ソードアート・オンラインーツインズー
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SAO編-白百合の刃-
SAO25-銀の妖精
前書き
はい。
みなさん相宮心改めて重井永水です。
今日から、本編の再開です。
注意と言いますか、一言……ドウセツに注目。
唐突と言うものは意味の通りに予告なしに訪れる。これまでも何度も訪れたことだ。そんなことに警戒しても無意味だ。未来予知しない限り無理だったと諦めるしかない。例えこれからなにか変化が訪れると曖昧に伝えたところで警戒しても、想像通りに繋がらないと思う。実際、そのことで失敗したことだって何度かあるのだから。
だから今日も唐突な出来事が訪れてしまった。当然予測していないことに私達は巻き込まれる。正確に言えば休暇をとってから六日目のこと、私達は逃れることができない出来事に巻き込まれてしまった。
「一緒に行けばよかった……」
夕陽が沈む頃、私は一人家でお留守番をしていた。リビングで白いソファーの寝そべって、写真集『白百合と黒百合』を眺めていながら、夕飯の買い物しに出かけているドウセツを待っていた。
待っていることなんて容易いことだ。適当に暇を潰してドウセツが戻ってくるのを待てばいい。
ただ、そのドウセツが帰ってくるまでの間が……もどかしい感じで退屈。例えるなら、時間を潰す方法はいくらかあるのに、妙にやる気がでなくて退屈になってしまったということだ。理由をつけても暇であることに変わりはない。
裁縫スキルで新しい服を作ることだって可能なんだけどね。そういうスキルを習得しているし、素材アイテムも持っている。でもなんだろう……それに手に着けられない、妙なめんどくさがり屋が出てしまうのは、五月病に分類する病気にでもかかったのかな?
多分……前線から引いて、休暇を取っている緩みがだらけさせているかもしれない。昨日までの私はそうじゃなかった……はずだ。
このままだらけてしまえば、私の武器である回避に緩みと隙できてしまい、支障する恐れがあるわね……。
あぁ……でも…………うん……。
「明日からで……いっか……」
なんかダイエットの死亡フラグを呟いてしまったけど、大丈夫なのかな? それでもなんとかなるだろうと思いながらソファーでぐったりしつつ、ドウセツを待つことにした。
「だだいま」
長いのか短いのか、気がついた時にはドウセツが帰ってきた。
「よし」
体が磁石に吸いつくように、ドウセツの所へ向かう。
「おかえり~、待っていたよドウセツ~」
帰ってきたノリでドウセツに抱きつこうとした瞬間、目には見慣れないものを映し出してしまい、思考が数秒間停止した。
「…………」
「なによ?」
思考回路回復。もう一度良くドウセツを眺める。
夕陽が沈む頃、ドウセツは夕飯の食材を買いに街へ買い物しに行った。現実だったらドウセツの手には買い物袋を持っているだろうが、今はMMORPGの世界で、食材はアイテム覧にしまっている。だからこの場合、手ぶらな状態が自然だろう。
でも、ドウセツを見れば明らかに不自然。
「お帰り、ドウセツ…………それも…………買っちゃった?」
「なに言っているの?」
「そうだよね。そんなわけないよね…………それじゃあ、訊いていい?」
「どうぞ」
私はドウセツを指す。
正確に言えば、ドウセツが“抱えているもの”に指した。
「その子なんなの? 誘拐犯になってしまったの!?」
「その話をするから、落ち着いてきなさい」
ドウセツの帰りを待っていたら、夕飯の食材と一緒に幼い銀髪の少女をドウセツが抱いて帰ってきました。
犯罪に引っかからないと助かります。
●
「倒れていた!?」
「そうよ」
ドウセツが抱えていた銀髪の少女をベッドに寝かせ、毛布をかける。
当然の話ではあるが、ドウセツは銀髪少女を買ったわけでも誘拐したわけでもなく、家の前で倒れていたところをドウセツが見つけたと話してくれた。
白色に近い銀髪のセミショートヘア、右前髪が長くて右目に前髪がかかっていて、黒いシンプルなワンピースを着た少女はどことなく儚い妖精のようだった。
「それで本当に“たった一人”だったの?」
「私はあの子しか見てないわよ」
幼い銀髪少女がたった一人で家の前で倒れていた? なんか引っかかるけど、上手く言葉にできないこのもどかしさ……なんだろう。
「……両親とはぐれて倒れちゃったのかな?」
「それだけなら両親を探せばいいだけじゃない」
「と言うと?」
「気づかない? その子……カーソルが出ないのよ」
「え……」
私は慌てながらも、頭は冷静に銀髪少女を確かめた。
この世界なら、プレイヤー、モンスター、NPCがターゲットした瞬間に必ず表示されるはずのカラー・カーソルが出現する。だけど、銀髪少女にカーソルが表れなかった。
バグか? それとも銀髪少女はそういう使用になっているのか? こういう時はGMを呼びだせば解決できるのだろうけど、SAOにGMはいないと兄から教えてもらったからそれはできない。
「ねぇ、ドウセツ。あの子、見た目は……十歳だよね?」
「それより若いわよ。多分、八歳くらい」
「じゃあ、間をとって九才」
「年齢当てゲームじゃないんだから、間を取ることないでしょ。もう面倒だから小学生にしましょう」
見た目はとりあえず小学生だとしてもだ。
「ナーヴギアには年齢制限はあるはずなのに……」
「年齢制限関係なく、SAOを始めた人は少なくないわよ」
「それもそうか……でも」
それならカーソルが出てもいいはずなんだけどなぁ……そうじゃなければ、銀髪少女はNPCに分類されるはすだ。でもNPCだったら、家に入れられない使用になっているはず。なぜならNPCは固定の位置に存在するものであり、自由に移動できていない。故に、ドウセツが家に持ち帰ったりしたり、手で触ったり抱きついたりすれば、ハラスメント警告の窓が開き、不快な衝撃と共に吹き飛ばされてしまう仕様になっている。ドウセツはそれがなかった。そして何らかのクエスト開始のイベントもなかった。そうなるとやっぱりドウセツが拾ってきた銀髪少女はプレイヤーになってしまうのだろう。そして単独で家の前に倒れたか、親と離れてしまって家の前に倒れとか考えるしかない。
可能性としては…………親と離れてしまったのが一番かな?
「茅場晶彦がなんらかおかしくなったとなれば、いろいろと問題を起こしてもおかしくはないわ」
「けど、それってどっちにしろ理解不能と同じじゃん……」
これが茅場晶彦のデスゲーム化によるSAOの使用変更だったとしたら、ヒントぐらいは欲しいものね。
「……そう言えば、兄が南岸の主街区、『コラル村』の近くにある森で、デジタルの世界で少女の幽霊が出る噂を聞いたのだけど、それと関係あったりして」
ふと思い出したことをドウセツに訊ねると、冷静に返答をもらった。
「デジタルの世界で幽霊なんか出ないわよ。幽霊だったとしても、モンスターか見間違いじゃないの?」
「……そうだよね」
普通に考えればそうなんだろうな。現実世界にも幽霊が本当にいるかどうかも怪しいしね。
なにも解決しないなと思いつつ、ふと銀髪少女を見た時、消えそうな声を漏らしていたことに私は気がついた。
「ど、ドウセツ! 起きるよ!」
「静かにしなさい」
「すみませんでした……」
素で注意されてしまい反省しつつ、銀髪少女を見つめると、まつ毛がかすかに震え、ゆっくりとまぶたを開けた。
「……ん……う……」
宝石のような翡翠色の瞳を数度瞬きしては、銀髪少女の声は儚くて癒される鈴の音色のような響きだった。
可愛い。
「……だ……れ?」
銀髪少女は上体を起こして、キョロキョロとゆっくり周りを見始める。
発した声が可愛いくて、思わずぬいぐるみのように抱きしめたかったが、察したドウセツの目が鷹のように鋭かった気がしたので、自分が彼女になにをするべきかを優先する。当たり前の話だけど、可愛いのは間違いなく本当の気持ちであり、感情に流されるところだった。
「えっと、私はキリカって言うんだけど」
「きりか……?」
「うん。あのね、自分がどうなったかわかるかな?」
「ん……わかない……」
銀髪少女は首を傾げる。わかんないならしょうがないよね~。
「それじゃあ、君の名前は?」
「わたしの……?」
「そうだよ」
銀髪少女は一度ゆっくりと頷いて、
「……すず、な。わたしの……なまえは……スズナ」
思い出すかのように、自分の名前を口にした。
「スズナちゃんか……可愛いね!」
「ちゃんとしなさいよ」
「いやー、そのー……本当に可愛いし、少しユーモラスに接したほうが……」
「ちゃんとやりなさい。変に不審者扱いされて恐がらせたらどうするの?」
「駄目? あ、うん、わかったよ、ドウセツ……」
普通に真面目に接したほうがいいか、そりゃそうだね。なんでユーモラスに接しようと思い始めたんだろうな……可愛いからかな?
「どうせつ……?」
銀髪少女はドウセツに疑問を持ち、訊ねてきた。
「あ、うん。この黒髪のお姉さんの名前がドウセツ。私の大切な人」
「大切な人?」
「うん、大切な人」
スズナちゃんは、ドウセツを見ては私を見てからまたドウセツを見て繰り返し、なにか納得したように頷いた。
幼児とは言わないけど、感情が貧しい。スズナはおとなしい性格の病弱っぽくて、儚い八歳~十歳の少女と言ったところだろう。だから物解りに関しては思ったよりもちゃんとしているんじゃないかと思った。
でも、問題も一つ発見してしまった予感がする。
「スズナちゃんは、どうして二十二層に来たか覚えている?」
「わかんない……」
「どこかお母さんやお父さんはいる?」
「それもわかんない……」
「どうしてわからないのかな?」
「気がついたらここにいた……なにもわからない、ごめんなさい……」
ふるふると首を振ると、求めていた言葉を言えずに怒っているかと思ったのか、スズナちゃんは謝ってきた。
「大丈夫よ、怒ってないから」
ドウセツは優しくスズナちゃんの頭を撫でては、ホットミルクを作ってあげた。
「いただきます」
スズナちゃんがホットミルクを飲んでいる間、私達は離れた場所で話し合いをすることにした。
「ドウセツ、スズナちゃんのこと……どう思う?」
「普通じゃないわね」
「そうなんだけど、その言い方だと異常扱いしているみたいじゃない」
「そうは言ってもね……」
まぁ……ドウセツが言っていることは間違っていないんだよね。スズナは今の私達の常識と言う言葉に引っかからないのだから、普通じゃないのは仕方ない。
「スズナちゃんって、いわゆる記憶喪失なんだと思うけど、ドウセツはどう思う?」
「そうかもしれないわね。それこそ、一部だけの記憶がないだけかもしれないわ」
「そうだね。私達に対しても、怯えた様子もないし、質問に関しても言葉を出して答えている」
記憶喪失であろうところ以外は特に問題のない。ちょっと感情が乏しい、どこにでもいる少女。
それだけなら、両親がいるかいないかを確認すればなにかしら解決できるんだろうけど……。
「気づいていると思うけど、起きてもカーソルは表示しなかったわね」
「……うん」
ドウセツが確認を取るように、スズナが起きてもカーソル表示されないことを口にした。
それを表すこと、それはスズナが常識から外れていることになってしまう。可能性をあげているのも、私の常識では考えられないことでもあるし、カーソルが表示されない少女を見たり、話したりするのは初めてのことだから、実際は調べないと何もわからない。
「ん?」
急に袖が引っ張られる。振り返ったら、ミルクを飲み干したスズナちゃんが私のスカートを引っ張っていた。
「どうしたの?」
ドウセツがスズナちゃんと同じ目線に合わせるため、しゃがんで優しく語りかけた。
「あ、あのね……」
言葉が途切れて黙ってしまう。と言うよりかは何を言っていいのか躊躇っている様子であった。私もスズナちゃんと同じ目線に揃えて、話しかけた。
「スズナちゃん。まずは言ってみないと始まらないよ?」
まずはそこから始めることをスズナに伝える。すると、スズナちゃんはその言葉で決意したのか安心したのか、頷いて言葉を続ける。
「あのね……」
でも、それはあまりにも……。
「キリカ、ドウセツのこと……お母さんと、お父さんって……呼んでいい?」
衝撃過ぎて、後ろに飛び跳ねてしまうくらいに驚いてしまいそうだった。隣のドウセツも衝撃すぎて思考が止まったと思う……はず。そう思ってチラっと、ドウセツに視線を移すと、普段見られない引きつった笑みをしていた。それに思わず私は二度見してしまう。だって見たことない顔してたもん。
結論で言えば、流石に私もドウセツも戸惑いの顔を隠せなかった。
そこで私とドウセツは、作戦会議という名のコソコソ話をすることにした。
「ど、ドウセツ、こんな時は……」
「し、知らないわよ。な、なんとかしなさい、あんたこういうの得意でしょ」
「い、いやぁ……現実でこんなこと言われたことないから……ど、どうすればいいのか、わからないです」
「私も拒むくらいしかわからないわよ」
「でも、ドウセツも拒んだら駄目って感じているんだよね?」
「そうね……」
私とドウセツは恐る恐るゆっくりとスズナちゃんの様子を伺う。
「だめ……?」
スズナちゃんは不安そうに私達を見つめていた。間違いなくスズナちゃんは自分の発言に罪悪感を持っており、そして毒舌なドウセツも流石にストレートに断る選択をすることができなかった。
「…………なんで、スズナはそう呼びたいのかしら?」
ドウセツはなんとか冷静になり、優しく語りかけた。
「えっと…………わからないけど、わたしが……呼んでみたいだけなの……」
「…………そう」
ドウセツはこれ以上スズナに訊ねなかった。
スズナちゃんが私達のことを親として見るだけではなく、親としての称を呼ぶのは単なる気まぐれか、あるいは記憶の片隅にある両親の思い出が僅かながらも残り、けど本当の両親はわからないから私達を両親と間違えているのか? もしくは、スズナちゃんが両親を求めているのか?
スズナちゃんが安心するとすれば私達が親の変わりなるのは問題ない。でも、それでいいのか? 偽物の親として、スズナちゃんを接していいのかな?
……いや、今は私達が親としてスズナちゃんを見守らないといけない気がする。この世界は現実とは違う、精神的にもスズナちゃんの年齢を考えると、両親がいるかいないかで負荷が軽くも重くもなったりする。
なにかしらの出来事のせいで一部記憶喪失になっている原因が負荷なら、それを解消したい。
私はドウセツと目を合わせる。言葉は出さずともやるべきことを理解し、頷いた。
「うん、いいよ。好きなように呼んでね、スズナ」
スズナは家族の温もりを求めている。偽物でもいい、本物に敵わなくてもいい。本物の両親に温もりを与える間は、私達の温もりを与えればスズナの負荷も軽くなるはず。そしたら記憶を取り戻せるかもしれない。スズナは、私達を必要としているんだ。
スズナは視線をドウセツに移して呼ぶ。
「……お母様」
「そうよ」
今後は視線を私に向けて呼んだ。
「……お父様」
「うん…………ちょっと待て」
確認するまでもないけど、一応確認する。このままの流れで持っていくには疑問がある。
女性特有の胸は……ちゃんとある。ある意味呪いの数字となった72よりかはある、はず。ドウセツと比べればないけども、私は気にしてない。なんか肩こりそうだ。べ、別に負け惜しみじゃないからね!
改めて確認するものではないが、私は女だ。列記とした正真正銘の女性という人間に分類されている。
そうなのに…………お父様?
「ごめんね、スズナ。どうして私は……『お父様』なのかしら?」
別に否定するわけじゃないよ。スズナが求めているだけだし、何よりも本物の親ではない。
なのに……どうして私は体重が急激に増えたことと同じくらいにショックを受けているのだろうか? あれか、遠まわしに女じゃないって言うことをスズナが言っているのかな?
反抗期になった息子娘がショックを受ける親って……こんな気持ちになるのかな?
「えっとね……」
「うん」
スズナの答えにどことなく緊張する私。変なこと言われないかな?
予防線を張って、少しでもショックを和らげようとする私を余所に、スズナの中で答えを出したようで、それを私に伝えてくれた。
「かっこいいから」
「かっこいい?」
「だから、お父様……」
「あ、そ、そうなの……」
……なんだろう。納得と不服の間にある隅っこら辺に位置させられた感じがするのは。なにを言っているのかわからないが、だってこんな気持ちになったのは初めてでどうすればいいのかわからないんだもん。
納得すればいいの? それは違うよって、スズナに言えばいいの? 選択することすらわからなくなってしまうこの気持ちは、いったいなんだ?
…………よし、話を変えよう。
「じゃ、じゃあ……お母様は?」
「……キレイだから、お母様」
あぁ、それはなんとなくわかった気がした。
そしてスズナの中ではかっこいいはお父様で、綺麗はお母様の基準で分かられているのね。私がお父さんなのは良い気はしないけど、スズナのことを考えればお父さん役でもいいかもしれない。
「うん、お父様だよ~」
「うん」
両手を広げると、スズナが駆けつけて胸に抱きしめてくる。あぁ、かわいい。可愛い!
「じゃあ、スズナ。ご飯でも食べましょうか」
「うん、お父様」
そして私はスズナを抱いて立ち上がり、一階へ降りた。
「お父様でいいの?」
「いいよ、それでも。スズナ曰く、私はかっこいいからね」
「かっこいい……かっこいいかしらね? 単なる銀髪だけじゃないの?」
「じゃあ、それでもいいや」
「なによそれ」
ドウセツは呆れながらも、その表情はどこか親子を優しく見守るお母さんのようだった。そのことを口にしたらドウセツに睨まれ、「銀髪」と呼ばれた。
「お母さん。料理よろしく」
「はいはい……銀髪」
「そこはお父さんってのってよ。あと、のらなくてもいいから銀髪って呼ぶの、勘弁して」
ドウセツはそんな私の言葉なんてスルーして、あっという間に料理が出来あがった。スズナのことも考えてお子様大好き?なタマゴサンドと甘くて美味しいフルーツサンドを作り上げた。
「「「いただきます」」
スズナはタマゴサンドを手にとり、小さく口を開けてモクモグと食べる。その姿に思わず私達は見守ってしまう。
「……おいしい」
表情は無表情に近かったけども、スズナは笑っていたような気がしたし、美味しそうに味わっているんだとわかった。
「そうだよね。なんだってドウセツの料理には美味しさの他に愛がいっぱい入っているからね」
「愛がいっぱい?」
「変なこと教えないほしいんだけど」
「お母様は愛がいっぱい」
私の発言には不服そうな表情をしていたけど、スズナの可愛い発言にドウセツは思わず、そっぽ向いてしまう。
流石に幼い子の前では毒吐かないんだね。いや、吐いても通用するのか疑問だね。
「お母様?」
ドウセツがそっぽ向いた理由がわからないスズナは首を傾げる。そんなスズナを私は頭を撫でながら教えた。
「お母さんは照れているのよ」
「そうなの?」
「うん。だからお母さんはどこもおかしくないから気にせず、好きなだけ食べていいよ」
「うん、お父様」
スズナの表情はあまり変わらないが、自分のペースでどんどんタマゴサンドとフルーツサンドを口にしていた。
「参ったわね……」
そしてスズナが気づかないところでドウセツは手をおでこに当てて、ため息をついていた。こりゃ、ドウセツにとってはかなりの天敵が現れたね。
●
子供だから女の子だからと言って、そんなに食べないかと思えば、誰よりも多く食べていたのはスズナだった。育ち盛りの子供は性別関係なく、たくさん食べるのだろうかと小学生時代の私をちょっと思い出してみた。
…………うん。思い返せば、いろいろと反省するべきことが多かった。一旦保留にしよう。
「ん……」
食事を終えると、スズナは眠そうで何度もコクッと頷く。まぶたが閉じようとすれば、大きく開けての繰り返しだった。
「眠い?」
「……うん」
「ならベッドで寝ましょう。歩ける?」
「うん」
ドウセツがスズナを誘導させて二階へ連れて行き、その数秒後にドウセツは戻ってきて椅子に座った。
「お疲れさま、お母さん」
「貴女に言われると、セクハラしか思えないんだけど」
「それは言い過ぎじゃないか?」
「だって、貴女が私のことをお母さんって呼ぶことは、屈辱に近い言葉を浴びさせられているのよ」
「いや、流石にそれは被害妄想を通り越しての理不尽だよ」
スズナの前ではお母さんに見えたのに、今の視界に映るドウセツはお母さんという美しくて暖かい聖母な姿などではなく、悪魔を通りこした魔王に見えたのは私のちょっとした幻覚だと信じたいものだ。いや、まだ幻覚の方がマシかもしれない。
それは置いといて、だ。今の課題はスズナのことを、これからどうするのかを決めないといけない。
私達はスズナの親子ではない。数時間前までは、ただの他人だった関係だ。
「これからどうする?」
「決まっているじゃない」
ドウセツは紅茶が入ったマグカップを口につけ、淡々と口にした。
「スズナを本当の両親に送ること。それしかないわ」
スズナをどうするべきかなんて、もうドウセツは決断していた。私も両親に送るべきだと思った。でも、それに対して素直に頷けなかった。
それはスズナの面倒をもっと見たいとか、スズナの記憶を取り戻すまでは親として接したいわけではなく、スズナの正体に疑問を持っていたことが決めることができない問題であった。
カーソルが表示されないプレイヤー、記憶喪失になった少女、そもそもなんで家の前で倒れていたのか、両親がいたのなら、どうして別れてしまったのか、そして別れた原因はいったいなんなのかと、いろいろと謎だらけだ。
それで一つの可能性が浮かんだ。
でも、それは両親が見つけてからじっくりと考えるとしよう。今の推測は口にするのも躊躇うものであるからだと私は思う。
「うん、そうだね」
「本当に理解しているの?」
「もちろん」
ドウセツは私がスズナの両親を探すことを躊躇っていると思っていたみたい。私がすぐに返答しなかったから、そう思われたのもしょうがない。それは行動で証明すれば問題ない。それに嘘ついてない。
とりあえず明日は兄とアスナに協力してもらう。新婚生活を満喫させたいところだけど、私達だけじゃ力不足。スズナの両親の情報も集めないといけないし、やることはいっぱいだ。
今日はもう遅いので、明日に備えて寝ることにしよう。
でも……。
「ベッド一つしかないよね……」
「そうね」
夜はシングルベッドで一緒に寝ている。でも、そのベッドはスズナが使用している。
「あ、簡単なことじゃん。みんなで寝ればいいんだ」
「なんで一緒に寝ないといけないのよ」
「子供って、お父さんとお母さんと一緒に寝ていたでしょ?」
「だから私達も同じことをすると?」
「そういうことよ」
幼い頃、朝起きた時に両親がいてホッとしたことを覚えている。当時は義理の両親だとは知らなかったけど、それでも親が隣にいることが温かくて心地よかった。
「……仕方ないわね」
今回は意外にもドウセツはあっさりと承諾して、私とドウセツとで、眠っているスズナと一緒にベッドで眠りにつくことにした。
●
朝食を食べ終えたら、スズナが着ている黒いワンピースが寒そうだったので、着替えさせたかった。ゲームの世界で風邪を引いたりすることはないと思うが、見た目が寒そうだから、せめて見た目でも暖かいかっこうをさせてあげたかった。
でも、スズナの服を着替えさせるには、装備フィギュアを操作する必要があった。
「スズナ、ウインドウ開ける?」
「ういん、どう?……ういろう?」
県産のお土産じゃないんだよね。スズナは知らないか……。
「じゃあ、右手の指を振ってみて」
私は慣れた動作で右手を振ると。手の下に紫色の四角い窓が出現した。それを見てスズナは不思議がるように見ると、見よう見真似で右手を動かす。しかし、右手を振ってもウインドウは表示されなかった。疑問に思うなか、スズナは何気なく左手を振ると、手の下に紫色のウインドウが表示された。
「ちょっと見せるわよ」
ドウセツは屈み込み、スズナのウインドウを覗き込む。ステータスは本人しか見ることは出来ないが、見せるためには可視モードを押せば私達も見られるようになる。
「スズナ。このボタン押せる?」
「うん」
ドウセツは可視モードらしきボタンを発見して押してもらうと誘導させ、スズナは右手の人差し指でクリックする。
「うわぁ、なにこれ!?」
私は可視モードにて表示されたスズナのウインドウを見て驚いてしまった。
「おかしいわね……」
「?」
ドウセツは冷静に分析するが、普通じゃないことには驚いているはず。そんな中、スズナは首を傾げてなんのことかわからないでいた。
「……ドウセツ、一つ……聞いていい?」
「どうぞ」
私はあくまでも確認を取るためにドウセツに質問した。
「HPも、EXPも、レベルも表示されていないプレイヤーと出会ったことある?」
「ない」
ドウセツは即答する。きっと私が質問する内容がわかっていたに違いない。
そう、スズナにはHPバーも、EXPバーも、レベル表示されていない。装備フィギュアはあるものの、コマンドボタンは大幅に少ない。変わらないのは『アイテム』と『オプション』ぐらいだ。
本来なら、プレイヤーには三つのエリアに分けられていて、体力のHPバー、経験値のEXPバー、レベルと英語表記の名前が示している最上部。右下が装備フィギュア。左下がコマンドボタンと表示されている。
しかし、スズナは私達と違っていた。そして一番気になったのが……。
「『Suzuna-MHCP000』……」
最上部に示された奇怪な名前を呟く。私達プレイヤーにはない英語四文字と数字三文字。
これはバグなのか? それともスズナだけしかないものなのか?
だとすれば……スズナは…………“本当”に…………。
……このことは兄にも相談するべきだ。
とりあえず……スズナが着れそうな衣類を実体化させ、スズナにアイテム欄を開かせるように誘導させる。あとはアイテム欄に衣類を置くと、ウインドウに格納され、装備フィギュアに着けることが出来る。
黒いセーターと同色のタイツに白いスカートを装備させて、元々着ていたワンピースをアイテム欄に戻してウインドウを消した。
「さて、準備出来たところで行きましょうか」
「どこに?」
キョトンと不思議がって、首をかしげるスズナに説明した。
「今から、お兄さんとお姉さんと会いにいくんだよ」
「お兄様と……お姉様……?」
様つけると、なんか意味合いが変わりそうな気もするけど、このさい気にしない。
「詳しくは、ドウセツに聞いてね」
「うん」
「なんで私に任せるのよ。そしてスズナも素直に頷かないの」
「?」
顔見上げて首をかしげるスズナが可愛いと思いつつ、私はドウセツに説明した。
「アポ取りだよ、アポ取り」
「バカが言葉を使わないの」
「バカっていうなし、とりあえず、先に兄のところへ行って説明しとくね」
「はいはい」
そういうわけで、お隣さんのログハウスの玄関前に移動して、ノックしてから家に挨拶した。
「あーにーいーるーかーなー?」
「今日は、やたら伸ばすよな。普通に言ってくれ」
呆れ顔で颯爽と現れた兄。軽く挨拶を言い、私が事情を説明しようとした時だった。
「で、キリカ、悪いんだけど、今日はちょっと……」
「ん? なんか用事あるの?」
「あ、あぁ……えっと……あるっちゃ……あるな……ハハ」
兄の言葉は歯切れの悪いのは明らかだった。ジッと見つめようとすれば、不自然に目線を合わせないようにする。「なんで?」って訊ねると言葉を選ぶように私を説得した。そしてそこに焦りを感じた。
「……なに? なんか私に言えないことでもあるの?」
「えっ、い、いや……その……」
「もういいよ、アスナに聞くから」
「あ、おまっ……」
兄がはっきりしないので、隙をついて家に上がり、アスナに聞こうとした。
「アスナー」
「キリカちゃん!?」
「ごめん勝手に上がっちゃってさ、兄が……さ……」
リビングに向かえば、新婚生活充満のログハウスにはいるはずもない人がいた。その人は白いワンピース、長い睫毛につややかな黒い長髪、幼い顔立ちでまるで妖精のような少女が椅子で眠っていた。
一体どう言うことかを問い詰めようとした時だった。
「……パパ……ママ……?」
「「あ……」」
妖精のような少女が目を覚まして、口にしたらすぐに眠りについた。その少女の声は妖精のような可愛い声は、新婚さんのお二人さんを凍りつかせた。新婚二人に挟まれた私はどういうことか理解できた。
「いやぁ~……グッドタイミングだったね~」
「そ、そう、かな……?」
アスナは笑って誤魔化した。
パパとママねぇ……私がそんな単語の意味がわからないわけないじゃない。そしてそのことを私に隠す意味もわかっている。なんだって兄とアスナはシステム上で結婚しているだけではなく、二人の愛は本物であり、いつかは現実世界でも結婚することになるだろう。
「キ、キリカ。これはだな……」
「わかっているよ、兄。邪魔だったね、私」
「いや、そういうことじゃなくてね、キリカちゃん」
「お邪魔しました~」
「「待てぇぇぇぇぇぇ!!」」
全てを理解した私は、邪魔になるだろうと思い去ろうとしたら、兄とアスナが必死に止めに行った。
「おめでとう、お二人さん」
「あのな、そうじゃないからな!」
「聞いてキリカちゃん。あの子はね……」
「わかっているって、二人の子供でしょ? ゲームの世界にできちゃったから、私とか言えなかったんでしょ?」
「「違う!!」」
兄とアスナは全力で否定した。本当に兄とアスナの子供ではないんだろう。でも、私の眼には照れ隠しするように否定しているようにも見える。
「ドアくらいちゃんと閉めたらどうなのよ?」
と、そこへドウセツがスズナと手を繋ぎながらやってきた。
「お母様、お父様」
そしてスズナはアスナママと兄、キリトパパを見つめて繋いでいる手をグイグイと引っ張った。
「あぁ、あの人達は私の……」
スズナはアスナと兄の名前を知っても、姿、形は知らない。私が説明しようとした時だった。
「キリカ……お前……」
先ほど私が悟ったように、肩をポンと手を置いて兄が真顔で答え出した。
「兄?」
「お前……ついにやっちゃったか……」
「え、は?」
「いくらお前でも、幼女を連れ込む妹だと思っていたところはある……。そしてついにやっちゃったな……」
…………。
プツン
糸が切れた音が頭の中から響いた。その言葉の意味は紛れもなく、私の感情に火がついた。
そう、はっきり言おう…………キレました。
「兄……ちょっと、外に出ようか……」
「うおっ、な、なんだよ急に……」
私は兄を無理矢理外に出して、スズナともしかしたら兄とアスナの子供に影響を与えないところに連れ出してから、
「このバカ兄!」
「ぼはっ!?」
保護コードが出ない程度の力いっぱいに兄を殴ってやった。
「な、なにするんだがはっ!」
無論、抵抗させるつもりはないので、容赦なく追い打ちを開始する。
「なにするんだ? いくら私でも、幼い少女を誘拐して親子ごっごなんて犯罪行為するか!!」
「わ、わかっぐっ! やめっ、てがはっ!」
「失望するよ! 実の兄からそんなこと言われるなんて!」
「わ、悪かった! だからこれ以上殴るなごばっ!」
暴力はあまり良くないが、一度切れた糸が元に戻すのは簡単ではない。故にしばらく気が済むまで兄に鉄拳を与えた。
●
「ねぇ、ドウセツ。どう言うこと?」
「話してあげるから落ち着いて聞きなさいよ。アスナおあばさん」
「誰がおばさんですってぇー?」
「ママ?」
「お母様?」
この後、お互いに事情を話し合ったことは言うまでもない。
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