天才少女と元プロのおじさん
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夏大会直前
11話 なら、自信がつくまで練習しないとねー
「申し訳ない!」
新越谷高校野球場の一角。みんなの前で頭を下げる少女が一人。夏大会の抽選に行っていた主将の怜が沈痛な面持ちで佇んでいた。
「キャプテン、まさか……」
「引いたんですか?強いところ」
稜と詠深は怜の態度に不安を覚え、杞憂であってくれと願いつつ確認をとる。
「これ……トーナメント表だよ。Cブロックね」
それに答えたのは怜ではなく芳乃。彼女は本日行われた抽選によって組まれたトーナメント表を差し出した。
トーナメント表を受け取った詠深の横から覗いていた菫が一回戦の相手を読み上げる。
「初戦は……影森高校!そこに勝ったら……」
二回戦に勝ち進んだ際に対戦するであろう、2校のうち、一方は芳乃査定でSランク校の1つ……。
「梁幽館かよ!」
菫とは反対側からトーナメント表を覗いていた稜は頭を抱えて叫ぶ。菫も思わず“終わった”と呟いた。福岡出身の希だけは、その名を聞いてピンとこない様子を見せる。
「四強常連……一昨年の優勝校だよ」
詠深の説明を受けて希は驚くと共に、強豪校と戦える事実という事実に歓喜した。
「ナイスキャップ!」
自身の手をとり興奮する希に、怜は苦笑する。
「あはっ。確かに全国目指すなら早めに梁幽館と当たって良かったんじゃない?うちが情報を晒す前に戦えるし、ベスト8からSランク校との三連戦とか目も当てられないよ?」
正美の言う通り、控え選手が彼女しかいない新越谷が強豪校との総力戦を三連続で行うのは難しい。梁幽館と他のSランク校の間にクッションが入る事により、選手のコンディションを整えながら戦う事も可能だ。
メリットはそれだけではない。梁幽館と早めに当たっておく事で、一回戦の戦い方次第では相手ににこちらの戦力を隠すことが出来る。しかも、梁幽館は強豪校故にデータを集めるのに苦労しない。情報戦という面ではこちらが優位に戦えるのだ。
「そうは言ってもね……」
それでも菫の表情は優れない。当然だが、そもそも梁幽館を倒す事が出来なければ正美の言った事も捕らぬ狸の皮算用である。
「なら、自信がつくまで練習しないとねー。私も付き合うから」
「う、うん」
その後、対梁幽館の対策ミーティングが始まった。そこで、相手の二番手投手がガールズ時代に珠姫とバッテリーを組んでいたという事実が判明したのだ。しかも、芳乃の読みだとその人が二回戦で先発する可能性が高いとの事。
持ち味の速球とスライダーを駆使して高い奪三振率を誇る。しかも、コントロールが良くなっているとの事で、彼女も進化を遂げていた。
映像で確認すると、彼女のスライダーと詠深のナックルスライダーの軌道が似ている。スライダー対策は詠深の投球練習を兼ねた実戦形式のフリーバッティングを行うこととなった。
「菫ちゃんは逃げながらバットを振っちゃうねー」
「解っててもすごい迫力なのよね······」
詠深がナックルスライダーを投げる際、打者の顔面を狙って投げている。菫はその様なボールを打席で見たのは詠深が初めてだった。
人間は本能で危険から逃れようとする。例え頭で分かっていても、顔面に向かってくるボールを我慢して打つためには、菫には経験はまだ足りなかった。
「まずは私のスローカーブで慣れる?」
「そうね。お願いするわ」
正美と菫は場所を室内練習場に移して、バッティング練習を再開する。
正美のスローカーブは詠深のナックルスライダーより変化は小さいし球速も出ないが、顔からストライクゾーンに変化する軌道に慣れるには十分である。むしろ球が遅い分、恐怖心が軽減され、練習にはもってこいだった。
「そうそう。良い感じだよー」
「ええ。だいぶ慣れてきたわ」
「それじゃあストレートも混ぜてくねー」
菫と正美は暫く練習を続ける。ストレートとスローカーブを合わせて20球投げた後、野球場へ戻って行った。
「明日もヨミちゃんの球の前に私と練習しよっか」
「うん。ありがとう」
翌日のフリーバッティングで菫はヨミのナックルスライダーに対ししっかりとバットを振り切った。ヒットにはならなかったものの、確かな手応えを得るのだった。
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