食わない理由
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第二章
「わかったな、ではな」
「はい、それでは」
「殿がそう言われるなら」
「それならです」
「我等も」
「うむ、食うのじゃ」
こう告げてだ、そしてだった。
家康は赤飯を公平に分けてそのうえで供の者達の供に食べようとした、だが一人の若武者だけはだった。
動こうとしない、それで家康は彼に言った。
「万千代、何をしておる」
「それがしはいりませぬ」
その者井伊直政は笑って話した。
「赤飯は」
「わしが食っていいと言うのだぞ」
「それでもです」
「遠慮はいらぬと申したであろう」
家康は目を怒らせて直政にさらに言った。
「皆で生きる、その為に食えと言うのだ」
「武田の軍勢が来るやも知れませぬ」
直政は怒る家康に確かな声のまま答えた。
「ですからそれがしはここで、です」
「若しやと思うが」
「はい、殿や他の方が逃れるまでの間」
「語詰めをするというのだ」
「そしてそのうえで、です」
「逃れるというのか」
「そうします、その時万が一でも討ち死にして」
そしてとだ、直政は家康に平然とした顔のまま話した。
「胃から飯が出たならば不細工、まして徳川の武士が死んだ時まで食っているとなると」
「食い意地が張っているとか」
「思われ天下の笑い者になりますので」
それ故にというのだ。
「ですから」
「それでか」
「はい、それがしはです」
それはと言うのだった。
「今は食わず」
「胃の中を奇麗なままでしたうえでか」
「語詰めを務めさせて頂きます」
家康達を逃がす為にというのだ。
「そうさせて頂きます」
「そうなのか」
家康は直政の話をここまで聞いた、それでだった。
強い顔になってだ、こう言った。
「わかった、ではな」
「はい、この度はです」
「後詰めを頼む、しかしな」
それでもとだ、家康は直政に告げた、もう怒っている顔ではなく澄んだ顔になっている。
「必ずじゃ」
「生きてですな」
「そしてじゃ」
そのうえでと言うのだった。
「会おうぞ」
「はい、必ず」
直政は家康に確かな声で応えた、そしてだった。
家康は他の供の者達を連れて一目散に逃れた、そうして一路城まで逃れた。そうして城に着くとだった。
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