Fate/WizarDragonknight
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二つの黒
「消し飛びなさい」
キャスターのその声は、まるで死刑宣告のようだった。
彼女の黒い球体より、野太い光線が雨のように降り注ぐ。
「な、ナニコレ⁉」
響が悲鳴を上げる。光線は、まるで彼女の後を追いかけるように降り注いでいく。
「おい! ハルト! アイツもサーヴァントか⁉」
いつの間に手にしたのか、ビーストは手に持ったサーベルで光線を受け流している。そのサーベルは不思議と折れることなく、光を屈折させ、地面へ突き落としていた。
ウィザードは毎回毎回スラッシュストライクを起動させ、光線と相殺させている。
水で力技というアンバランスの中、ウィザードは頷いた。
「彼女はキャスター! ほむらちゃんっていう、中学生のサーヴァント! ……やっぱり、ラビットハウスに来てくれた程度じゃ、聖杯戦争止めてくれないよね」
「ああ? マスターいんのか? どいつだ? どこにいる⁉」
「どこにいるって……」
今弾いた一発は少し重かった。
「この絨毯爆撃の中で探せっての⁉」
「だぁ! 皆まで言うな! 俺が探す!」
ビーストは、右手の指輪を入れ替え、装填する。
『ファルコ ゴー ファ ファ ファ ファルコ』
カメレオンの緑から、ハヤブサのオレンジへ変わっていく。彼の体にオレンジの風が纏われ、ビーストの体が浮いていく。
「おい! ちょっと待てって!」
『ハリケーン プリーズ』
ビーストがオレンジの風ならば、ウィザードは緑の風。
黒い光線の雨を掻い潜りながら、ビーストに続いてキャスターへ上昇する。
「ねえ、キャスターにどうやって立ち向かうのか考えてる?」
「んなもん、やり合ってから考えりゃいいんだよ! 男なら細かいこと気にすんな!」
「細かいじゃないでしょ! そもそも、前回戦った時片手無くしているはずなのにな……」
「んなことどうでもいいだろう!」
ビーストは手に持った細長い武器を振るう。ダイスサーベルという固有名詞などウィザードが知る由もなく、ビーストはダイスサーベルに内蔵されたギミックを回転させる。
ドロドロドロドロとドラム音が鳴り響く。
しばらくすると、ビーストはサーベルに付いているスロットに、指輪を差し込んだ。ウィザードからは見えない位置に表示されているサイコロの目と同じ、『4』というガイダンスボイスが鳴った。
『ファルコ セイバーストライク』
ビーストがサーベルを振ると同時に、そこにオレンジの魔法陣が出現する。サーベルが通過するのを合図に、四体の半透明のハヤブサが飛び出し、キャスターへ向かった。
「……」
迫る鳥たちへ、キャスターは怪訝な表情を見せた。左手より放たれた四本の光が、ハヤブサたちを消し炭にする。
「取るに足らねえってか?」
「でもあの人、完全にこっち向いてるよ」
ウィザードが示した通り、キャスターはこちらへ注意をそらした。
「あれ? オレ別にこっちむいて欲しくてやったわけじゃねえんだが……」
だが、そんなビーストのぼやきとは真逆に、彼女はこちらへ集中砲火を浴びせてくる。
高度を下げて回避したウィザードだが、キャスターに近いビーストは遅れた。
「ぬわあああああああああああ⁉」
「何やってんだよ!」
『エクステンド プリーズ』
ウィザードが発動した魔法陣に、手を突っ込む。伸縮自在の腕がビーストを地面に引き落とし、キャスターの光線を避けさせる。
「ぬわっ!」
何やら文句を言い出すビーストを下に見ながら、ウィザードは指輪を取り換える。だが、ハンドオーサーを操作する直前に、背中に圧が加わった。
「なっ⁉」
哀れ指輪は光の雨の中へ落ちていく。ウィザードを踏んづけた黒い影ことアサシンは、そのままキャスターへ肉薄。
「葬る!」
アサシンの刃と、キャスターの黒い防壁がぶつかる。黒い稲妻が走り、キャスターの体が落下した。
「……」
肩に付いた埃を払い、キャスターはスタリと着地したアサシンを見返す。
「アサシンのサーヴァント……」
「お前はキャスターのサーヴァントだな……」
黒い衣服と、赤い眼。外見の共通点がありながら、全く手を取り合うことのなさそうな二人は、じっと見つめ合っていた。
「待って!」
「お前は……」
「ランサー……」
二人の戦いを止めようとする、三人目のサーヴァント、ランサー。響は、二人の間に割り入る。
「どうして戦う必要があるの⁉ 私たちは、手を取り合って生きる選択肢だってあるはずだよ! 聖杯だからとかサーヴァントだからとかなんてどうでもいいでしょ?」
「それはお前だけだ」
響の言葉に、アサシンは冷たく吐き捨てる。
「心残りがないのなら、この聖杯戦争から消えろ。私の生き永らえるという願いを消すな」
「生き永らえる……?」
アサシンの言葉に、ウィザードもビーストとともに耳を傾けた。
彼女は続ける。
「私は死んだ仲間たちと違って生き延びてしまった。だから、皆とは違って生き残る」
アサシンの強い目線に、ウィザードは少し後ずさりをした。同時に、キャスターもまた口を開く。
「ランサー。貴女が願いを持たないというのなら、止めはしない。だが、私は願ってしまった。死の直前、もう一度主にお会いしたいと」
顔に刻まれた、赤い幾何学模様。それをなぞる様に、彼女の目から、涙が伝う。
「我が主のために。我が分身たちのために。ここで、消え果なさい!」
キャスターが掌を響たちへ向ける。放たれた黒い光線たちが、アサシン、ランサー、そしてそれを見ていたウィザードとビーストを襲う。
『ディフェンド プリーズ』
ウィザードは、自身とビーストの前に風の防御壁を作り上げる。風によって霧散された光線が周囲を抉った。
サーヴァントたちへ向かった光線を、響は殴り上げて曲げ、アサシンは当たり前のように真二つにした。
無数の光線たちの攻撃は、この場にいる者たちのみならず、周囲にも拡散していく。
噴水を粉々に破壊し、木々をなぎ倒し、公園のあちらこちらから悲鳴を上げさせた。
「やめろ!」
『フレイム プリーズ』
風から火になったウィザードは、スライディングで接近、ソードガンを駆使してキャスターに斬りかかる。
だが、キャスターはそれを指二本で受け止めた。
「やっぱり通じない……! うっ!」
腹を貫く、彼女の拳。仮面の下で吐きながら、その体が吹き飛ぶ。
響に受け止められ、意識が朦朧とする。
「大丈夫ですか?」
「ああ……助かったよ、響ちゃん……」
「うん。ねえ、ハルトさんも聖杯戦争を止めたいんだよね? だったら、二人を止めるの手伝って……」
「手伝いたいのは山々だけど、あの二人が暴れると、街が壊れる……! 正直、少し乱暴な手を使っても止む無しな気がするんだけど」
「でも、話し合えば……」
「話が通じる状況じゃないでしょ! ってうわ!」
響に突き飛ばされ、ウィザードと響がいた場所をアサシンの刃が舐める。
そのまま体を回転させながらそれを見送ったアサシンが舌打ちしている。
「おい、お前オレのサーヴァントと言いあっているのはいいけどよ」
続いて、ビーストがダイスサーベルでキャスターと戦っている。だが、彼もウィザード同様、キャスターには歯が立たないでいた。
「どっちにしろ今はこいつらをどうするかが問題だろ? 手伝ってくれよ!」
その声に応えたのは、ウィザードでも響でもなく。
「葬る!」
アサシンの声だった。
黒い光線、妖刀村雨、ガングニール、ダイスサーベル、そしてウィザーソードガン。全く共通点のない凶器が、平和だった公園を破壊していった。
フレイムのスラッシュストライクがアサシンに防がれたと思えば、アサシンごと黒い光線が飲み込もうとし、再びキャスターに狙いを定めたアサシンが動けば響が割り込み彼女と火花を散らす。好機らしきキャスターが二人まとめて葬ろうとすると、ビーストがその手にダイスサーベルを当てる。
「……これが、聖杯戦争……」
ウィザードが小声でつぶやいた。
やがて、ウィザードの隣にアサシンが舞い立つ。
「っ!」
彼女の村雨とウィザードのソードガンが同時に閃く。
「お前を……葬る!」
アサシンの猛攻。一度呪い殺されそうになった刃に注意しながら、ウィザードも反撃を入れていく。
どんどんアサシンの攻撃で、ウィザードは噴水広場の端へ押されていく。
ウィザードは蹴りで、アサシンを自分から離れさせる。
「はあ、はあ」
ウィザードは肩で呼吸しながら、アサシンを睨む。
だがなぜか、アサシンはそれ以上の追撃をしなかった。妖刀で空を斬り、ただウィザードを見つめていた。
「……なぜ動かない?」
「ここから先は、私ではない」
「?」
首を傾げるウィザードは、背後から聞こえたガサッという草葉の音に振り向く。
美少女が、ナイフで襲ってきた。
「んなっ!」
思わずウィザードは、ソードガンで打ち返した。ただの市販品のナイフが魔力を帯びた銀に敵うはずもなく、バターのように切れた刃物はクルクルと回転しながら地面に突き刺さる。
「おのれっ!」
持ち手だけになったナイフを捨てる美少女。ピンクのツインテールと可愛らしい顔と、まどかやチノで見慣れた見滝原中学の制服。だというのに、その鬼気迫る表情に、ウィザードは恐怖を感じていた。
「まだまだ!」
ナイフ二本目を、少女は腰から抜いた。その際、彼女の手に刻まれた紋様を、ウィザードは確かに見た。
「まさか……君は、マスター⁉」
「ああああああああああ!」
彼女は、まるで狂ったような声を上げながらナイフを振るう。ソードガンには勝てないと彼女も理解しているのだろう。ウィザーソードガンを避け、直接ウィザード本体を狙ってくる。
『バインド プリーズ』
「悪いけど大人しくして!」
魔法陣から出現した鎖が、少女を拘束しようと飛び出す。いくら狂暴でも、魔力の鎖に生身の人間が太刀打ちできるはずもない。
「うぐっ……ああああああああ!」
だが、鎖がとらえたのは、ナイフを持った少女の右手だけだった。
そのまま少女は、可能な限り体を伸ばし、ウィザードに触れる。バインドにより勢いを殺された彼女の拳かと、ウィザードは考え、
「がっ……⁉」
全身の動きが止まった。
「な……に……?」
ウィザードの体から、何かが消えていく。それは、腹の部分___少女が手を当てている部分から吸い出されているようだった。
そして、その合間から覗くのは、紫の金属片だった。
まるで、懐中時計の上部分が、ウィザードの視界に入った。そして、
「あれ?」
ウィザードの姿が、ハルトのものになる。
大きなダメージを受けていなければ、変身解除を念じてもいない。
どうして。その問いの答えを得る前に、ハルトは腹に激痛を感じた。
「……え?」
質量を増した自分の服。
見慣れた服に、見慣れない赤い液体が染みついている。
それは、自分が流した血。
同時に、それの原因となったものも、腹から突き出ていた。
「ナイフ……っ?」
ファントム退治や聖杯戦争。これまで何度も非日常の中で戦ってきたハルトが、日常の象徴であるナイフによって、膝を折った。
「どうして……変身が……?」
ハルトは、少女を見上げる。
夕日に照らされた彼女は、先ほどウィザードに押し付けた時計を見下ろしている。やがて、その時計から音声が流れた。
『ウィザード』と。
「ウィザード……?」
「これでいいの? モノクマ」
少女は、茂の方へ声をかける。運よく破壊を免れた緑の中から、三十センチくらいの人形らしきものが現れた。
左右が白と黒に分かれたクマ。白の部分は比較的可愛らしいクマのぬいぐるみらしいものだったが、黒側は、赤く鋭い眼が印刷されており、白側に対して、禍々しく思えた。
モノクマと呼ばれたそれは、少女の手にある時計を見上げて、口を抑えて肩を震わせた。
『ウププ。そう。それだよ、我妻由乃。それで君も、他のマスターと同様に戦う力を手に入れたんだよ』
モノクマ。彼は、そう頷いて高笑いを上げた。
「戦う力……? どういうことだ……?」
体を起こそうとしながら、ハルトは問いかける。モノクマは『んん~』とハルトを見下ろし、
『ああ。君がウィザード? キュウべえとコエムシから聞いているよ。コロシアイをしないマスターなんだって?』
「……だったら……ゲフッ、なんだ?」
『ウププ。別に。それで、我妻由乃。その時計の上をポチっとやって』
由乃というらしき少女は、モノクマの言葉に従い、時計の頭部のスイッチを押した。
『ウィザード』
その音声とともに、腕時計を胸に迷わず叩き込んだ。
埋め込まれた箇所より、紫の光が迸る。
まるでウィザードの魔法陣と似たものが出現し、それが彼女を通過すると、そこにいたのは、
「……ウィザード……だと……?」
薄れゆく意識の中。
ハルトが最後に目にしたのは___
ローブはボロボロで、ベルトの手は骸骨で、後頭部には指輪のような銀が取り付けられてはいるが。
疑いもなく、ウィザードそのものだった。
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