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俺様勇者と武闘家日記

作者:星海月
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第2部
スー
  白い馬のエド

 『浅瀬の祠』について知っている者がいるかもしれないということで、スー族の里に住むエドという者に会いに行ったのだが、その人物というのが人ではなく人の言葉を話す馬だったという事実に、私たちは驚愕していた。
「あ、あの……あなたが本当にエドさん……?」
「はい。私がエドです」
 恐る恐る私が問いかけると、目の前にいる白い馬は落ち着き払った声できっぱりと答えた。
「俺はユウリ。魔王を倒すために旅をしている。こいつらは仲間だ」
 一方のユウリはと言うと、微塵も動揺の色を見せず普段通り自己紹介をしている。
「ジョナスから聞いています。あなたが次の勇者なのですね」
 立派な体躯の馬の口から発せられる、落ち着いた女性のようなその声に、ユウリは片方の眉を動かした。
 「あんた、ただの喋る馬じゃなさそうだな。『次の勇者』とは、どういう意味だ?」
 そう言ってユウリはエドの目を射抜くように見つめる。まるでエドの真意を探るように。
「その目、十数年前にも一度見たことがあります。あのときは確か『オルテガ』と名乗っていましたね」
「……親父を知っているのか」
 ええっ!? ってことは、エドってどのくらい前から生きてるの!? 私は聞こえるはずもない心の中で尋ねた。
「ええ。そのときは、魔王の城の場所を教えてあげましたよ。一人でどうやって行ったかは存じませんが」
「あの親父のことだ。一人で山を越えるぐらいは出来そうだがな」
 ユウリの言葉に、改めてオルテガさんの身体能力の高さを疑ってしまう。
 というか、何でエドさんはそんなに物知りなんだろう? 魔王の城の場所まで知ってるなんて。
「それで、今度の勇者は何を知りたいのですか?」
「『浅瀬の祠』という場所がどこにあるか知りたいんだが、教えてもらえるか?」
 その言葉に、エドの瞳がうっすらと光ったような気がした。馬なので表情は読めないが。
「……『最後の鍵』を手に入れたいのですね」
「!! ……随分察しがいいな」
「これでも割と長く生きていますからね。だが、あなた方の旅の選択は概ね正しい」
 核心を突かれ一筋の汗が頬を伝うユウリに対し、エドの口調は変わらない。
「『浅瀬の祠』はここスー族の大陸より西の海の真ん中にあります。祠は岩場に囲まれているので、満潮でも岩が密集しているところを探せば見つかるはずです」
「そうか。それで、渇きの壺はどう使えばいいんだ?」 
「干上がらせたい海の上で壺の蓋を開ければ、その壺が海の水を吸い込む構造となっているようです。さすがにそんな高度なアイテムは私には作れませんでしたが、おおよその仕組みは把握しています」
 さらに、この壺は自然の摂理に反する力を持つということで、本当に必要な時しか使ってはいけないということまで教えてもらった。
「ありがとうございます。でも、どうしてそんなに何でも知ってるんですか?」
 私の問いに、エドは表情に影を落としながら目を伏せた。まずい、もしかして聞いちゃいけない質問だったんじゃ……。
「……信じてもらえないと思いますが、実は私はもともと人間だったのです」
「人間!?」
 予想外の答えに、私は驚愕の声を上げた。
「もしかして、魔物に姿を変えられでもしたのか?」
 代わりにユウリが尋ねると、エドはゆっくりと頷いた。
「ど、どういうことです? 魔物が人間を馬に変えるだなんて……」
 ルカもにわかには信じがたい表情でユウリに聞くが、答えたのはエドだった。
「正確に言うと、魔物の力ではなく、私が作ったあるアイテムの力なんですよ。けれどそのアイテムを魔物に奪われてしまい、逆に私が変化させられましてね、以来ずっとこの姿のままなんです。皮肉なものですよ」
 つまり、エドが自分で作ったアイテムを使って魔物を変化させようとしたら、反対に自分が馬に変えられたってことらしい。エドの口調は軽いが、オルテガさんと出会うほど昔にそんなことがあったのだとしたら、なんてひどい話なんだろう。
「生き物を別の存在に変化させられるアイテムなんて、俺が知ってる文献にも載っていなかったが……、本当に可能なのか?」
「理論上は可能ですよ。ただ、技術的に問題があるので、量産は無理でしょうね」
 馬なので表情は読み取れないが、乾いた言葉が響く。
「どうせ今のこの姿のままでは元の姿に戻れませんからね。ただ、もし本当にあなた方が魔王を倒してくださるのなら、私の姿を変えたあの魔物から、『変化の杖』を取り戻していただけると助かります」
「結局元に戻りたいのかどっちなんだ」
「私もかつては人間の身でしたからね、死ぬ前くらいは本当の姿で過ごしたいんですよ」
 はあ、とユウリは深くため息をつく。こういうときは大体彼の行動は決まっている。
「その『変化の杖』を奪った魔物の手がかりはわかるのか?」
「それが分かれば今ごろこんなところにいませんよ。ただ、相手は翼を持たないので空を飛ぶことは出来ません。おそらくこの大陸のどこかにはいると思います」
「……あくまで魔王を倒すついでだからな。期待はしない方がいい」
「それはつまり、探してくれるということですか?」
 弾むようなエドの声に、閉口するユウリ。だがそれが肯定を意味しているということは、この場にいる誰もがわかることだった。
「期待していますよ、真の勇者となる者よ」
「……ふん」
 エドの言葉には、不思議と信頼感があった。何故かはわからないが、彼の紡ぎだす言葉は全て真実のように聞こえる。
「そういえば、あなた方は『オーブ』の存在を知っていますか?」
「ああ。まさにそのオーブを手に入れるため、最後の鍵を探している」
「なら話は早い。オーブの在りかを教えてくれるアイテムに興味はありますか?」
「……そんなアイテムが本当にあるのか?」
 瞬時にユウリの目の色が変わる。彼は早く続きを話せと言わんばかりに、エドの馬面に極限まで詰め寄った。
「ここから南、大山脈を越えた先に、『アープの塔』と呼ばれる塔があります。そこで私は人々の生活の改善のため、様々なアイテムの研究をしていたんですが、そのアイテムだけはどうしても売れそうにないと思いましてね、売らずにそのままその塔に置いてあるんですよ。良かったら、持っていってください」
「……さすがだな。そんなものまで作れるとは」
「これでも昔は三賢者の一人に数えられてましたからね。魔法と技術を組み合わせれば色んなものを作れますよ。なかでも個人的にお薦めなのが、歩くと自動的に描く世界地図とか……」
「えっ!? あの地図って、エドさんが作ったんですか!?」
 私はユウリに顔を向けると、やれやれという風に鞄から世界地図を取り出した。
「おお!! まさしくこれは私が作った世界地図! 昔方向音痴の旅人に頼まれて作ったんですよ。まさかこんな形で再会できるとは!」
 エドはご機嫌のあまり鼻息を荒くしながらユウリが持つ世界地図を凝視している。直に触ることが出来ないのがもどかしそうだ。
それにしても、アリアハンにある誘いの洞窟で見つけた地図を作った人がエドだなんて、不思議な因果もあるものだ。それだけエドが残してきた功績は、私たちの生活において身近なものなのだろう。
「三賢者ということは、イグノーって奴のことは知ってるか?」
 ユウリの問いに、私ははっと思い出した。そういえば、テドンでカリーナさんが言っていたイグノーさんも、三賢者だった。
「ああ。あの自分の能力を過大評価している方ですね。知っていますよ」
 あれ? イグノーさんってそんな人だったの? カリーナさんの話と大分イメージが違うんだけど。
「確か勇者サイモンと共に魔王を倒しに行ったとか。でも結局未だに魔王が顕在しているということは、志半ばで力尽きたということでしょうね。で、彼が何か?」
 言ってることは間違ってはいないが、どこか刺々しい言い方で話すエド。イグノーさんとの間に何かあったのだろうか? 
 ……ここはあまり触れない方がいいのかもしれない。
「……いや、ただ少し気になっただけだ」
 ユウリもあえて言うのをやめたようだ。
「ああ、そうそう。もし塔に着いたら、私の名前を思い出してください」
「どういうことだ?」
 訝しげに尋ねるユウリに対し、エドは笑うように大きな瞳を彼に向けた。
「どういうことも何も、そのままの意味です。行けばわかると思いますよ」
「……?」
 結局エドはこれ以上何も言わなかった。
「話、終わったか?」
 丁度タイミング良く、ジョナスが馬小屋の奥からひょっこりと顔を出してきた。どうやら私たちが話をしている間に馬小屋の掃除をしていたようだ。
「ああ。紹介してくれてありがとう。これで先に進める」
「なら、良かった。何かあるとき、呼ぶ。私、助ける」
 先程の殺気はどこへやら。朗らかな笑顔を向けるジョナスは、目が合って早々にユウリに勝負を挑んだ人とは思えなかった。
「なら一つ聞きたい。浅瀬の祠に行く前に、ここから南にあるアープの塔とやらに行こうと思ってるんだが、どうやって行ったらいいかわかるか?」
 どうやら先にアープの塔に行くつもりらしい。ちょっとは私にも相談すればいいのにと思ったが、その前にユウリが先に決めちゃいそうなので意味がないなと悟った。
「アープの塔、大山脈越えた先、ある。でも道、険しい、迷う。道案内、必要」
「大山脈を越えるには、道案内が必要なの?」
 私が聞き直すと、ジョナスは深く頷いた。
「大山脈、とても危険。運悪い、風の神に連れ去られるか、魔物に襲われる」
 隣でエドも心配そうにうなずく。
「この土地に慣れない人間にとっては、大山脈は過酷でしょうね」
 その一言に、周りの空気が重くなる。
「なら、私、案内する。大山脈、詳しい」
 手を上げたのは、ジョナスだった。私たちは丸くする。
「それは助かるが……いいのか?」
「ユウリ、私より強い。強い人、スー族では、尊敬の対象。助ける、当然」
「……なら、道案内を頼む」
 スー族では、自分より強ければ、他所の国からきた人でも尊敬されるようだ。ユウリもまんざらではない様子で了承した。
「今日は、もう遅い。明日、出発する。今夜は私の家で、休む」
「ジョナスの家に行っていいの?」
「もちろん、ユウリの仲間なら、助けるの当然」
 私が意外そうに聞くと、ジョナスは当たり前のように頷いた。なんていい人なんだろう。
「私、先に行く。妻にユウリたちのこと、伝える。皆は、ゆっくり来る」
 そう言い残すと、ジョナスはさっさと先へ行ってしまった。
 なんてありがたいんだ。奥さんにも私たちのことを伝えるなんて……。
「えっ!? ジョナスって、結婚してるの!?」
 当人がいなくなってから、私は彼の新たな事実に思わずツッコミを入れてしまったのだった。

 
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