘ではないよ」
俺がもう一度そう言うと,シンクレアは小さく首を振った。
「ゲオルグさんだって高町一尉の気持ちには気づいてるでしょ?
それに,ゲオルグさんだって・・・」
「だから何?俺にどうしろって言うの?」
シンクレアの言葉を遮ってそう言うと,シンクレアは少し苛立ったようだった。
「応えてあげないんですか?」
「俺じゃだめだよ」
「何でです?お互いに好きならいいじゃないですか」
「そういう問題じゃないの」
「じゃあどういう問題なんです?」
俺は小さくため息をつくとシンクレアの方に向き直った。
「あいつはさ,真っ白なんだよ」
「どういう意味ですか?」
「陰謀とか策略とかそんなの抜きで,真っ直ぐ相手に向かっていける
奴なんだよ,あいつは。
で,俺は一人の友人としてあいつのそういうところが好きだし,
変わって欲しくないと思ってるわけ。
でも俺は,陰謀とか策略にどっぷり浸かってきたし,数え切れないくらい
人殺しもやって来た。だから,俺があいつに触ることであいつを
汚しちまうんじゃないかって怖いんだよ」
「そんな風に考えてたんですか・・・」
「まあね。ヘタレって馬鹿にしてくれてもいいよ」
「馬鹿にはしませんよ。でも,もうちょっと高町一尉のことを信用してあげても
いいとは思いますけどね」
「信用?」
「あとは自分で考えてください。じゃ,お休みなさい」
そう言い残してシンクレアは屋上から出ていった。
「・・・ちょっと酔ったかな」
俺のつぶやきは夜の闇に溶けていった。
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