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銀河を漂うタンザナイト

作者:ASHTAROTH
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第7次イゼルローン要塞攻防戦③

 
前書き
今回はオリ主君の出番は少ないです。 

 
イゼルローン要塞 要塞司令部 

第十三艦隊司令官ヤン・ウェンリー少将は制圧されたイゼルローン要塞に入ると直ちに各部署へ指示を下した。

「まずは要塞内の設備の掌握が最優先だ。幸い要塞内の帝国兵は全員眠っているから、艦隊の乗組員全員を動員すれば何とかなると思う。それと、第四艦隊に要塞の制圧が完了したことを連絡してくれ」
「了解いたしました」
「さて、あとは敵艦隊だけだな…」

ヤンはそう言うと部下たちの顔を見渡した。誰もが自らの職責を果たしていた。それを見たヤンは少しだけ指揮卓の上でモゾモゾと動くと、胡坐をかき直して猫背気味だった背をまっすぐに伸ばした。



一方帝国軍要塞駐留艦隊は『要塞内部で反乱発生、救援を請う』という虚報にまんまと騙され、第四艦隊との戦闘を切り上げイゼルローン要塞へと慌てて帰還している最中だった。

「ええい、なぜ反乱など起こったのだ!?」

ゼークトは苛立ちの声を上げた。シュトックハウゼンの無能者めが!!と罵りたいところだが、それを口に出したところで事態が良くなる訳で無い事はゼークトにも分かっている。

「後方の忌々しい敵艦隊の動きはどうだ?」
「はい、射程圏外から距離を保ったまま追従してくるようです」
「ふん、用心深い奴らだ」
「いかがいたしますか?このままでは後背から攻撃を受けてしまいます」
「かまわん、無視しろ。我々は一刻も早く要塞に戻らねばならんのだ。それに連中も要塞に近づけば逃げ帰る筈だ」
「はあ……」
「まったく忌々しい……。こんな事になるなら、最初から要塞におれば良かったわ…。まぁいい、宇宙モグラどもに貸しを作る機会だと考えれば悪くはない」

ゼークトはそう言って舌打ちをしながら、自らを納得させることにした。

「お待ちください、閣下」

陰気なほど静かな声が駐留艦隊旗艦ヴァナヘイムの艦橋内を圧した。
自分の前に出てきた士官を見て、ゼークトは露骨な嫌悪と反発の表情を浮かべた。参謀のオーベルシュタイン大佐だった。

「大佐、貴官に意見を聞いた覚えはないぞ」
「承知しております、しかし敢えて申し上げます。これは罠です」
「何だと!?」
「もう一度申し上げます、これは罠です。要塞に帰還するのはおやめになられた方がよろしいかと」
「何をバカな事を……」

ゼークトは顎を引いて、不愉快な口調で不愉快なことを言う不愉快な部下を睨みつけた。

「ふん、貴官の目にはありとあらゆるものが罠に見えるようだな」
「閣下、お聞きください」
「もういい、全艦最大船速でイゼルローンに帰投せよ!」

ゼークトは怒号を発して、オーベルシュタインにその広い背を向けた。そして通信士に要塞への帰還を命じるとともに、全軍に前進を命じた。

「怒気あって真の勇気無き小人め、語るに足らん」

オーベルシュタインは、冷然たる侮蔑をたたえながら小声で呟くと、踵を巡らせて艦橋を出て行った。
その足で声紋認証型の士官用エレベーターに乗り込むと、彼は60階建てビル並みの大きさの標準型戦艦ヴァナヘイムの艦底部に降りて行った。




「敵艦隊視認、要塞主砲の射程圏内に入りました!」
「さらにその後方に第四艦隊視認、敵艦隊の右斜め後方、要塞主砲射程圏外で停止しています」
「エネルギー充填良し、照準OK。トールハンマーいつでも発射可能です」

オペレーターの報告を聞きながら、第十三艦隊司令官ヤン・ウェンリーは軽く片手を振って命令を発した。

「撃てー!」

ヤンの命令が伝達されると同時に要塞主砲の砲口から充填されたエネルギーの塊が放たれ、帝国軍駐留艦隊に吸い込まれた。閃光が消えたとき先頭に位置していたはずの艦艇百隻余の姿は跡形もなく消え去っていた。それだけではなく先頭集団の後方に位置していた第2陣と直撃を受けなかった左右の艦艇にも大規模な損害を与えていた。

「命中確認!!効果甚大!!」

オペレーターが歓声に近い報告を上げる。ヤンは要塞主砲の威力を実感しながら、再度攻撃を続行するよう命じた。

「第二射用意、撃てー!」

再び光の塊が帝国軍駐留艦隊を直撃した。今度は艦隊の四割の艦船が消滅した。

「なぜ味方が撃ってくるのだ!?」
「ば、バカな…。こんなことが⁉」

駐留艦隊の指揮官たちは狼狽の極致にあった。彼らは自分たちに向けて要塞が発砲してきた事実を受け入れられずにいた。

「敵襲!敵の攻撃です!」
「どこからだ⁉」
「要塞から攻撃を受けています」
「そんなはずはない!!要塞は我々のものだぞ!!」

帝国軍の将兵たちにとって、それは理解不能の事態だった。彼らにとっては要塞はイゼルローン回廊における彼らの拠点であり、それが自らに向けて主砲で砲撃を加えてくるなど、想像の域を完全に超えていたのだ。混乱は恐慌を生み、秩序は失われかけていた。

「ひるむな、全艦砲門開け!!」

かろうじて統制を保っていたのは、ゼークト大将の存在によるところが大きかった。彼もまた混乱のさなかにあったが、それでも指揮官としてのプライドによってかろうじて理性と正気を保っていた。そして先程彼が発した攻撃命令は混乱状態にあった艦隊を、一応まとめ上げ、統制を回復させることに成功させたのだった。しかし、一度失われた士気を回復することは不可能であった。

「何ということだ、イゼルローン要塞が我々を攻撃するとは……」

幕僚のひとりが愕然とつぶやく。その声は虚空に拡散して誰の耳にも届かなかった。

「提督、この場は撤退すべきです。もはや我が艦隊に勝ち目はありません」
「ほ、報告!!要塞は既に叛乱軍によって制圧された模様。その司令官ヤン少将の名で降伏勧告を出しています!」
「…………」
「また、それが嫌なら撤退せよ。追撃はしないとの事です…」
「閣下、どうなさいますか?」

ゼークトは無言のまま、スクリーンのひとつを見つめている。そこには虚空に浮かぶ要塞が映っていた。

「降伏だと…」

ゼークトは血走った目で要塞を凝視した。

「冗談ではない!我々は誇り高き帝国軍人だ。要塞を失い敗北した上で、なお生き恥をさらせと言うのか⁉」

ゼークトは軍靴で床を蹴る。おめおめと敵の策にはまり、要塞を失って、艦隊にも大損害を出しながら敗軍の将として皇帝陛下に見えるなど、彼には不可能だった。彼は自分にとっての最後の名誉は玉砕のみと頭から信じ込んでいた。

「しかし、このままでは全滅します。どうかご再考を……」
「くどいぞ!」

ゼークトは再考を求めるパウルス参謀長を一喝すると、通信手に向けて返信を命じる。
が、その内容を聞いた通信手は見る見るうちに顔を青ざめさせる。
「閣下、これは……」
「黙れ、口を開くな!」
ゼークトは怒鳴りつけ、送信するように命じた後に艦橋内を見回す。
「貴様らは何をしている?もはやこの期に及んで命を惜しむものなどおるまいな?」
その言葉を受けて、艦橋にいた全員が勢いに気おされ、一斉にうなずいた。



「敵艦隊より返信」
「内容は?」
「は…、汝は武人の心を弁えず、吾、死して名誉を全うするの道を知る、生きて汚辱に塗れるの道を知らず。このうえは全艦突撃して玉砕し、もって皇帝陛下の恩顧にむくいるあるのみ…、との事です」
「武人の心だって?」

通信文を読んだヤンの声色に苦々しい怒りが浮かぶ。

(冗談じゃない、こんな奴がいるからいつまでたっても戦争が終わらないんだ)

ヤンに言わせれば敗戦を自らの死を持って償うのはいいが、何故自分一人で死なずに部下を道連れにするのか。これこそヤンが最も軽蔑し、怒りを覚える行為であった。

「敵艦隊、全艦突撃してきます!!」
「砲手、敵旗艦を識別できるなら、集中的にそれを狙え!」

オペレーターの報告を受け、ヤンが指示を下す。その命令は日ごろの彼にしては珍しくかなり鋭い口調で下された。彼の幕僚たちが驚きの表情を浮かべてヤンを見る。

「これが最後の砲撃だ。旗艦を失えば残存艦艇は退却するだろう」
「わかりました」

オペレーターが要塞主砲の照準システムを操作する。

「照準良し、何時でも撃てます」

帝国軍艦艇が次々と発砲するが、その攻撃は一つとして効果を挙げなかった。
その間に照準は完ぺきに合わされたが、その時に1隻の脱出シャトルが旗艦ヴァナヘイム艦尾から射出されたが、だれも気付かなかった。そして要塞主砲のエネルギー・チャージが完了すると同時に発射される。
光の塊が帝国軍駐留艦隊の先頭集団を飲み込んだとき、それは爆発と閃光によって彩られた。
旗艦ヴァナヘイムを中心に百隻余の艦船が一瞬にして切り取られて消滅していた。
艦隊司令官ゼークト大将の巨体と怒声は、不幸な幕僚と僚艦たちを道連れに、旗艦ヴァナヘイムごと虚空へと消滅したのだった。
生き残った帝国軍艦艇は事態を察知すると、次々に回頭し、逃走を開始した。
当然のことながら、無謀な玉砕戦法を唱える司令官が戦死した時点で戦闘という名の一方的な殺戮で命を捨てる必要はない。そして打ちのめされて敗走する残存艦艇の中には、司令部の参謀であるオーベルシュタイン大佐の乗るシャトルの姿もあった。
シャトルの座席に身を沈めたまま、オーベルシュタインは沈黙を守っている。彼に言わせればゼークトの行いは無意味でくだらないもの以外の何物でもなく、一時の恥辱にまみれようとも、生きていれば復讐戦の企図もできたものをと、彼は考えるのだが、ゼークトの思考回路ではそれを理解することができなかったという事だろう。

「まあ、よい…」

そうつぶやいて、オーベルシュタインは目を閉じた。
彼の機略に傑出した統率力と実行力が加えられれば何時でも要塞など奪還できる。彼自身はそれを確信しているのだ。問題はだれを選ぶかなのだ…。
そう考え込むオーベルシュタインを乗せてシャトルは、味方艦艇の間をぬって飛び去って行くのだった。


一方イゼルローン要塞の中では歓喜と安堵と興奮が渦巻いていた。

「やった!ヤン提督が勝ったぞ!」
「俺たちの勝利だ!」
「自由惑星同盟万歳!」
「提督ばんざーい!」

兵士たちは歓声をあげ、士官たちは抱き合って喜び、下士官兵たちも口々に勝どきをあげたり、肩を叩き合ったりした。
静かなのは、事態を知って呆然とする捕虜たちと演出家であるヤン・ウェンリーくらいなものだった。

「まったく…」

ヤンは苦笑しつつ、副官グリーンヒル大尉を見やる。

「グリーンヒル中尉、本国に伝えてくれ。何とか終わった、もう一度やれと言われてもできない、とね。私は疲れたよ」
「はい、わかりました」

グリーンヒルも笑顔になってうなずいた。

そこに通信が入る。第四艦隊旗艦オケアノスからだった。

『ヤン、まさかほんとに成功させるとはな…』
「おかげさまでどうにかこうにかってところだよ」

ヤンは苦笑いしながら応じる。

『ま、お前ならなんとかしそうだと思っていたけどな。ところで敵の残存艦艇についてだが掃討するか?』
「いや、その必要はない」

ヤンは即答した。

『なぜだ?こっちには1万以上の兵力があるんだ、この際徹底的にやっておくべきじゃないか?』
「それについては、こちらにも事情があってね」

ヤンは説明を始めた。

「というのも、敵が逃げ散ったのなら、わざわざ深追いする必要もないからね。それを追撃したとなればそれこそ死兵と化して抵抗してくる。それに私はもう降伏が嫌なら逃げろと言ってしまったのでね」
『お前らしいな…。わかった。じゃ、後始末は任せておけ。今回の功労者なんだ、ゆっくり休むといい』
「ああ、お言葉に甘えてそうさせてもらうよ」

通信が切れた後、ヤンはベレー帽を脱いで髪をかきまわすと、机の上から降りて椅子に腰かけ、グリーンヒル中尉に何かあったら知らせるように伝えると、そのまま眠りこんでしまうのであった。こうして、イゼルローン要塞は同盟軍によってほとんど血を流すことなく占領され、回廊における同盟軍の大勝利は確定したのであった。 
 

 
後書き
まぁ次はもっと出ますので、お待ちください。
次回はテルヌーゼンと帝国侵攻作戦の前触れあたりです。
どうやって書こうか悩むところ…。 
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