Blazerk Monster
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怨嗟に燃える怪物
拳が炎と正面からぶつかり分散させる。これでヘルガーが二発の炎を浴びせたが紅いルガルガンは体を揺らした自然体の構えのままだ。炎技の通りにくい岩タイプである事もダメージが少ない一因であるが、やはり守りに優れているが故だろう。
「もう一度『火炎放射』よ!」
「拳で弾け、ルガルガン!」
三度目も、同じく拳が炎を散らす。紅いルガルガンは至近距離でのカウンターに優れたポケモン。故に一撃のダメージは少なくとも、涼香は遠距離から炎を浴びせ続ける。
「『サイホーンの一つ覚え』とはこのこと……『噴き上げる岩塊――ストーンエッジ』だ!」
「下がりなさいヘルガー!」
四度目の炎で、ようやく玄輝が動きを見せる。わざわざ振り仮名を読み上げるように本来の技名を高らかに叫ぶ。するとルガルガンの咆哮と共にヘルガーの足元の地面が隆起し始めるのを感じ、ヘルガーが横に飛び跳ねてそれを避ける。まるで間欠泉のように穴が開き、湯ではなく岩が噴出した。
「だが上から落ちてくるのも避けられるか?まさに……」
「そういうのは一言で『杞憂』っていうのよ!」
上空の岩はヘルガーと涼香自身にも落ちてくる。涼香は身をかがめ当たりそうなものを転がって躱した。ヘルガーはあっさり後ろへ引いて岩の範囲外へ逃げている。
「ヘルガー、来てるわよ!」
「受けてみろ『破砕の一閃――ブレイククロー』をな!!」
岩に気を取られた隙にルガルガンが接近し、尖った爪をヘルガーに叩きこもうとする。涼香の指示ですんでのところで躱した。だがその奮った腕は落ちてきた岩の一つを狙い、爪で弾いた岩がヘルガーの顔を打つ。下からの噴き上げ、上から落ちる岩に注意を向けさせての接近。拳を避けられても岩を砕いて目つぶしにする怒涛の連撃。
「出た!リーダーの岩石ラッシュだ!」
「そのままやっちまえ!!」
「お前の罪をここで断ち切ってやる……『雷の牙──ギガトンファング』!!」
視界を封じたヘルガーの脇腹に電流を纏った噛みつきをしようとするルガルガン。涼香は焦ることなく一言命じる。
「『炎の渦』」
「ガアアアッ!!」
ヘルガーの口から自身を中心とした紅蓮の螺旋が起こり、ルガルガンを退かせる。炎が消えた時、己の体を焦がしながらもヘルガーは回復した視界で敵を睨みつけていた。
「ほう……敢えて自らを炎に閉じ込めたことで焼かれながらも相手の攻撃を封じたか。これは正に『こらえて起死回生』というところだな」
「今日のリーダーはいつにもましてキレてるぜ……」
「当然だろ、あの激闘を潜り抜けたリーダーが負けるわけねえ……」
ヘルガーの攻撃を弾き、こちらから痛手を負わせたことで暴走族たちが勢いづく。
「涼香よ……俺が四天王に選ばれたのは『ラッキーパンチ』ではない。それにふさわしい理由が――」
「どうでもいい!『火炎放射』!」
「ふん、『守る』だ!」
直線的な炎を、ルガルガンは両手をクロスして守りの体勢に入る。炎のダメージはやはりない。
「お前の不正が発覚した後、俺達は他のチームやごろつきどもに狙われる日々を過ごした……普通なら『イトマルの子を散らすように』逃げるのが当然だろうが──」
「聞いてない。『スモッグ』!」
口から毒息を吹き付けてルガルガンを退かせる。一気に飛びのいたが肌の硬さに反した柔軟な動きで着地し、ダメージらしいものは与えられていない。だが玄輝の表情が渋くなる。
「人の話を聞く気はないのか?」
「……興味ないから」
胸が痛まないと言えば嘘になる。自分の過ちが傷つけたのは家族だけではない。目の前の暴走族以外にも自分のせいで苦しんだ人はいるはずだ。それでも今は立ち止まらないために、余計なことに構っていられない。
「ちっ、随分と腑抜けたな。俺たちに興味がないというのなら容易く蹂躙するくらいしてみせろ。単調な攻撃しか出来ないお前たちはまるで『はりきるだけのデリバード』だ」
「……あんたこそ、躱せばいい攻撃でも受け止める癖は変わってないのね」
「必要ないな。お前の炎など俺のルガルガンにはドライヤー程度なんだよ」
「それはどうかしら?」
「何?」
炎を受けきったはずのルガルガンが、膝をつく。理由は毒だ。ヘルガーの炎には毒素が混じっている。それを『スモッグ』が活性化させルガルガンの内部に浸透し、猛毒とまではいかないものの確実に体を蝕み始める。
「火傷ではなく毒を使うとはな。だがどのみち手は打ってあるんだよ。ラムの実を食えルガルガン!」
「ラムの実……!?」
ルガルガンが隠し持っていた木の実を齧る。木の実はポケモンに持たせておくとトレーナーが渡さなくてもある程度自発的に使うことができるというのは常識だが、ラムの実というのはそこらで売っているものではない。状態異常をすべて治すという強力な効果を持つだけあって、栽培にも手間がかかりこの地方では一般流通していないのだ。
「そのお高い道具が四天王になったあんたの自信ってわけ?暴走族も今じゃ立派な飼い犬みたいね」
「……ふん、そんなわけがない。待ってたんだよ、この瞬間をな!!ルガルガン、『ロッククライム』!」
「『火炎放射』よ!」
ルガルガンの突進に対しヘルガーが炎を放つ。だがルガルガンは先ほど使った『ストーンエッジ』の岩に身を隠してやり過ごす。岩という障害物に阻まれているのを逆に利用して近づき、炎を吐き終わったヘルガーの真下へもぐりこむ。
「これがお前に負けた後無限の修羅場を潜り抜け圧倒的進化を遂げた俺達の一撃……『起死回生』だ!」
「ルガアアアン!!」
ルガルガンの拳が真っ赤に燃えて、顎を思い切り捕らえた渾身のアッパーを放つ。ヘルガーの体が宙を舞い、受け身も取れず地面に倒れた。それを見て、玄輝はルガルガンに回復の薬を容器の口を開けて渡す。ラッパ飲みをしたルガルガンの体力が完全回復した。
「相手の攻撃をギリギリまで受けきり放つ起死回生の一手はまさに守りに優れたルガルガンだからこそ会得できる最強の技。敢えて一旦毒受けてやったのも計算通りなんだよ。まさにお前は『まな板の上のコイキング』というわけだ」
「ッ……」
「ヘルガー自体はなかなか鍛えられているが、あんな単調な命令しか出さんということはすなわちお前とヘルガーの間に絆がない証拠。故にそのヘルガーにお前のために立ち上がる力はない……今のお前は正に『風前のヒトモシ』。引率など任せるわけにはいかないし旅など認められないな。神妙にお縄につくがいい」
図星だった。ポケモントレーナーが手持ちに高度な戦略を覚えさせるためには相応の信頼が必要だ。ボールに入れられているポケモンでさえ、信頼できない相手から複雑な命令をされて聞きたがりはしない。真実を知る旅に出たものの、どこか煮え切らない涼香の心の迷いをヘルガーは見抜いており、苛立っていたのは間違いない。
「……まだよ」
「『ねごとはねむるを使ってから言え』。もしかして胸に抱えたヒトモシで俺のルガルガンに勝てる気ではないだろうな? そんな未進化ポケモンを大事そうに抱えて何のつもりか知らんがな」
ヒトモシの直接的な戦闘力は低い。その辺の野生相手ならともかく実力のあるトレーナー相手では勝負にならない。だが。
「……ヒトモシ。喰らいなさい」
「もしぃ……」
「一緒にいるって約束したでしょう。あなたが裏切った相手を探すためにも」
「……もし」
ヒトモシの胡乱げな瞳が見開かれ、頭の炎が激しく燃える。それを抱きかかえる涼香の体そのものに燃え移り、体を燃やした。紫色の炎に包まれる涼香に、暴走族が驚くが玄輝だけは憮然としている。
「……何の真似だ、そりゃ」
「……受け取りなさいヘルガー!私の苦しみを、ヒトモシの嘆きを!あなたの怒りに変えて!!」
「もしぃ!!」
ヒトモシが涼香の心を燃やし、それによって発生した炎がヒトモシの力でヘルガーの体を包み込む。涼香の魂を燃料にしたヒトモシの紫の炎がヘルガーの体に纏われ。活力を与えたというには昏すぎる炎だがそれでもヘルガーは立ち上がる。纏った炎が体を一回りも二回りも大きく見せ、地獄の番犬のように立ちふさがる。
「グルルルルルルゥ……」
怨みの紫焔がヘルガーの輪郭を揺らめかせ、ゆっくりと持ち上げた頭がまるで三つに増えたように炎が膨れ上がる。体内から作り出す毒素が焼け、刺激性の悪臭が周囲の鼻をついた。三つの口に溜められるのは、毒と怨念の混じった炎。
「な、なんだこれは……メガシンカ……いやZパワーなのか!?」
玄輝が驚きを露わにする。ヘルガーのメガシンカ形態とは明らかに違うし、一度金色に近い光を纏うZパワーとも目の前の現象は違い過ぎた。トレーナーとポケモンとの絆が生み出すものとは違う。お互いに憎悪するものがあるからこそ生まれる負の力。
「『悪の波動』!!」
紫焔はうねりを上げ、まるで炎そのものが憎悪をぶつけるように上下に分かれて大口で噛み砕くように両腕をクロスさせてルガルガンを焼き尽くし、三者三様の負の感情がルガルガンの体を蝕みつくす。
炎が消えた時、そこにあったのは紅い体を黒焦げにされ、横たわるルガルガンの姿だった。
「俺のルガルガンが……一撃だと……」
「……二体目でも三体目でも好きに出せばいいわ。全員焼き殺してでも倒して……」
ぐらり、と涼香の体がふらついた。ヒトモシが心を燃やすというのはすなわち気力と体力を奪うこと。ブランクのある旅を続け、挙句雨の中歩いていた涼香の体は限界を超えている。
「ふん、確かに驚かされたが恐らくその黒い炎を使う旅にお前を燃やす必要があるらしいな。だが俺の六体を前にお前の体がもつと思っているのか?」
「構わないわ。私が気絶しようがしまいが、私を燃やすのはヒトモシだもの。……私達は絆でつながってるわけじゃないんだから」
「もしぃ……」
悲しそうなヒトモシの目。だが拒否しているわけではないのは今もなお大きく揺らめく炎が伝えてくる。涼香とヒトモシの感情を具現するように三つ首のようになったヘルガーも口から紫焔をちらつかせる。
「リーダー、あんな状態でまともに指示が出せるわけねえ!勝てますぜリーダーなら!」
「いざとなればあのポケモンもいるじゃないすか!」
暴走族の下っ端たちが戦意をみせる。数秒の沈黙の後、玄輝はバイクにまたがった。
「……ああその通りだな。だがそれでいいのか? ポケモン一匹倒しただけでふらふらになってる相手をむきになって倒したのではそれこそ俺達をよってたかって潰そうとしたごろつきとシンクロだろうな」
「リ、リーダー……!」
「俺たちは最強の暴走族からさらに進化を遂げた四天王が一柱とキヤリーグの盾となるの警邏隊……そうだろ?」
「さすがっす……!」
勝手に盛り上がる暴走族たち。膝が震え、立つのもやっとの涼香を睨みかつて一介の暴走族だった彼は堂々と背を向けて言う。
「今のお前の力を示したことは認めてやるから教えてやるが……俺達がここに来たのはお前とやり合う為だけじゃない。あの研究所に強盗が入ったからだ。最新のセキュリティで守られたあそこからの強奪など常識では考えられん。そして、現在確認されているのは人一人と二匹のポケモンがいなくなっているということだ。そのヒトモシとヘルガーがな」
「強盗……? それに、人がいなくなったって……もしかして」
「研究員が何人か重傷を負っており、いずれも鋭利な刃物で切り裂かれた後があった。管理者の博士に至っては行方不明……そんなことは、博士の直接の知り合いが関与していなければ不可能だろうからな。だが今のお前と戦った限りでは現場の状況と一致していない。ここは矛を収めておいてやる」
事件内容をペラペラと喋るので本当かどうかも怪しいが、それを聞き出す力は今の涼香にはない。やはり、聞けば聞くほど謎が増えるだけだ。
「……次会ったときこそ、あの時の因縁は果たさせてもらう。……じゃあな」
暴走族たちがバイクに乗って去って行く。それがいなくなるのを見送る前に、限界を迎えた涼香の意識は途切れた。
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