交わることのない物語が関わり、新たな物語が生まれる。
だけど、その物語は長くは続かない。
何故なら、
けして、交わることのない物語だからである。
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「……ん…………」
「キリカ、起きなさい」
「はぁ~い……」
昨日、コラルにある宿に泊まって一夜を過ごし、今日は元の世界へ戻るために、この世界のアインクラッドを知るために探索をしようと思っていたが……目を覚めると、異様とも言える光景が映し出された。
「ここ外なの!?」
宿で眠っていたのに、目が覚めれば、目の前には湖に山に森、芝生、草や花も生えている。その景色は見慣れた場所、コラル。明らかに外の景色だった。
「これって……ドッキリ?」
「残念ながら、私も目が覚めた時には外にいた」
相変わらずの冷静と落ち着きさですね。もう少し慌ててくれたら異常な事態って真っ先に思えたのに、目が覚めてびっくりしちゃったじゃない。多分、ドウセツが慌ててもびっくりしちゃったりして……。
「ねぇ、私達確かにコラルの宿に泊まっていたよね?」
「そうね。でも、理由がわからなくても私達は何故か野宿をしていたことは真実だわ……」
昨日はパラレルワールドに飛ばされたかと思えば、今度はいつのまにか宿から追い出されて野宿をさせた謎の出来事が起きるとか、続けざまによくわからない出来事が起きているってどう言うことだよ。
「とりあえず、従兄達に会って話をしようか、協力もしてもらいたいところだし」
「そうね」
私達は兄達が住んでいるログハウスへと向かおうとした時だった。
「行っても従兄さんはいないよ」
不意に聞こえた声に呼び止められ、振り返ってみると。
「おかえりなさい、お二方」
パラレルワールドに飛ばされたきっかけを与えてくれた、素顔を表さない、白づくめのかっこうをした私のファンだった。
「キリカ。貴女が言っていた人って……」
「そう、この人。この人が勝手にイフ・トリップを渡してきた人だよ……」
「ごめんね。こうでもしないとさ、受け取ってくれないと思ったからさ」
それはそうかもしれない。レアなアイテムだからって意味もわからない物を素直には受け止められない。レアアイテムだからこそ、自分のために使って欲しかったと思うから、強引にやらなければ私は受け止めることはなかったかもしれない。
無理矢理渡してきたからこそ、私は従兄と出会い、生存しているサチ出会えたことは確かだ。
「どう?パラレルワールドは楽しかった?」
「その言い方にさっきの言葉……もう、ここはパラレルワールドじゃないってことよね?」
「うん、イフ・トリップによってここは君達がいるべき世界だよ。そう、帰ってきたんだよ」
どうしてかはわからないけど、白づくめの彼は私達がパラレルワールドに飛ばされたことも、パラレルワールドの存在も、イフ・トリップのアイテムも知っている。
「……ねぇ、そこの白いの」
「なに?」
そう呼ばれても気にしなくて、名前を教えないのね。まぁ、私も聞きたいことあるからそっち優先にするけど。
「イフ・トリップをキリカに渡した理由は?」
「ファンだからじゃ駄目?」
「おかげさまで、よくわからないところへ飛ばされたのよ?」
「それは大丈夫。元の場所へ戻すことできるって決まっているから」
「それって……どう言うこと?」
平然と彼は言葉にする。それがまるで当たり前のように。
「実はイフ・トリップって言うのは閃光弾みたいなものなんだ」
「え?」
「可能性のある旅とか言っちゃったけど、あれは少しいじくってそのアイテムがレアであり正体不明なパラレルワールドに行かせるアイテムだと思い込ませていたんだ」
「「…………」」
普通に思えば彼が言うことは子供が嘘をつくようなレベルである。もしくは中二病的な発言だと思えるのだが、暗くて見えない表情に真実の瞳がこちらを見つめているのが、不思議と思ってしまう。彼が言うことは全部真実だと。
「キリカは受け取ったアイテムを使用した時に気絶させて、二人をリョウコウがいるパラレルワールドに飛ばして、コラルに泊まった時、二人が眠っている隙に元の世界へ返して行った。あ、心配しないで、私が変わりにお別れの挨拶を従兄さんとサチに話してお土産を渡したから」
「ちょ、ちょ、ちょっと待った!」
聞いて入ればおかしいところがたくさんある。最後あたり、なんであんたがお別れの挨拶をしたのかはわからないし、なんでだよって、思いたいけど、一番訊きたいことを口にして訊ねた。
「……なんで私達をパラレルワールドに飛ばした?」
私が言った言葉はドウセツが訊ねたイフ・トリップを渡したことにも繋がる。彼がいったい、私達に何をしたいのか、とても気分でやったとは思えない。
「気分的じゃ駄目?」
「ちゃんとした理由……あるでしょ?」
「あるよ」
何故、彼が最初誤魔化そうとしていたのは、
「でも、詳しく言えないんだよね。なんせ私はイレギュラーだから」
私達には知らせてはいけない理由が存在したからである。
「それもそうね。変な能力を持って、アイテム名を変えられる力がある人なんているはずない。貴女は、茅場晶彦によってデスゲームの被害者ではない。そうでしょ?」
「大正解」
ドウセツが言ったことに対して白づくめの彼は否定もせず、隠そうともせず、堂々と肯定した。少なくとも、非科学的なことを持つ人なんて、現実世界にもいるはずない。ゲームの中でももちろん存在しない。夢の話なら別かもしれないが、昨日起こった出来事は全部本物だ。
「まぁ、言えるとしたら……君達をパラレルワールドに飛ばす必要があったから」
彼が言える範囲の理由を告げてきても、理解できるのは難しかった。なんの手段でここの世界、ここのゲーム、ここで暮らしている私達が選ばれたんだろう。
「どうして?って思っているね」
白づくめの彼は心を読むように言ってきた。単純過ぎているのか、わかりやすいのか、ともかく理由を聞ければ納得すると思うので否定はしなかった。
「どうしてかは、それは、遠くて近い先に答えはあるかな?」
「なんで、遠回しみたいな言い方して、疑問系なの?」
「そりゃ決まっているじゃん」
彼は右手の人指し指でこちらに指して口にした。
「君の物語が続けていれば、いずれ知るってことかもしれないってことさ」
「は、はぁ……」
バカは否定するけど、頭が悪いのか、いまいちピンっとこない。結局、彼はストレートに目的も素性も明かさなかった。
「じゃあ、そろそろ帰るね」
「どこに行くの?」
「決まっているじゃないか、ドウセツ。帰るべき場所へ戻るのさ。イレギュラーは長いことは無用だからね」
彼は後ろを向き、左手を渦巻き状に描くと、濃い青色の光が渦巻き状にさせる。それは、回廊結晶を使用した時に似ていた。
彼は近くに寄ると、正面に振り返り、私に向かって言葉を発した。
「キリカ!」
風が吹き、白づくめのフードが揺れ出す。
「忘れないで、君はけして独りじゃないんだよ」
帰り際に言うことがそれ?
「そんなこと、わかっているよ!」
「そう言っても忘れることがあるんだよ!多分!」
多分って……き、気をつけるように努力はするさ。自分独りでは何もできないことくらい、十分理解しているつもりだ。
「最後にドウセツ」
「何なのかしら?」
風が強くなり、フードが外れがちになる。若干だけど顔が少しずつ表れるようになった。
「キリカをよろしくね」
「なんで貴方に頼まれなきゃいけないの?」
「決まっているじゃない」
まるで口調のように言う白づくめの彼は、フードが外れると共に後ろへ下がりながら口にした。
「赤い糸で、ずっと繋がっているからだよ。これは」
「「!?」」
「――――本当だよ」
ニコッと笑って、素顔を表した刹那に白づくめの彼と青色に光る渦巻き状は、まるで夢が覚めたかのように一瞬で消えてしまった。
あの人の顔……見覚えがあるって言うか…………明らかに全く知らない顔で笑っていた。
「キリカ」
「ん?」
「考えるだけ無駄だと思うわ。素顔を一瞬だけ見てその顔が離れなくても、今の私達には理解とかできても無駄なような気がする」
「ドウセツ……」
「だって、貴女バカだから」
「おい」
ドウセツは、あの白づくめの顔が誰なのかわかっているのかな?わかったとしても、考えるのをやめたのは……今の私達はまだ早いって言うことなのかな?結局のところ、私達に現れては従兄にいるパラレルワールドに飛ばした理由もよくわからないし、私達は、ただ不思議な体験をしたって思えればそれでいいかもしれない。
それも、その短い物語は夢ではなくて、全部が真実。夢だったとしても、従兄達と短い間を暮らした時間は本物だ。
ウインドウを開くと、フレンドリストにはアルファベットのリョウコウと、従兄の世界で生存していたサチの名はグレーに変わってしまったものの、これは昨日のパラレルワールドに飛ばされた出来事の証として残っている。
それと……。
「起きるの早いな……まだ七時だよ」
「まだって言うことないでしょ?」
「まぁ、そうだけど……」
「飛ばされ過ぎて時間感覚消滅した?」
「バカにすんなよ」
ここのところ、九時あたりに起きるから、てっきり、九時あたりと思ったから、起床時間が早かったって言っただけなのに……もう……。この性格はいつまでも変わらないだろうな……少しは改善の努力くらいは願うよ。
それと、今の時間で繋がりとして残っている物がアイテムとして残っていた。
サチから受け取ったバスケット入りのマフィンと、記念に撮ってた写真の二つ。一つは失わなければいけないけど、味と共に記憶は染みつき、写真は消滅しないかぎり思い出は失わないだろう。
いや、例え失ったとしても、あの出来事がずっと覚えているだろう。なんせ、現実ではありえない経験と出会い、触れ合って繋がった。それが途切れないかぎり私は忘れない。
兄ではないキリトにちゃんづけで呼ばないアスナ、料理が上手なサチに、従兄であり兄貴なリョウコウの出会いは、もう二度とないかもしれない。けど、もしかしたら可能性として、また会えるかもしれない。
だから……。
「また会おう……みんな」
遠く彼方へと届くように、私はさようならは言わなかった。
「……誰に言っているの?」
「今回ばかりは罵倒は遠慮してよ」
「そう」
ドウセツは理解したのか、毒舌も罵倒もせず、別の話題へと変えた。
「貴女、サチからマフィンもらったわよね?」
「そうだけど?」
「それを朝食にしましょう」
「そうだね、サチにも朝ごはんに食べてって言ったもんね」
「そう言うことよ。さ、帰りましょ」
「うん」
可能性のあったパラレルワールドの短い旅は、家に帰るまでもう少し続く。不思議な旅を終えるために私達がいるべき場所へと帰って行った。
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「さて、従兄さんのところには『白百合と黒百合』も渡したし、キリカとドウセツにはいるべき場所に戻すことも説明したし、ミッションコンプリートかな」
今日は穏やかで平和を表すような、ゆったりと雲が流れる気持のよい青空。自分のやったことを独り言で確認して、青空とセットで一枚の写真を眺めていた。
今では不思議な関係なった人に頼まれた私は帰還して家へと戻って体を休めている。
「……あの時は不思議だったなぁ……。まさかこんなことになるとは思わなかったよね」
その写真には、けして写ることもない人達が形として残っている。元々は違う物語を無理矢理、合同にさせて別の物語にさせた時の一生に一度しかない一枚の写真は何よりも勝る宝物になるだろう。
私はその写真に写っている白い少女を見つめて、また独り言を呟いた。
「頑張りなさいよ」
「――――昔の自分」