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人理を守れ、エミヤさん!

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暗剣忍ばす弑逆の儀 (中)






 物として扱われ、物として運ばれる。それは人間の尊厳と体力を著しく奪い去るものだった。

 排泄物は垂れ流し。食事という名の単なる栄養補給は作業的。城に運び込まれ、収容所の檻に入れられたシロウは呆れてしまった。何より己の惨状に。臭いなこれは、と。不快な感覚がある。自分だけではなく、周りの人間全てが異様に臭った。
 臭いと感じていたのはケルトの戦士達も同じだったのだろう。城に着くなり何を言われずとも『資源』の衣服を剥ぎ取られて、樽に満たされていた水を全身にぶちまけられる。
 寒い季節だ、暴力的な水の冷たさに、老人でなくとも体の弱い者はショック死しても不思議ではない。体の汚れと臭いを水で洗い流された後は、なんとか服だけは確保するも収容所に押し込まれてしまう。

 木製の檻は急造のそれだ。破壊するのに困難と見る事も出来ない檻の中に、所狭しと詰め込まれ虜囚の辱しめを受ける人々がいる。
 誰しもが飢えている、渇いている。病んでいる。絶望してへたり込んでいた。死を明確に意識しているのだろう。この檻から連れ出された者は一人も戻っていない、といった辺りか。体調も芳しくなく、体力も心許ない。汚物に塗れたズボンや下着を、寒いから身に付けざるを得ず。まあなんとも分かりやすく、ナイチンゲールなどが見たら一も二もなく消毒に移る環境である。
 ――この時点でシロウは悟った。彼らを連れて逃亡するのは絶対に不可能だと。何より、逃げられるだけの体力がない。敵地のど真ん中から逃げ出せるわけがない。余りにも甘く、希望的観測が過ぎた。

「……ズボンと下着は換えろ。臭くて敵わん」

 鉛色の吐息を溢し、シロウは背嚢から替えの衣服を取り出して着替えた。部下の九人の兵士達もそれに倣う。おざなりな事に、携帯していた荷物が奪われる事はなかった。武器の類いは持っていなかったからというより、単に必要性を感じなかったのかもしれない。この時の為に穿いていたオムツは一度脱がされ、水をぶちまけられた時に脱ぎ捨てたまま。下着とズボンに穿き直すという間抜けな真似はしないでよかった。
 部下達を見渡す。体調はどうだと問うと、窶れた顔で苦笑いをしていた。暫く休みたいです、と。全く同感だ。奇異の目を向けて来る周囲の目をものともせずに、九人の男達は平然と横たわって仮眠を取った。一応念のため、一人にだけは見張りをさせる。

「……よし。体力は戻ったか?」

 ――運び込まれたのが深夜である。日の出の気配を感じながらも、空腹感と疲労は拭えない。シロウが問うと部下は応じた。

「およそ五割ほどは。BOSSはどうでしょう」
「肉体的な疲労はともかく、不思議と精神面は万全だな」

 まるで一日中惰眠を貪った後、更に一日だらだらと寛いだかのようなさっぱり具合である。
 たっぷり五時間は休んだか。しかし堪らないほどの臭さだ。こんな場所に長居はしたくない。五時間でも充分すぎるほど長居をしてしまった気分だ。

「ご苦労だった、お前も休め」
「……了解」

 見張りをしていた兵士を労い、彼を休ませる。
 マクドネルを探すも捕虜の数が多すぎる上に、五十人ごとに牢を別けられている為かその姿を確認する事は出来なかった。五十人ごとに別けられた木製の檻はこの収容施設一杯にあり、その数は少なく見積もっても千人は下るまい。矢鱈と広いが、別の区域があればそこにも捕虜がいそうである。

「予め覚悟はしておけ。アレクセイが潜入し、帰還するまでに十日掛かっている。そして俺達が此処に来るまでに更に六日掛かった。既にマクドネルは死んでいる可能性が高い」

 言うまでもない事だった。兵士達は――苦楽を共にした家族が既に死んでいる可能性については考えている。認められるかは別として、だが。
 しかし、彼らは兵士だ。骨の髄まで兵だった。故に私情を圧し殺して無言で頷いてみせる。

 シロウは牢の外を見渡す。ケルト戦士はざっと見ただけで百。《鏖殺しは容易い》。
 ……? 容易い、か? いかんな、どうにも感覚が馬鹿になっている。日夜頭がおかしくなるほどの撃破報告を受けていたせいだろう、百の戦士を前にしてなんら脅威を感じないのはそのせいだ。
 しかし……頭を振る。それよりも、サーヴァントが此処に詰めているのが意外と言えば意外だ。メイヴは己の召喚したサーヴァントに全幅の信頼を置いているかもしれないが、油断や慢心とは無縁の女王である。力には驕る事がある。されどそれで足元を掬われる迂闊さはない。隙となるのは彼女が気づけていない失陥のみ。

 見張りとして此処にいるサーヴァントは四騎。些か過剰な配置数だが、捕虜に扮して侵入してくるかもしれないサーヴァントやマスターを、メイヴが警戒しているのだとしたら過剰でもなんでもない。寧ろ用心深さの現れであると言える。

 一騎は中華風の鎧を身に纏った武将だ。堂々たる巨躯、漲る武威。ランスロットやアキレウスに見劣りしない重圧がある。冠につけられた特徴的な二本の羽飾りや、手にしている《方天画戟》から、武器を解析するまでもなく真名を察する。
 姓を呂、名を布。字を奉先。――呂布だ。
 後漢末期、三国志の前の時代に於いて最強の称号をほしいままにした無双の武人。三国志やら後漢末期と聞くと大した事がないような印象を受けるが、彼は西暦一世紀の人物だ。アルトリアが五世紀の人物であると言えば、彼が神代の戦国期に於いて武の頂点に立っていた事の破格さが伝わるだろう。その武勇は三国志の知名度の高さ故か、中華史に於いて覇王項羽に次ぐ猛将であると目されている。
 彼は退屈そうにしていた。方天画戟を抱くようにして腕を組んで、壁に背をついて立っている。その面相や瞳にある理知の輝きからして狂戦士の線は消えた。ランサーかライダー、アーチャーだろう。
 彼は裏切りの代名詞だが、メイヴに召喚されているのだ。ランスロットの変貌ぶりを考慮するに、彼がメイヴを裏切る事はないと考えていた方がいい。

 日本の僧兵もいる。筋骨隆々にして、呂布にも劣らぬ巨躯である。多数の刀や槍を紐で括り、それを背に負っていた。
 これもまた分かり易い特徴だ。浅黒い肌で僧兵、巨躯、そして大薙刀。念のため解析すると、真名は案の定『武蔵坊弁慶』その人であった。
 六歳ほどの頃に疱瘡にかかり肌が黒くなった……または母がつわりで鉄を食べた為に、その肌が黒くなったという逸話が弁慶にはある。肌が浅黒いのはその為だと思われる。

 そして槍を持つ中華服の老武人。槍を解析すると、真名が判明する。
 李書文だ。おいおい年代の違う同一人物がいるのかと呆れてしまう。自分との戦いなどろくなものではないが……この事を知ればマザーベースの李書文は何を思うだろうか。
 勝手な印象だが、嬉々として戦いに出向くかもしれない。特異点Fで英霊エミヤと対峙した時の事を思い出すので、出来ればその現場には居合わせたくないものだ。

 最後の一騎……これは分からなかった。剣や槍などで武装していないからだ。神性を感じる辺り、さぞかし名のある英霊なのだろうが、彼には武人然とした雰囲気がない。
 軽薄な青年といった印象である。裕福な家に生まれた……そう、例えるなら成長した慎二のような印象を受けた。いや成長というより神代補正と血筋補正が入り幸運化して進化した慎二か。ろくでもない奴だ、念入りに髪を刈らねばならない気がする。

「……この場で事を起こすのは得策ではないか」

 沈思黙考するも、結論はそれだった。
 実力が高位に位置する英霊ばかりがいる区画に、いきなり連れて来られたのは不運という他ない。
 アレクセイが言うにはギャラハッドも見張りにいたというから、彼が見張りとして常駐しているのだとしたら最低でも二区画はある事になる。だとすれば少なく見積もっても捕虜は約二千人ほど……。
 さてどうする。このままのんびりしておけるほど呑気な性格はしていない。状況も切迫している。メイヴは捕虜の人間を、英霊召喚のための『供物』『資源』『養分』としている。呼び方はなんでもいいが、生け贄として引っ立てられた先にはメイヴがいると判断していい。何せ召喚主はメイヴなのだから。

 選択肢は二つ。

 一つはこのまま捕虜が連れて行かれるのを黙って見ておき、その間に隙が出来るのを虎視眈々と待ち続ける事。
 これのメリットは比較的安全に作戦を実行に移せる点だ。しかしそれは、助けられる見込みが正直全くないからと、此処にいる全ての人々を見捨て、自身らの為に捨て石にする事でもある。デメリットは隙なんか生まれず時間を無駄にするだけの確率も高く、行動しない事によって状況が悪化する可能性がある事だ。
 可能性、確率。そんな曖昧なものに頼ってばかりの選択肢。運に頼ったもので、お世辞にも幸多き人生を歩んできていないシロウが執るべきではない。この期に及んで運頼みなど愚の骨頂。深刻化する可能性まであるのだから尚更である。
 運とは巡ってくるのを待つものに非ず。自ら行動し掴み取るべきものだ。神は自らを助くる者を助く、勝利の女神は自ら動くものを愛するともいう。流れを引き寄せるにはただ只管に行動あるのみ。

 つまりこの牢に捕虜を引っ立てに来るケルト戦士かサーヴァントに、自分から生け贄に立候補して捕まりに行くべきである。メイヴの許へ案内させると考えれば楽なものだ。わざわざ探し回る手間が省ける。
 当然こちらにもデメリットはある。直接的な脅威度としては高い。何せメイヴの近くにはサーヴァントがいるだろうからだ。身辺の警護を大量にいるサーヴァントにさせないはずがない。暗殺者の手合いを警戒するのは王にとって当然の措置だ。それにメイヴ自身がサーヴァントである。対峙したからと素直に首を差し出してくれる訳でもない。確実に一波乱ある。それに万が一しくじれば、こちらが助かる見込みは限りなく零となるだろう。

 今更だ。そんな鉄火場など、数え切れないほど乗り越えてきた。

「……来たな。お前達も付いて来い。なるべく纏まって行動するぞ。もし引き離された場合、何処かから大規模な爆発が起こったら作戦開始の合図だと思え」
「了解。地獄の底までお供しますよ、BOSS」

 部下達の肝も座っている。何も問題はない。

 ケルト戦士が十人ほど牢に寄っていく。こちらではなく、反対側の檻にだ。シロウは大声で喚いた。糞野郎、玉無しの狗、品性の欠片もない野蛮人、脳味噌まで筋肉で出来ているくせに群れなきゃ何も出来ない雑魚野郎ども……とにかく口汚く罵る。
 部下達もアメリカンな罵倒話術の片鱗を覗かせる悪罵を放ち始めていた。教えていたブーイングまで使いこなす辺り、国家としては成立していないが、やはりアメリカ人なんだなとそんな場合ではないのに感慨深くなる。

 ケルト戦士はこめかみに青筋を浮かべ、怒りの形相で足音を立てて近づいてくる。敵サーヴァント達は可笑しそうに見ている。どうやら言語自体は普通に認識してくれるらしい。虫けらと見下しているからこそ、罵倒の類いが我慢ならないのが三下なんだと、ケルト戦士に嘲笑を浴びせる。
 荒々しく檻が開かれた。腕を掴まれ、ヘッドパットを食らう。額が割れ血が流れた。石頭な奴……。鼻を鳴らすと拳で顔面を殴り抜かれ吹き飛んだ。部下達が支えてくれる。顔を真っ赤にして怒り狂う戦士が、更に殴りかかって来ようとするのを、サーヴァントが止めた。

「やめろ」

 呂布だった。戦士の腕を掴み、止めている。

「母の大事な資源だ。無用に傷をつけるな。……やめろと言って分からんか、愚図が」

 止められてなお離せと暴れ、シロウに殴りかかろうとするのをやめない戦士に、優しい制止は一度だけだと言わんばかりに呂布は戦士の首を大きな掌で握り、そのまま握り潰した。
 顔をトマトのように真っ赤にして、血管を浮かび上がらせて、骨の砕け折れる音が生々しく響く。死体は消えた。捕虜の人間達が悲鳴を上げて檻の際まで一気に下がった。軽い錯乱状態だ。呂布は「ふん」と下らなさそうに鼻を鳴らす。

「母の命だ。八体ほど連れて行け」

 無双の武人が他の戦士に命じる。八人か……シロウは血の混じった唾を戦士に吐きつける。するとシロウは腕を掴まれ檻の中から引きずり出された。
 他の七人も部下だ。進んで出た。連行されて行きながら、シロウは考える。八人、この数の意味はあるのか? と。特になんの意味もないように思えるが。

「ああ、そうだ」

 今度は別のサーヴァントだ。真名が不明の青年である。彼はシロウらを見渡し、笑みを湛えながら言う。

「呂布。ソイツらは特別活きがいいみたいだ。面倒な事をされてはかなわない、キミがついていってくれないかな?」
「……こんな雑魚どもを、この俺に見張れだと? 指図するとは何様のつもりだ、《ペルセウス》」
「兄の頼みだよ。聞いてくれないかい?」
「……ふん。貸しにしてやる」
「はいはい」

 ――ペルセウスだと?

 思わず舌打ちしてしまいそうになる。何から何まで厄介なサーヴァントばかりではないか。
 呂布は戦士達に囲まれたシロウらを連行していく。向かうはメイヴの膝元である。







 
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