Blazerk Monster
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鉄壁の特攻隊長
レポートを提出してから三日後。ようやく次の街に着くと、二日間休息をとると巡達に命じた。理由は二つ。奏海と明季葉、元気そうにしてはいるが巡も疲れが溜まっているからだ。この町はジムやポケモンバトルに関する施設は最低限しかないのだが、三人とも旅慣れないのだから仕方がない。
もう一つは、巡達が提出したレポートに対する返信が博士からないことだった。博士は涼香が旅をしていた時から勤勉で優秀な人だ。自身の研究も忙しい身ながら、『ガキのレポートなど見るのに時間などかからん』と提出した翌日には誤字の指摘やレポートしての改善点などと一緒に返信が送られてくるのが常だった。それが、今になっても来ていない。
「ガアッ!!」
ヘルガーが吼え、野生のポケモンを蹂躙して焼き払う。虫や草ポケモンの体に炎が燃え移り、のたうつさまを雨に打たれながら見つめる涼香の表情は、ひどく昏い。
「もしぃ……?」
「ええ。やりなさい」
腕組みをして抱えられるヒトモシの炎が燃え上がり、ヘルガーの炎と交じり合う。ヘルガーに焼かれたポケモン達の怨みが焚き上がるのをヒトモシが吸い込んだ。焼けた草村の中で横たわったロゼリアとスボミーを見て心が燻るのを感じる。一年の間、自分が弟を殺したという感情を薄くしたような罪悪感だ。
(チャンピオンになるため、ずっとこうしてきたじゃない……何を今更……)
強いトレーナーになり賞金を得て、最終的にはチャンピオンになるために努力を惜しまなかった。今こうしてヘルガーやヒトモシを鍛えるためとはいえ野生のポケモンをまとめて焼き払うような真似をしているのも、昔は自分と弟のためにと何の抵抗もなくやっていたことだった。
「ガアアアアアッ……」
「……わかってるわ」
ヘルガーが涼香を睨む。前足で地面をトントン叩き、早く次へ移動しろと促す。口の中にはまだまだ炎が灯っている。幸いにして、このヘルガーは相当に強い。だからこそ胸の骨のような模様が美しく育ち、それを密猟者に刈り取られたのだろう。野生のポケモンに苦戦する様子は全くない。
涼香がヘルガーに合わせて歩こうとしたとき、体がぐらついた。ヒトモシを抱えたままの体勢では受け身を取ることも出来ず、ぬかるんだ地面に倒れる。
「もしぃ!」
「つっ……」
地面と涼香に板挟みにされたヒトモシがじたばたする。涼香もひとまず体だけでも起こしたが、立ちあがる力が出なかった。
(目的地はずっと先なのに、情けないったら……)
一年間。涼香が弟を死なせたと思い屍のように生きた時間は短いものではなく、旅をして鍛えられた肉体が衰えるのは余りある時間だった。慣れない引率をしながらの長距離移動。消耗がひどくて当然なのだ。イラついたヘルガーがヒトモシを牙でくわえ、宙に放り投げて自らの背に載せる。ヒトモシは涼香を見て炎を揺らめかせたものの、ヘルガーと共に次の草むらを焼きに行った。ヘルガーとヒトモシは涼香の忠実な僕でなければ信頼する仲間でもない。誰かの手によって理不尽に傷つけられた怨みを果たすために行動を共にしているだけだ。
涼香は無理に立ち上がろうとせず、立膝で少し体を休める。しとしとと降る雨はうっとおしく、余計体力が奪われる。
(もう少し滞在期間を伸ばして私も一旦休む……? でも、巡は早くジムリーダーに元へ行きたがっていたし……)
そう考えてはっとする。巡の気持ちなんてどうでもいいはずだ。引率者として最低限の仕事をすることで旅を続け、四葉に真実を聞き出すことが目的。それが死なせてしまった弟の為の――
(……あの子の、為?)
本当に、そうだろうか。パンドラの箱を知らず知らずのうちに開こうとする涼香を止めたのは、トレーナーカードの電話機能による着信音だった。緩慢な動作で呼び出し人を見る。奏海からだ。
「……何?」
「大変です涼香さん!町に暴走族がやってきました!」
「暴走族……」
「たくさんのバイクが町にやってきて、引率のトレーナーを呼んで来いって……!しかもバトルまで仕掛けてきてて、すぐに戻ってきていただけると助かります!」
「……わかったわ。巡に無茶しないように、明季葉はきっちり周りを警戒するように言っておいて。場所は?」
「は、はい!!ポケモンセンター近くの公園にいます、お待ちしています!」
通話を切る。舌打ちを一つした後、涼香は頭を抱えた。その暴走族とやらに心当たりがあるからだ。
「ヘルガー!!」
呼びかけると彼はゆっくりを首だけで振り向く。掛けられた言葉の覇気を察してか、生成した毒息を唾のように吐き捨てラッタを瀕死にする。ヒトモシがその魂を燃やした後、自分の元へ戻ってきた。
「……体力は十分ね。多分あんたに戦ってもらうことになるわ」
町の方向へ踵を返す涼香とヘルガー。幸いにしてポケモンセンターはそう遠くはない。濡れて目にかかりそうになる髪を払いながら、涼香は走った。重たい体で必死に体を動かしていると、余計なことを考えなくていい。
ポケモンセンター傍の公園は、ポケモンバトルが出来るように十分なスペースが取られている。涼香がそこに足を踏み入れる前に、ポケモンバトルの音や巡の声が聞こえてきた。暴走族らしき男達の出すポケモン相手に戦っているようだった。彼は巡達を取り囲むようにバイクでぐるぐると周りを走り、逃げられないようにしている。
「ミルホッグ、『頭突き』だ!」
「スワビー、『燕返し』!」
地面に降りて待ち構えるオオスバメに突撃する相手を翼で一閃。切り裂くというより叩いて弾く攻撃で相手をいなす。
「隙だらけだぜ、『エアカッター』!」
「スバッ!!」
そのままオオスバメが飛び上がり、その空気の流れも刃に変えて仰け反ったミルホッグを吹き飛ばし戦闘不能にする。着地し、再び巡達を庇うように待ち構える姿勢を取った。
「クッ、なかなか強いぜこのガキ……」
「ガキって言うな!さあ、まだやるって言うなら相手になるぜ!」
「なら次は俺だ、行くぜゴローン!」
別の暴走族が繰り出したポケモン、巡は即座にオオスバメを入れ替え、命じることもなく放たれた水鉄砲がゴローンを打ち抜いた。転がろうとしたところへの先制の一撃。
「こ、こいつ命令もなしに……」
「飛行タイプを見て岩を出してきた相手にゃ即水技!さあ、次来いよ!」
「いい判断だが、甘いぜ!ゴローン、『自爆』だ!」
ゴローンの特性は『頑丈』。一撃では戦闘不能にならない効果を以て弱点の水技を受けても再び転がって前進し、アリゲイツを巻き込んで爆発しようとする。
「させません!サンド、『鉄壁』です!」
だが、その間に奏海のサンドが割って入り氷の盾を作る。爆発の衝撃で盾は砕け散ったがサンドとアリゲイツに大した傷はない。巡が奏海にハイタッチする。奏海ははにかんで小さく上げた手でそれに応えた。
「さっすが博識な俺の弟!」
「もうすぐ引率のトレーナーさんもやってきます……まだ、やりますか?」
「これで六人抜き、涼姉に頼るまでもないぜ!」
「……明季葉も、四人倒した」
隣で戦っていた明季葉も、フクスローによる変幻自在の葉っぱカッターでノズパスを倒したようだった。そのタイミングで、声をかけることにする
「……待たせたわね。昔纏めてコテンパンにした暴走族どもが今更何の用かしら」
暴走族というのはどの地域にもラッタやズバットのようにいるもので、涼香達のいるキヤリーグも例外ではない。涼香が昔旅をしていた時にとある目的でまとめて倒したのだが、やはりと言うか巡達と戦っているのはその時と同じ連中だった。涼香が来たことで巡達を取り囲んでいたバイクたちが一旦止まる。
「何が今更だざっけんなコラァ!!」
「てめえがしてくれたことこちとら一日たりとも忘れたこたぁねえんだぞ!!」
「俺たちのプライドをずたずたしやがった怨みここで晴らしてやろうか!!」
そして飛んでくるのは、喧々囂々とした罵声。
「怨み……?涼香の、知り合い?」
「知り合いなんてもんじゃねえ!」
「こいつ二年前、俺達をボコるついでに隊長のバイクのかっぱらっていきやがったんだ!」
「ここであったが百年目!!きっちり因縁を果たしに来たってわけだ!!」
「涼姉、こいつらの言うことって……」
「嘘よ」
涼香は断言する。別に盗んだわけではない。いくら相手が暴走族だろうと窃盗は犯罪であり、そんなことをすればチャンピオンになる資格を失う。
「正々堂々ポケモンバトルを申し込んで、私が勝ったらバイクを一台貰う。負けたらあんた達のチームに入ってあげる……そういう約束だったでしょ?」
ポケモントレーナーの本分は自分の足で各地を回り旅をすることだ。だから飛行機や新幹線などの交通機関は一部を除き使ってはいけないルールになっている。渡される資金で買える足もせいぜい自転車だ。しかしその手間を減らしたかった涼香は、暴走族に殴り込みをかけてバイクを堂々と要求したのだ。負けたらどうするつもりだったんだと博士に散々怒られたのも、とうに過去の話。正直奏海の電話があるまで忘れかけていた。
「人の揚げ足取っていい気になってんじゃねえよ、ボケがッ!!」
「俺たちゃそういう話をしてるんじゃねえ!!」
「てめえがポケモンリーグで――」
ドードリオのように口々に喚く男たちに奏海は怯えて涙目になっている。明季葉も露骨に不快そうな顔をした。巡が何か言おうとしたが、止めたのは暴走族たちの中で一番大きなバイクにまたがる男だった。
「その辺にしておくべきだな。『弱いイワンコほどよく吠える』の教訓を忘れるべきではないんだよ」
赤と白のギザギザ模様を中心に彩られた、めでたさよりも、血や平和を象る国旗のような模様のバイク。それに座る青年の一言で、ガラの悪い面子の言葉がぴたりと止まる。
「す、すまねえ隊長……昔の事だからついかっとなっちまった……」
「フン……それにしても暴走族、か。涼香、お前には『オコリザルは経験に学び、ヤレユータンは歴史に学ぶ』という格言を教えてやろう」
よくわからない文言と共に、刈り上げた黒髪と同色の瞳をした精悍な顔たちの青年が涼香を睨みつける。涼香も啖呵を切るように睨み返した。
「相変わらず意味わかんない。結局何なのよ?」
「お前も相変わらずせっかちだと言いたいところだが、やはり『百回リザードンとサイホーンの声を聴き比べるヒマがあったら一度見てみるべき』だというところか。見る影もない」
「……私もこの子達も疲れてるから冷やかしなら帰ってくれないかしら?」
「は? 燃え尽きてとっくに冷え切ったお前をわざわざ冷やかしに来るわけがない。『火炎放射に懲りて凍える風を吹く』ほど俺は馬鹿じゃない」
「涼姉、なんなのこいつ……」
わけのわからない言葉を放つ男に巡が困惑する。キヤリーグというか世界のどこにもそんな諺はない。涼香が嘆息した後声を張り上げる。
「ああもううっとおしいわね!さっさと答えないとまたまとめて焼き払うわよ!」
「ガアアアッ!!」
ヘルガーも痺れを切らして炎を吹き出す。容赦なくリーダー格の男に吹き付け、立ったままのシルエットが紅い炎に包まれた。巡達がいきなりの攻撃にどよめく。
「……過去しか見えてない馬鹿がいくら喚こうが時代は進んでる。今の俺は──暴走族『暮威慈畏暗喪亡徒』の総長が正義の力を纏いキヤリーグポケモン連盟四天王が一柱、『鉄壁の特攻隊長』の異名へとランクアップしたの最強の男!玄輝だ!!」
シルエットが、腕をぶん回して炎を吹き散らす。青年を守るように立ちはだっていたのは紅く染まった二息歩行の狼のようなポケモン、ルガルガンだ。だが炎を防いだこと以上に、言葉の内容が驚きだった。
「……あんたが、四天王?」
「昨年就任した四天王はバイクを駆り各地を警邏する仕事に就いていると聞いたことがありますが……この人が……?」
「そこの金髪はわかっているようだな。お前が腑抜けている間にも俺たちは進化したんだよ。俺は四天王、舎弟のこいつらも今じゃ俺直属の警備隊……暴走族などと言う過去はとうに過ぎ去ってしまったというわけだ」
「自慢なら、腹立つから帰ってくれないかしら」
腸が煮えるのを感じながら涼香は言う。下っ端連中と話すと話が進みにくく、隊長である玄輝と話すともっとややこしくなるのでバイクを貰う際もバトルより話をこぎつけるまでが面倒だった。
「お前が二年前の『ストライクの斧』のままだったなら俺たちは何も言わないしむしろ誇りだったが……あの『エテボースの悪だくみ』の一件で俺達は一気に恥知らずな罪人に負けた惨めな賊扱い!チームは解散寸前に追い込まれて、町の中どころか道を走ることすら出来なくなっていた……例えチャンピオンが許しても、俺はお前の罪を絶対に許すべきではない!!」
「……!!」
突き付けられた宣言は、煮えた臓腑を一気に凍り付かせる。涼香が犯した、バイクを持っていったのとは違う絶対に逃れられない罪。頭の中でわかっていても、被害者から直接突き付けられたのは、ポケモントレーナーとして今まで戦ってきた相手への冒涜と面汚し。
(そう……わかってた……傷ついたのは、私とあの子だけじゃないって……)
自分を応援してくれた人も敵として戦ってきた人への裏切りでもあるからこそ、涼香は一年前ポケモントレーナーとしての関りからも逃げて独りでいた。そのことに自分が傷ついて被害者面する権利なんてない。表情を無理やり保ちながら涼香は答える。
「やっぱりもっと前に来るべきだったわ。その時なら気のすむようにさせてあげてもよかった……でも悪いけど、今はやらなきゃいけないことがあるの。あんたたちの恨みに付き合ってられない」
「むしろお前はそうあるべきなのにそうじゃなかったからこの瞬間まで待ってたんだよ……さあ、もう一度俺と決闘しろ!お前が勝てば一人分と言わずお前ら全員のスクーターくらいはくれてやる。ただし負けたら、今度こそ正式な手続きに則って裁きを受けてもらう!それで俺達は汚点に決着をつける!!」
「……それでいいわ。巡、奏海、明季葉。手は出さないで。これは私の問題だから……あなたたちは付き合わせられない」
ルガルガンとヘルガーがにらみ合う。異様な剣幕、事情の分からない話を前に戸惑っていた巡が抗議する。
「涼姉が何か言いたくないことはあるのはわかるけど……でも、流石にこんな勝負見過ごせっこない!」
「巡、言うことを聞きなさい」
「いやだ!一緒に戦う!!」
頑なな巡。冷静に説得する心の余裕がなく、ヒトモシに目くばせして心を燃やす炎で無理にでも大人しくさせようと思った時――静電気の鋭い音と共に、巡の体が項垂れた。奏海が慌てる。明季葉が電気針を巡に差し、スタンガンのように電撃を浴びせたのだ。
「あ、明季葉さん……!?」
「明季葉は、涼香の事信じる。だから……勝って、その後ちゃんと説明してほしい。お願い……」
「……わかったわ」
細かいことを考える余裕はない。とにかくこの勝負を勝たなければ、真実を掴むことが出来なくなる。奏海と明季葉が巡を引きずって下がる。
「俺は別に四人まとめてでもよかったが……まあいい、決着をつけてやる」
「言い訳はしない……ただ、今はまだ燃え尽きるわけにはいかないのよ!『火炎放射』!!」
ヘルガーの炎とルガルガンの拳がぶつかり合う。避けられない戦いが、始まる。
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