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至誠一貫

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第二部
第三章 ~群雄割拠~
  百十三 ~冀州、再び~

 
前書き
過去話の、本文の改訂は追々進めます。
まずは完結目指して更新しますので、気長にお付き合い下さい。 

 
 戻った疾風(徐晃)と共に、我々は黄河を渡った。
 舟の上で、凪らはじっと陳留の方角を見ていた。

「遠くなっていくな」
「せやな……もう戻られへんしな」
「お気に入りのお店、また探さないといけないの」

 凪は見たまま武人の印象だが、真桜と沙和は人物を知らなければそうは見えまい。
 聞けば、真桜は発明に熱心で沙和は衣服や装飾に興味が強いらしい。
 それでいて、三人は常に行動を共にしているとの事。
 良くも悪くも、緊張感に欠ける二人という印象だ。
 ……愛紗が見たら、説教を始めかねぬな。

「何とも、変わった者が加わりましたな」
「だが、あの華琳が将として使っていたのも事実だ。実力はあると見てよかろう」
「……確かに。無能を何よりも嫌いますからな、曹操殿は」

 そう話す疾風の眼は、優しげだった。
 本来であれば、曹操麾下で共に戦った仲間だからであろうか?
 それが揃って相対する事になるとは皮肉なものだ。

「さて疾風。疲れているところを済まぬが、冀州の情勢を知る限り教えて欲しい」
「はい。袁紹殿はギョウに本拠を置き、政を進めています。歳三殿の後という事で当初は民にも戸惑いがあったようですが、元皓(田豊)殿や嵐(沮授)殿らと共に今は平穏を取り戻した由」
「ふむ。白蓮から幽州も譲り受けた筈だが、手は回っている様子であったか?」
「自分の目で確かめた訳ではありませんから、然とは。顔良殿が、刺史代理として向かったようです」

 麗羽の事だ、政務に手を抜いてはおらぬであろう。
 裏を返せば、然程余裕がない状態とも言えようが。
 華琳が、そんな麗羽を仮想敵として見ているとすれば……単に麗羽の協力を得るだけでは危ういやも知れぬ。

「雛里」
「は、はい!」
「……冀州では一時の安寧すら難しい気がしてならぬ。先が読めなくなってきた」
「……仰せの通りかと。次の策を考えておきます」
「頼む。……済まぬ、お前にも負担をしまうな」
「あわわわ……。お、お止め下さいご主人様! 疾風さんじゃありませんが、それが私に与えられた役目です!」
「そうだぞ! お兄ちゃんはもっと鈴々達に頼っていいのだ!」
「歳っちが凄いのはウチらかて十分わかっとる。でも、全部を一人でやれる訳やないやろ?」
「……兄ぃ。無理は、駄目」

 いつの間にか、皆に取り囲まれていた。
 気を抜いていた訳ではないが、どうやらずっと会話を聞かれていたらしい。

「そう言えば、いつぞや朱里が申しておりました。歳三殿には軍師など要らぬのではないか、と」
「昔、愛紗にも同じ事を言われた事がある。最も、その頃は軍とすら呼べぬ規模でしかなかったが」
「私達は歳三殿だからこそついて行くのです。ですが、頼りにされないのでは不安にもなります。いえ、もっと頼っていただきたい」

 そう言って、強く手を握ってくる疾風。
 嘗てのように、私が動かねば組織が立ち行かぬという事もない。
 比較にならぬ程の優れた者らが、こうして付き従っているのだ。
 頼っているつもりではあったが、意識のどこかで自らが動かねば……そんな思いがあったのやも知れぬ。
 そろそろ、私にも意識改革が必要……そういう事であろう。
 このような場合でなければ、自ら刀を遣うのも控えるべきか。

「慕われているのですね、主様(ぬしさま)

 と、いつの間にか凪まで此方に来ていた。
 真名を預かった以上、呼び方は任せるとは申したが。
 凪のような真面目な者からそう呼ばれると、慣れぬ故か違和感があるな。
 当初は他の者と同じように呼ぶつもりであったようだが、真桜と沙和に何やら言われたらしい。
 その直後は渋い表情をしていた凪だったが、何度か言い直して此れに落ち着いた。
 いつまでも私が慣れぬままでは、凪の性格ではやり辛かろう。
 とりあえず、表情には出さぬようにせねば。

「有り難い事だ。だからこそ、今の私がある」
「私などまだまだ若輩者ですが、華琳様は予てからよく仰せでした。……主様が羨ましい、と」
「で、あろうな」

 私自身への執着もそうだが、人材を求めるという点であれ以上に貪欲な者はまずおらぬ。
 優秀な人物は何人いても困る事はないが、それにしてもあ奴は兎角熱心であった。
 ……本来であれば、稟や風、霞、疾風、彩(張コウ)、詠、愛里(徐庶)らはその麾下であった。
 その上、凪らまで結果としてその下を離れる事となってしまった。
 正気を失ったとは申せ、華琳はさぞや怒り狂っている事であろう。
 どうあっても、対決は避けられまいな。
 凪らの為にもこの戦い、ますます以て負けられぬ。
 ……無論、負け戦は好みではないがな。

「歳兄さん、そろそろ接岸するみたいですわ」
「皆さんも歳三さまも、準備するなの!」

 大河ではあっても穏やかであれば川を渡るだけの事、対岸が間近に迫っていた。
 雨が降れば濁流と化していたであろうから、今がそうでない事は僥倖とも言えたが。
 華琳の追手が迫っている気配もない。
 何かの罠である可能性も否定は出来ぬが、雛里の読み通り裏をかけたと考えても良かろう。
 油断は禁物だが、異変があれば恋が察知する筈。
 雪蓮もそうだが、あの勘働きはどうやっても真似出来そうにもない。
 ……しかし、凪の呼び方は慣れぬだけだが、真桜はこの通り。
 それこそ、愛紗が聞けば間違いなく激昂しかねぬ。
 引き合わせる前に、よくよく申し聞かせねばなるまいな。



 黄河からギョウまでは、さしたる距離はない。
 あの官渡は黄河を挟んで向こう側に位置するが、こうして見ると曹操と袁紹は互いに本拠地は間近であったのだと気づかされる。
 敵対する者同士でなければ何も問題はなかろうが、相争う情勢では緊張が絶えなかったであろう。
 ギョウも平時ならば交通の便も良く、都にも近いという意味で地の利はあるが……麗羽も気が抜けぬ日々を過ごしている筈だ。
 ……と、前方から砂塵が巻き上がっているのに気づいた。
 それなりの数だが、この辺りで賊とは考えられぬ。
 双眼鏡を取り出し、相手を確かめてみる。
 ……ふむ。

「歳兄さん、それ何ですの?」

 興味津々とばかりに、真桜が尋ねてきた。

「目に当てて見よ」
「ほな、失礼して……。うわ、遠くがはっきり見える!」
「え? 真桜ちゃん、沙和にも貸して欲しいのー」
「ちょい待ち! いやぁ、こんな絡繰は初めて見たわ」
「こら、真桜に沙和! 主様に失礼だぞ!」
「……なあ、歳っち。ホンマにこの三人、迎え入れて良かったんか?」

 呆れ顔の霞。

「それよりもお兄ちゃん。あれは何なのだ?」
「うむ。旗からすると猪々子の手勢だな」

 麗羽が迎えを寄越すなら、斗誌が不在の今確かに適任ではあろう。
 元皓(田豊)も嵐(沮授)も、恐らく書簡の山と格闘している最中。
 況してや、麗羽本人が出るなど以ての外。
 そして、集団から一騎が出て此方へと駆けてきた。
 間違いない、文醜本人だ。
 手を振りながら、近づいてきた。

「真桜」
「え? あ、す、すんまへん! お返しします」
「いや、興味があるのであろう? 暫く貸しておく、但し壊すでないぞ?」

 名残惜しそうにしていた真桜の顔が、わかりやすい程に輝いた。

「いやぁ、流石は歳兄さん! 話がわかるわぁ」
「主様、あまり真桜を甘やかさないで下さい!」

 甘やかしたつもりはないのだが、凪に怒られてしまった。
 それを見て笑う鈴々ら。
 全く、道化ではないのだぞ私は。



「ほう」

 ギョウの城下に入ると、思わず声が出た。
 久方ぶりに見る街には、活気が溢れていた。

「賑やかですなぁ」
「前よりも人が増えているのだ!」

 疾風と鈴々が、懐かしげに辺りを見渡す。

「お店も一杯なのー!」
「いろんな物扱っとるなぁ、こりゃ陳留にも負けとらんで」
「おい、二人共。勝手に行動するんじゃない!」
「歳三アニキも、個性的なのを次から次へと召し抱えるっスねぇ」

 お前には言われたくないぞ、猪々子。
 それにしても、凪はいつも振り回されている印象だな。
 ……斗誌とは、気が合いそうではあるが。

「…………」

 ふと、俯いている雛里に気づいた。

「如何した?」
「……え? あ、あわわわわ……」
「慌てずとも良い。元気がないようだが?」
「す、すみましぇん……あう」

 そっと、頭を撫でてやる。

「ご、ご主人様?」
「何か、辛い事でも思い出したようだな?」
「い、いえ……」
「話してみよ。麗羽に会うまで、暫し時がある」
「…………」

 雛里は躊躇っていたが、やがて顔を上げた。

「愛里ちゃん、どうしているかと」
「そうか。私が愛里と出会ったのは、この地であったな」
「……私なんかよりも強いし、元気でいるでしょうけど」
「案ずるな。星がきっと連れ帰るであろう」
「そう、ですよね……」
「愛里だけではない。桜花(士燮)も山吹(麋竺)も、皆揃う日も遠くあるまい」
「……はい」

 思えば、一箇所に落ち着けぬ日々。
 この冀州ですら、決して安住の地ではなかった。
 半ば追われる格好で向かった交州ですら、結局は離れざるを得なくなった。
 この状況では、徐州入りすら怪しまれる。
 月らの安否も定かではない、早急に確かめねば。
 互いに顔を合わせておらぬ者も増えてきただけではなく、皆で今後について話し合う場も必要だろう。
 私一人ならば兎も角、仲間が増えた今は身軽に動く事もままならぬ。
 より慎重に、次の一手を考えねばな。

「歳三アニキ、どうしたんスか?」

 猪々子が、首を傾げている。

「いや。では参ろうか」
「あいよっと」



「お師様……よくぞご無事で」

 型通りの挨拶を交わした後、私は麗羽の執務室に案内された。
 玉座では落ち着かぬのであろう、込み入った話もある故この方が有り難い。

「久しいな。達者であったか?」
「はい。元皓さんや嵐さんに叱られながらも、何とか刺史として相応しくなろうと……」
「ほう。真名を預けたのか?」

 同席している二人に目を向ける。

「太守様……いえ、助軍校尉様が託した御方でしたし。日々の努力から、それに値する人物と見ましたから」
「ま、旦那の頼みでもあったし。ボンクラだったら見捨ててやったんだけどさ、あまりに一生懸命だったし」
「……全く、変わらぬな二人共。皆、息災で何よりだ」
「それは私の台詞ですわ、お師様。……心配でしたのよ」

 そう言って目を伏せる麗羽。
 心なしか、些か窶れたようにも見える。

「そうっスよ。姫ったら、寝ても覚めてもアニキの事ばっか言ってたし」
「い、猪々子さん!」
「……それは、否定出来ませんね」
「だな」
「も、もう! 皆さん揃って何ですか!」

 昔の私なら、斯様な緩さは赦さなかったやも知れぬが。
 ……慣れてしまったのか、それとも私も緩くなっただけなのか。
 真っ赤になりながら手を振り回す麗羽を見ても、微笑ましい限りだ。
 ここまで慕われて、悪い気がしないのも確かではあるがな。

「麗羽。成長したな」
「そ、そうでしょうか?」
「以前ならば全てを見下していた者と同一とは思えぬ。斗誌や猪々子は兎も角、今のお前は自分の力で信頼を勝ち取ったのだ」
「お師様……」
「城下を見ればわかる。苛政を敷いていたのであれば、斯様に活気のある街にはなるまい。そして、仮にそうであれば元皓も嵐もこの場にはおらぬ。そうであろう?」
「仰せの通りです。僕の理想は、助軍校尉様のなさりようですから」
「でも、大変だったんだぜ? 根っからのお嬢様育ちだから、やる気ばっかり空回りしてさぁ」
「だが、今はこうして勤め上げている。その結果は、誇って良いのだぞ? 麗羽」
「ほ、本当ですか……? お師様、わたくしをお認めに……?」
「さて、それはちと先走り過ぎと申しておく。精進を怠られては、私が皆に甘やかすなと叱られる」
「そう……そうですわね」

 肩を落とす麗羽。
 些か手厳しい気もするが、まだまだ学ばねばならぬ事も多かろう。
 あの袁紹なのだ、この程度で満足して貰っては……な。

「刺史様。校尉様もお疲れでしょう、一先ずお休みいただいては?」
「あ、元皓さんの言う通りですわね。お師様、ではまた」
「うむ、世話になる」

 悠長な事は言えぬであろうが、次の動きに備えるまでの猶予ぐらいは得られよう。



「こうして、歳三殿の傍にいるのもいつ以来でしょうな」
「……すまぬ。私にもすぐにはわからぬ程、としか浮かばぬ」
「ウチかて、寂しかったんやで? 歳っち以外の男なんて考えられへんし」

 その夜は臥所にて、疾風と霞と共に床入りと相成った。
 風が順番を決めていた筈だが、それもわからぬ程になってしまった。
 合流した後は、それも改めて話さねばなるまい。

「埃塗れのまま、歳三殿に抱かれるのも気が引けましたから。漸く、という気もしますな」
「疾風も乙女やなぁ。歳っちなら、たぶん気にせえへんで?」
「や、やかましい! いいではないか、好きな殿方の前ぐらい!」
「別に悪いちゅう訳やない。ウチかて、汗臭いまま歳っちに抱き着こうとは思わへんしな」
「……二人共。私を挟んで遣り合うのは止せ」

 両腕に力を込め、二人を抱き寄せた。

「私を好いてくれるのは男冥利に尽きる。だが、私はお前達が皆無事でいてくれる事が何よりだ。それを忘れるな」
「勿論、忘れる事などあり得ませんぞ」
「愚問やで、歳っち」
「……なら良い」
「あ、でもなぁ」

 そう言いながら、霞はその見事な胸を押し付けてきた。

「大事に思うてくれるんやったら、もう一回……ええやろ?」
「お、おい! 歳三殿、ならば私も!」

 ふむ、今宵は眠りにつけるのはまだまだ先のようだ。 
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