幻の月は空に輝く
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誕生
母親のお腹の中で色々と得た情報に一時パニックになった私だったけど…。
やはり、一度死んだ人間は強かった。
うん。驚くべき立ち直りの早さ。チャクラ云々を悩むのはもう少し後で、私はとりあえず天華と交流を深めながらこの世界の事を天華から聞いてみた。やっぱ、基本は漫画と同じ。
宵闇の一族や私や天華の事は保留。大きくなればわかってくるでしょ。って事で今は考えない。その前にやる事あるし。
まず、ちゃんと生まれなきゃね!
そんなふうに考えてかなりの時間が経ったのかな。
私は、無事元気な産声をあげてた。
「ランセイ!」
父親が嬉しそうに私を抱き上げる。生まれた時の衝撃や苦しさで私は赤ちゃんらしくおぎゃーーー、とけたたましく泣き叫ぶ。
いい年した大人が情けない、と思わなくもないんだけど、本当に痛くて痛くて苦しくて。呼吸の切り替えがこんなに激痛とは思わなかった。
まだ、多分まだね。安産型だからマシだとは思うんだけど、これは辛いわー。
えぐえぐと涙と鼻水を盛大に垂らし、私はお父さんの胸に頬を擦り付けた。何かを掴んでるとちょっとマシになる気がする。
胎児生活が長かったから眼の開き方も忘れたし、身体の動かし方も忘れたから動きはぎこちないけれど、お父さんはわかってくれたらしく、私の背を優しく撫でてくれた。
お腹の中で感じてた、温かくて優しい手の平。
綺麗に拭かれて、私はお母さんの横に置かれた。目の前には疲れた表情のお母さん。けれど、やりきったと、仕事を終えた表情を浮かべてた。声は知っていたけど、初めて見るお母さんとお父さん。
本当は複雑な想いがあるんだけど、それを今言った所で仕方ない。私はランセイとして生まれたんだから。
誕生と同時に気分一新。新たな決意と共に、私は夜月ランセイとしての生を歩みだした。
ちなみに胎児の頃に思った通り、両親は熱々なカップルで、親馬鹿だった。
お仕事はどうしたの?と赤ん坊の私が心配になるぐらい、両親が揃ってる。生まれた日はわかる。でも、次の日も次の日もその次の日も、何故かお父さんがいる。
「ぅー」
あんまり自由にならない手をお父さんに伸ばし、お仕事大丈夫?なんて思いながらちょこんと小首を傾げてみる。
すると、お父さんは感極まった表情を浮かべながら遠慮なく涙腺を緩ませる。だばだばーと滝が流れるような擬音がぴったりの涙の流し方。
「あう?」
ちょっと怖い。生前の私と同じぐらいの男の人が滝のような涙と、鼻水を垂らしながら擦り寄ってくる光景は、やっぱり結構怖い。
お父さんと言っても私がひいているのがわかったのか、いつのまにか忍び寄ったお母さんが、手に持っていた扇子を右上から左下に一閃させる。すこーん、とお父さんの後頭部からいい音が響いたなぁ、って思ったんだけど。
思ったと同時に私はお母さんの腕の中。
そしてお父さんは地面とお友達。
………あえて突っ込まずにいこうかな。うん。
「ランちゃんに涎や鼻水がつくでしょ。まったく。仕方ない人なんだから」
語尾は弾ませているんだけど、何でか容赦なく聞こえるのは何故だろう。
うん。つっこんじゃいけない領域だよね。
再度その事を確認した私はというと、お母さんに抱っこしてもらったのを良い事に、またウトウトと惰眠をむさぼる事にした。
眠るのが本当に気持ちがいい。
真綿で包まれているかのような温かな寝心地。幸せな気持ち。赤ちゃんは眠るのが仕事だっていうけれど、まさしくその通りと実感せずにはいられない。
ここが外だという事も忘れて瞳を閉じ始めた私に、お母さんはあら、なんて言いながらあやす様に背中を優しく撫でてくれる。それが尚更睡魔を加速させるんだよなぁ。気持ちいいなぁ。
私の眠りを阻む存在などいるはずもなく、遠慮なく意識を沈ませようとした瞬間、女の人の声が耳に届く。お腹にいた頃聞いた事のある、女の人の声。
そして初めて聞く男の人の声。
「あら。クシナとミナトさん」
お母さんの発した名前に、私は沈みかけていた意識をいっきに浮上させる。
そういえばすっかりと忘れてた。
ただでさえ大きな瞳を更に見開き、私はクシナさんとミナトさんをジッと見る。お腹はまだ大きい。だからナルトはまだ、生まれてない。
生まれてはないけど、近い将来必ず起こる事がある。それを、私は知っている。
私の揺れだす心に気付いたのか、お父さんが顔を覗き込んできた。けれど、私の瞳は揺れてそれに反応を返す事が出来ない。
教えないと!
でないと、ミナトさんとクシナさんが死んじゃう!
普段は大人しい私が手足を懸命にジタバタと動かし、口をへの字に曲げて表情を歪める。お父さんは驚いたように眼を見開き、お母さんは私を落ち着かせるようにあやす手の動きを早くする。
けれど、私の動揺は収まらない。
伝えたい言葉は音にはならず、泣き声として辺り一帯に響き渡るだけ。
「ふぇぇえええ」
もどかしい気持ちに逸る私の心。
本当は色々と考えてた。
この世界を生きるにあたり、を考えてたんだけど――…けれど赤子ライフを過ごすうちに暢気に思っていた自分もいて、それに気付いた瞬間我を忘れたように叫んでた。
いい年した大人が情けないけど、精神が身体に引っ張られた状態というかなんというか。年甲斐もなく喚き散らしながら、私は逃げて逃げてと何度も訴える。
「ランセイ。嵐誓。大丈夫よ。アナタの言いたい事はわかるから落ち着いて。ね?」
ジタバタと手足を動かす私の目の前にはお母さん。クシナさんとミナトさんも心配そうに私を見てくれてる。
お母さんの翠色の瞳に、赤ちゃんの泣き腫らした顔が映るけど、これは私なんだよね。
あぁ。これは見ていて痛々しい。
ぐすん、と鼻水をすする私に、お父さんが柔らかな布で頬や口元を拭ってくれる。やっぱり赤ちゃん。言葉で伝える事は難しい。
けど、お母さんもお父さんも神妙な表情を浮かべたまま、二人に向かって一回だけ頷く。意味深なやりとりだったけど、何故か私は睡魔に抗う事が出来ず、泣き腫らして腫れぼったい瞼をゆっくりと閉じながら、ギュッとお母さんの服を掴んだ。
力を込め過ぎて震えだした小さな手を、お父さんとお母さんが優しく握ってくれた感触に安心しながら、私の意識は完全に眠りへと落ちていく。
何故か伝わったと、そう思えてしまったのだ。
天華が私の体の奥底で、くぅん、と一回だけ鳴いたんだけど、この時の私は疲れ果てていてそれには気付けなかった。
けれど無意識に小さな手を伸ばして、天華の身体を包み込む。胎児時代に培われた、天華に関しての条件反射。頭で考えるよりも先に身体が動く癖。
ぎゅうぅぅ、と無意識に天華の身体を抱きしめ、今度こそ私の意識は完全に途絶えたのだった。
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