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銀河日記

作者:SOLDIER
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休日の茶会

再び時が流れ、帝国歴四七〇年の冬。アルブレヒトは十四歳になった。

銀河帝国ゴールデンバウム王朝では、貴族の子弟への教育は礼儀作法が優先される。だが、それは一部爵位持ちや領地持ちの上流貴族に限った場合の話であり、アルブレヒトが生まれたデューラー家はいくら伯爵家の分家と言っても帝国騎士であることに変わりはない。家計を支える収入を得るためには帝国軍に入隊するなり、官庁に官僚として出仕するなりと、何かしらの職を持たなくてはならないのである。

アルブレヒトの父、アルベルト・フォン・デューラーもそんな下級貴族の一人であり、人事局長ハント・フォン・ショーペンハウアー中将、副局長ハウプト少将の下で人事局の仕事に追われ汗水を流して働いている。

そして彼の息子であるアルブレヒトは七歳の頃から貴族や平民の子弟の為に門戸が開かれた学校に通い、去年卒業して,現在は中等部に通っているのだが、そこは主に下級貴族向けで実践的な内容が多かった。無論、将来の可能性に備えて最低限の作法は教えられた。だが、巷で言われるようなワインや紅茶の違い、宝石や詩がどうのなどとは、遠い雲の上の世界の話だった。

最近休日になると、アルブレヒトは外出することが多くなった。外出と言っても、大抵は友人と遊ぶためでもない。呼び出されての話である。帝都オーディンの郊外に少々大きめな屋敷がある。そこに彼は休日、呼び出されるとやってくるのだ。事前に、相手側から連絡をもらっている。

白き妖精が天より舞い降りて、地面を白く塗りたくる今日も、アルブレヒトは呼び出された。コートにマフラー、厚手の手袋を身に着けて家へと向かう。
「アルブレヒト・ヴェンツェル・フォン・デューラーです。ベアトリクス様のお召しにより参上いたしました」
厚手の手袋をつけたまま玄関をノックし、言葉を述べると中の執事によりドアが開かれる。
「御嬢様がお待ちです。どうぞこちらへ」
執事に導かれるまま、アルブレヒトは廊下を歩き、目的地たる部屋へと向かう。
目的の部屋に着くと執事がドアをノックし、客人の到着を告げる。主が承諾しドアが開かれる。アルブレヒトは進み、執事はドアノブを握ってドアを抑える。
「御嬢様をよろしくお願いいたします」
ドアを閉めた執事は小さくそう言って、立ち去った。


「久しぶりね、アルブレヒト」
部屋の主である少女は入ってきた少年を見て、そう言った。だが、言葉に反して、その表情には喜びの色はあまり見えない。
「御久し振りにございます、ベアトリクス様」
「ええ、本当に」
だが、二人の会話は、そこで途絶えた。

アルブレヒトに声をかけた少女の名前はベアトリクス、ベアトリクス・フォン・ケルトリング。ケルトリング家は第二次ティアマト会戦の当時、帝国軍三長官の一角である軍務尚書を務めていた故ヴェンツェル・フォン・ケルトリング元帥など、優秀な軍人を多数輩出した帝国でも有数の武門の名家であり、侯爵の爵位も有している。だが、ケルトリング元帥の二人の息子、長男ヘルマンは帝国歴430年、次男カール・ハインツは432年に戦死し、その妻達は夫の後を追うようにヴァルハラへと旅立った。

ベアトリクスは故ケルトリング元帥の次男カール・ハインツの長男ウィルヘルムとその妻グレーチェンの忘れ形見であり、今年で17才になる。アルブレヒトより三歳年上だ。
何故かアルブレヒトは、休日になるとこの令嬢に呼び出されるのである。又従兄弟という関係にあるが、出会ったのは3年程前である。
今は亡き母親譲りのカラメル色の軽い癖っけのある艶やかな長髪。大きめの鳶色の瞳。十二分に美しい容姿だった。

ベアトリクスはもう結婚も許される年齢である。だが、結婚の話がやって来ないのは後見を務めている伯爵家のお陰であり、ベアトリクスはいずれ当主となってケルトリング侯爵夫人になるのではないか、とアルブレヒトは考えている。マグダレーナ・フォン・ヴェストパーレのような例を知っているからだ。

ベアトリクスは瞼を閉じた。その裏には過去の光景が浮かぶ。もう、5年も前になるだろうか。最初会った時、ベアトリクスにはアルブレヒトの体が実際の大きさよりも小さく見えた。単に身長のせいではない。彼は何を話していいのか悩み、戸惑い、緊張していて、それが表情と雰囲気に出ていたのだ。小さく見えても仕方がないものであった。アルブレヒトの体は父方の遺伝を強く受けたのか、大柄だった。

沈黙が流れ続ける中、やがて先ほどの執事が御茶菓子と来訪者と主、二人分の紅茶を持ってきた。麗しい貴族の令嬢に毎週呼び出されるとすれば随分と聞こえはいいだろう。だが、二人の関係は出される御茶菓子のようなそんなに甘いものではない。

招かれる側は自分はただの茶飲み相手なのだ、と自分なりにそう解釈している。実際、その解釈に間違いは無いとこれまでの行動を理由として信じている。

アルブレヒトは来る事は欠かさないが、招待者との会話はぶつぶつと、千切りのじゃがいものように途切れてしまう。これまでに誇れるような女性との交際経験も無い彼だから仕方がないかもしれないが、そこを何故だかこの令嬢は飽きなかった。
まともに会話が続かないのでは、呼び出されなくなっても不思議ではない。だからこそ、声がかかる度にアルブレヒトの脳内には疑問符の大群が浮かぶ。最初などお互い黙りこくったままで、名前を名乗った時しか言葉を交わさなかった。

子供のように引っ張り出されて外に出て遊ぶわけでもなく、貴族らしく詩や宝石を片手に談笑するわけでもない。ただ御茶請けと共に紅茶もしくは、たまにではあるがコーヒーを飲んで、本当に少しの会話をして、時間が来たらアルブレヒトが部屋を辞する。毎回毎回、それの繰り返しだった。
「・・いい加減、ベアトリクスと呼んで下さらないのかしら?」
「・・よろしいのですか?」
ティーカップを口から話して宙に浮かせたまま、ポツリと呟くように言ったのをアルブレヒトは聞き逃さず、聞き返した。だがそれと同時に、本来は聞こえていないふりをするべきところだったかもしれないという後悔に迫られた。案外、彼は地獄耳であったのだ。
「・・冗談よ、冗談。もっと大人になってからよね」
ベアトリクスは「ごめんあそばせ」とでも言いたげな表情で微笑んで返した。舌に残る紅茶の味が苦く思えたのは彼女だけだった。
「やっと、笑ったか・・」
アルブレヒトはベアトリクスの笑顔を見て安堵したように、テーブルの上で無聊をかこっている冷めかけの紅茶に手を伸ばし、口を付ける前にそう呟いた。ただ、それは余りにも小さく、茶色の水面に波を作るだけであった。
紅茶が冷めかけでも旨く思えたのは、単に気苦労からの解放や茶葉や淹れ方の良さというわけでもない様にアルブレヒトは思った。どこか不思議な感じだった。漠然としながら、そう思っていた。

そしてそれから三十分ほど時が流れると、彼女の机の上にあるTV電話が鳴った。ベアトリクスが出ると、数度会話が聞こえ、彼女はアルブレヒトの方を向いた。
「アルブレヒト、貴方に代わって欲しいですって」
「・・私に?わかりました」
ベアトリクスの言葉に応じたアルブレヒトは椅子から立ち上がり、机に近づいた。
「お久しぶりです。伯父上」
「あ、ああ、久しぶりだな、アルブレヒト」
「伯父上?どうしたのです?」
「実はだな・・」
TV電話の画面にいたのは伯父だった。今は軍務で忙しい筈である。アルブレヒトが疑問に思って尋ねると伯父は言いかけて口を噤んだ。その仕草がさらに彼の中の疑念をさらに大きくさせた。
この伯父は言うことは言う、厳格だが理解心もある、信頼できる人物だった。その伯父が言葉を紡げないでいる。まるで何かに怯えているようだった。その光景を見たベアトリクスの背中を何かが駆け抜けた。汗が流れ、雪のように白い背中を濡らす。無意識に白く柔らかな両手を握りしめた。

「アルベルトとマリアが倒れたのだ。・・直ぐに、軍病院に来てくれ。私も直ぐに向かう」
画面の前に立つ男は信じたくないという表情を隠さないまま告げた。事態を告げるその声の弱弱しさが、アルブレヒトの耳朶を殴るように打った。
 
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