艦隊これくしょん~男艦娘 木曾~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第七十四話
前書き
どうも、もうそろそろ引越しして、一人暮らしが始まります。怖い、怖すぎる。
「待てって!別に取って食ったりしねえから!」
俺は階段を下りて一階に逃げている阿武隈を追いかけてきていた。
恐らく、自分のせいで阿武隈はあんなことになったのだと思うが、如何せん心当たりが全くない。
「来ないでっ!」
だから、阿武隈にあんなに拒絶される理由も全く分からない。そこまで鈍感でもないと思うんだけどなぁ……。
「……分かった!お前は追いかけないし、近くにも寄らない!」
俺がそう言いながら足を止めると、少しして阿武隈も足を止める。向こうを向いたままだから、彼女の表情は分からない。
「だから、お前が俺の何が嫌だったのか教えてくれ!そこを知らないと、俺はまたお前を傷つける!」
呉で学んだことその一、『分からないことはきちんと聞く』。自分で考えたとしても、それが正解かどうかなんてわからないことが多い。なら、ちゃんと話し合いをするべきだ。まあ、相手が応じてくれるかは別の話だが。
「……ほ、本当に……?」
「ああ、約束する」
俺がそう告げると、阿武隈はこちらを向いてくれた。目に涙をいっぱいにためて、なんとも情けない顔だった。俺はその顔を見て。ますます困惑するばかりだった。
阿武隈は俺の何に傷ついてしまったのだろうか、と、先ほどまでの俺自身の行動を、脳内で何度も何度も反復していた。
「…………った…………から」
「…………へ?」
「怖かった………からっ…………!」
何を言ってるのか、ほとんど理解できなかった……いや、正確には、理由が分からなかった。
怖かった。
確かに、それなら阿武隈が俺から逃げていったのも理解出来る。
だけど、なぜ怖がられるのか、その理由は、どれだけ頭を働かしても、理解出来そうになかった。
「木曾もっ……男の人だから……なにかされるんじゃって…………っ!」
「……………………は?」
阿武隈が言ったことは、俺が真っ先に考え、真っ先に否定した事だった。
昨日の夜、俺は俺が最も信頼している男――拓海から否定の言葉を確かに聞いた。
『だけど、恐らくそれは大丈夫だ。ここには、三年間生き残り続けてきた艦娘が、一人だけいる』
あの言葉は嘘だった、と考えるには、俺はあいつのことを信頼しすぎている。どうも、アイツが嘘を言ったとは考えにくい。しかし、今俺の目の前で泣いている阿武隈も、うそを言っているようには見えない。
じゃあ、どーゆーことか?
こんな時、考えうるのは、拓海が何か言っていないか、俺が大きな勘違いをしてる。もしくは、その両方。
本来ならここで、長々と考察に入るのだが……。
「ひっぐ…………えっぐっ…………」
流石に、目の前で泣いてる女の子をほっとけるほどの甲斐性なんて、持ち合わせている筈がない。
どうにかして泣き止ませねば、と、覚悟を決める。あと、缶蹴りが終わったら拓海を問い詰める覚悟も。
「…………お前に昔、何があったのかは知らない。だから、俺が何をしたらお前に信じてもらえるのか分からない」
「へ…………?」
俺の言葉を聞いて、怪訝そうな顔をする阿武隈。正直な話、人を説得するのは俺の得意分野ではない。だけど、これから長いこと共にいる人間の一人だ。だから、せめて警戒されない位の関係になりたい。
「だけど、お前が俺と話すことだったり、近づくことが嫌なら、俺はお前に関わらない。俺のせいで誰かが悲しむのは嫌だからな。勿論、お前も、な」
俺は彼女にそう告げると、来た道を引き返すために後ろを向いた。
「何かあったら、そうだな……春雨にでも相談してやってくれ。喜んで力になろうとするだろうぜ?」
俺はそう言うと、わざと肩を落として、トボトボ歩き出す……意識してしなくても、拒絶された事自体は普通に悲しかったので、残念な雰囲気は出たと思うが。
「……まっ、待って!」
俺が歩き出して数歩、案の定、阿武隈は俺を引き留めた。
俺はピタリと足を止めると、半身になって阿武隈を見た。相変わらず涙目で、しゃがみこんでしまっているけど、何かを伝えようとしているのか、何度か口を開いては閉じ、を繰り返していた。
「えっと……あの……その……〜っ!」
しかし、自分でもどうしたらいいのか分からない、と言った感じで、ただただ困惑している様子だった。
「……ご、ごめんなさい……っ!」
それでも、謝罪の言葉を口にする。俺は、どうしてもこんな態度をとっている阿武隈に、怒りが湧かなかった。
「……お前のせいじゃねぇよ。間違いなく、な」
「…………っ」
俺は完全に阿武隈の方に向き直ると、目の前まで移動して、目線の高さまでしゃがみこむ。
「謝る必要も、俺に説明する必要も、不安になる必要も無い。俺にゃ、女の子を泣かせて悦ぶような下衆な趣味は無ぇ」
レ級との戦いの後の春雨の涙には喜んだけどな、と、心の中で呟く。悦んだ訳でなく、喜んだのだから,セーフと思おう。
「信じてもらえなくても構わない。それこそ、信じれない様な目にあったんだろうからな」
あいにく俺は、今までの人生は物語にありそうな奇怪なものじゃなかった。精々、悠人や拓海と大喧嘩したくらいだ。だから、阿武隈の気持ちは、想像の範囲内でしかない。
だが、俺にできることは、話す事しかない。
誰でもできるけど、今は、俺にしかできない。
俺は阿武隈の瞳を覗き込んだ。
「そんな事で、俺は傷つかねぇよ。だから、もし今の自分が嫌なら、少しずつ変えていこう。その手伝いなら、いくらでもするからさ」
慎重に言葉を選び、そして話し終える。
いつもならまず間違いなく、『だからどうした』の一言だが、そんな訳にいかないのは、いくら俺でもわかる。
なんとかかんとか苦労しながら話し終えた俺は、少し緊張しながら、阿武隈の様子をうかがう。
阿武隈は、先ほどまでとは違う種類の涙を流していた。
―執務室―
「……………………」
「……………………」
さっきから室内の空気が重い。
この空気を生み出している張本人である春雨は、千尋と阿武隈が二人っきりになった、と言ってから、何も話さなくなっていた。二人しかいない空間だと、どちらかが黙ると、すぐに空気が重くなる。千尋はいったい何をしてるんだ。
春雨は、目を閉じて全神経をその二人の会話に集中させているらしい。
「……………………ふぅ」
暫くすると、春雨は目を開けため息をついた。
「…………やっぱり、千尋さん、かっこいいなぁ……………………」
うわごとのようにそう呟いた春雨は、うっとりとした様子で虚空を見つめていた。
「……………………聞こえたのか?」
僕が春雨に声をかけても、ぼーっとした様子で反応がなかった。
どうやら、春雨の千尋に対する好感度はカンストしてるんだなー、と、数分後に春雨が正気に戻るまで考えていた。
後書き
読んでくれてありがとうございます。予防線を先に張ると、来週はもしかしたら投稿できない可能性が幾らかあります……絶対死ぬほど忙しいし。そうなったら、ごめんなさい。
それでは、また次回。
ページ上へ戻る