SAO--鼠と鴉と撫子と
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19,睡眠……
前書き
久々の更新。
その日、アインクラッドの天候は最良だった。
ランダムパラメーターで制御された天候は現実以上に如何ともしがたいものがある。
ある時は雨が降り、またある時は雹が降りしきる。
天候が良ければ風が吹き、風がなければ虫が湧く。
細緻の極みと言っていいほどのランダムな天候には驚くばかりで、そのうち地震や台風が襲来するのではないかと実しやかに囁かれているほどだ。
しかし、今日は違う。
風はなく、襲い掛かってくる蚊はいない。日々肌寒い昨今においては5月並みに温かく、雲一つない青空に雨を降らせることは不可能だろう。
あとは本当に天変地異やら槍が降るイベントを想定しなくてはいけないが、まあそんな奇跡はおこるまい。
こんな日はこの一年を通しても五日もないのだ。ならば、今日この日を楽しむのが最良の選択ではないか。
そう決断して俺は、芝生の上に寝転ぶことに決めたわけだ。
攻略へ行く人たちが俺の横を通っていく。あるものは羨ましげに、ある者は笑って俺の姿を見ていく。
一度など、端正な顔つきの少女に「しっかり攻略してください!!」と怒られたが、俺は場所を僅かに変えただけで攻略に行く気などさらさらない。
こういう日は瞼を閉じて、昼寝が一番。
この時、俺はまだ気づいてはいなかった。
物陰からコチラを睨み付ける瞳に。
これから自分に降りかかる脅威に。
目の前には巨大なコンクリートの建物があった。
大きく、雄大で。とてもじゃないけど人が作ったとは思えない。
「――――――でゴ――――」
遠くで、何かが聞こえた気がした。ゴロリ、と寝返りを打って微睡の中へ帰還していく。
「今のう――――ン―――せるで―――」
耳元で小さな声が聞こえた気がする。
とても懐かしい鈴のような高い笑い声。
この世界にはどこにもいない、そんな残像が目の前を霞んでは消えていく。
いつしか、目の前には我が家の庭先が見えていた。平均的な二階建て住宅はとてもアングルから見上げているから大豪邸のような迫力だ。
そういえばこの家に住んでいたのはようやく身長が140センチを超えたと喜んでいた頃だったけか。
懐かしく、涙の出るほど幸せな日々が目の前を流れていく。
両親が、友達が、そして大切なアイツが目の前に現れては消えていく。
誰もが皆、笑いかけて、手のひらでこっちにおいでと。そう合図している。
「こ―――後――タンを押させ―――フ―――――は完了―――ル」
「しか―――――我―――――――殺――に」
「――――に名を上げる―――――」
ピカリと光が迸った。短く、速く。
一瞬にして周りの世界が白く包まれていく。よく知っている夢の終わり。
幸福な時間は一瞬に。
これからが夢の終わりの始まりだ。
目の前の風景が瓦解する。砂上の楼閣は形をそのままに、雰囲気を180度変えて俺の前に聳え立った。
背を向けて走り出す俺の脚はどうしてだか空回りで、全く進まない。
後ろから、追いかけてくる懐かしい人たち。だけど、先ほどとは違う。彼らに捕まってはいけないと本能が叫び、何とか進もうともがく。
いつも通り、俺は躓いて転んでしまった。立ち上がり方を忘れてしまったかのようにその場にへたり込む。
眼前のゴールはもうすぐなのに、そこから一歩も動けはしない。
ああ、もう駄目だ――大根役者はそう思う。
だけど、これは予定調和。
夢の舞台の千両役者はいつも現れ、俺の腕をぐっと掴んでくれるはずだ。が、
「―――やったでゴザルゥゥ」
「――ふぇ?」
耳元で響き渡った絶叫に俺の夢は見事、強制シャットダウンを遂げた。
寝ぼけ眼のまま、あたりを見渡す。
近代的な日本の住宅街の風景はどこにもなく、代わりに広大な芝生と西洋を思わせる水車付の平屋が目に映った。
よっぽどこちらの世界の方が浮世離れしているようにも思えるが、既に半年近い時間をこの風景の中で過ごしているとこの風景が日常であると断じることに躊躇はなかった。
そして視線を近場に――目の前のプレイヤー二人に目を向けた。
俺の右腕をガッシリと掴み、ウィンドウへと手を引っ張っていたこいつらには、見覚えがある様な無い様な。
創意工夫のあるファッションは黒色と紺色を基調としつつ、東洋風の布柄がふんだんに盛り込まれている。
そういえば最近、東洋風の装備品が発明されたと聞いた覚えがあったが、こんなところにフルコンプしている者がいようとは。
「「お久ぶりでゴザル。お頭」」
「――おう、とりあえず。手、離せ」
風魔忍軍の二人組――イスケとコタローは二人して2メートルほど後方に飛び、平伏の礼をするのだった。
「一応、聞いてやろう。お前ら二人、ここで何してる?」
空気上、さすがに打開しなくてはと思い、俺が声をかけると二人はともに面を上げた。
どうやら忍びのルールでは声をかけられるまでは体勢を変えてはいけないらしい。
「は、拙者らがここに来たところ、お頭が仮眠を取られているのを確認しまして」
「お頭の警護をさせてもらったでゴザル!!」
「け、警護……」
思わず、俺が寝ていた時間を想像した。
のんきに寝ている青いマントのプレイヤーをザ・忍ルックの二人が木の上から見守る図。
「別に、お頭の迷惑となることはしてないでゴザルよ」
「そうでゴザル。堂々とお頭を見て笑う無礼なスッパ者に天誅を与えただけでゴザル」
二人から武勇伝のごとく出てくるアンモラルな報告の数々が飛び出した。
全身緑色の重装甲パーティーが騒いでいたから、投剣をぶん投げたやら。
スキンヘッドの巨漢がこちらに殴りこんできたから、二人で追い払ったやら。
挙句の果てに、全身黒の怪しい少年が隣で寝始めたから、担架で近くの川に流したらしい。
「終わりだ……俺の攻略組での生活は、終わりだ……」
俺の落胆は余所に忍達は勝鬨を上げていく。もはや、忍ですらないその堂々とした様に俺は責任を取らせるのをあきらめた。
「もういい、で起きた時は何をしてたんだ?」
「「お頭とフレンド登録をさせて頂いたでゴザル!!」」
木枯らしが一陣、俺たちの前を通り過ぎていく。
固まった俺は目を閉じて深呼吸し、フレンドリストを出してイスケとコタローの名前があることを確認。
そのまま、二人の名前をドラック。
指先で彼方へと放り投げた。
《二人とのフレンド登録を削除しますか?》
躊躇いもなく、イエスを押しこむ。
よし、削除完了っと。
「「ひどいでゴザルよ、お頭!!」」
「ウルセェ。お前らにだけは非難されたくないわ」
抱きついてくる二人の顔面に容赦なく《閃打》を振るう。
ダメージが通らないのが悲しいが、二人の体は数メートルきれいに吹っ飛んだ。
「第一、俺がお前らとフレンド登録するメリットは何だ?」
「――お頭に影ながらつき従い、不逞の輩からお守りするでゴザル」
「――お頭に常にメッセージをお送りし、近況報告と耳寄りな情報をお届けできるでゴザル」
「――要するに、ストーカーと迷惑メールだな」
もはや、殴る気力すら失い、右腕を力なく降ろした。
俺は、今日リフレッシュをするために昼寝をしていたはずなのに。
どうして、睡眠フレンド登録に引っかからなくてはならないのだろう。
とぼとぼと、二人の前を通り過ぎようとした。もう、今日はホームに帰って寝てしまおう。
そんな、俺を見て、イスケとコタローは
「お頭、それならせめて《風魔忍軍》への加入を……」
と言おうとしたところで殺意の蘇った俺の右腕に再び、遥か彼方へと吹き飛ばされるのだった。
後日、アインクラッド最大のニュース誌《ウィークリー・アルゴ》にはこんなニュースが流れることになった。
「圏内睡眠プレイヤー、簀巻きにされて圏外川に流される」
「透明化スキル解禁か!!?アインクラッド解放隊が圏内で姿を見せないプレイヤーに強襲される」
「24層気象設定に忍が降るというレアイベントあり?」
後書き
言い訳をすると、リアルが忙しかったです。
年明けにテストを持ってくるな!!と声を大にして言いたい。
まあ、今日のはノーコメントで。
次回からは25層攻略戦の予定です。
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