Fate/WizarDragonknight
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「へっくし!」
可奈美は、くしゃみをした。
「可奈美ちゃん、風邪?」
テスト勉強をしているまどかが、心配そうに尋ねた。
「ううん。大丈夫」
可奈美はにっこりとほほ笑みながら、まどかに手を振る。
すでに午後六時を回っている。冬の太陽はすぐに沈むため、もう外は暗かった。
勉強に夢中になっているまどかを一人にさせるのは危険。送っていこうと決めた可奈美は、他に客のいない店内を見渡す。
「……ねえ、まどかちゃん」
可奈美は、まどかのテーブル席の向かいに腰を落とす。
「ちょっと、見せてもらってもいい?」
「可奈美ちゃん?」
まどかは少し驚きながら、書いているノートを見せた。数学のxyが大量に含まれている公式を見るだけで、少し頭痛がした。
「う~ん、ぜんっぜん分かんない」
可奈美は「あはは」と笑ったが、ポケットより取り出したメモ帳に、まどかと同じものを記し始めた。
「可奈美ちゃん? どうしたの?」
「……今は、休学中だけどさ」
可奈美は、問題式と解き方の両方を書き写しながら、口を開いた。
「私、まどかちゃんと同い年なんだよね」
「うん。知ってるけど……」
「まどかちゃんは、聖杯戦争のこと、知っているんだよね……?」
その瞬間、まどかの手が止まった。彼女は悲しい顔を可奈美に向け、
「うん。ハルトさんがキュウべえと初めて会った時、私もいたから。でも願いのために、命を奪い合うなんて、とっても悲しいなって……」
「私は、……あまり、戦いたくはないかな」
可奈美は、令呪の手を抑えながら言った。
「だから、私は終わった後のことを考えているの」
「終わった後?」
「私が聖杯に願ったことは、この世から消えてしまった友達を取り戻すこと……その願いを、聖杯が聞いてしまったせいで、私はマスターになった。でも、私は今、聖杯戦争を終わらせることができないかなって考えてるんだ。そして、美濃関に……岐阜に帰ろうって。でも、この戦いが終わったら、しっかり勉強して、友達を取り戻す手を探そうと思っているんだよ。で、そのためにも追いつかないといけないんだ。舞衣ちゃんや美炎ちゃん、私の成績上がってたらきっとびっくりするよ!」
「そうなんだ。じゃあ、私にできることなら……」
快諾してくれたまどかに、可奈美の顔は明るくなる。
「ありがとう!」
「うん。それじゃあ……」
まどかがさっそくと、今回のテスト範囲である一次関数を……n
「おい! 頼む!」
勉強タイムは、一秒で終幕した。
「い、いらっしゃい……」
「ああ! 可奈美ちゃん!」
大股で入ってきたのは、ほんの昨日顔を合わせたばかりのコウスケだった。
「コウスケさん? 忘れもの……」
そこで、可奈美は絶句した。
彼が肩を貸しているのは、松菜ハルト。すでに意識がない彼は、右手をコウスケの肩にかけて、だらんとただれている。
「ハルトさん! ……!」
駆け寄り、ハルトを助け起こそうとした可奈美は、手に張り付いた違和感に両手を見下ろす。
べったりと赤く染まった手が、可奈美を見返していた。
「……うっ……うっ……」
沈黙の中。まどかのうめき声だけが、可奈美の耳に届いていた。
「止血はしたよ」
ハルトをベッドに寝かせた響がそう告げた。
「命には別状ないと思う。でも、本当に危なかった」
「そうなんだ……」
可奈美は安心して肩をなでおろす。
なんとかショックを受けたまどかを家まで送り届けた可奈美は、そのままカウンターに着いた。
その動きの中、ハルトの椅子に腰かけるコウスケは、じっと可奈美の腕を凝視していた。
「なあ、可奈美ちゃん」
「な、なに?」
「ちょっと、脱いでみろ」
耳が壊れたか。可奈美は耳をもみほぐした。
「ごめん、もう一回」
「だから、脱げって」
「……響ちゃん。救急車のついでに警察呼ぶけどいいよね?」
「いや、そういうことじゃないよ! コウスケさんも、ちゃんと言葉があるんですから!」
響の言葉で、何とか中断した。
事情を話したタカヒロに閉店の許可をもらい、可奈美はカウンター席でコウスケ、響と向かい合った。
可奈美は長そでをめくる。そこには、不自然な刻印がしっかりと刻まれていた。
「……マジか~」
カウンター席の近くのテーブル席のコウスケは、項垂れながら背もたれに寄りかかる。
「ハルトがマスターってのにも驚いたけど、まさかお前までマスターなのかよ……」
「こっちも、まさかコウスケさんがマスターで、響ちゃんがサーヴァントだなんて想像もしてなかったよ」
「ああ。お前、まだサーヴァントはいないのか?」
「うん。でも、いらないと思うんだよね。召喚されたら、令呪を使って自由に生きてもらおうかなって考えてる」
「ほーん」
「それで、サーヴァントにはクラスがあるんでしょ? 響ちゃんは?」
「私はランサーだよ」
「ランサー? えっと……槍?」
「うん」
「響はぶん殴ってばっかだけどな」
コウスケが横やりを入れた。
響はそれを無視して、
「それで、可奈美ちゃんがマスターだったら、多分知っておくべきだと思うんだよね」
「……ハルトさんに、あの怪我を負わせたサーヴァント?」
響は頷いた。
「クラスはアサシン。とんでもない剣の使い手だよ」
「剣……」
剣というワードを聞いて、可奈美の腹の奥がうずいた。
それを知ってか知らずか、響は続ける。
「その剣に斬られると、呪いがあるみたいで、そのまま命を奪われる。そんな剣を使っているよ」
「うええ……なにそれ」
言葉ではそう言っていながら、可奈美は自らがそれほど怯えていないことにさえ気づいていなかった。
「それ、まともな立ち合いもできないってことだよね?」
「そうなるな」
返答したのはコウスケだった。彼は水を飲み干し、コップをドンと置いた。
「ハルトも一回それにやられかけた。オレが助けたがな。変身してても効果はあるってことだ」
ウィザードでも、その能力には耐性がない。写シならどうだろうか、と可奈美は反射的に考えていた。
「恐ろしい相手だね……」
「それになによりやべえのは、そのマスターだ」
コウスケは頭を抱えた。可奈美が「どんな人なの?」と尋ねると、コウスケは静かに「お前と同じくらいの女の子だ」と前置きした。
「ハルトにナイフぶち込むのを躊躇わないくらいのな」
「え」
可奈美は耳を疑った。慌ててコウスケに聞き直す。
だが、コウスケの言葉は変化なく、
「そのマスターが、ハルトを刺した」
「刺したって……どういうこと?」
可奈美は、思わず飛び出し、コウスケの肩を掴んだ。
「ハルトさんは、ウィザードっていう形態なんだよ? 私の千鳥でも……私の剣でも大して傷を負わなかったのに、どうして普通の女の子に?」
「分からねえ」
コウスケは首を振る。響も、明るい顔つきに似合わず難しい顔をしている。
「オレたちだってキャスターと戦ってたんだ。そこまで詳しく分かんねえよ」
コウスケは「でも」と深呼吸をした。
「アサシンのマスターが何かすると、変身が解かれたんだよ。それで、刺された」
「……」
「んで、そのアサシンのマスターが、ウィザードになった」
普通の中学生がハルトを刺し、ウィザードの姿を奪った。。
そんな、猟奇的な人物がいる聖杯戦争に、自分が身を置いている。
そんな事実に、可奈美はゴクリと生唾を呑んだ。
五つの花びらからできた桜のような令呪が、可奈美に寒気を伝えた。
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