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食わない理由

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第一章

               食わない訳
 長篠では勝ったとはいえまだ徳川家は武田家に脅かされていた。
 武田家と戦えば苦戦は免れなかった、それはこの時もだった。
 家康は武田の軍勢と戦って敗れた、それで自らも僅かな供の者達を連れてほうほうの体で逃げていた。
 馬を走らせつつだ、家康は供の者達に言った。
「長篠では勝ったがのう」
「あの時多くの兵を討ち取りです」
「多くの将もそうしましたが」
「それでもですな」
「武田は強いですな」
「侮れぬ、むしろ」 
 家康は苦い顔で述べた。
「当家だけではな」
「武田には勝てませぬな」
「徳川家だけでは」
「とても」
「今の武田家でも」
「うむ、甲斐と信濃に駿河を手に入れておってな」
 上野や遠江にも勢力を伸ばしている、それがこの時の武田家だった。
「まだ多くの将と兵がおる」
「主の四郎殿も強いです」
「それで、ですね」
「長篠で敗れていても」
「まだまだ強いですな」
「だから今もじゃ」
 この度の戦でもとだ、家康は苦い顔で話した。
「我等は敗れたのじゃ」
「そしてですな」
「こうしてですな」
「今逃れておる」
「そうなのですな」
「そうじゃ、だからここはな」
 家康は必死に馬を走らせつつ言うのだった、当然供の者達もそうしている。
「何とか逃げ延びてな」
「そうしてな」
「そのうえで、ですな」
「軍勢を立て直し」
「また戦いますな」
「そうする、生きていてこそじゃ」
 まさにと言うのだった。
「よいな」
「はい、それでは」
「ここはですな」
「逃げ延びて」
「また戦いましょう」 
 こう話してだ、そしてだった。
 家康はひたすら馬を走らせた、後ろから追手が来る懸念があったのでとにかく必死に逃げていた。その途中にだった。
 家康はふと道の脇の神の廟、そこにだった。
 赤飯があるのを見てだ、こう言った。
「おお、よいものがあるぞ」
「はい、赤飯ですな」
「廟に供えてありますな」
「これは神の恵みですな」
「我等に対する」
「そうじゃ、神に感謝してじゃ」
 そしてとだ、家康は後ろを見つつだった。
 廟に近寄って赤飯を取ってだ、供の者達に話した。
「では皆で分け合おうぞ」
「いえ、殿だけ召し上がられては」
「我等はいいです」
「ここは」
「何を言うか、わしだけが食って力を得てだ」
 そうしてとだ、家康は遠慮する家臣達に怒った顔で話した。
「一人生き残ってどうする、ここはじゃ」
「我等もですか」
「飯を食ってですか」
「そして皆で生き延びる」
「そうせよというのですか」
「そうじゃ」
 供の者達にこう言うのだった。 
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