SAO--鼠と鴉と撫子と
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18,剣(つるぎ)で語れよ
風が吹いている。
この虚空に浮き立つ巨城の遥か彼方から吹きすさぶ風が目の前のバンダナを揺らす。
それは、まるでクラインさんから溢れ出る闘気のようだ。
「しゃあ、キリトっよう。デュエルしようぜ!!」
風に乗って決闘のウィンドウが流れていく。
風下のキリトさんは暗い瞳でそれを一瞥し、再び顔を伏せた。
「クライン……俺はやめとくよ」
「お、おいおいおめぇ、そりゃあ無いぜ」
「いや、止めとくよ。こんな所にも来るべきじゃなかった……」
クラインさんが歩み寄っていく。
「どういう意味だよぉ、キリの字よう?」
既にクラインさんはキリトさんの真正面。
頭一つ分は大きいクラインさんがキリトさんの顔を覗き込む。
まるで、カツアゲをするヤンキーと逆らえない中学生。
ここが剣の世界でなければ私はすぐに職質をかけに行っているはずだ。
「だって俺……お前を捨てたんだ。たくさんの初心者を置いて、自分のレベル上げを優先して」
クラインさんが、小声で何かを呟いた。私の所までは風に阻まれ、聞こえない。
だけど、キリトさんの告白は止まらない。一度吐き出された毒は、とめどなく流れ出る。
「違う。方法なら幾らでもあった。俺は今生きている8000人を捨てて、自分を選んだ汚いビーターだ。だから、俺が、誰かと一緒にいる権利なんてないんだ」
キリトさんがようやく顔を上げる。唇をゆがめ、嗤った顔。
だけど、泣き出しそうな瞳はクラインさんを映してはいない。
私は昔の記憶を思い出した。
自分の罪を知り、それでも人を殺めるしかなかった殺人者たちの顔。
私の知る誰もが、その罪の重さに耐えきることはなく――
「あ、!!」
私は思わず、足を動かそうとして、腕を掴まれた。
振り返ると、アルゴさんがしっかりと手を掴み、ゆっくりと頷いている。
キリトさんはゆっくりとウィンドウへと手を伸ばしていく。
その手はNOのボタンの方へと伸びていき――クラインさんにYESのボタンを押させられた。
「――ェ」
それは誰の声か。私か、それともキリトさんのものか?
クラインさんは続いて掴んだキリトさんの腕を動かして初撃決着モードをクリックさせ、後ろを向いてゆっくりと下がっていく。
「クライン、なんでだよ?俺はビーターなんだ。もう一人で生きていかないといけないんだ!!」
キリトさんが今日初めて、クラインさんを見た。
振り返って、クラインさんがゆっくりと刀を抜く。
カウントが5を切ったところで、キリトさんがウィンドウを操作する。
「オマエとは、戦えないよ」
受けた決闘をキャンセルすることは出来ない、が降参なら可能だ。
「キリトよう、おめぇゴチャゴチャとウッセェよ……」
キリトさんがウィンドウをタップしようとした瞬間、クラインさんが声を絞り出した。
不思議と風がやみ、その声はここにいる四人の間に広がる。
次いで響く地を蹴る足音。高音の風切り音。
どちらも、一方的にクラインさんが出した開戦の音だ。
本能的にキリトさんが躱した。数本の黒い髪が切り取られ、宙を舞う。次の瞬間には、光へと融けた。
流石に斬られるのは御免なのだろう。右に左に体を振って躱していく。
距離を取ろうと、キリトさんが真後ろに跳んだ。同時にクラインさんの太刀が朱に染まる。
右手に持った刀の柄を前方、刀身を後ろに構え、中腰を保ちながらも体が前方へと大きく傾いている。
この構えは知っている。カタナ基本突進スキル《一閃》。
範囲は一直線ながら――そのリーチは極めて長い。
「ォォオオオオ」
クラインさんが地を蹴る。走るよりも飛ぶの方が近いストライドで、水平に構えた刀が距離を零にする。
「グゥ」
しかし、その太刀はキリトさんには届かない。
すんでのところで漆黒の片手剣がそれを防いでいた。
「クライン、オマエ……」
しかし、その抗議の声は続かない。クラインさんが鍔迫り合いを筋力値で押し切ったことで再度、防戦になっているからだ。
キリトさんは幾多もの剣を自分の剣ではじき返し、距離を取る。
両者が距離を取り、デュエルの中で始めて間が生まれる。
キリトよう、クラインさんが声をかけ、切っ先を一直線に顔へと向けた。
「刀で語れよ!!ここはそういう世界だろ」
「ッ!!」
クラインさんが再び前に出る。
だが、その剣は先ほどの通りとはいかない。
ガキィィン
2つの剣が交差し、大きな火花を散らす。
始めて剣を振るったキリトは少し少し、その手数を増やしていく。
衝突が2つ・3つと増えていき、二人の間に大輪の花が咲いた。
「フゥゥ、これでだいじょーぶそうだナぁ」
隣から声が聞こえた。見れば、疲れたとばかりにアルゴさんがゆったりと腰を下ろしている。
私もそれに倣って、少し離れたところに座った。
「いやあ、ヤー嬢がキー坊に味方したときはどーしようかと思ったけど、作戦成功」
「作……戦?」
無言で伸びてくる手に、これまた無言で500コルを置く。
マイド、とフードの中から笑い声が聞こえた。
「クー助プレゼンツ。クー助とキー坊の仲直り大作戦」
なるほど、と私は思わずうなずいてしまった。
対戦相手でアルゴさんが頑なだったのも私を挑発して戦ったのも、どうしてもキリトさんとクラインさんをぶつけたかったから。
私がキリトさんに説得されている間、いやきっと今日の朝からクラインさんは今回のチャンスを狙っていたわけなのだ。
ヤー嬢、色々とごめんナ。と軽い感じで声がかかる。何が、とはあえて聞くまい。
言いたいことは思いつくが、私はどうでも良くなってしまった。
目の前で繰り広げられる苛烈で美しい剣の舞。
その中で踊る二人の青年の顔は、知ってか知らずか満面の笑みだ。
剣が踊り、一つが遠く上空へと吹き飛ばされた。
赤い野武士は手を挙げてウィンドウを開き、黒い剣士は刀を鞘へと納める。
そして、まるで何事もなかったかの様に野武士は肩を組み、黒い方は嬉しそうな顔を隠すように、それを背けた。
「ま、それだけじゃないんだけどナ。オイラもヤー嬢とデュエルしたかったシ」
「何でですか?」
パンパンと、ローブをはたきながら立ち上がるアルゴの後ろ姿に声をかける。
思わずストレージから500コルを出したが、いつものように手が伸びてくることはない。
「――敵情視察。カナ?」
私は、ポカンとした顔で走りよっていく苦手な人の姿を眺めたのだった。
後書き
ヤヨイ視点、結局字の文の変化をつけられず……修業が足りぬ。
クラインさんは「ィ」とか接続詞を多用すればそれっぽく……なってますか?
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