俺様勇者と武闘家日記
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第2部
スー
スー族の里
翌朝。後半の見張りを任された私は、テントで寝ているユウリとルカを起こした。ルカはあのあとも一度も起きることはなく、私が起こした時の第一声が、「あれ? ここどこ?」だった。わが弟ながら、大分図太い神経をしているようだ。
この日も道なき道をひたすら進み、途中魔物との戦闘もこなしながら、歩くこと丸一日。ようやく里らしき建物が見えてきたころには、すでに空が赤く染まり始めていた。
三人とも、すでに疲労困憊だった。早くベッドで休みたい。シャワーを浴びたい。おいしいご飯を思いっきり食べたい。そんな欲望が頭の中をぐるぐる回っている。
「あれがスー族の里か」
たどり着いたのは、十数軒ほどの家が集まった集落だった。家の形は独特であり、ドーム型のテントのような建物が並んでいる。この土地ならではの独自の文化を築いてきたのだと窺わせる。
すると、里の入り口には警備らしき男性が立っていた。上は動物の毛皮か何かで作られたのか、見たことのない生地でできた服を着ており、さらにその上から色とりどりの糸を使って縫われた上掛けのようなものを羽織っている。下もおそらく同じ素材なのだろう、長いズボンにロングブーツを履いている。頭には鳥の羽根のような飾りがついており、顔には鮮やかな色のペイントが施されていた。
「ここ、スー族の里。お前たち、何の用だ」
私たちを見るなり、彼は独特の口調で話しかけてきた。がっしりとした体格で、アルヴィスより一回り小さい程だろうか。よく見ると体のあちこちに古傷があり、歴戦の戦士を彷彿とさせる。その立ち振舞いといい、隙のない雰囲気といい、どうやらこの里の中でも相当腕の立つ人のようだ。
「俺はユウリ。他は俺の仲間だ。俺たちは魔王を倒すため各地を旅している」
「おお! 魔王、倒す!! ということは、お前たち、強いのか?」
「ああ、まあ一応、魔王を倒すために鍛えてはいるつもりだ」
突然の問いかけに一瞬戸惑いながらも答えるユウリだったが、彼に興味を持ったのか、スー族の男性はまじまじとユウリの姿を眺める。
「ほう……。お前見る限り、とても強そうには見えない。そっちの女もか?」
「え!? あ、えっと、彼ほどではないですけど、強くなるために頑張ってます」
急に話を振られ、慌てて返事をする私。その横ではユウリが、男性の言い方が癪にさわったのか、額に青筋を浮かべている。
「そんな細い腕で、本当に戦えるか? それに、子供もいる。私たち、基本嘘つかない。そして、嘘つく人、好きじゃない。お前たち、まさか私たちの土地、奪いに来たやつ、違うか?」
そういうと、男性は手にしている大きな斧の刃先を私たちのほうへ向け、殺気を込めた目で睨み付けたではないか。
「そんなに疑うなら、試してみるか?」
すると、すでに敵意を燃やしているユウリがずい、と一歩前に出ると同時に、腰に提げている剣の柄に手をかける。そのときのユウリの威圧感は、目の前にいるスー族の男性に勝るとも劣らないほどであった。
「私、好戦的なやつ、嫌いじゃない。申し遅れた、私の名はジョナス。誇り高き戦士、スー族の名に懸けて、いざ、勝負!」
ジョナスの口上が終わるやいなや、ユウリは鞘から得物を抜き、構えた。そしてお互いしばらく微動だにせず、相手の動きを見計らっている。私はというと、二人の雰囲気に気圧され、ただ見守ることしかできなかった。
すると、都合よく一枚の葉っぱがひらひらと二人の間に落ちていく。それが地面に触れた途端、両者とも同時に地を蹴った。
まず先に間合いを詰めたのは、ユウリの方だ。白刃を振り下ろすが、紙一重のところでジョナスの斧に防がれる。
はじき返された反動で、大きく後ろに跳ぶユウリ。その隙に、今度はジョナスが斧を振りかぶってきた。その動きは大柄な彼の体格に反して、無駄のない俊敏さである。
だがユウリは見越していたのか、体を横にひねり、難なくかわす。すると、そのままバネのように体勢を思い切り低くしたあと、下からジョナスの顔めがけて剣を振り上げた。
「くっ!!」
ジョナスはかろうじて刃を受け止めたが、その一撃の重みに耐えきれず、数歩後退する。
さらにユウリは追い打ちをかけるように、一太刀、二の太刀と、次々に攻撃を浴びせる。攻撃を受けるたびに、ジョナスの体がじわじわと後ろに下がっていく。
そして、わずかにジョナスの腕に力が入らなくなったのを見逃さなかったユウリは瞬時に剣を持ち換え、柄の部分でその腕めがけて思い切り叩きつけた。
「ぐあぁっっ!!」
ジョナスの手から得物が離れ、地面に落ちたと同時に金属音が響く。ユウリは膝を折るジョナスを見下ろし、これ以上は戦闘にならないと悟ったのか、剣を鞘に納めた。
「勝負あり!!」
突然、見知らぬ男性の声が響いた。その声の方に振り向くと、いつのまにいたのか、数人のスー族の人たちが歓喜の声を上げながら何やら騒いでいる。その中の一人、一番年長者と思われる初老の男性が手を真上にかざしている。おそらく今叫んだのはこの人だろう。
「ジョナス。お前の負けだ。そこの旅人は、嘘をついてない」
そういうと、初老の男性はすたすたと二人の間に割って入り、いきなりユウリの腕をつかんだ。
「!?」
ユウリもまさかいきなり腕を掴まれるとは思ってなかったのだろう。警戒心を解いていたユウリはあわてて男性の手を放そうとする。だが、片手とはいえユウリの力をもってしても、男性の手が離れることはなかった。
「うむ! なんと無駄のないすばらしい筋肉!!」
どうやらユウリの腕をただ触って確かめたかったらしい。男性はすぐにユウリの腕を離した。
「失礼。わしはこの里の酋長で最年長のアナック。わが里の者が失礼をした。彼……ジョナスは好戦的でな。すぐ力で解決しようとしてしまう」
そういってジョナスを一瞥するアナックさん。すると、ジョナスは先ほどの強気な態度とは一変、すっかりおとなしくなってしまった。
もしかして、アナックさんてジョナスよりも強いんだろうか?
「どうせ俺が勝つから大した問題じゃない。むしろわかりやすくていいと思うがな」
アナックさんの言葉に、平然と言うユウリ。私も一度はそんなセリフを言ってみたい。
「それならよかった。しかし、こんな何もない辺境の地に、何の用だ?」
「実は先日、エジンベアという国でとあるアイテムを手に入れたんだが、これが何か知っているか?」
ユウリが私に目配せをしたのを合図に、私は鞄の中から渇きの壺を取り出した。
「こ、これは……渇きの壺ではないか!! どうしてあなた方がこれを!?」
「やはり知っているのか。俺たちは『最後の鍵』を手に入れるため、この壺をもらった。だが、最後の鍵があるという『浅瀬の祠』の場所がわからなくてな。その場所の手がかりを探すため、あんたたちのところまで訪ねてきたんだ」
「確かにその壺を使えば、海の水など一瞬で干上がらせることが出来るはず。だが、それは本来わしらスー族の宝。かつてこの地にやって来た他国の略奪者によって奪われたものなのだ。他所の人間がおいそれと使っていいものではない」
つまり、元々は自分達のものだから、余所者には使って欲しくない、ということなのだろうか。
「もちろん鍵が手に入ったらこの壺はあんたたちに返す。それは約束しよう」
ユウリの言葉に、アナックさんはしばし彼を見据えると、納得したように頷いた。
「……どうやら嘘はついとらんな。ならば信じよう。だが、生憎わしには『浅瀬の祠』というものの場所は知らない。この里にいるエドに聞けばわかるかもしれないから、まずは彼に会って話を聞くといい」
「わかった。それで、そのエドという者は里のどの辺りに住んでるんだ?」
「ああ、エドなら……」
「待ってくれ!! エドに会う、私、案内する!!」
すると今までおとなしかったジョナスが、突然名乗りをあげた。
「うむ。ならジョナス。お客人の案内はお前に任せる。里の守りは他の者に頼んでおこう」
そう言うとアナックさんは一足先に里の中へと入ってしまった。
「ユウリ、こっちだ」
ジョナスの言葉に戸惑いながらも、私たちは彼の後をついていく。
「……エドさんって、一体どんな人なんだろうね」
ぼそりと私が言うと、隣で聞いていたルカが神妙な顔で考えていた。
「きっと、あのジョナスって人があんな大男なんだから、エドって人も似たような感じなんじゃない?」
言われてみれば、確かに同じ部族なんだから、似た体格の人と言うのはあながち間違ってはいないのかもしれない。それに最年長のアナックさんですら、年の割に筋肉質な体つきをしていた。ユウリが腕を振りほどけなかったのも、きっとここの人たち特有の体格だからなのだろう。
なんて二人で勝手にエドさんのことを予想し合っていると、先を歩いていたジョナスが急に立ち止まった。
「ここ、エドのいる家」
『え!?』
そこは、どうみても家屋というより、馬小屋だった。建物の外には干し草が積み上げられており、柵もある。
「おい。そっちは馬小屋だぞ。勘違いしてるんじゃないのか?」
ユウリも疑問を持っていたらしく、ジョナスに問いかける。
「ここ、エドの家。今、エド呼ぶ」
するとジョナスは、なんの迷いもなくそこに入ったではないか。ほどなく、馬の嘶く音が聞こえてくる。
「え? 大丈夫なのかな、ジョナス」
色んな意味で心配になった私は、ひょいと入り口から顔を覗き込んでみた。
「ヒヒーン!!」
「きゃあっ!?」
馬の嘶きと共に、突然馬の顔が私に向かって迫ってきたので、すんでのところでかわした。
「急に顔出す、危ない!」
ジョナスに大声で注意されてびっくりするも、さらに驚くことが目の前で起きた。
「いきなり顔を出すなんて、危険ですよ、お嬢さん」
ん? 今のは一体誰の声? と、きょろきょろと辺りを見回す。
「申し遅れました、私は喋る馬のエド。私に何か尋ねたいことがあるとお聞きしたのですが?」
『ええええっっっ!!??』
なんと、私たちが尋ねる相手というのは人ではなく、人の言葉を話す、白く美しい毛並みの馬だったのだ。
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