ソードアート・オンライン 穹色の風
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アインクラッド 前編
気まぐれとパーティー
前書き
えー、かなり短いです。すみません。
まさかこれから登場させる予定のスキルやらをまとめていただけでこんなにも短い&それでもいつもより投稿期間が長いになってしまうとは……
数分後、マサキの姿ははじまりの街南東のゲート付近にあった。前にキリトから教わっていた柳葉刀の強化素材を取るためと、自身のレベルアップを図るためだ。
マサキは近くにあるショップで回復アイテムを買い込み、ゲートを通ろうとしたところで、視界の隅に一人の男性の姿が映った。多くのプレイヤーは未だ中央広場で身の振り方を思案しているらしく、道中にマサキがプレイヤーに出会うことはなかったが、テラスから数秒間下を覗き込んでは後ずさり、意を決したように柵から身を乗り出しては思いとどまるように体を起こすその挙動は、間違いなくNPCのそれではなかった。
マサキが遠目から様子を伺っていると、彼は同じことを数回繰り返した後、腰が引けたようにへなへなとその場に座り込んだ。顔は俯き、柵を握る手は明らかに震えている。
いつものマサキなら絶対にスルーするのだが、何の気まぐれを起こしたのか、マサキは彼の許へと歩み寄って言った。
「何やってるんだ?」
「へ? う、うわっ!?」
話しかけられ、咄嗟に立とうとしたのだろうが、逆にさらに体制を崩し、盛大にひっくり返ってしまう。その後も何とか立ち上がろうと四苦八苦するが、足はがくがくと震えるばかりで全く力が入っていない。仕方なくマサキがさらに近付いてしゃがみこむと、ようやく顔を視認することが出来た。
大きく見開かれた瞳にライトブラウンの髪、マサキやキリトとは違う爽やかな男らしい顔立ちが相まってスポーツマンのような印象を相手に与える彼は、しかしその整った顔から隠しようのない不安と恐怖を滲ませていた。
彼は震える唇を動かし、何度か言葉を発しようとするものの、その度に口をつぐむ。それを何度か繰り返し、ようやく理解可能な言語を話すことに成功した。
「……お前も、ログアウトしに来たのか?」
「……ログアウト?」
予想だにしなかった単語が飛び出し、思わずマサキは聞き返してしまう。が、すぐさま頭を回転させ、意味を推測しようとする。
(まさか緊急脱出の手段が存在する? ……いや、茅場がそんなものを残しているとは考え難い。それに、あったとしても気付くのが早すぎる。あの混乱の中でそんなことを考えられるプレイヤーが一体何人いるか。それに、そうだとしたらこいつが何に対して恐怖を持っているのかが不可解だし、今頃全プレイヤーがその手段で脱出しているはずだ)
マサキが頭の中で選択肢を一つずつ消していき、それと同時に辺りを見渡す。そして、マサキの目がテラスの柵で止まった。
「……なるほど。自殺しに来たわけか」
「自殺じゃない!!」
マサキが呟いた瞬間、今まで黙っていた彼が何かにすがるように叫んだ。
「このゲームがプレイヤーの復活をプログラミングしていないのであれば、プレイヤーがゲームオーバーになるということはログアウトすることと同義なんだ!! ……だから、だからこの柵を乗り越えてここから飛び降りれば……!」
「無理だな」
自信など少しも含まれておらず、ただただ悲痛な感情を帯びたその叫びを、マサキは遮って言った。
「俺は昨日、ナーヴギアの内部構造を個人的に調べた。そしてその結果、明らかに通常のゲームプレイでは使用されることのない回路を二本発見した。一本はICチップからバッテリセルに延びた回路で、用途はおそらくプレイヤーのゲームオーバーを感知して脳焼却シークエンスの命令をバッテリセルへ通達すること。もう一本はバッテリセルからマイクロウェーブ発生器へ大きな電気を一気に流し込むための回路だ。通常の回路では脳を焼き切るほど強力な電流を流そうとしたら、間違いなく脳よりも先に回路が電圧によって焼き切れる。だからこの回路を作ったんだろうな」
マサキが一言発する度に、目の前のプレイヤーは恐怖と不安を増大させていき、ついには再び俯いてしまった。マサキはそんなことはお構いなしに、他人にここまで介入する自分を珍しく思っていたのだが。
やがて俯いていた彼は、マサキがここにいることを不思議に思ったのだろう、顔に疑問の色を浮かべて言った。
「……じゃあ、じゃあお前はどうしてここに?」
「武器の強化素材集めと、レベリング」
「なっ……!」
マサキの言葉が理解できない、といった様子でのどを詰まらせる。
「ふざけてるのか!? ゲームオーバーになったら本当に死ぬって言ったのは、そっちじゃないか!!」
「別に俺は死ぬつもりで外に出るわけじゃない。さっきも言っただろ? 「武器の強化素材集めと、レベリング」ってな」
「……何でお前はそこまでして危険な場所に向かおうとするんだ? ゲームを自分の手で終わらせたいからか?」
未だに信じることが出来ない風な口調で問いかけるプレイヤーに、マサキはゆっくりと首を振った。
「この街でじっとしているのは、俺の性に合わない。それが主な理由だ」
「コルが尽きたら飢え死にするっていうこともあるがな」と苦笑しながら続ける。さすがに一番重要な理由は隠したが。するとそれを見て、今まで恐怖と不安に震えていただけだった彼が、何やら真剣な面持ちで考え始め、数瞬の迷いの後、何かを決心したように顔を上げ、言った。
「俺も連れて言ってくれないか?」
「何だって?」
「俺をパーティーとして連れて行ってほしい。……俺の名前はトウマだ」
「……分かった。俺はマサキだ」
ゆっくりと立ち上がり、じっとこちらを見据えるトウマにそう答えてから、マサキは自分でも驚いた。いつものマサキなら、絶対にNOだろう。そもそも、このように他人に声を掛けること自体がマサキにとってかなり異例なことなのだ。それに、マサキは既にパーティーになる可能性のあったキリトと別れている。彼はβテスターであり、強さも、知識も持っている。パーティーメンバーとして迎えるには問題ないどころか、普通だったら諸手を挙げて歓迎するところだ。
しかし、マサキは断った。彼と深く関わることで余計な面倒ごとに巻き込まれるのを恐れて。そしてその危険性は、今目の前に立っているトウマと名乗るプレイヤーも同じはずだ。
それなのに、マサキは断ることが出来ずにいた。彼の眼力に気圧された訳でも、つい先ほどまで自殺志願者だった彼を哀れんだ訳でもない。ただ、心の何処かで少しだけ、「こいつと関わりを持ってみたい」と思ってしまったから。
そしてその思いは、ただの気まぐれだと切り捨てる、あるいは、一時の気の迷いだと一笑に伏すには、少しだけ大き過ぎた。
(……まあ、たまには気まぐれで動いてみるのも悪くない、か)
考えてから、マサキは心の中で苦笑した。そんなことを思ったのは一体いつ以来であろうか。少なくとも、あの事故以来にはないであろう。マサキは今まで、自分は理屈屋であり、常に論理的整合性に基づいて行動する人物だと自己分析していたのだが、これではその認識を改めなくてはならない。ただの偶然が重なった結果だということも、否定は出来ないが。
(異世界に来たもんだから、考え方まで現実とは異なる、ってことか?)
そう思ったころには、マサキはもう吹き出すのを堪えるので精一杯だった。まさかこんなにも珍しいこと尽くしになるとは。それなら宝くじでも買っとくんだった、等と胡乱な考えは後を絶たず、その度に吹き出そうとする体とそれを阻止しようとする脳との間で全面戦争が勃発する。
「……マサキ? どうしたんだ?」
「……いや、なんでもない。改めてよろしく頼む」
ぶつけどころのない衝動をトウマへの笑顔に変換することによって吹き出すことを免れたマサキは、目の前に突如現れたパーティー勧誘のメッセージウインドウを操作し、それを受諾する。同時に視界の隅に“Toma”のアルファベットが出現し、目の前の男とパーティーを組んだという事実をまざまざとマサキに見せ付ける。マサキは振り返ると、再びゲートに向けて歩き出した。今までに感じたことのない隣に仲間がいる感覚と、それに対する不安、そして、それらが織り成すいつもと違う世界への、一抹の期待を胸に。
後書き
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