Fate/WizarDragonknight
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ギターケースの少女
『ハリケーン シューティングストライク』
「ぎゃあああ!」
今日も今日とてファントム退治。
聖杯戦争だろうが何だろうが、ハルトのすることは変わらない。
エメラルドの変身を解除して、ハルトはため息を吐いた。
「ふぃー。疲れた」
逃げ出したファントムを追ってバイクで追走。見滝原の大分端の方まで来た。
最先端の街も、端に来れば、景色も様変わりしている。
白くて綺麗なコンクリートジャングルは鳴りをひそめ、老舗や神社など、昔ながらの街並みになっていた。
「なんか、凄いところまで来たな。ここって、遠いの?」
「遠いと言っても、電車で三駅です。ここ、少し神社が多くて、私はあまり来ないんです」
ハルトの疑問に答えるのは、まどかだった。
先日ファントムから助けたこの少女は、それからハルトの手伝いをしたいと言い出し、バイクに乗り、ファントムとの戦場に付いてきている。
聖杯戦争。先日、キュウべえから言い渡されたその狂った戦争に参加することになったハルトだが、あれからほむらの襲撃もキャスターの遭遇もない。
結局、これまで通り、大道芸をしながら、ファントムを退治するだけの日常になってしまった。
「ふうん……」
ハルトは、ぐるりと見渡す。閑古鳥が鳴いているほどに静かな街並みは、さっきまでいた見滝原中心部とは大違いだった。
グウ
「あれ?」
まどかの声。腹を抱え、ハルトは彼女に背を向ける。
だがもう、隠しきれない。腹の虫の音が、まどかに笑顔を与えている。
「……ごめん、まどかちゃん。お腹空いた」
「あはは……」
ここ数日、何も食べていない。
そんなハルトの体は、女子中学生の前でへたり込むという情けない姿になってしまった。
大道芸人の収入など、微々たるもの。ファントムを退治しながら旅をしているハルトにとっては、空腹とは旅のお供だ。
現代人にはなかなか体験し得ないサバイバルな食べ物を都会の中から探り出し、ドーナツのような好物など月に数回しか味わえない。
「えっと……今日の予算は……」
ボロボロの子供向け財布が告げたのは、ほんの数十円。それが、ハルトの予算だった。
「マジかー。今日も河原で何か見つけるしか……」
「河原?」
まどかが目を白黒している。ハルトはうんと頷き、
「俺っていろんなところ旅しているからさ。安定した職とかとは縁ないんだよ」
「それって……ハルトさん、ずっと思ってましたけど、所謂浮浪者ってことですか?」
「そうなるかな。ある程度のお金は銭湯に入るために残しておかなくちゃいけないし、色々管理大変なんだけど、今お金ないから、汚くても大丈夫な仕事探さなきゃ……」
「そうなんですか……。あの……ハルトさん」
頭を抱えるハルトに、まどかが声をかけた。
「その、この近くに有名なアイス屋があるんです。私が出しますので、よかったら、そこに行きませんか?」
「え? ……それって、大人が女子中学生に奢ってもらうことに……」
「……そ、それは気にしない方が……」
まどかが頬をかく。
だが、空腹が我慢できなくなったハルトは、首を縦に振るほかなかった。
老舗街の一角。そこに、まどかの目的地があった。
彼女曰く、何度もテレビで紹介されている店らしい。来る途中にすれ違った、まどかの同級生らしき少女たちが談笑しながらアイスを頬張っているのを見て、ハルトも頷く。
「なんか、甘いものって、ドーナツ以外だと久しぶり」
「期待していてください。後悔はさせません」
まどかが案内してくれたのは、それほど華があるわけではない、アイス屋だった。
「ここのチョコミントアイスが、もう美味しいって評判なんですよ。私の友達から聞いた話ですけど」
「へえ。すごいなあ……チョコミント?」
ハルトは、話の流れに疑問符を浮かべた。
ハルトの記憶の中から、緑色の氷菓子にチョコをまぶした物が思い出された。
「あれって、ちょっと歯磨き粉みたいじゃない? なんか、爽やかすぎて変な味じゃない?」
「そんなことないですよ? さやかちゃん……私の友達も結構おいしいって言ってましたし」
「へえ……チョコミントねえ……今時の若者は変わってるんだね」
「ハルトさんだって私とそんなに都市変わらないじゃないですか。……あ」
お店のショーウィンドウで、まどかは足を止めた。
冷凍保存されているカップアイス。棚に無数に並んでいたものなのだろう。すでに放課後の時間。数多くの学生たちによって食い散らかされてしまったのか、一個しか残っていなかった。
「うーん……これは半分こですね」
「いや、俺は……」
「いいですから。ハルトさんの誤解も解かないと。ちょっと待っててください」
にっこりと笑むまどかは、そそくさと急ぎ足でカウンターへ行く。
「「これください‼」」
まどかの声が、誰かと重なる。
同じものへ向かう指が二本。
まどかの反対側に、ちょうど同じものを指す少女がいた。
ショートカットの髪をまとめる黒いリボン。黒い上着の下から断片的に見えるピンクのセーラー服はこの辺りでは見かけないもので、その明るい顔には、困惑の表情を浮かべていた。その肩には黒いギターケースが背負われており、軽音楽部の帰りの学生のようだった。
「あ、あれ?」
少女は少し困ったように、こちらを見る。
「あ、ああ……ごめんなさい。ど、どうぞ」
「あ、いえ、こちらこそ。どうぞ」
最後の一個を前に、互いに譲り合うまどかと少女。彼女たちはその問答をしばらく続けたのち、少女のほうが先に折れた。
「えっと……じゃあ、お言葉に甘えて……」
「これくだしゃい!」
横入りしてきた、年少くらいの女の子。
彼女が、その小さな手に握った五百円玉を店員へ掲げている。
まだ若い店員は、苦笑いをしながらまどかと少女の顔を伺っている。鉄面皮で頷く二人を見て、女の子へアイスを渡した。無論、それが最後の一個だということは変わらない。
「……あ」
「あ……」
まどかと少女が、同じような顔で立ち去る少女を見送る。
二人とも、ポカンと顔を上げていた。
それを横から見ていたハルトは、思わず腹がよじれそうになった。
少女は、疲れたようにベンチに腰を落とす。
「ああ……残念」
少女は、背中を逸らせながら、公園を見渡していた。
見滝原の郊外と都心部をつなぐこの緑の公園は、大きな噴水がシンボルとなっていた。子供たちやその親が走り回り、ベンチにはカップルや家族連れが平日からくつろいでいる。
そんな中、少女の前に、まどかが言った。
「あの……ごめんなさい」
まどかが礼儀正しくペコリと謝罪した。だが少女は手を振りながら、
「ああ、いいよいいよ。限定って言っても、そんな永遠に次がないわけじゃないし。私、今ちょうどこの町にいようとしているから、問題ないよ」
「そ、そう? その……ごめんなさい」
「だから、謝らなくてもいいよ」
少女はにっこりと笑った。
だが、しばらく顎に手を当てて、
「うーん……でも、どうしてもっていうなら、ちょっとだけ頼みを聞いてくれない?」
「何ですか?」
「私、人を探しているんだけど。手がかりもなくてアテもなくて。……結局またおなか空いた……」
少女はそのまま横になる。目を一文字にして、
「ねえ、お願い……何か、食べさせて……」
チョコミント争奪戦どころではない空腹の様子の少女は、ベンチで横になった。
まどかが戸惑っているところ、ハルトが話に割り込む。
「あ、それならいいこと教えてあげるよ。お金がなくても、食べ物なんて色々なところから手に入るよ?」
「え?」
少女が強く食いついた。
「どこでですか? 食べ物って、タダで手に入るの⁉」
少女は立ち上がる。顔をぐいっとハルトに近づけるせいで、彼女の吐息が顔に当たって少しむずがゆい。
ハルトは顔を背け、
「手に入るよ。例えば」
近くの茂みに近づく。
即座に目当てのものを発見。ハルトはにやりと口元を歪める。
「こんなやつとか!」
さっと手を伸ばして捕まえたそれは、
「トカゲええええええええええ⁉」
まどかがそんな悲鳴を上げた。
ハルトは首をかして、
「どうしたのまどかちゃん。トカゲって焼いたら美味しいよ」
「美味しいって……貴女も」
まどかは、同意見を求めて少女を見る。
少女も少し口角が吊り上がっているものの、「う、うん……それは確かにタダの食料だよね」と同意していた。
「よかった、まともな人はトカゲなんて食べないよね」
「トカゲって、わりとカリカリしてるだけで肉少ないけど」
「何言ってるの⁉」
まどかが少女の顔を見て唖然とする。
だが、少女はまどかの反応とはさらに反対の言葉を口にする。
「でも、正直虫とかよりはまだいいかな。私、旅を始めてから半年くらいなんだけど、意外と食べ物事情って、ゲテモノに慣れれば何とかなるんだよね」
「何とかなっちゃダメだよ! 人間として!」
「そうそう。あ、山とか越えたことある? キノコとか動物とか、結構色々あるよね」
「キノコ⁉ 原生しているキノコ⁉ ハルトさん、そんなの食べてるの⁉」
「私、岐阜の方から来たから、結構山の幸は理解しているつもり。多分見滝原の中では、結構知ってる方じゃないかな」
「うがああああああああ‼」
突如として、まどかが発狂したように叫んだ。
「二人とも! 家に! 来てください!」
茶碗一杯に盛られたご飯。和風ならではの味噌汁。
ハルトにとって、そんな豪華な食事はいつ以来か分からなかった。
「「おかわり!」」
少女と同時に、茶碗を突き出す。彼女も茶碗の中は空っぽだった。
「うん。了解」
そうにこやかな返事をしたのは、まどかの母親、鹿目詢子。キャリアウーマンの彼女は、たまたま今日有給を取っていたらしく、夕方過ぎの夕食と言っていい時間帯に、ハルトと公園の少女は遅すぎる朝食を摂っていた。
「それにしても二人ともよく食べるね。旅をしているんだって?」
そういって、鍋ごと机の上に置いたのは、眼鏡の男性。にこやかに笑いながら、空いた皿にお替りを持っていく。
まどかの父であるこの男性は、鹿目知久と名乗った。
専業主夫らしい彼は、慣れた手つきでよそおった。
「すごいなあ。僕も一度旅とかしてみたいけど。えっと、名前何だっけ?」
「あ、自分は松菜ハルトっていいます。大道芸人で、旅をしてます」
「ああ。君が。まどかからよく聞いているよ、ハルト君。何でも、人助けもよくやっているそうだね」
「ええ……まあ。なんかごめんなさい。娘さんをあちこち引きずりまわして」
「いえいえ。まどかも楽しそうだから」
「大道芸人?」
少女が目を吊り上げる。ハルトはそれを無視しながら頷く。
次に、知久は少女に声をかける。少女は改めて、
「私、衛藤可奈美です。その……ある人を探しています」
聞く機会をなかなか得られなかった少女の名前が、ようやく聞こえた。
衛藤可奈美か、と意識しながら、ハルトは味噌汁を一気に飲み干す。
知久の隣に座ったまどかは、手を組み、尋ねた。
「ねえ、可奈美ちゃん。可奈美ちゃんって、私と同じくらいの年だよね? 学校とかは?」
「うーん……色々事情があって、今は休学してるんです」
「休学?」
詢子が首を傾げる。
「中学生なのに、休学ってどういうこと?」
「うーん。行方不明の大切な人を探していて、その手がかりが多分見滝原にあるんです」
「見滝原に?」
鹿目一家が目を丸くした。
可奈美は少し気まずそうに、
「はい。あの、あまり詳しくは言えないんですけど」
「そうなんだ……ギターを持っているってことは、その人は音楽仲間ってことかい?」
知久は可奈美の足元のギターケースを見下ろした。
鹿目宅に来てから、肌身離さずギターケースを手元に置く可奈美だ。ハルトもずっとそれが気になっていた。
可奈美はギターケースを胸に寄せ、頷いた。
「うん。これがきっと、その人と再会させてくれるから……」
抱き寄せる彼女は、ただの物への執着には見えなかった。
「二人とも」
今度は、知久が口を開く。
「旅をしているって、どこで寝ているの?」
「「え?」」
その言葉に、ハルトと、少女可奈美は目を合わせる。可奈美が手で「どうぞ」と差し出したので、ハルトは「コホン」と咳払いをする。
「まあ、基本は野宿です。公園で寝るのが理想ですね」
「私も、いつもはホームレス中学生です」
すると、家族三人の目が点になった。
口々に「十代でそんなに……」「最近の若い人の苦労はエキセントリックだね」「ごめんなさい。もっと私が早く気付いていれば」と口にしていた。
ハルトは慌てて、
「ああ、でも慣れていますし。場合によってはバイトとかして日銭を稼いだりしてますよ。今の所持金は十円しかないけど。えっと……可奈美ちゃんは?」
「私はまだ旅始めてから半年くらいですけど。どうしてもっていうときは、年齢詐称でバイトしてます。家出少女扱いですけど」
「……まどかちゃん。一番エキセントリックなのは可奈美ちゃんだと思うよ」
「どっちもどっちですよ!」
まどかが白目で机を叩いた。
「うーん……ハルトさんへのお礼って、改めて考えるとお手伝いよりも住む場所探しの方が重要なんじゃ」
「そんなことない。旅も慣れれば楽しいよ。ね、可奈美ちゃん」
「うーん……私はどっちでもないかな?」
可奈美は手を顎に当てながら答えた。
「前はその人と一緒に回っていたから結構楽しかったけど、今は一人だからちょっと寂しいかな……」
「前?」
「その……」
可奈美は少し考えるように頬をかき、
「その人と喧嘩別れしちゃって、見滝原にいるっていう話を聞いたから……」
「なるほど。仲直りのために来ているんだね」
知久がその後を継いだ。可奈美はゆっくりと頷き、
「そうなんですけど……学校とかにもいるわけでもないですし……」
「そうか……ねえ、詢子さん。確か、」
「ええ。二人ともちょっと待ってて。町の喫茶店が、確か住み込みで働いている人を探しているはずだから。ちょっと行ってみて。まどか、案内お願い」
「はーい」
それから十分後、ハルトと可奈美は鹿目一家に別れを告げ、移動することになった。
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