魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~
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Myth28神世は楽園・人世は地獄・その境界にて乙女は踊る~Duell des SchicksalS~
前書き
Duell des Schicksals/ドゥエル・デス・シックザールス/運命の決闘
聖王女オリヴィエvs天界王テウタ戦イメージBGM
Fate/Extra CCC『喝采は流星のように』
http://youtu.be/yNI6WR6TGcA
天地統治塔エテメンアンキ。全高21km・直径4kmの円柱形の巨体さを持ち、その偉容をまざまざとベルカに住まう者すべてに見せつけている。エテメンアンキの本領は、その兵器としての火力にある。エテメンアンキの最上部から放射状に広がる8本の全長1kmとある柱の先端に、水晶のような巨大な砲門が在る。
その砲門より放たれる魔力砲――通称カレドヴルフは、その一撃の下に都市の1つを容易く焦土に化す。それはさながら天に座す神が、罪を犯した人間に対して下す神罰の如く。
しかし今、その偉容も無残なものとなっている。圧倒的にして絶対と謳われていたエテメンアンキも、たった1人の人間の手によって砲門3門が潰され、一撃で都市を破壊するカレドヴルフも防御され続けている。天と地を支配するがための兵器エテメンアンキも、かつて世界を席巻した魔術師部隊“アンスール”の1人には快勝する事が出来なかった。
そのエテメンアンキの外部――エテメンアンキを有する国イリュリア各地で行われている幾多の戦闘の最中、ただひとり戦闘に参加せずにいる少女が居た。
オリヴィエ・ゼーゲブレヒト。今回の戦争に参加している国アウストラシアの王女で、単独戦力では最強クラスの一角を担っている。そんな彼女は今エテメンアンキの入り口の扉を拳打一発で潰し、内部へと侵入していた。
「・・・上階へ上がるにはどうすればいいのでしょう・・・?」
ここに辿り着くまでに浴びてそのままだった頬に付着した返り血を籠手の甲で拭いつつ、オリヴィエはぐるりと辺りを見回した。エテメンアンキの構造は、最上階・玉座の間とその一階下の空き階層以外の階層は吹き抜けとなっており、中央に支柱が一基そびえ立っているというものだ。
真っ白な内壁及び支柱の表面には青く光る光線が縦横無尽にビッシリと走っており、幾何学模様を描いていた。オリヴィエはまず支柱へと歩み寄って行く。外壁を一周するより時間の掛からない支柱を選択し、階上に上がるための手段を調べようとして・・・
「昇降機・・・ですよね・・・?」
オリヴィエは早速見つけた。支柱の壁の窪みに昇降機が1台備え付けられているのを。彼女は昇降機の行く先、頭上を見上げてみる。支柱の天辺、空き階層の床板まで直通である事が見て取れる。
「罠の類の心配がありますが、この際は仕方ありません」
昇降機に乗る事の覚悟を決め、オリヴィエは昇降機に乗った。すると何もせずとも昇降機が動きだし、徐々に高度を、そして速度を上げて上昇していく。上昇している最中、オリヴィエは見る。下へ下へと過ぎていく各階層の断面。そのどれもが居住区らしき施設であり、エテメンアンキがただの兵器ではなく一種の街であるという事が。しかしどの階層も無人。人の気配など一切ない。
「エテメンアンキの内部を護る戦力が無い・・・?」
それどころか、なんの妨害もなく侵入が出来、こうして昇降機に乗って最上階を目指すことが出来る事に訝しむオリヴィエ。思い起こすのは彼女が生まれた場所、聖王のゆりかご内部の防衛戦力の事。名など無く、ただ聖王のゆりかごに侵入してきた者を排除する陸上歩行兵器。騎士団を配置せずともそう言ったモノが在ってもいい。エテメンアンキは重要な施設なはず。
「そのようなモノが必要ないような絡繰りでもあるのでしょうか・・?」
オリヴィエの疑問は尽きないが、昇降機はひたすら上昇を続ける。上昇を続けること約20分、そろそろ天井が近くなってきた事でオリヴィエは意識を臨戦へと持っていく。そして昇降機は天井を貫く穴を通って階上へと上がり、空き階層で停まった。
オリヴィエが昇降機より降りる。と、昇降機が降下していき、床穴が閉じる。彼女は焦りを見せず、降り立った階層を見回す。直径800mという広範囲の円形空間で、床にも天井にも凹凸らしいモノは何も無い。唯一在るのは、この階層の端っこに設置されている、最上階である玉座の間へと繋がる螺旋階段。
「ようこそいらっしゃいました、オリヴィエ・ゼーゲブレヒト王女殿下」
「っ・・・!」
高さが10mほどある螺旋階段の半ば、テウタは始めからそこに居たようだ。オリヴィエが気付かなかったのは、テウタが段差に腰掛けていたせいで手摺の壁に隠れて見えなかったからだ。立ち上ったテウタは手摺を飛び越えて音も立てずに床に降り立ち、オリヴィエと相対、2人の視線が衝突する。
「お初にお目にかかります。わたくしは――」
「結構です。貴女の事は嫌と言うほど十分に承知しています。テウタ女王陛下。早速ですが、エテメンアンキ及びイリュリア各戦力の戦闘行動すべての停止をお願いします」
オリヴィエはテウタへ飛び掛からんとするのを理性で抑え込み、テウタの自己紹介を遮って本題を切り出す。テウタは嫌な顔一つせずに「出来ません」即答して返す。空き階層に沈黙が下りる。そしてテウタは告げる。
「もうこの戦は言葉だけでは止まりません。お解かりでしょう? すでにそのような生易しい解決で終わらせるには戦火が拡大しすぎている」
壁面すべてに空間モニターがズラリと展開される。映し出されているのは各戦場。収まるどころか激しくなっていく戦場。次から次へと増援が現れ、互いを討ち、数を減らしてもまだ増える。
「っ! それはっ、貴女が天地統治塔を持ち出して所為で――」
「そうは仰いますが、考えてみてください。このような規模の戦はいつか起こる必然。ベルカ統一を掲げる国は数知れず。遅いか早いかの違いにすぎませんよ」
「・・・それはそうですが・・・」
押し黙ったオリヴィエを見詰めていたテウタが「では始めましょうか」と気楽に言い放ち、女王然としたドレスから騎士甲冑姿へと変身した。動きやすさを追求するためかノースリーブの裾も短い純白の厚手のワンピース。それだけだ。飾り気もなく、籠手や具足、胸腹部を覆う部分甲冑なども無い。
「すごい魔力・・・!」
オリヴィエは息を呑んだ。騎士甲冑を編む魔力の強弱が防御力の大半を担っている。テウタはそれを体現していた。強大な魔力で防御を固める。テウタにとって騎士甲冑は、動きやすさを得るための飾りだ。
「構えてください。臨戦態勢に入っていない方に仕掛けるほど、私は無粋ではありません」
「・・・オリヴィエ・ゼーゲブレヒト――」
「テウタ・フリーディッヒローゼンバッハ・フォン・レーベンヴェルト――」
2人は名乗りを上げて、構えを取った。
「「いざッ!!」」
VS◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦
聖王女オリヴィエVS天界王テウタ
◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦VS
――電光石火――
オリヴィエの姿が掻き消える。短距離限定の高速移動の魔導によるものだ。対するテウタは不動。目を閉じ、耳を澄ませ、気配を感じ取り、「っ!」自身の真ん前に出現したオリヴィエの虹色に輝く右拳打を、同じ銀色に輝く右拳打で迎撃した。2人の拳打の衝突点から周囲に広がる衝撃波が、床の表面にヒビを入れた。
「ふ・・・っ!」
「はあああああああッ!」
オリヴィエは短く息を吐き、テウタの拳を鷲掴んで自分の方へ引っ張り込んだ。と同時に左拳打をテウタの顔面へと繰り出す。テウタは雄叫びを上げてオリヴィエの拳打を額で受けた。互いの顔に苦痛の色が浮かぶ。受けたテウタなら判るが、攻撃した本人であるオリヴィエが痛がるのはおかしな話だ。2人は同時に後退し、仕切り直しを行う。オリヴィエは籠手に包まれた右拳を見、すぐにテウタへと視線をやる。
「並の魔力付加打撃なら完璧に防げるのですが、さすがはオリヴィエ王女殿下。防御を貫いてきましたか」
テウタは赤くなっている額をさすりつつ、全身から銀色の魔力を放出した。そしてコツコツと靴音を鳴らしながらオリヴィエへと歩み寄って行く。オリヴィエもまたゆっくりと歩み寄って行く。
「レーベンヴェルト王家流奥義・夢影・・・!」
テウタよりその言葉が発せられたと同時、テウタの動きに変化が訪れる。オリヴィエは目を見張り、テウタの姿を凝視する。テウタが歩くたび、彼女の姿がブレ始めた。残像か?とオリヴィエは推測するが、それは無いとすぐに判断した。
ブレているテウタの残像らしき体には影が生まれている。実体があり、しかしテウタ本人に重なるように存在しているため、確固とした実体でない。まるでテウタからテウタの半身が生まれ出てきているような状態だ。
「夢影・拾参乃打ち方・舞陣」
「これは・・・!」
ブレて存在していた残像らしきモノがテウタ本体より一斉に散開した。テウタと合わせて10人となって、一斉にオリヴィエへと襲い掛かった。まず1人目のテウタがオリヴィエの顔面へ向けて拳打を繰り出し、オリヴィエは首を反らして紙一重で回避。そして腕を取ってその1人目を背負い投げし、他のテウタへとぶつけさせて処理。
「数を増やしたところで、連携が無くては恐れるに足りませんッ!」
次々と襲い掛かってくるテウタを殴っては蹴っては投げ飛ばしてと迎撃し続けるオリヴィエ。その最中、オリヴィエはテウタの本体を見逃さないように細心の注意を払う。しかしたとえ本体を迎撃したとしても、全て人体を攻撃したという感触が伝わってくるため、「どれが一体本物なんです・・・!?」オリヴィエでも真偽が判らない。次々と現れるテウタの分身らしき者。オリヴィエは通算40人目の偽テウタを蹴り飛ばし、
――撼天動地――
魔力を纏わせた拳打で床を打った。オリヴィエを中心として四方八方に走る魔力の奔流。その直後に奔流は上方へと向かって勢いよく噴き上がり、残りのテウタをすべて呑み込んだ。テウタの分身が奔流に呑み込まれると同時に瓦解。オリヴィエは虹色の閃光の中で本物のテウタを捜し出そうと気配を探り、
(見つけました!)
噴き上がる魔力の中を器用に走って、ダメージを受けないようにしながら接近して来ていた彼女を見つけ出した。テウタも自分が見つかった事が判ったようだが、それでもなおオリヴィエへの接近を中断せずに向かって来る。
「破ッ!」
――驚浪雷奔――
そんなテウタに向かってオリヴィエは拳を勢いよく突き出し、人間大の魔力衝撃波を放った。テウタはそれを避けようとはせず、両腕を交差するように掲げて顔を護って、そのまま・・・直撃した。テウタの防御力からして驚浪雷奔では決定打にはならないと踏んでいたオリヴィエは、追撃のための魔導を用意していた。しかし衝撃波の直撃によってテウタが弾け飛んだ。この瞬間、オリヴィエは自身の気配感知が、分身によって騙された事を理解。
――夢影・壱乃打ち方・乱拳――
背後からの気配と魔力を感じ、オリヴィエは今出せうる限りの速度で振り返る。と同時に、聖王家の遺伝子レベルに備え付けられた防衛能力・聖王の鎧が発動する。直後、テウタへ振り向いたオリヴィエの腹部に目掛けて打ち出されたのは一発の拳打。聖王の鎧に、ズドンッ!という轟音と共に拳打が打ち込まれた。しかしただの拳打ではなかった。
先の分身と同じ。拳だけの分身による連続拳打だ。テウタ本体の拳より、分身の拳のみが砲弾のように打ち込まれる。打ち込まれた一撃目が消えると同時に二撃目が打ち込まれて消え、三撃目と繋がる。オリヴィエは聖王の鎧の効果によって、それらの直撃を免れる事が・・・・出来なかった。
「ぁがっ・・・!?」
聖王の鎧は絶対の防衛機能と謳われている。なのに、「がはっ・・(貫かれた!?)」オリヴィエの腹部に直撃したのは八撃目、テウタ本体の拳打だ。オリヴィエは聖王の鎧に頼る事なく身構えていたにも拘らず、その一発で大きく殴り飛ばされ床を幾度かバウンド、宙で態勢を整えて着地。
バッと顔を上げ、テウタを見据えようとしたがそこに彼女は居らず、オリヴィエは直感のままに前方へと跳んだ。その直後、オリヴィエが先程まで居た場所にテウタが勢いよく落ちてきた。着地の際に床にヒビが入る。直撃を受けていれば頭蓋くらいは容易く粉砕されそうだ。
「聖王の鎧は、もう私の前――天神の剣の前では無意味な能力です」
「はぁはぁはぁ・・・天神の剣・・・!?」
テウタの四肢には、銀色の魔力で構築された籠手と具足が存在していた。指の先から指の甲・手の甲・上腕へと5枚の刃が伸びていた。籠手の表面に刃だけを装着させたようなものだ。
具足もまた同じ。足の甲・脛・脹脛の3ヵ所に5枚の刃。蹴りを受ければ打撃だけでなく斬撃も追加される。オリヴィエは久しく受けた事がなかった全力の拳打を食らい、思いのほかダメージを受けてしまった。
「その蒼い魔力光・・・!」
「オーディン先生・・・」
そんな時、オリヴィエの全身を覆うように生まれ出る蒼の燐光。オーディンの魔道・治癒術式ラファエルが発動し、オリヴィエを治療していた。オーディンはリサに“断刀キルシュブリューテ”・レプリカを渡した後、オリヴィエ達と別れる直前に彼女の両腕の治療のために渡していた腕輪型神器・ファルマコ・ネライダ――意を妖精の薬――を強化していた。
自律行動に問題が発生するような大ダメージを受けるたびに発動し、常に万全の状態に回復させる。そして今それが発動したという事は、オリヴィエが受けたテウタの拳打は、オリヴィエの行動に問題が発生するほどのダメージだったという事になる。
「回復すると言うのであれば、回復が間に合わないほどに――」
テウタが真っ向から突撃を仕掛ける。ラファエルの治癒を終えたオリヴィエもまた突撃を敢行。ほぼ一瞬で距離を詰めた2人。テウタは上段蹴りを繰り出しつつ「潰すまでッ!」オリヴィエの殺害を宣言。オリヴィエはキッと表情を硬くし、テウタの蹴打をしゃがみ込んで避けて、立ち上がりと同時に拳打を繰り出す。それを防御するのはテウタの具足。銀の刃とオリヴィエの拳打が衝突し、虹色の魔力と銀色の魔力が火花のように激しく散る。
(埒がありませんか。それどころか私の魔力が削られていく・・・!)
オリヴィエが後退を決断した瞬間、テウタが脚を外側へ逸らしてオリヴィエの拳打を大きく捌く。それでもオリヴィエに隙は生まれず、外側へ流された拳打の速度を利用して半回転、上段回し蹴りを繰り出す。テウタはしゃがむ事でギリギリ回避。
――夢影・拾弐乃打ち方・迅壊――
間髪入れずに跳び膝蹴りを繰り出す。オリヴィエは後退して避ける事が出来た。しかしテウタの前面より分身体が出現。後退し終えた直後のオリヴィエへと向けて分身テウタが降下しつつの膝蹴り。具足の脛に在る刃5枚――天神の剣に触れないようにオリヴィエは注意して跳び回し蹴りを繰り出し、分身テウタを遠くに蹴り飛ばす。
しかし本体のテウタによる踵落としが宙に居るオリヴィエを急襲。避けきる事が出来ずにいたオリヴィエの右肩にテウタの一撃が打ち下ろされた。聖王の鎧は砕かれる事はなかったがその威力は絶大で、オリヴィエが床へと叩き付けられる――その瞬間、待ち構えていてたもう1人の分身テウタが、オリヴィエの腹部へ向けて蹴り上げ。
「これで終わりです・・・!」
本体のテウタが勝利宣言と共にオリヴィエの背部に打ち下ろし蹴りを繰り出す。腹部と背部からの蹴打の挟撃が、宙に居たオリヴィエを容赦なく襲った。が、本体と分身のテウタの挟撃が聖王の鎧に防がれる。
(このままでは砕かれてしまいますね・・・ならば!)
聖王の鎧が軋みを上げ、ついに砕かれるという直前、オリヴィエは自身の魔力制限を解き放つ魔導・意気軒昂を発動。一気に解放された魔力が分身テウタを消し飛ばし、本体のテウタを「きゃぁぁぁああああッ」吹き飛ばした。
「はぁはぁはぁはぁはぁ・・・!」
大きく肩で息をするオリヴィエ。そんな彼女の後方から迫るのは、テウタの魔導武技・迅壊のトドメを担当するはずだった最後の分身テウタ。オリヴィエは振り向く事はせず、迫って来ていた分身テウタが繰り出した拳打を半身ズラすだけで避け、通り過ぎようとしていた分身テウタの顔面に「砕ッ!」裏拳の一撃与え、頭部を打ち砕いた。
「まあ酷い。分身とは言え、私の頭が無くなりました」
「・・・ええ、本物でなくて良かったです」
ヨロヨロ歩いていた首なしの分身テウタがようやく消滅した。テウタがチラリと壁の方へと目をやる。オリヴィエはテウタより視線を外す事を躊躇ったが、テウタが浮かべた微笑が気になり、オリヴィエもまたそちらへ目をやる。モニターに映っていたのは、オリヴィエを先に行かせるために敵陣の真っただ中に残ったズィルバーン・ローゼとアウストラシア騎士団の面々が、イリュリア高位騎士団と戦闘している光景だ。
「キメラ達の自爆による損害は大きく、まともに戦える者など少ないあの状況で、高位騎士団との戦闘・・・さぞ大変でしょうね」
「っ・・・・・・・テウタぁぁぁぁぁあああああああああああッッッ!!」
――天衣無縫――
オリヴィエがグッと腰を下ろし利き足に力を込めた瞬間、彼女の足元の床が僅かに波打つ。そして虹色の魔力を全身に纏ったオリヴィエは、ただ愚直にテウタへと向かって突進した。突進開始直後、彼女の居た地点が大きく破損。利き足が床を蹴った瞬間、オリヴィエの足裏から発生したロケットブースターのような魔力噴射の影響だ。
虹色の魔力砲弾と化したオリヴィエの突進技・天衣無縫。魔力と衝撃波を周囲に撒き散らして床を大きく抉りながらテウタへと向かう。テウタは真っ先に回避を選択。防御に回って耐えられるほど生易しい攻撃でないと恐れたからだ。
「ぐぅぅ・・・がぁぁあああはッ!」
突進の速度より速く動けなかったテウタ。直撃だけは免れたが、それでも軌道の周囲に撒き散らされる魔力と衝撃波だけはまともに受けてしまった。四肢に構築していた天神の剣がすべて粉砕され、彼女自身も大きく吹き飛ばされたが無難に着地した。ドゴォンッ!という轟音と共にこの階層を襲う振動。オリヴィエが壁面に突っ込み、大きく抉った事によって起きたものだ。
「表面だけを砕くならまだしも、そこまで大きく破壊するなんて・・・!」
濛々と立ち上る粉塵から除く大穴を見たテウタは愕然となる。エテメンアンキを構成する内壁は、内部でどれだけ激しい戦闘が起こっても問題ないように設計された対魔力・対物仕様の特別製だ。それが破壊された。オリヴィエの突進――天衣無縫の威力がどれだけ強大なのか、それだけで解るというものだ。
――砲煙弾雨――
粉塵を突き破って放たれて来るのは、光の尾を引く虹色の魔力弾。連続かつ高速で放たれて来る魔力弾をステップで回避していくテウタ。オリヴィエの放ってくる魔力弾・砲煙弾雨は着弾すると、魔力衝撃波を発生させる。
そのためテウタは紙一重の回避をせず、着弾点より大きく距離をとる事を念頭に置いて回避し続ける。9発目の魔力弾を回避した直後、直径1mほどの魔力弾が高速で飛来してきた。テウタはそれがトドメの1発だと判断。同時に前方に倒れ込むかのような低姿勢で突進する。
頭上を通り過ぎる特大魔力弾をやり過ごし、そして天神の剣を発動。続けて夢影という実体を持った分身体を創り出す魔導を発動、天神の剣を有した分身体が4体と出現。向かうのは大穴より出で、テウタへと歩を進め始めているオリヴィエ。
「今すぐ各地のイリュリア戦力の戦闘を停止してください。でなければ、私はあなたを殺す事になるかもしれません」
「始めから私を殺害するために来たのでしょうっ?」
――夢影・拾の打ち方・斬宴――
オリヴィエを包囲する分身体が一斉に跳び回し蹴りを繰り出した。走る具足の刃。オリヴィエの顔、首、胸、腹の4ヵ所を狙っての包囲攻撃だったが、オリヴィエに到達する前、彼女は虹色の魔力を纏わせた両腕を大きく左右に広げて踊るようにくるりと回った。
――光芒一閃――
五指の先端より発生していた魔力刃が閃いたと思えば、分身体すべてがバラバラに斬り刻まれた。テウタはもう分身体による包囲攻撃系・捌式から拾伍式までは通用しないと判断。オリヴィエは動きを止めたテウタに向かってもう一度「降伏してください」と告げた。
しかしテウタは「何故勝てる戦に降伏しなければならないのですか?」と微笑んだ。オリヴィエは眉を寄せる。そして小さく「仕方ありませんね」と諦観めいた溜息を吐き、
――電光石火――
高速移動の魔導によってテウタへと最接近。その速さにテウタは一瞬オリヴィエの姿を見失ってしまった。それが最大の隙となり、オリヴィエはテウタが反応しきる前に彼女の胸倉を引っ掴み、
――鬼哭啾啾――
頭突きを食らわし、続けて腹と胸に1発ずつ拳打を打ち込んだ後に跳んで宙で前転、テウタの顔や胸を数度踏みつけ、彼女の背後に着地。背中から倒れそうになるテウタの背部をサマーソルトキックで蹴り上げ、1回転して逆立ち状態になった彼女の腹に、魔力付加された両の掌底を打ち込む。
テウタは激しく吐血しながら後方へと吹っ飛ばされ、床を何度もバウンドしながら転がって滑り・・・ようやく止まった。
「がふっ、がはっ、げぼっ、ごほごほっ、ふぐ、ぅごほ・・・!」
吐血、咳込みながらもテウタは立ち上ろうと両手を床につき、上半身を起こした。しかしダメージが大きすぎるようで、力が入らないのか腕は震え、すぐにまたドサッと床に倒れ伏した。オリヴィエはそんな無様を晒すテウタを辛そうに見、もう一度「降伏してください」と告げる。
「先ほどは言いそびれましたが、私は、私たち同盟はあなたを殺すつもりなど最初からありません。イリュリア戦争終結後、イリュリアの領土分配などの話し合いにも就いてもらわないといけないので。オーディン先生にも、あなたを生け捕ってほしいとお願いされていますし。あなたを生かす理由はこちらの一方的な目的となってしまいますが、それでもこの場で死ぬよりかはいいでしょう?」
「ぅぐ・・・悪魔、です・・ね、貴女・・も・・・魔神と、同じ・・・」
「自国を、ベルカを護るためです」
「ふ、ふふ、ははは・・・護る?・・げほっ、何を愚かな・・・。戦を、いたずらに・・長引か・・せるだけ、ごほっごほっ、ではないです、か・・」
「・・・・」
オリヴィエとてそれは百も承知だった。イリュリアが落ちた後も戦争は続く。ベルカを統一しようと考えている国々は多い。世界を統一できるのは一国のみ。その一国が決まるまで戦争は終わらない。しかし「それでもイリュリアには、統一させません」オリヴィエは言う。
一般市民が住まう都市を消し飛ばすという暴挙に出たイリュリアがベルカに強いるのは、暴力を翳した恐怖支配。それでは平和にはならない。だからこそイリュリアを討とうとする国は現れ、今こうして戦争を仕掛けている。
「・・・統一も、支配も、管理も、どれも・・・同じですよ・・・!」
「っ!」
テウタはよろけながらも立ち上った。オリヴィエは驚愕に目を見開く。明らかに先程までのテウタは重体。だが今の彼女は、戦闘開始前と同じとはいかずともそれに近い状態にまで回復していた。
「不思議そうなお顔ですね。ではこちらの映像をご覧ください。ここに、答えがあります」
テウタの右隣に現れたモニターには、雷帝ダールグリュンと騎士総長グレゴールの決闘が映し出されていた。攻め続ける事でグレゴールの体を損壊させていくダールグリュンが優位に立っているように見えるが、実際にはグレゴールの方が優位に立っている。オリヴィエはまた驚愕する。斬り飛ばされたグレゴールの片腕が再生していくのを見たためだ。
「キメラやグレゴールに施された生体兵器化。それは私にも施されているのですよ。グレゴールほどの不死性は得られませんでしたが、異常自己治癒力だけは得られました。回復まで時間は掛かりますが、それでもなかなか死ねない体です」
――天神の剣――
テウタはそう言って、四肢に刃付きの籠手と具足――天神の剣を魔力で構築した。
「でしたら意識を刈り取った後、捕縛するだけです」
オリヴィエはそう言い放ち、身構えた。そして飛行するかのように床と水平に一足飛びしてテウタへと突っ込む。そんな彼女の両拳には虹色の魔力が付加されている。対するテウタは「やってみてください」と挑発めいた事を言い、
――銀月――
一瞬で人間大の魔力を集束して生み出した銀の魔力球を、オリヴィエへと放り投げた。それはさながら銀色の月。真っ向から突き進むは虹色の双子星――オリヴィエの両拳。互いがあと僅かで衝突するというところで、オリヴィエは床に足をつけて大きく跳躍、巨大魔力弾――銀月をやり過ごした。回避しきった、そう思えたのは一瞬。
銀月には細い尾があった。その尾――魔力で出来た鎖の先にはテウタの左手・・・を中継して、また先に放たれた銀月と同じ大きさの魔力球が在った。銀月の本質は射撃型の魔導ではなく、「鎖分銅!!」オリヴィエの言うとおり2つの魔力球を魔力鎖で繋いだ打撃武器・鎖分銅だった。
「参りますよッ!」
テウタが魔力鎖を手に舞を踊るようにクルクル回る事で、鎖の両端に在る2つの魔力球も釣られて回転する。中空に居た事でオリヴィエは回避する事が出来ず「ぅぐ・・・!?」片方の銀月をまともに受け・・・その直後、もう片方の銀月が挟撃してきた。
テウタが鎖の中心となる個所を強く引っ張った事で、鎖はVの字となる。当然両端の銀月の軌道は鎖の動きに引っ張られ、テウタの反対側――オリヴィエの居る場所で衝突する事になる。オリヴィエを左右から挟み込んで押し潰した2つの銀月が大爆発を起こす。
「(まさかこの程度で死ぬなど、ありませんよね・・・?)・・・オリヴィエ王女殿下ッ!」
「砲煙弾雨!」
爆煙より飛び出してきたオリヴィエを見、テウタは狂ったかのような満面の笑みを見せた。床へと落下しているオリヴィエは、両手に魔力弾を創り出しては投げ続ける。先ほどにも使用した、魔力弾の連射だ。しかも威力は格段に上がって、数も増えている。
着地した後もオリヴィエは魔力弾を投げ続け、テウタは回避や天神の剣で殴っては蹴って、軌道を後方へと逸らしていく。その最中にもオリヴィエはテウタへと駆け寄って行く。
「弾幕で私の動きを制限するつもりでしょうが、所詮は無駄なこ――」
テウタの意識はすべて接近してくるオリヴィエに向けられた。だからか彼女は気づいていなかった。彼女が自身の背後へと軌道修正した魔力弾のその後を。床に着弾した魔力弾以外はテウタの背後で停止し、宙に待機浮遊していた。砲煙弾雨の魔力弾は誘導操作が出来る。オリヴィエは生き残った魔力弾を操作し、待機させていた全弾を一斉反転。
「――きゃぁああああッ!?」
先ほどのテウタと同じ手段を使った。挟撃という攻撃法を。オリヴィエが投げる魔力弾と反転して来た弾幕が、テウタを前後から襲った。テウタの体だけでなく床にも着弾して炸裂する魔力弾雨の中を突っ切るオリヴィエは「今度こそ・・・!」と、頭を振って意識を繋ぎ止めようとしているテウタの腹部へと、
「破邪――」
捻じ込むようにフックを一撃打ち込んだ。その威力が凄まじ過ぎたのかテウタの騎士甲冑の腹部と背部が衝撃で弾け飛んだ。テウタは「おごぉ・・っ!?」口から涎や血を吐いた。初撃で体をくの字に折って宙に浮いた彼女の片頬に、
「顕正ッッ!!」
オリヴィエは一切の手加減なしで右正拳突きを打ち込んだ。破邪顕正。打撃力強化・付与効果破壊の魔力が付加された打撃による必倒の魔導。“夜天の書”の管制プログラム・シュリエルリートのシュヴァルツェ・ヴィルクングと同じ効果を持つ魔導だが、その威力には圧倒的な差がある。
初撃でテウタの防御――騎士甲冑や不可視の魔力障壁を粉砕し、さらに体内の筋肉や臓器を打撃の衝撃で壊す。トドメの2撃目で確実に意識を刈り取る。オリヴィエのその攻撃によってテウタは派手に錐もみしながら宙を滑空、100mと言う距離を飛んだあと床に落下、何度もバウンドしながら最後には壁に突っ込んだ。
「どうですか? これでもまだ立つというのであれば、さらに強力な一撃を加えます」
テウタの激突によって崩れた壁の一部が巻き起こした粉塵を見詰めつつ、オリヴィエは告げた。返事どころか動きすらない。オリヴィエは警戒しながら徐々に晴れていく粉塵へと歩み寄って行く。そして粉塵が晴れ、オリヴィエは・・・・しっかりと現状を確認してからキッパリと告げる。
「私の勝ちです、テウタ陛下」
瓦礫に埋もれるように倒れ伏しているテウタ。完全に意識が無い事が、白目を剥いている事から判る。オリヴィエは虹色の魔力で構成された捕獲縄でテウタを雁字搦めに捕縛した後、
「早くテウタを確保した事を皆に教えなければ・・・!」
彼女を肩に担いで、最上階たる玉座の間へ続く螺旋階段を上り始めた。
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