ソードアートオンライン アスカとキリカの物語
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アインクラッド編
第26層ボス戦
「クライン! スイッチ!」
「おうよ!」
キリトが単発重攻撃のソードスキルを使って片手剣を強振して、ボスの右足に叩きつける。
ソードスキルを使ったキリトも、強攻撃を防いだボスも動けない。
その隙にキリトの横からボスの右足へと肉薄したクラインが刀にライトエフェクトを纏わす。
左腰に構えていた刀が斜め右上へと走り,そのまま今度は右斜め下、真横へと斬りつける。
システムアシストによってボスの右足にきれいな正三角形の軌跡が描かれ、一拍おいて大上段に構えられた最後の1撃が勢いよく振り下ろされる。
刀スキル4連撃、〈桜蓮華〉。
4連撃にしては技後硬直の長く隙も大きいスキルだが、そのリスクに見合うだけの威力がある。
クラインの大上段の攻撃を受けて、遂にボスの4段あるHPバーが残り1段となった。
ボスの三首が同時に勢いよく咆吼を上げる。
ぐるる、と固くかみ合わされた牙の隙間から憤りの音が漏れる。
それは開始20分で早くも追い込まれたことに対する怒りか。
第26層ボス〈レイジ・ワォッチ・ドッグ〉は攻略組に、否〈血盟騎士団〉に確実に追い詰められていた。
ボス攻略会議が行われている酒場に突入してきた〈血盟騎士団〉のおかげでレイドパーティーの上限人数の48人が無事に揃った。
初参加のギルドではあるが、ギルドメンバーは今までもソロプレイヤーとして、あるいは第25層ボス戦を境に攻略組を脱退したギルドの中からの、屈指の実力者達が集まっていた。
これほどの猛者達を第25層が突破された後のたった6日間で揃い集めたヒースクリフには空いた口が塞がらないといった感じだ。
だが、それだけではなかった。
驚くことに、既に〈血盟騎士団〉の15人でボス部屋に突入。偵察を終えてきたと言ったのだ。
ソロプレイヤーとして最速スピードで迷宮区を登り詰めていたキリトですら、ボス部屋にたどり着いたのは昨日の昼頃だ。つまり、これが全プレイヤーのベストタイムだと言っていいはず。
〈血盟騎士団〉がボス部屋へと到着したのはそれから数時間後とはいえ、早すぎる。
とてもではないが、新規ギルドの動きではない。
日々攻略に参加し続けていた〈風林火山〉ですら、昨日までで18階層までしか進んでいないのだから。
驚くプレイヤーたちのことを気にもせずに、アスカが酒場の中央に立つリンドの前に立って、ボスの情報を説明し始めた。
〈軍〉壊滅でキバオウが攻略組を下りたことにより、名実ともに攻略組のリーダーとなれると思っていたであろうリンドは説明を聞きながら、アスカに殺気の籠もった視線をぶつけていた。気持ちは分からないでもない。
まあ、ぶつけられている側のアスカは何も感じていないようだったが・・・・。
ボスの名前は〈レイジ・ワォッチ・ドッグ〉。直訳は“荒れ狂う番犬”。見た目は紛う事なきケルベロスそのもの。
全長7,8メートル、高さ3メートルほど。
4足歩行型なので得物は使ってこないが、首の上の3首からはそれぞれ別の属性―――雷、炎、毒のブレスを吐いてくる。
しかし攻撃力は侮れないものだが、防御力に関してはたいしたことがなく、偵察の時に10分で1段のHPバーを消すことが出来たらしい。
その他にもボスの前足による横薙ぎ、踏みつけや尻尾による広範囲攻撃。更にブレスの属性や方向の察知の仕方まで。
〈鼠のアルゴ〉の攻略本に勝るとも劣らない分かりやすく、詳しい情報だった。
そのままの流れでアスカがパーティーの編成を指示、分担を決めていった。
基本的にはボス偵察を行ったギルドがパーティー編成を行うので、別にアスカが指示を飛ばすのは何の問題もないが、キリトは今まで自分と同じくぼっちのソロプレイヤーをしていたアスカに編成作業などできるのか、と思ったら、びっくりするぐらい完璧な配置を一瞬で作り上げた。
ホントにこいつ半年前までパーティーメンバーの名前すら確認できなかった超初心者ネットゲーマーか、とキリトは疑問を浮かべずにはいられなかった。
もう1つの疑問といえば、自らの手で〈血盟騎士団〉を作り上げたであろう張本人、ヒースクリフはずっと後方に控えていたことくらいだが、そこは彼なりのギルドリーダーの理想というものがあるのだろう。
結局、その後たったの1時間ほどで、ボス攻略会議は問題なく終了した。
キリトだけでなく、クラインやエギルもアスカに聞きたいことが山ほどあったが、アスカは会議が終了するやいなや、ギルドメンバーと共に颯爽と酒場から去ってしまい、声を掛ける暇がなかった。
そしてそのまま話をする機会がないまま、次の日である今日、〈血盟騎士団〉率いるレイドパーティーは第26層ボス戦の幕を開けた。
HPバーが最後の1段となって、ボスの体色が黒から赤の混ざった褐色に変化した。
バーサーク状態だ。どのボスも追い詰められるとこの状態に陥り、攻撃力が上がるだけでなく、攻撃パターンまで変化する。
ボスの3首が同時に真上まで仰け反る。ブレスを吐く前のプレモーションだが、同時に3方向同時に行ってくるのはこれが初めて。
ブレスの属性は、仰け反り体制の時の首の傾く角度で分かる。
ほとんど仰け反らなければ雷、真上までなら炎、そしてほぼ真後ろまで下げれば毒。
つまり、今ボスが放とうとしているのは――――
「炎ブレスが来るぞ! C、D、G隊、下がれ!!」
後ろから全体の指揮を執っているアスカの指示が飛ぶ。
炎属性のブレスは状態異常に掛けられる可能性はないが、一番威力が高く、範囲も広い。
ノーダメージで避けるためには初動で判断して全力で後退する必要がある。
アスカの声が届くよりも早く、クライン率いる〈風林火山〉の5人とキリトの6人パーティーのG隊は動き出していた。
余裕を持って下がったキリトは視線を他の2つのパーティーに移して、驚きで目を見開く。
隣のC隊の1人が逃げ遅れている。タイミング悪く大技を使ってしまい、技後硬直で動けないようだ。
「何してる! 早く下がれ!」
キリトは叫ぶが、そのプレイヤーは重武装のタンクプレイヤーなので今から下がっても間に合わないことくらい理解している。
さすがに一撃で全損するほどの威力ではないが、あの至近距離で受ければタンクプレイヤーとてイエローゾーンには突入してしまう。
その重武装のプレイヤーは流石の対応力で避けきれないことを瞬時に判断したのだろう、威力を減衰するためにぶ厚いヒーターシールドを真正面に構える。
が、そのヒーターシールドの前に飛び出すプレイヤーが1人。
プラチナブロンドの髪の毛に、真っ赤なサーコート姿の男。
〈血盟騎士団〉が団長、ヒースクリフだ。
「何してやがる!?」
隣のクラインが呻くように叫ぶ。
確かに無謀な特攻のように見える。
このタイミングで攻撃を仕掛けても、ブレスを強制ブレイクすることはできない。
いくら鉄壁のディフェンスのヒースクリフとはいえ、あの距離でブレスを防ぎきることは不可能なはずだ。
周りの制止の声を振り切って、更に接近するヒースクリフ。
彼我の距離5メートルの所でボスが溜めていたブレスを解放しようと、勢いよく首を前に倒し、口を開ける。
それと同時に、
「むんっ!」
気合いの一声と共にヒースクリフが左手に構える盾をボス目掛けて構える。
「がるぅああぁぁっっ!!」
ボスの口から炎が迸った。
凄まじい量の炎の奔流で数秒、タンクプレイヤーとヒースクリフの姿が炎の渦の中に消える。
全員が炎に焼かれるヒースクリフとタンクプレイヤーの姿を想像したが、炎が消え去った後には無傷の2人、そして盾で横から殴られているボスの顔が。
「・・・んな、無茶苦茶な・・・・・」
横でクラインがぼやいているが、キリトもまったくもって同意見だ。
ヒースクリフはブレスを吐く寸前のボスの顔を横殴りして、軌道と斜めに置かれた盾でブレスの軌道を無理矢理変更。タンクプレイヤーをも無傷で救って見せたのだ。
少しでもタイミングがずれていたら、ヒースクリフが零距離から炎に飲み込まれていただろう。
ヒースクリフの神業によって広範囲攻撃を全員が無傷で回避。
広範囲に強力なブレスを放ったことにより、10秒近く、長めの硬直時間を課せられるボス。
それを見逃すほど、攻略組プレイヤーは温くない。
敏捷値を全開にしてボスの周りをキリト含む10人近くのプレイヤーが取り囲む。
その中には全体の指揮をしていたアスカの姿もある。
各々が今持てる最大威力のソードスキルを叩き込み、色とりどりのライトエフェクトをまき散らしながら、ボスのHPが恐ろしい勢いで削られて、一気に2割近くが消滅。
硬直から抜け出したボスが一方的に攻撃を加えられる事への怒りからか、再度ボス部屋を震わすほどの絶叫を喉から迸らせる。
だが、
「A、B、E隊はスイッチしてタゲを取れ! HPの減った者は下がってポーションで回復!」
絶叫をかき消すような、凛としたアスカの声がボス部屋に響く。
指示通りにプレイヤー達が動く。
ボスの怒りも、荒れ狂う様もアスカの前では何の意味も成していなかった。
ボス部屋の最後方まで下がったキリトとクラインはポーションを煽り、レモンジュースのような味のする液体を一気に飲み干す。
ゆっくりと回復していくHPバーを視界の端で確認しながら、クラインと短いやり取りをする。
「いけそうだな」
「ああ、イエローゾーンに入ったプレイヤーすら1人もいない。後10分もあれば、倒せるだろ」
「だな。こりゃあ、アスカのおかげだぜ」
クラインの言葉は正しい。
今日のボス戦、間違いなく一番の貢献者はアスカだ。
今までもその恐ろしく鋭く正確な細剣の技術にてボス戦で活躍してきていたアスカだが、今日は今までの比ではない。
アスカの戦況把握能力や指示の出し方、つまりレイドパーティーのリーダーとしての能力が異常に高い。
前衛でダメージディーラーを担当して攻撃することしか能のないキリトが言えば失礼かもしれないが、第1層でレイドパーティーのリーダーに任ぜられていたディアベルに比べれば、お世辞にもキバオウやリンドの指揮能力は高いとは言えなかった。
ディアベルほどの指揮能力を持った者が少ないと言えば、それまでの話ではあるのだが、他に適任者がいるのではないか、と思っていたのも偽らざる事実。
その点、アスカはディアベルと同等の指揮能力で場の統制を計っていた。
「毒ブレスが来るぞ! 対毒スキルが高い奴はそのまま張り付いて攻撃! 他は下がれ!」
アスカの指示でダメージディーラーは殆どが下がり、タンクプレイヤーとして対毒スキルを上げているプレイヤーはそのままボスの体に接近していく。
首を大きく下げたボスの口から今度は濃い紫色の煙が吐き出される。
はき出された煙はボスの周りを霧状になって覆う。
先ほどの炎や雷のブレスに比べれば、射程も短いし、たいしたダメージも受けないが、状態異常ステータスとして〈毒〉をもらうと、一定時間ごとにかなりの量のHPが奪われていくから厄介である。
だが、3つもの属性のブレスを使ってくるので、1つ1つの属性の効果はボスにしては低く設定されている。
対毒ポーションを飲まなくても、タンクプレイヤーで対毒スキルを上げているプレイヤーは毒をもらわずに凌ぐことが可能だ。
毒のブレスを意に介さずにボスの周りを取り囲んだタンクプレイヤー達が自前の槍や斧やハンマーなどの重量武器をガードに徹していた鬱憤を晴らすかの如く、凄まじい勢いで叩きつけていく。
色とりどりのライトエフェクトが遠方から戦場を見据えているキリトの目を射る。
流石の筋力値で勢いよく減っていくボスのHPが、遂にイエローゾーンに突入した。
回復し終えたキリトとクライン達G隊はスイッチで飛び出す準備をする。
ブレスの硬直が解けたボスは全方位を取り囲むタンクプレイヤーに尻尾を使った範囲攻撃を行うが、事前の情報通りの軌道なので、全員盾や巨大な武器でしっかりとガードする。
そして、そのままの流れで数人のタンクプレイヤーがスイッチを行うために単発重攻撃系のソードスキルをボスの体に叩き込む。スイッチの合図だ。
「行くぞ、おめーら!」
「「「おう!!」」」
クラインに叫び声に合わせてキリトたちG隊は再度ボスへと突撃を敢行した。
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