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戦姫絶唱シンフォギア~響き交わる伴装者~

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第39節「撃槍」

 
前書き
ギリギリ7分オーバーしてました。
さて、今回で遂に原作G12話もお終いです。

つまり……残すところ、原作あと一話分ッ! 完結が迫って参りました!
しかも来月には一周年ですよ、一周年! 早いなぁ……書き始めたのがつい昨日の事のようだ……。

今回はクライマックス突入に相応しく、思いっきり盛り上げてまいります。
それではお楽しみください!

推奨BGMは『絶刀・天羽々斬』、『Vitalization』です。どうぞ! 

 
「誇りと契れ──ッ! はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

息を切らし、マリアは遂に膝を付く。
フォニックゲインの高まりに合わせて発光していたギア各部の光も消え、月遺跡へと照射されていた光も細く、弱まっていく。

『月の遺跡は依然沈黙……フォニックゲインが足りません……ッ!』
「私の歌は……誰の命も救えないの……ッ! セレナ……ツェルト……うっ……うぅ……」

床に手をつき、嗚咽と共に泣き崩れるマリア。

人類のため、セレナやツェルトの犠牲を無駄にしないためと謳う歌では月の落下に抗えない。
生まれたままの感情を覆って隠すシンフォギアはどこまでも黒く、重たかった。



そして、その光景をまるで他人事のように見ている世界中の人々。
その中でも、戦場で唄い戦う少年少女を知る7人だけが、何かを感じ取っていた。

「この人、ビッキーたちと同じだね……」
「うん……」
「誰かを救うために歌を歌うなんて……」

創世、弓美、詩織は街頭ディスプレイを見上げながら呟く。

「でも……この歌、何か足りねぇんだよなぁ……」
「確かに……。どこか心に響かないというか……」
「月が落ちてくる、というのは分かった。助けてあげたいとも思う。でも……」
「この歌……マリアさんの心が籠ってない……。歌ってるマリアさんが全然笑ってないんじゃ、意味がないよ……」

紅介、飛鳥、恭一郎は何とも言えない表情で呟く。そして、流星の言葉は、誰よりも的を射ていた。
自分の本当の心を剥き出しにしていないマリアの歌は、誰の心にも届いていないのだ。

その間にも、世界終末のタイムリミットは刻一刻と迫っていた。

ff


深い、深い海の底に沈んでいくみたいな……そんな感覚の中で目を開く。

見上げる先の光はどんどん遠ざかって、切ちゃんの声がとても遠く聞こえた。

わたしは……何があったんだっけ……。
記憶を辿り、直前までの出来事を振り返る。

……わたし、切ちゃんと喧嘩して……確か……そうだ、互いの絶唱をぶつけ合って……それで……。

『アタシが調を守るんデス……たとえフィーネの魂にアタシが塗り潰される事になっても──ッ!』
『ドクターのやり方で助かる人たちも、わたしと同じように大切な人を失ってしまうんだよッ!? そんな世界に生き残ったって、私は二度と唄えない──』
『でも、それしかないデスッ! そうするしかないデスッ! たとえ、アタシが、調に嫌われてもおおおおおおッ!』
『切ちゃん──もう戦わないでッ! わたしから大好きな切ちゃんを奪わないでッ!』

そう、その瞬間……両腕の鋸を破壊されて無防備になったわたしの手から、バリアみたいなものが……。
それから、その先は──

『……まさか、調……デスか……? フィーネの器になったのは、調……なのにアタシは調を……』

勘違いに気付いた時、価値観や判断力、切ちゃんを形作る常識は決壊した。
大好きな人達を守りたくて、一番大好きなわたしに刃を向けたのに……それが全部無駄だったことに絶望した。

『調に悲しい思いをして欲しくなかったのに、できたのは調を泣かす事だけデス……ッ!』

そして切ちゃんは、バリアに弾かれて地面に刺さる、魂を切り裂く力を解放したイガリマの刃を──

『──アタシ本当に嫌な子だね…………消えて無くなりたいデス……ッ!』

自分を切り裂くように、引き寄せた。

『ダメッ! 切ちゃんッ!』

わたしは咄嗟に、切ちゃんの前に飛び出した。

そしてイガリマの刃は……わたしの背中を貫いた──。

『…………調? 調えええええッ!』

思い出した……。
わたし……死んじゃったんだ……。

切ちゃんの声が遠ざかっていく……。
泣きじゃくってわたしの名前を呼んでいる……。

戻りたいのに、わたしは沈むことしかできなくて……このままじゃわたし、切ちゃんに癒えない傷を残しちゃう。

そんなの……ぜったい、ダメ……なのに……。



すると、隣に誰かが立つ気配がした。

「……切ちゃん……? ……じゃない……だとすると、あなたが……」
「どうだっていいじゃない。そんなこと」

背が高くて、長い金髪を靡かせていて、何処かの国の巫女服に身を包んだ女の人。
何処か知っている気がする気配のその人は、わたしを見下ろしながらそう言った。

「どうでも良くない。わたしの友達が泣いている……」
「そうね。誰の魂を塗り潰すこともなく、このまま大人しくしてるつもりだったけれど、そうもいかないものね」

わたしを見下ろす女の人の身体が薄れ始め、粒子が立ち昇っていく。

「でも……魂を両断する一撃を受けて、あまり長くは持ちそうにないか」
「わたしを庇って? でも、どうして?」
「あの子に伝えて欲しいのよ」
「……あの子?」
「だって数千年も悪者やってきたのよ。いつかの時代、どこかの場所で、今更正義の味方を気取ることなんて出来ないって…………今日を生きるあなたたちで何とかなさい」
「立花……響……?」
「いつか未来に、人が繋がれるなんて事は、亡霊が語るものではないわ……」

そう言って、先史の巫女は穏やかな顔で消えてゆく。

でも、わたしは見た。この耳で聞いた。

永遠の刹那に存在し続ける巫女は──

「──ああ……ああ……そんなところに居たのね……。あなたをずっと待たせてしまったのは、私の方だったのね…………やっと逢えた……。逢いたかったわ……エンキ……」

最期に、満足げに笑いながらこの世を去って行った。

青い髪に青い装束。顔は見えなかったけど、とても優しそうな男の人と一緒に……。



「うっ……うぅっ……目を開けてよ、調……」
「開いてるよ、切ちゃん」
「──え? えッ!?」

起き上がると、切ちゃんが両目から大粒の涙を流しながら驚いていた。

「身体の、怪我が……ッ?」
「じー……」

とにかく、わたしが生きてることを確かめた切ちゃんは、思いっきりわたしに抱きついた。

「──調ッ! でも、どうして……」
「たぶん、フィーネの魂に助けられた」
「フィーネに……デスかッ!?」

そしてわたしも、切ちゃんを思いっきり抱き返す。

敵だったはずの装者も、信用できないと思っていた大人も、わたし達を塗り潰すはずだったフィーネまでもが手を貸してくれた。だから、伝えなくっちゃ。
誰かを信じることを。手を取り合って初めて、みんなを救えるんだってことを。

「みんながわたしを助けてくれている。だから切ちゃんの力も貸して欲しい……一緒にマリアを救おう」
「うん……今度こそ調と一緒に──みんなを助けるデスよ」

そしてわたし達は、目の前にそびえる中央遺跡を見上げた。

ff

クリスと翼の激突で裂けた地面の底。

そこには、フロンティアの地下に広がる鍾乳洞が広がっていた。

「シンフォギア装者は僕がこれから統治する未来には不要……ヒッ! ヒィイイッ!」

結晶状の鍾乳石を足場におっかなびっくり降りてきたウェルが足を滑らせる。

体幹がしっかりしていないウェルは、走るとよく転ぶ。足場の悪い洞窟内なら、こうなるのも当然と言えるだろう。

立ち上がったウェルは、周囲を見回す。
爆発し、落下していったとはいえ、念には念を入れて生死を確認しなければ足元を掬われる。

彼の右手には、ソロモンの杖が握られていた。

「その為にぶつけ合わせたのですが、こうも奏功するとは……チョロすぎるぅぅぅッ!」
「誰が、ちょせぇって?」
「……ッ!?」

目の前に立っていたのはクリス。
そしてギアを解除され、地に倒れた翼。

イチイバルは破損し、ヘッドギアが崩れて地面に落ちるが、相打ちとはいかなかったのだ。そして、クリスはウェルの方へと振り返る。

「はあぁぁぁぁッ!?」
「さて、残るはてめぇ一人だぞ、ウェル」
「くッ……フン、あんなままごとみたいな取引、本気で信じたその女が馬鹿なんですよッ!」

ウェルは懐から取り出した起爆スイッチを押す。

「ええ……?」

だが、翼に付けたはずの首輪は爆発しない。
慌てて何度もスイッチを押すが、何度押しても同じだった。

「え、え? 何で爆発しないッ!?」
「壊れてんだよ……ッ! 約束の反故とは悪党のやりそうなことだもんなッ!」

よく見ると、翼の傍には破壊された首輪の破片が転がっている。

「あなたはもう逃げられない。さあ、投降してもらいますよ」

背後からの声に振り向くと、そちらにはRN式の制限時間を迎え、一部破損したプロテクターを纏った純が立っている。
前門のクリス、後門の純だ。ウェルは逃げ道を塞がれた。

「は、うわ、ふわ……ふぎ……ッ! ひ、ひいい……ッ!」

ゆっくりと迫ってくる二人に、ウェルは怯えて腰を抜かすと、慌ててソロモンの杖をかざしてノイズを召喚する。
ウェルを挟み撃ちにしていた二人を更に取り囲むように、大量のノイズが出現した。

「いまさらノイズ──く……ッ!?」

アームドギアを構えようとするクリス。
だがその瞬間、ギアのバックファイアで全身に痛みが走り、膝を付く。

見ると地面を転がるカプセルからは、例の赤いガスが散布されていた。

「Anti_LiNKERは、忘れた頃にやってくる……ふふふふふ……ッ!」
「いつのまに……ッ!」
「なら……ブッ飛べ、アーマーパージだッ!」

ギアがまともに使えないこの状況を打破する最善の一手。
クリスはギアを強制解除し、ギアを構成するエネルギーを散弾として広域射出した。

「ひい……ッ!?」

連続使用できない、博打性の高い技。だが、身体にダメージを与えるギアの解除とノイズの殲滅が可能という点では、リスクよりメリットの方が大きい。
純が地面に伏せた直後、弾け飛んだギアはノイズを瞬間殲滅せしめる威力を発揮し、見事に包囲網を崩してみせた。



鍾乳石の影に隠れてやり過ごしたウェルは、そこからおそるおそる顔を出す。
土煙が充満し、クリスや純の姿は見えない。辺りを探すウェル博士。

そこへ、クリスと純が同時に飛び出した。

「ちぇいッ!」
「うわッ!?」
「いつぞやのお返しだッ!」
「がはぁッ!?」

ギアが弾けた結果、再構成までの間だが裸体を晒すこととなってしまったクリスが、胸元を腕で隠しながらタックルし、純がウェルの顔面を思いっきり殴りつけた。

その拳に乗った感情が、岩国基地での借りやネフィリムの件、スカイタワーの件、奏の件、そう言ったウェルがこれまで積み重ねてきた諸々への怒り。
そして何より……クリスの裸体を見たという一番の大罪でブーストされた怒りの鉄拳だったことは、語るに及ばない。

だが、ウェルの手から弾かれたソロモンの杖は、地面を転がり手を伸ばしても届かない位置にまで行ってしまった。

「しまったッ!?」
「杖を──ッ!?」
「ひいいいいぃぃぃぃッ!」

慌てて純が取りに行こうとするが、そこに……倒し損ねていたノイズが立ち塞がる。

残っていたノイズは20以上、しかもコントロールを失っており、半透明な身体を見ての通り位相差障壁も展開されている状態だ。

イチイバルはまだ再構成が終わっておらず、アキレウスは時間切れにより冷却がまだ済んでいない。たとえ済んでいても、破損したプロテクターで起動すればコンディションが落ちた状態での使用となり、まともに戦闘が行えない可能性が高いのだ。

まさに絶体絶命。死を覚悟したその時……クリスは無意識に、その名前を叫んでいた。

「──先輩ッ!」







次の瞬間、降り注ぐ蒼き刃の雨がノイズを殲滅していく。

「──ッ!」

目を空けるクリス。驚きに口を開ける純。

『Ya-Haiya- セツナヒビク Ya-Haiya- ムジョウヘ──』

耳に聴こえるは覚えのある調べ。

晴れていく煙の中、地上への亀裂から射し込む陽光に照らされ、佇んでいたのは……。

「翼さんッ!」

そこには、半年前……ルナアタックの頃の旧態ギアを身に纏った翼の姿があった。

「そのギアは!? 馬鹿な、Anti_LiNKERの負荷を抑えるため敢えてフォニックゲインを高めずに、出力の低いギアを纏うだと……ッ!? そんなことが出来るのかッ!?」
「出来んだよ、そういう先輩だ」

調息によって、フォニックゲインと共に意図的に引き下げた適合係数。
それにより、高い適合率を要する限定解除後のギアでなく、今より低い適合率でも纏える旧態ギアと、最低限のフォニックゲインで継戦する戦法。

その名も『アーリーシルエット』。クリスのアーマーパージに比べて継戦能力を有するものの、翼の身体が許容するダメージ量が活動限界という、高い技量と力量にて初めて可能となるシンフォギア運用の「裏技」である。

「颯を射る如き刃 麗しきは千の花 宵に煌めいた残月 哀しみよ浄土に還りなさい──」

まずは数体切り捨てて、ノイズの群れの中に着地する翼。両脚のブレードを展開して逆立ちし、回転しながらノイズを切り裂いていく。

〈逆羅刹〉

純が唄い始める少し前、二人はこんな会話をしていた。

『次で決める。昨日まで組み立てて来た、あたしのコンビネーションだッ!』
『ならば……こちらも真打をくれてやるッ!』

その言葉には、互いに対する確かな信頼の上に交わされた。

(一緒に積み上げてきたコンビネーションだからこそ、目を瞑っていても解る……)
(だから躱せる、躱してくれる……ッ! ただの一言で通じ合えるから、あたしの馬鹿にも付き合ってもらえるッ!)

そして放たれる刃とミサイル。
この時、爆炎に紛れたクリスの一射が、翼の首輪を正確に撃ち抜いた。

「神楽の風に 滅し散華せよ 闇を裂け 酔狂のいろは唄よ 凛と愛を翳して──」

危うく且つ心許ない、こちらもクリスに負けず劣らずの博打っぷり。
しかし、クリスのアーマーパージによる初撃にて、多数のノイズを一気に減らせたことが幸いし、結果としてアーリーシルエットでの剣戟を効果的なものにしていた。

瞬く間にノイズはどんどん殲滅されていく。
そして、その場に立つのは彼女だけではなかった。

「はぁッ!」

翼の背後に迫っていたノイズが、一振りの槍に貫かれる。

振り返る翼の前に立っていたのは……純に仮面を叩き割られ、(こころ)を取り戻した片翼だった。

「付き合えるかッ!」
「いざ往かん…心に満ちた決意 真なる勇気胸に問いて──」

翼がウェル博士の方を見ると、ウェル博士は転びながら逃げて行く。

追いかけたいところだったが、しかし、クリスと純は未だにノイズに囲まれている。
今は戻って来た相棒と二人、後輩を助けるのが優先だ。

「嗚呼絆に すべてを賭した閃光の剣よ 四の五の言わずに 否、世の飛沫と果てよ──」

〈疾風ノ炎閃〉

翼の剣が炎を纏い、ノイズを燃やし尽くす。

〈STARLIGHT∞SLASH〉

そして、振るわれた槍の穂先から放たれた橙色の斬撃が、周囲のノイズを丸ごと吹き飛ばした。

ノイズが殲滅され、純の上着を羽織りながら二人の戦いを見守っていたクリスは、上に手をかざす。
かざした手の方から順に、ギアと一緒に弾け飛んだリディアンの制服が再構成されていく。

衣服全ての再構成が終わった後、握った手の中にはギアペンダントが握られていた。

「回収完了。これで一安心だね」

純はソロモンの杖を拾うと、収納モードに変形させる。

そして翼は、ギアを解除するとクリスと純へと向かい、頭を下げた。

「一人で抱え込んで……すまなかった。みんなには迷惑を……」
「気に病まないでくれよ……。吹っ切れたんなら、それでいいじゃねぇか」
「僕も気にしてませんよ。それにしても、こんなに殊勝なクリスちゃんが見られるなんてね」
「ば……ッ! それは言わなくてもいいんだよッ!」

純の言葉で真っ赤になるクリスに、純も翼も笑う。

「へぇ、あたしが知らない間に、こ~んな出来た後輩が出来ていたなんてな」

背後からの声に、翼は振り向き……そして、これまでに見せたことのない程の笑みを見せる。
そこには、還って来た片翼──天羽奏が、腰に手を当てて立っていた。

ギアを解除したその服は、あの日のライブ衣装そのままだ。
彼女の時間が、あの時で止まったままだったのを実感する。

「うん……。わたしの、自慢の後輩だよ」
「見てりゃわかるさ。……その、なんだ……迷惑かけたな」

気まずそうな奏に、純は首を横に振って応える。

「いえ。こうして出会えたことを嬉しく思います。天羽奏さん」
「ああ、あたしの方こそよろしくな」

純が差し伸べた手を握り、奏は固く握手を交わした。

「それにしたってよ……よくあれで伝わったよな」
「雪音が先輩と呼んでくれたのだ。続く言葉を斜めに聞き流すわけにはいかぬだろう?」
「それだけか?」
「それだけだ。後輩から求められれば、いつでもそのやりたいことに手を貸す。それが、先輩と風を吹かせる者の果たすべき使命だからなッ!」
「先輩……」
「つ~ば~さッ!」

すると、奏は翼の背後にそ~っと忍び寄り、そして思いっきり抱き着いた。

「か、奏ッ!?」
「すっかり先輩風吹かせるようになって~、このこの~♪」
「ちょ、ちょっと奏ぇ! 後輩の前なんだから、そういうのは……ッ!」
「おっと、それもそうだな。まあ、翼は知っての通り、真面目過ぎる性格だからさ。また抱え込みそうになったら、遠慮なく言ってやってくれ」
「奏ぇ!!」

翼の防人口調を見事に崩させて笑う奏。
先輩としての威厳を保とうと、奏に非難の視線を向ける翼。

そんな二人を見て、気付けばクリスも笑っていた。

(全く……これだからこいつらの傍はどうしようもなく……あたしの帰る場所なんだな)

「クリスちゃん、先輩方、行きますよ。翔や立花さん達と合流しましょう」
「翔……って、翔もいんのかッ!?」
「うん。色々あってね……途中で話すよ」

純に促され、三人は振り向く。
目的地はフロンティアの中枢、中央遺跡だ。


「……ところでよ、こっからどうやって昇るんだ?」
「あ……そういえば……」

クリスからの疑問にしまった、という表情をする純。
鍾乳石は全て緑色の結晶なのだ。登ろうとすれば滑ってしまう。

「問題ありません」
「「「「うわああああッ!?」」」」

突然現れた黒スーツの人物に、4人は声を上げて驚く。

「は、春谷さん! 脅かさないでくださいッ!」
「既にF資料の図面を参照し、移動経路は割り出しています」

春谷は表情を変えずに淡々とそう言った。

「春谷さん……情報部の方ですか?」
「ええ、まあ。櫻井女史に、純くんのRN式用プロテクターが破損するだろうから、と替えのパーツを届けに来たのですが……まあ、この程度のアクシデントは想定内です」
「はあ、どうも……」

春谷は、風呂敷の中から予備のプロテクターを取り出すと、純にプロテクターを脱着するよう促した。

「あまり時間は残されていません。翼様、クリスちゃん、それから……奏ちゃんも手伝ってください」
「せ、先輩達はいいッ! それはあたしがやるッ!」
「くッ、クリスちゃん……」

思わず叫ぶクリスと、少し照れ臭いのか珍しく頬を掻く純。

その姿に翼と奏は顔を見合わせ、やれやれと肩を竦めるのだった。



一方その頃、エレベーターでブリッジまで移動中のウェル博士は、殴られた頬をさすりながら地団太を踏んでいた。

「くそッ、ソロモンの杖を手放すとは……こうなったらマリアをぶつけてやるッ!」

ff

その頃、フロンティアのブリッジでは、マリアがすすり泣く声が響いていた。

『マリア……もう一度月遺跡の再起動を』
「無理よッ! 私の歌で世界を救うなんて……ッ!」
『マリアッ! 月の落下を食い止める、最後のチャンスなのですよッ!』

自分の歌が世界に届かなかった現実に打ちひしがれ、泣き叫ぶマリア。

その最悪のタイミングで……ウェル博士がエレベーターから降りてきてしまった。

「……ッ!」

虚ろな目で立ち上がるマリア。
ナスターシャ教授の言葉とマリアの様子から全てを察したウェルは、ネフィリムの腕でマリアの頬を思いっきり殴りつけた。

「バカチンがッ!」
「あぁ……ッ!」
「月が落ちなきゃ、好き勝手出来ないだろうがッ!」
『マリア!』
「あ? やっぱりオバハンか……」

ウェルは再びコンソールに触れると、何かのコマンドを起動し始める。

『お聞きなさい、ドクター・ウェルッ! フロンティアの機能を使って集束したフォニックゲインを月へと照射し、バラルの呪詛を司る遺跡を再起動できれば──月を元の軌道に戻せるのですッ!』
「そんなに遺跡を動かしたいのなら、あんたが月に行ってくればいいだろッ!」

操作を終えたウェルが、掌で思いっきりコンソールを叩く。



直後……轟音と共に、エネルギー制御室が切り離され、宙へと打ち上げられる。

複合構造船体──星間航行船であるフロンティアの特徴のひとつに、各部が独立機能したブロックに分けられており、それらが複合的に組み合わさることでひとつの巨大な構造体として成立しているという点がある。

利点としては、用途に合わせた機能拡張がしやすいところ。それに加えて、ブロック単位での切り離しが容易であるため、長期に渡る航行中に発生するトラブルに対しても外科手術的な即応が可能なところがあげられる。

ウェルはそれを利用し、一番邪魔なナスターシャ教授を大気圏上へと追放する為に使用したのだ。

「──マムッ!」
「有史以来、数多の英雄が人類支配を成しえなかったのは、人の数がその手に余るからだッ! ──だったら支配可能なまでに減らせばいいッ! 僕だからこそ気づいた必勝法ッ! 英雄に憧れる僕が英雄を超えてみせる……ッ! ふへははは……うわーはははははあ……ッ!」

打ち上げられたロケットのように、煙を尾に引いて月へと向かって飛んでいく制御室。

耐Gへの充分な準備も対処もないままに、大気圏を一瞬突破するだけの推力で射出されたエネルギー制御室には、すさまじいばかりの加速度が圧し掛かり、如何な巨大遺跡フロンティアの一部ブロックであっても半壊以上の被害は免れない。

複合構造体の内包する、一体成型の構造体と比較して耐久性が脆弱であるという欠点が、生身かつ重篤なナスターシャ教授の生存を、絶望的なものとしてしまった……。

「よくもマムをッ!」

遠ざかっていく制御室を見上げ、マリアは怒りのままにアームドギアを構える。

「手にかけるのかッ!? この僕を殺す事は、全人類を殺すことだぞッ!」

余裕の笑みと共にマリアに向かい合うウェル。
自分は絶対に殺されないだろうというその図太さは、果たしてどこで買えるのだろうか。


だが、その根拠のない自信は、3秒としないうちに瓦解した。

「殺すッ!」
「ひゃああああああッ!?」

烈槍を向け、ウェルに迫るマリア。
自分に向かって向けられた明確な殺意に、間抜けな悲鳴を上げて腰を抜かすウェル。

マリアの手が、遂に血に染まるかと思われた、その時──彼女は割って入って来た。

「ダメ──ッ!」
「そこをどけ、融合症例第一号ッ!」
「違うッ! わたしは立花響、16歳ッ! ──融合症例なんかじゃないッ! ただの立花響が、マリアさんとお話したくてここに来てるッ!」
「お前と話す必要はないッ! マムがこの男に殺されたのだッ! ツェルトもその男が手にかけたッ! ならば私もこいつを殺すッ! 世界を守れないのなら──私も生きる意味はないッ!」

マリアが握った槍を突き出した、その瞬間だった。

「マリィッ!!」

聴き慣れたその声にマリアが振り向くと、そこには……翔と並んで立つツェルトの姿があった。

「え……ッ?」

その一瞬は、マリアの烈槍の勢いを削ぐのには充分であった。

響はマリアが突き出した槍の穂先を、片手で掴んで受け止めた。

「──お前ッ!?」
「意味なんて後から探せばいいじゃないですか……」

響の掌から血が流れ、ガングニールの穂先を濡らす。
だが、響は笑顔でそう言った。

そして響は、生きる意味を見失ったマリアへとあの言葉を投げかける。

この撃槍を、胸の歌をくれた大事な人から受け継いだ、明日への希望に満ちた言葉を……。

「だから──生きるのを諦めないでッ! Balwisyall nescell gungnir──troooooooooooooooooooonッ!!」
「聖詠! 何のつもりで──」

響き渡る、立花響の胸の歌。

それに応えるかのように、掴んでいた槍が輝き、消える。

「きゃあッ!」

槍だけではない。マリアが纏うギアも輝き、輝く粒子となってブリッジを、そして中央遺跡全体を包み込んでいく。



その光を、フロンティアに集う者達は見上げる。



「あれは……」
「マリアを助けるデスッ!」



「あのバカの仕業だな」
「間違いないね」
「ああ、だけど──立花らしい」
「これが……あいつの……」



またその様子は、音質はさておき全世界に中継されているため、世界中の人々の目にも届く。
眩いばかりの輝きに包まれた二人。遺跡に侵入した司令や緒川も、バックアップしている二課の職員達も、米国F.I.S.の研究員達も、街角で街頭ディスプレイを見上げる友人達も。

全世界の誰もが、その奇跡の光景に目を引かれた。

「何が起きているのッ!? こんなことってありえない……融合者は適合者ではないはず──これは……あなたの歌? 胸の歌がしてみせたこと? あなたの歌って何ッ!? 何なのッ!?」

目の前で起きている奇跡に、マリアは混乱する。
だが、答えは一つだ。

『行っちゃえ響ッ! ハートの全部でッ!』
「100パー全開ッ! ぶっ込めエナジーッ! 言わずもがな、その名前は──」

周囲に広がっていた光が響に集まり、その身体を白地にオレンジの、見慣れたシンフォギアが覆う。

そして響は、その名を高らかに咆哮した。

「撃槍──ガングニールだああああああああああッ!!」 
 

 
後書き
次回……最終章、突入ッ!

暴走するネフィリム。迫る月の落下。

そして……集う7人の装者!

戦姫達の歌は地球を救えるのか!?

戦姫達を支える3人の伴装者は、彼女達と共に奇跡を起こせるのか!?

そして……鋼の腕は、果たして何を掴むのか──

ウェル「僕は、英雄だぁぁぁッ!!」

ツェルト「なら、俺は──」


最終章『鋼の腕の伴奏者』

少年の旋律には、涙が流れている──。 
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